幕間 ラヴィチャンとユニチャン
姉妹同然に育ったユニが転移刑へと処された―――。
その報せを聞いた時、ラヴィは目の前が真っ暗になった。いっそ意識を失わなかったのが不思議なほどで、立っているのさえ困難だった。
どれだけ自分が錯乱したのかも、はっきりとは覚えていない。
気がつけば自室は滅茶苦茶に荒れていて、壊れた調度品が散乱していた。
やがて落ち着きを取り戻したラヴィは、ユニの救済を申し出ようとした。
ラヴィの家は、代々優秀な魔術師を輩出している。王族に対してさえ多少の無茶は要求できるのだ。だから一人の罪を消すくらいは簡単だと、ラヴィは考えていた。
しかしユニの罪は、けっして誤魔化せるものではなかった。
なにせ、手違いとはいえ王城の一部を爆破したのだ。
一族郎党皆殺しにならないだけでも、充分に恩情を与えられた結果だった。
「でも、それでも……私は納得できない!」
そうしてラヴィは島国を出て、大陸へと渡った。
まだ十二歳の子供が一人で国を出るというのは大変なことだ。ちょっと隙を見せれば野蛮な者たちに襲われる。奴隷に身を落としてもおかしくない。
家族や親しい者からは止められた。けれどラヴィの決意は固かった。
まずラヴィは自分の年齢を偽ろうとした。
子供よりも大人である方が、いくらか危険は少なくなる。
そのために禁忌とされる身体改造魔法に手を出した。
一歩間違えれば肉体が四散してしまう魔法だが、ラヴィは上手く成長した体を得ることができた。
やたらと豊かになった胸の膨らみには、ラヴィ本人も戸惑ったが―――。
ともあれ、身内の反対も振り切って大陸へと渡った。
しかしラヴィの苦労は、そこからさらに増えていった。
一番の難題は、ラヴィを狙う『国からの追っ手』が現れたこと。
紫妖族が暮らす島国は小さい。
しかしそれは国土面積が狭いだけであって、高度な魔法技術を根幹としていて、民の暮らしも豊かで、けっして国力が低い訳ではない。
その魔法技術の一端を、幼いながらもラヴィは抱えている。
しかも貴重な殲滅魔法の使い手だ。将来は国を支える重鎮になると期待されていた。
だから国外に出るなど許されなかった。
命こそ狙われなかったが、追っ手はあらゆる手段でラヴィを捕らえようとした。
宿で眠っているところを襲ったり。
旅人に変装して近づき、痺れ薬を飲ませようとしたり。
時には無関係な子供を人質にするといった、卑怯な手段を取ったり―――。
「へっへっへ、この幼く罪も無い子供の命が惜しかったら杖を捨てな」
「くっ……なんて卑劣な!」
「大人しくすりゃあ殺しはしねえよ。ちょぉっと痛い目は見てもらうがな」
「私は負けられない……喰らえ! ターゲット指定、殲滅ミサイル魔法!」
「な、なんだと!? ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ―――」
数多の苦難に晒されても、ラヴィはけっして諦めなかった。
願いはひとつ。姉と慕う人を救うこと。
安否すら知れずとも、ただひたすら無事であると信じて。
そしてラヴィは帝国に辿り着き、苦難を乗り越えるために修羅と化した。
あらゆる敵を容赦無く屠る姿は、『黒の殲滅術師』として恐れらるようになる。
しかしそんな修羅の日々にも終わりが訪れる。
それは悲劇的な運命とも言えた。
戦場の中、ずっと探し求めていた姉と、敵同士として再会して―――。
「―――っていう物語があったんだと思います」
「またそれか! 何度も騙されるものか!」
声を荒げたエキュリアだが、その瞳には同情の涙が滲んでいた。
頬っぺたを摘み上げられたスピアも、別の意味で涙目になる。
「えっと……御二人は、随分と仲がいいんですね」
そんな二人の様子に、対面に座るラヴィは頬を引きつらせていた。
隣にはユニも座っているが、こちらはいつもの眠たげな目をして昼食を口へ運んでいる。
「一応言っておきますけど、身体改造魔法なんてありませんよ?」
「むぅ。だったら、急成長魔法ですね?」
「ないですって。そりゃあ少しだけ発育が早いのは自覚してますけど……」
オルディアン城砦の食堂で、四人は席を囲んでいた。
一時は王国と敵対していたラヴィだが、いまは客人として迎えられている。ユニの親族という事情を考慮して、エキュリアの口利きもあっての待遇だ。
もちろん、殲滅魔法の使い手であるのも影響している。
いまのところ、王国は他国に対して武力を振るう予定はない。
それでも優秀な魔術師を確保しようとするのは、まあ当然の判断だった。
「ともかくだ……ラヴィの目的は、ユニの捜索だったのは間違いないのだな?」
「あ、はい。そうです。だからスピアさんの話も半分くらいは当たってます」
「半分だけか? 人質を取られたり、悪辣な老魔術師に手柄を取られたり、そんなことはなかったのだな?」
「え、ええ……あの、どうしてそんな真剣なんですか?」
ラヴィが問い返すと、エキュリアは無言で目を逸らす。
以前にスピアの作り話に騙されそうになった、とは言えなかった。
「まあ、すでにある程度の話は聞いていたがな。やはりユニと一緒に居てもらうのが無難だろう」
「はい。お姉ちゃんの世話は任せてください」
ラヴィは嬉しそうに微笑む。
普通なら姉が妹に向ける台詞だが、お世話される方のユニは気に留めていない。
それどころか、当然のように言ってのける。
「ラヴィ、お茶をもらってきて」
「あ、もう食べ終わったんだ。ちょっと待っててね」
顎で使われているようなラヴィも、文句を言う素振りすらない。
傍目には奇妙な姉妹だが、当人たちはそれを受け入れているようだった。
「あまり甘やかすのも、どうかとは思うがなあ」
満腹になって一息ついているユニを見て、エキュリアは苦笑を零す。
怠けた態度には苦言も呈したかったが、ひとまずは置いておくことにした。帝国との戦いで活躍したユニを、エキュリアなりに認めてもいたのだ。
「しかしまさか、殲滅魔法の使い手が二人も揃うとはな」
「そういえば疑問があります」
思い出したように、スピアが声を上げた。
お盆にカップを乗せて戻ってきたラヴィも、その言葉に首を傾げる。
「どうして、極黒殲滅魔法なんでしょう?」
「……スピアの疑問は正しい。極光殲滅魔法こそ正義。最強」
「ちょっと! いくらお姉ちゃんでも、それは聞き捨てならないよ。極黒の方が凄いんだから!」
たった今まで仲良くしていた二人だが、眉根を寄せて睨み合う。
同じ殲滅魔法の使い手で、姉妹のような存在。それでも一人の魔術師として、自分が使う術には拘りがあるらしい。
そんな二人を横目に、エキュリアも思案顔をする。
「私も詳しくは知らんが、殲滅魔法は使い手によって属性が別れるらしいぞ?」
「でもこの二つって、対になってるんですよね?」
「ああ、そう聞いているな。条件が同じならば威力も互角だそうだ」
「なら、光と黒って変じゃないですか? 白と黒とか、光と闇なら分かりますけど……」
ピキリ、と凍りつく音がしたように、口論していた二人が固まる。
どうしたのか?、とスピアとエキュリアは揃って首を捻った。
「スピア……それは、触れてはいけない」
「言い伝えにあります。その疑問を解き明かそうとした魔術師は、神の怒りに触れ、塩の柱になり、踊り狂って命を落としたと……」
どんな言い伝えだ!、とエキュリアが呆れ混じりのツッコミを入れる。
さすがにスピアも反応に困っていた。
「不思議な話もあるものですねえ」
「それで済ますのも、どうかと思うがな。まあ伝承というものは、何処かしら歪んでしまうものだが……」
そもそも殲滅魔法自体が、神が伝えたとされている。
その信憑性もあやふやで―――ふと思いついて、エキュリアは口にした。
「光と黒も、うっかり間違って名付けただけかも知れんな」
「真実は意外なところにある、ってやつですね」
格言めいたことを述べたスピアだが、適当に受け流しただけだ。
すでに興味は、ラヴィが淹れてくれたお茶に向けられていた。
「チャイですか。こういうお茶もあるんですね」
「帝国の南の方で知ったんです。王国の茶葉に合うかは分かりませんけど、試してみました」
お菓子のように甘くなった紅茶に口をつけて、スピアは頬を緩める。
ややしつこい甘さだったが、エキュリアやユニも口元を綻ばせた。
「疲れが取れそうな甘味だな。悪くない」
「ん……ラヴィは、いつでも侍女になれる」
「えへへ、そうかな? おかわりもあるから遠慮しないでね」
照れ混じりに笑いながら、ラヴィはユニの隣で身を寄せる。
なにかと手の掛かる姉と、世話好きの妹。
実際に血は繋がっておらず、姉妹が逆に見えても、二人は仲良く肩を並べていた。