幕間 ひよこ村観察日記 超加速ソフトクリーム編
深呼吸をする。
目蓋を伏せ、胸に手を当ててから、あらためて左右を見回す。
品の良い調度品が揃えられた、清潔感に溢れた寝室だ。
腰を置いているベッドの弾力も心地良い。
目覚めたばかりなのに頭がスッキリしているのは、快適に眠れたからだろう。
「エキュリア様、おはようございます」
部屋の隅に控えていたメイドが挨拶をしてくれる。眼鏡を掛けているのはオモイカネだったな。相変わらず、その所作には隙がない。
その隣にはスピアもいる。腰に手を当てて、なにやら得意気だ。
うむ。間違いないようだな。
ひよこ村の屋敷にある客間で、私は目覚めた。
以前にも使っていた部屋なので覚えている。
それ自体は問題ない。しかし―――。
「私は、オルディアン城砦に居たはずだが?」
「眠ってる間に転移してもらいました」
スピアがにんまり笑顔で答える。
なるほど。悪戯という訳か。すべて理解した。
「ビックリしてくれましたか?」
「ああ、驚いた。おかげでたっぷりと説教をくれてやれそうだ」
とりあえず、得意気なスピアの頬っぺたを摘み上げてやった。
慌てても仕方ない。結局、そう結論した。
帝国へ親善を兼ねて赴く予定だったが、その出発も数日後だ。自由に過ごせる時間はある。オルディアン城砦の方も、少し留守にすると伝えておけば問題はない。
ひよこ村村長としての務めを果たしたい、と言われれば無碍にもできなかった。
まあ、これが村長としての務めの範疇かどうかはともかくも。
「……また妙な物を作ったな」
「トロッコです」
村を囲む壁を拡張する形で、新たな区画が作られていた。
すでに整地され、いくつかの建物もあって―――、
それだけでも、いつの間に整えたのだと一晩ほど問い質したいところだ。
しかしスピアのやることだ。慣れてしまった自分に少々疑問を覚える。
ともあれ、一番に目を引くのは鉄の線路だ。
南へ向けて真っ直ぐに、二本の線路が敷かれている。
その上には車輪付きの大きな乗り物が用意されていた。
トロッコ、というのは鉱山でも使われていたはずだ。
けれどスピアが用意した物は、随分と頑丈そうな造りをしていた。
「十人くらいは乗れそうだな。座席もしっかりとしている」
「そのうち、お客さんも乗せる予定ですから」
どうやら、クリムゾンの街と繋げるつもりらしい。
ひよこ村は街に近いと言っても、歩いて行き来するには少々難儀する距離だ。
乗り物が用意されれば、確かに便利にはなるだろう。
「短距離の乗り合い馬車のようなものか。発想は悪くないが……」
「とにかく乗ってください。試運転です」
「ま、待て。試運転と言ったか? 安全は確認しているんだろうな?」
「もちろんです」
スピアは自信たっぷりに言うと、背中を押してきた。
どうにも不安は残るが……なんだかんだで、スピアが用意する物に失敗は少ないからな。今回もまあ大丈夫だろう。
隣に控えているシロガネも静かに頷いている。
仕事を完璧にこなす彼女が関わっているのなら、やはり信頼して構わんのだろう。
私やスピアとともに、ぷるるんも乗り込む。
大きな黄金塊が乗っても大丈夫なようだ。頑丈さが証明されて、ほっと安堵が漏れる。
「最初に乗ってもらうのは、エキュリアさんだって決めてました」
「は……? おい、最初ということは……」
「それじゃ、出発しますね」
止める間もなく、運転席のレバーが引かれる。
仕組みはよく分からないが、そこには『MAX』という文字が記されていた。
トロッコは動き出し―――いきなり、凄まじい加速をした。
「んがッ……お、おい、これはぁ―――!?」
「あれ? 思ったよりも反応が過敏ですね。魔力伝導が良いのかな?」
スピアが首を傾げる。
その態度は落ち着いたものだったが、言葉は不安も加速させた。
「まあ大丈夫です。たぶん」
「たぶんって何だ!? いいから、速度を落と―――」
一言を口にする間にもトロッコは加速し、景色が後ろへと流れていく。
そこから先のことは、あまり語りたくもない。
ただ、ぷるるんが同乗していて助かった、とだけ記しておこう。
あれこれと問題が噴出しまくった試運転だったが、ひとまず無事に帰還できた。
「……ヒドイ目に遭ったぞ」
「ロケットが作れそうな気がしてきました」
「なんだか分からんが、やめろ! まずはコイツを完成させるのが先だろうが!」
クリムゾンの街でも見張りの兵士が驚いていた。
私が取り成しておいたが、後で父上にも報告しておく必要がある。
「移動手段の進歩は、即ち人類の進歩なんですよ?」
「……尤もらしいことを言って、失敗を誤魔化そうとしていないか?」
スピアはさっと目を逸らす。
とりあえず、頬っぺたを摘み上げておいた。
「いはいれふ!」
「こっちは危うく痛いでは済まないところだったのだ! 少しは反省しろ!」
ひとしきり小言を聞かせてやったが……しかし、移動手段の進歩、か。
時折、スピアの言葉は驚くほどに真実を射抜いてくる。
いまは問題だらけでも、高速の移動手段というのは魅力的だ。人に限らず、多くの物をいっぺんに運べるのも重要だろう。
北のアルヘイス領とも線路を繋げようと、スピアは考えているそうだ。
壮大な計画だが、スピアの不可思議な魔法があれば実現可能とも思える。
成功すれば、ひよこ村は中継地点として栄えるだろう。
「村のこっち側は、駅区画として整備してるんです」
「住民区画と分けているのか。いずれ宿場街となれば……まあ確かに、計画だけなら誉めたいところだがなぁ」
駅舎、とスピアは言っていた。
トロッコの発着場を中心として、宿屋や商店を揃えたいそうだ。
すでに建物だけなら完成している。スピアの魔法ならば、細かな修正も簡単だ。
あとは商人の誘致が必要になるか?
その辺りは領主である父の協力が必要になってきそうだな。
事によっては、国を挙げての支援が行われる計画にも成り得るか。
「ということで、目玉商品です」
「……は?」
「村興しみたいなものですから、まずはこれで人を呼び込みます」
自信たっぷりに言うスピアの手には、ふたつの白い物体。
柔らかそうで、仄かに甘い香りが漂っている。
「ソフトクリームです。バニラがあって助かりました」
「そふと……? ふむ、氷菓子の類か?」
とりあえず渡されるままに受け取る。ひとつは、もうスピアが舐めていた。
頬っぺたに白いクリームをつけながらも、スピアは子供みたいに顔を綻ばせる。
いつも思うが、本当に美味しそうな表情をする。
そして実際、スピアの料理が美味であるのはこれまでの実績が証明していた。
「トロッコのような危険はなさそうだな。どれ……?」
私も試しに、と口をつける。
途端に口の中で幸せが広がった。正しく蕩けてしまう、一瞬の幸せだ。
冷たくて甘い、というだけでは言葉足らずだろう。
なんとも贅沢な美味しさだ。お菓子という括りにしてしまうのも勿体無い。
「下のカップも食べられますよ」
「ほう……クッキー、とは少し違うか。サクサクとして楽しいな」
「湿った食感もオススメです」
氷菓子と言えば、私が知っているのは果実を凍らせたような硬い物ばかりだった。
けれどこのソフトクリームは違う。
こってりとしたスープのように柔らかい。食感も、その味も。
それでいて後味は爽やかだ。
あっという間に食べ終えてしまった。
すると、もうひとつ差し出される。今度は白と紫の二色が渦を巻いていた。
「サツマイモクリームも作ってみました」
「以前に孤児院で召喚したアレか……ん、この甘味も独特で癖になりそうだな」
「食べ過ぎると、お腹を壊しちゃいますけどね」
確かに体も冷えるので、いくつも食べるのは良くなさそうだ。
ユニなどがいたら、注意も聞かずに後で後悔していたかも知れんな。
もちろん私は自制しておいた。少々、残念ではあったが。
しかし一時の贅沢としては極上と言えるだろう。
なかなか真似できる料理ではなさそうだし、充分に特産品と成り得る。
噂が広まれば客も呼び込めるだろう。
ただでさえ、スピアは美味しい料理のレシピをいくつも抱えているのだ。
「あとは、駅弁とかも考えてます」
「……? なんだそれは? また危険な物か?」
「美味しい物です!」
「はぁ、よく分からんが……その計画について詳しく聞かせてもらおう。こちらでも協力できることがありそうだからな」
ひよこ村が賑わえば、クリムゾンの街にとっても利益になる。
これから私たちは帝国へ向かうが、留守の間にも進められることはあるだろう。
それに、スピアが望むならば可能な限りは手助けをしたい。
恩返し、といつまでも言うのは寂しい気もするな。忘れてはいけないとも思うが。
友人としてもまあ、同じ気持ちではある。
「それじゃあ、第二回の試運転といきましょう」
「……は? 待て、まさかまた―――」
「今度は安全装置を付けました。飛ばないはずです」
いつの間にか、ぷるるんが背後に迫っていた。そのままトロッコに押し込まれる。
また急加速から始まって―――。
確かに、飛びはしなかった。
しかし派手に転んだ。
そして魔導装置の故障なのか、トロッコは爆裂した。
「むぅ。運転の練習をした方がいいみたいです」
「最初に気づけ!」
開発者が突撃思考すぎるという重大な欠点を抱えながらも、トロッコの改良は進んでいった。
爆発オチは基本。
次のトロッコは上手くやってくれるでしょう。