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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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幕間 帝国へ向けて


 多くの人間が住む大陸から見て、魔族領は北西に位置している。

 面積はさほど広くない。季節の移ろいはあっても、太陽を壊したいと思うほど暑くなることはない。春先でも冷気を叩きのめしたくなるくらいだ。


 とある村長兼親衛隊長なら、アイルランドみたいなところ、と表現するだろう。

 だから屋外でお茶を愉しむというのは、なかなかに酔狂な趣味だ。


 しかし命じられるまま、侍女たちはテーブルとティーセットを整えていく。

 新緑の目立つ庭園に結界を張り、冷気を退け、快適な空間を作り出す。

 それくらい難なくこなせないようでは、六魔将であるヴィヴィアンヌの侍女は務まらなかった。


「手間を掛けたのう。文句は招かれざる客に言うてやれ」


 侍女たちは静かに頭を垂れる。それは肯定であり否定でもあった。

 ヴィヴィアンヌへの忠誠は揺るぎないが、仮にも主人と同格である客人に対して抗議などできるはずもなかった。

 それでも主人から気遣われたのは嬉しくて、侍女たちは表情を和らげる。


「あやつを城に入れては、なにを燃やされるか分からぬからのう」


 来訪が告げられたのは、今朝になってのこと。

 重要な話があるとはいえ、危急の用件という訳ではない。単純に相手が礼儀知らずというだけ。

 もう慣れたことなので、ヴィヴィアンヌは怒るよりも呆れていた。


「まあ、新たな術式の実験台と考えれば悪くないかのう」


 紅茶の香りを味わっていたヴィヴィアンヌだが、静かにカップを置く。

 それと同時に、頭上に複雑な魔法陣を描いていた。

 発動した魔法陣から、何十本という光の槍が上空へと放たれる。


「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉっ!?」


 上空から雄々しい叫び声が響いた。

 耳障り、と言ってもいいだろう。


 何十本と放たれた槍が炸裂し、爆発し、炎が広がる。

 無数の光粒が散る中から、ひとつの影が飛び出してきた。

 庭園に降り立った影―――『爆炎』は、忌々しげにヴィヴィアンヌを睨む。


「いきなりなにしやがる!? ちょっと焦げたじゃねえか!」


「おぬしが乱暴に降りてくるからじゃ。岩が降ってくれば、砕くか、勢いを殺そうとするのが当然であろう。庭を荒らされるのは見過ごせぬ」


 避ける、退く、といった選択肢は“将”には存在しない。

 それは『爆炎』も同じで、気に喰わない相手はすべて踏み潰してきた。

 攻撃を仕掛けてきたヴィヴィアンヌに対しても、射殺すような視線を向ける。

 とはいえ―――そんな遣り取りは、挨拶のようなものだ。


「それで、暗黒大陸で見つけたダンジョンはどうだったのじゃ?」


「ああ。ぶっ潰して、コアを回収してきたぜ」


 『爆炎』は得意気に口元を吊り上げると、テーブルの上に紅く輝く石を置いた。

 妖しげとも言える輝きを放っている。拳よりも二回りほど大きなダンジョンコアはなかなかに上質な物だ。


「『雷嵐』も一緒であったのじゃろう? そのダンジョンも災難であったな」


「はっ、俺一人でも充分だったがな。砂漠の魔物を引き込んでたみてえだが、大した敵はいなかったぜ。珍しいのはサンドワームとアースドラゴン、あとはデカくて尾が三本あるサソリもいたな」


 普段は単純な言葉しか口にしない『爆炎』なのに、やけに饒舌だった。

 上機嫌に武勇伝が語られ、それをヴィヴィアンヌは形の良い顎をなぞりながら静かに聞いていた。


「それなりに知恵を使ったダンジョンだったようじゃのう。となれば、ダンジョンマスターも人間であったか?」


「ああ。本人は弱っちくて、命乞いしてきたけどな」


 情報を受け止めながら、ヴィヴィアンヌは少々残念にも思う。

 生かして捕らえていれば、もっと多くの情報が得られただろう。ただの人間がダンジョンマスターになるのは、かなり稀少な事態だった。


 しかしそんな柔軟な対処を『爆炎』に求めるのは無為なことだ。

 それもヴィヴィアンヌはよく承知している。


「妙なことも言ってやがったな。自分は技巧の神の使徒だとか」


「む……悪戯と技巧の神か? 使徒をダンジョンマスターにしたと?」


「詳しくは知らねえよ。それより、そのコアはどう使うんだ?」


 問い返されて、ヴィヴィアンヌは小さく息を落とす。

 これ以上の情報は得られぬか、と諦めて思考を切り替えた。


「一応、おぬしらの手柄だからのう。意見は聞くぞ。『雷嵐』はどうした?」


「まだ暗黒大陸にいるぜ。グルディンバーグを殺した奴を探してる」


「おぬしは飽きて帰ってきた、という訳か。それで、どうするのじゃ?」


「こういう道具は面倒くせえ。預けるぜ」


 予想できた答えを確認して、ヴィヴィアンヌは肩を竦める。

 手に取ったダンジョンコアを見つめながら、妖しく目を細めた。


「それよりも、グルディンバーグの話だ。殺した奴はまだ分からねえのかよ?」


「……不確定じゃが、ひとつ面白いことを聞いた」


 そっと首を傾げて、ヴィヴィアンヌは長い銀髪を揺らす。

 ふとすれば相手を魅了しそうな仕草だったが、『爆炎』の粗野な表情は変わらない。さっさと続きを話せと鼻を鳴らす。


「『魔将殺し』と呼ばれる騎士がおる。名は、エキュリア」


「エキュリア……女か。強えのか?」


「他にも竜を殺したといった噂もあったから、弱くはないのじゃろう。いまはゼラン帝国へ赴いていると報告が……」


 椅子を倒し、『爆炎』は立ち上がった。すぐさま飛び立つ。

 赤々とした炎を僅かに残して、空の彼方へと消えていった。


「……相変わらず短気な奴じゃ」


 倒れた椅子をなおす侍女を横目に、ヴィヴィアンヌは溜め息を落とす。

 しかしその表情は、どちらかと言えば晴れやかなものだった。


「仮にも魔将を殺した者がいるというのに、自分が殺される可能性は露ほども考えておらんとは……くくっ、言葉が通じるだけイノシシよりも扱い易い」


 『爆炎』も討たれる―――その可能性は、容易に想像できた。

 けれど敢えて、ヴィヴィアンヌは情報を渡した。


 もしも魔将が討たれたとなれば、魔族にとっては間違いなく損失だろう。

 けれどそんなことは、どうでもよくなる未来が見えていた。


「我らの主を縛る封印は、確実に弱まってきておる。以前のアレでは悔しい思いをさせられたが、おかげで手掛かりも得られた」


 手の中にあるダンジョンコアを撫でて、軽やかな笑声を零す。

 澄んだ蒼色の瞳には屈辱も隠れている。けれどそれ以上に、希望溢れる予感が膨れ上がっていた。


「世界を乱し、歪める……さすれば主様の封印も破れるに違いない。ダンジョンコアは、それを行うにはうってつけの触媒になるじゃろう」


 魔神の復活。それさえ叶えば、魔将の一人二人減ったところで問題にもならない。

 むしろ減った方が都合が良い。

 力だけに頼る愚か者など無用、害悪ですらある―――。


 そんな思考を頭の隅へ追いやると、ヴィヴィアンヌも立ち上がった。

 もう客人は去った以上、わざわざ庭園で茶を愉しむ理由もなくなった。


「先の事件を詳細に調べ、新たな術式を開発……五年から十年じゃろう」


 ほんの数年。多くの人間にとっては、憂鬱になるほど長い時間だろう。

 しかし永い寿命を持つ魔族にとっては、さしたる苦労とは思えない。

 ましてや悲願が成就するならば、胸が弾むほどだ。


「くくっ、その日が楽しみで堪らぬのう」


 美しい銀髪を風に流しながら城内へと戻る。

 悠然とした笑みを浮かべるヴィヴィアンヌだが、しかし気づいていない。


 ほんの数年。それは短い時間かも知れない。

 けれど一人の少女が世界を巡るには、充分すぎる時間だった。






 ◇ ◇ ◇


 城壁の上に立ち、広がる平原を眺めて目を細める。

 風に揺れる黒髪を軽く押さえながら、スピアは柔らかな表情を浮かべていた。


「このずっと向こうに、帝国の都があるんですよね?」


「ああ。四重の分厚い城壁に囲まれた、大陸一の都市だと聞いている」


 隣に立ったエキュリアが答える。

 帝国へ向かうための準備も途中だが、二人はしばしの休息を取っていた。


 まだ見ぬ光景に想いを馳せて、スピアは目を輝かせている。

 エキュリアは様々な不安を抱えているが、胸を弾ませているのも確かだった。


「大陸一ですか。きっと人も多いんでしょうね」


「交易も栄えているそうだからな。おまえが好むような、珍しい食べ物もあるかも知れないぞ」


「むぅ。わたしは食いしん坊キャラじゃありませんよ?」


「そう言いながら『倉庫』から食べ物を……って、何だそれは?」


 串に刺されたナニカを取り出して、スピアは口へ運ぶ。

 はむはむと噛み締めて幸せそうに頬を緩める。

 その様子からすると美味しい物のようだが、エキュリアは見たことのない食べ物だった。


「みたらし団子です!」


「……よく分からんが、ほんのりと甘い香りがするな」


 エキュリアが控えめに催促をする。

 スピアは頷くと、ちょうど近くにいたぷるるんへ手招きをした。


 『倉庫』から大きめのお盆を出して、ぷるるんの上に乗せる。

 十本ほどのみたらし団子も皿に乗せて、温かいお茶も用意した。


 ぷるるんはゆるゆると揺れているが、不思議とお茶を零さない。

 いつの間にかシロガネも現れていて、二人のために椅子も置かれていた。


「用意できました」


「なんというか……いや、ご相伴に預かろう」


 緑茶も、エキュリアにとっては初めて飲むものだ。

 しばし香りを楽しんでから、上品に口をつける。


「ふむ、爽やかな味わいだな。薬湯に似た色だが、中味はまるで違っている」


「健康にも悪くないと思いますよ」


 みたらし団子の甘味を、緑茶の仄かな苦味が引き立てる。

 ちょっとした休憩には贅沢なほどだ。


「ところで話を戻すが、帝国の『永劫剣』にも興味があると言っていたな?」


「はい。帝都にあるんですよね?」


「そうだな。許可を貰えば見せてもらえるらしいが……」


 はじまりの王の遺産とされる『永劫剣』―――。

 それは人類にとっての至宝と言っても過言ではない。

 あらゆる敵を滅するその力は、神にも匹敵すると謳われている。


 ただし、『はじまりの国』が滅んでおよそ千年、その剣を抜いた者はいない。

 台座に刺さったまま、帝都で静かに眠っているという。


「まさかとは思うが、抜くつもりか?」


 有り得ないだろう、とは思う。

 けれどエキュリアは、スピアの驚くべき活躍をいくつも目撃していた。

 だから、もしかしたら―――そんな予感も抱いていた。

 もっとも、当のスピアは不思議そうに首を傾げたが。


「わたしは剣は使えませんよ?」


「む……それもそうか。余計な心配だったな。少々残念でもあるが……」


「なので、エキュリアさんが使えばいいと思います」


「ちょっと待て! どうしてそうなる!?」


 エキュリアが怒鳴り、スピアがのんびりとした態度で受け流す。

 これまでも何度か繰り返した遣り取りだ。

 いつしか笑みが零れて、エキュリアも仕方ないかと肩を竦める。


「はぁ。次の旅も、また苦労させられそうだな」


「きっと楽しくなります」


 天真爛漫。無邪気な瞳で天を仰いで、スピアはずっと遠くを見つめる。

 エキュリアも同じように視線を上げた。

 晴れ渡った空には、綺麗な色がどこまでも続いていた。



次回から帝国編です、が、

申し訳ありませんが、更新予定は未定となります。


諸々の事情により、続きはいつか、ということで。

何卒、ご勘弁を。

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