表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
155/157

幕間 ひよこ村観察日記 超加速ソフトクリーム編


 深呼吸をする。

 目蓋を伏せ、胸に手を当ててから、あらためて左右を見回す。

 品の良い調度品が揃えられた、清潔感に溢れた寝室だ。

 腰を置いているベッドの弾力も心地良い。

 目覚めたばかりなのに頭がスッキリしているのは、快適に眠れたからだろう。


「エキュリア様、おはようございます」


 部屋の隅に控えていたメイドが挨拶をしてくれる。眼鏡を掛けているのはオモイカネだったな。相変わらず、その所作には隙がない。

 その隣にはスピアもいる。腰に手を当てて、なにやら得意気だ。


 うむ。間違いないようだな。

 ひよこ村の屋敷にある客間で、私は目覚めた。

 以前にも使っていた部屋なので覚えている。

 それ自体は問題ない。しかし―――。


「私は、オルディアン城砦に居たはずだが?」


「眠ってる間に転移してもらいました」


 スピアがにんまり笑顔で答える。

 なるほど。悪戯という訳か。すべて理解した。


「ビックリしてくれましたか?」


「ああ、驚いた。おかげでたっぷりと説教をくれてやれそうだ」


 とりあえず、得意気なスピアの頬っぺたを摘み上げてやった。






 慌てても仕方ない。結局、そう結論した。

 帝国へ親善を兼ねて赴く予定だったが、その出発も数日後だ。自由に過ごせる時間はある。オルディアン城砦の方も、少し留守にすると伝えておけば問題はない。


 ひよこ村村長としての務めを果たしたい、と言われれば無碍にもできなかった。

 まあ、これが村長としての務めの範疇かどうかはともかくも。


「……また妙な物を作ったな」


「トロッコです」


 村を囲む壁を拡張する形で、新たな区画が作られていた。

 すでに整地され、いくつかの建物もあって―――、

 それだけでも、いつの間に整えたのだと一晩ほど問い質したいところだ。


 しかしスピアのやることだ。慣れてしまった自分に少々疑問を覚える。

 ともあれ、一番に目を引くのは鉄の線路だ。

 南へ向けて真っ直ぐに、二本の線路が敷かれている。

 その上には車輪付きの大きな乗り物が用意されていた。


 トロッコ、というのは鉱山でも使われていたはずだ。

 けれどスピアが用意した物は、随分と頑丈そうな造りをしていた。


「十人くらいは乗れそうだな。座席もしっかりとしている」


「そのうち、お客さんも乗せる予定ですから」


 どうやら、クリムゾンの街と繋げるつもりらしい。

 ひよこ村は街に近いと言っても、歩いて行き来するには少々難儀する距離だ。

 乗り物が用意されれば、確かに便利にはなるだろう。


「短距離の乗り合い馬車のようなものか。発想は悪くないが……」


「とにかく乗ってください。試運転です」


「ま、待て。試運転と言ったか? 安全は確認しているんだろうな?」


「もちろんです」


 スピアは自信たっぷりに言うと、背中を押してきた。

 どうにも不安は残るが……なんだかんだで、スピアが用意する物に失敗は少ないからな。今回もまあ大丈夫だろう。


 隣に控えているシロガネも静かに頷いている。

 仕事を完璧にこなす彼女が関わっているのなら、やはり信頼して構わんのだろう。


 私やスピアとともに、ぷるるんも乗り込む。

 大きな黄金塊が乗っても大丈夫なようだ。頑丈さが証明されて、ほっと安堵が漏れる。


「最初に乗ってもらうのは、エキュリアさんだって決めてました」


「は……? おい、最初ということは……」


「それじゃ、出発しますね」


 止める間もなく、運転席のレバーが引かれる。

 仕組みはよく分からないが、そこには『MAX』という文字が記されていた。

 トロッコは動き出し―――いきなり、凄まじい加速をした。


「んがッ……お、おい、これはぁ―――!?」


「あれ? 思ったよりも反応が過敏ですね。魔力伝導が良いのかな?」


 スピアが首を傾げる。

 その態度は落ち着いたものだったが、言葉は不安も加速させた。


「まあ大丈夫です。たぶん」


「たぶんって何だ!? いいから、速度を落と―――」


 一言を口にする間にもトロッコは加速し、景色が後ろへと流れていく。

 そこから先のことは、あまり語りたくもない。

 ただ、ぷるるんが同乗していて助かった、とだけ記しておこう。







 あれこれと問題が噴出しまくった試運転だったが、ひとまず無事に帰還できた。


「……ヒドイ目に遭ったぞ」


「ロケットが作れそうな気がしてきました」


「なんだか分からんが、やめろ! まずはコイツを完成させるのが先だろうが!」


 クリムゾンの街でも見張りの兵士が驚いていた。

 私が取り成しておいたが、後で父上にも報告しておく必要がある。


「移動手段の進歩は、即ち人類の進歩なんですよ?」


「……尤もらしいことを言って、失敗を誤魔化そうとしていないか?」


 スピアはさっと目を逸らす。

 とりあえず、頬っぺたを摘み上げておいた。


「いはいれふ!」


「こっちは危うく痛いでは済まないところだったのだ! 少しは反省しろ!」


 ひとしきり小言を聞かせてやったが……しかし、移動手段の進歩、か。

 時折、スピアの言葉は驚くほどに真実を射抜いてくる。

 いまは問題だらけでも、高速の移動手段というのは魅力的だ。人に限らず、多くの物をいっぺんに運べるのも重要だろう。


 北のアルヘイス領とも線路を繋げようと、スピアは考えているそうだ。

 壮大な計画だが、スピアの不可思議な魔法があれば実現可能とも思える。

 成功すれば、ひよこ村は中継地点として栄えるだろう。


「村のこっち側は、駅区画として整備してるんです」


「住民区画と分けているのか。いずれ宿場街となれば……まあ確かに、計画だけなら誉めたいところだがなぁ」


 駅舎、とスピアは言っていた。

 トロッコの発着場を中心として、宿屋や商店を揃えたいそうだ。


 すでに建物だけなら完成している。スピアの魔法ならば、細かな修正も簡単だ。

 あとは商人の誘致が必要になるか?

 その辺りは領主である父の協力が必要になってきそうだな。

 事によっては、国を挙げての支援が行われる計画にも成り得るか。


「ということで、目玉商品です」


「……は?」


「村興しみたいなものですから、まずはこれで人を呼び込みます」


 自信たっぷりに言うスピアの手には、ふたつの白い物体。

 柔らかそうで、仄かに甘い香りが漂っている。


「ソフトクリームです。バニラがあって助かりました」


「そふと……? ふむ、氷菓子の類か?」


 とりあえず渡されるままに受け取る。ひとつは、もうスピアが舐めていた。

 頬っぺたに白いクリームをつけながらも、スピアは子供みたいに顔を綻ばせる。


 いつも思うが、本当に美味しそうな表情をする。

 そして実際、スピアの料理が美味であるのはこれまでの実績が証明していた。


「トロッコのような危険はなさそうだな。どれ……?」


 私も試しに、と口をつける。

 途端に口の中で幸せが広がった。正しく蕩けてしまう、一瞬の幸せだ。

 冷たくて甘い、というだけでは言葉足らずだろう。

 なんとも贅沢な美味しさだ。お菓子という括りにしてしまうのも勿体無い。


「下のカップも食べられますよ」


「ほう……クッキー、とは少し違うか。サクサクとして楽しいな」


「湿った食感もオススメです」


 氷菓子と言えば、私が知っているのは果実を凍らせたような硬い物ばかりだった。

 けれどこのソフトクリームは違う。

 こってりとしたスープのように柔らかい。食感も、その味も。

 それでいて後味は爽やかだ。


 あっという間に食べ終えてしまった。

 すると、もうひとつ差し出される。今度は白と紫の二色が渦を巻いていた。


「サツマイモクリームも作ってみました」


「以前に孤児院で召喚したアレか……ん、この甘味も独特で癖になりそうだな」


「食べ過ぎると、お腹を壊しちゃいますけどね」


 確かに体も冷えるので、いくつも食べるのは良くなさそうだ。

 ユニなどがいたら、注意も聞かずに後で後悔していたかも知れんな。


 もちろん私は自制しておいた。少々、残念ではあったが。

 しかし一時の贅沢としては極上と言えるだろう。


 なかなか真似できる料理ではなさそうだし、充分に特産品と成り得る。

 噂が広まれば客も呼び込めるだろう。

 ただでさえ、スピアは美味しい料理のレシピをいくつも抱えているのだ。


「あとは、駅弁とかも考えてます」


「……? なんだそれは? また危険な物か?」


「美味しい物です!」


「はぁ、よく分からんが……その計画について詳しく聞かせてもらおう。こちらでも協力できることがありそうだからな」


 ひよこ村が賑わえば、クリムゾンの街にとっても利益になる。

 これから私たちは帝国へ向かうが、留守の間にも進められることはあるだろう。


 それに、スピアが望むならば可能な限りは手助けをしたい。

 恩返し、といつまでも言うのは寂しい気もするな。忘れてはいけないとも思うが。

 友人としてもまあ、同じ気持ちではある。


「それじゃあ、第二回の試運転といきましょう」


「……は? 待て、まさかまた―――」


「今度は安全装置を付けました。飛ばないはずです」


 いつの間にか、ぷるるんが背後に迫っていた。そのままトロッコに押し込まれる。

 また急加速から始まって―――。


 確かに、飛びはしなかった。

 しかし派手に転んだ。

 そして魔導装置の故障なのか、トロッコは爆裂した。


「むぅ。運転の練習をした方がいいみたいです」


「最初に気づけ!」


 開発者が突撃思考すぎるという重大な欠点を抱えながらも、トロッコの改良は進んでいった。



爆発オチは基本。

次のトロッコは上手くやってくれるでしょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ