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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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国境へ


 ジュタールの脱走劇が未遂に終わって、数日―――。

 王都からの援軍、およそ二万が小砦に到着した。


 総大将はクリムゾン伯爵。新女王となったレイセスフィーナが自ら出陣すると主張したが、側近たちによって止められた。

 とりわけ胃痛を堪えながらのザーム親衛隊長代理の説得が、効を奏したらしい。

 そうして信頼できる者に手柄を立てさせる意図もあって、クリムゾンに兵が預けられた。


「息災なようでなによりだ。エキュリアも、スピア殿も」


「“殿”はやめてください」


「ははっ、本当に相変わらずなようで安心したぞ」


 真剣な表情を緩めて、クリムゾン伯爵は豪快に笑う。

 どちらかと言えば文官寄りな性格のクリムゾン伯爵だが、兵を率いる姿も堂々としている。恰幅がよいので甲冑も似合っていた。


「今回もまた随分と活躍したようだな。『女王の秘剣』に相応しくなってきたか?」


「父上まで、そのような二つ名で呼ぶのはやめてください!」


「良いと思うのだがな。私も父として誇らしいぞ」


 久しぶりに親子の時間を取りつつ、一日を兵の編成に当てた。

 そうして翌日、オルディアン城砦の奪還へ向けて軍勢は出立する。


 軍勢なのだから、当然ながら戦いを想定しての行動だった。

 城砦を占拠する帝国軍との激戦が繰り広げ―――られることはなかった。


 城砦近くまで迫ると、帝国軍から使者がやってきた。

 戦いの前に話し合いが行われるのは、さほど珍しくもない。魔族という脅威があるために、人間同士では可能な限り犠牲を少なくしようと試みる。

 そして帝国軍からの提案は、ある意味では予想通りのものだった。


「我らは城砦を明け渡し、そちらの捕虜も全員解放しよう。その代わりに、エキュリア殿との一騎討ちを所望する!」


 エキュリアは渋々ながらも承諾して、帝国騎士三名を打ち倒した。

 トンファーフルスウィングで。


「エキュリアさんなら、いつかトンファービームも出せるかも知れません」


「“びぃむ”とやらは知らんが、この武器が素晴らしいのは確かだな。単純だが奥が深い」


 帝国軍の撤退は決まり、まず捕虜の返還が行われた。

 足止めのため少数で城砦に残った勇士たちだ。命を落とした者もいたが、丁重に扱われていたようで、王国側にも温かく迎えられた。


 友人知人である兵士たちが、互いの無事を確認して笑顔を向け合う。

 歓呼に沸く中で、一際騒がしい二人の姿もあった。


「お爺ちゃん! よかった、無事だったんだね!」


「おぉ、メィア。おぬしこそ……怪我はないか? 少し痩せたのではないか?」


 カーディナル伯爵も無事に解放されて、抱きついてくる孫娘メィアを受け止める。

 普段は威圧的な顔ばかり見せていたカーディナルだが、この時ばかりは相好を崩していた。


「私はほら、見た通りだよ! この鎧が守ってくれたの」


「む……そ、そうか。役に立ったなら、特注した甲斐もあったが……」


「あとね、エキュリア様に剣も習ったの。凄かったんだよ、あっという間に帝国軍を追い払っちゃって!」


「おお、そういえば礼を言わねばならんな。儂が不甲斐ないばかりに、多大な迷惑を掛けてしまった」


 其々に再会を喜ぶ一方で、別れを“惜しまない”者もいた。

 王国側からの捕虜返還も行われたのだ。


「なぁラヴィ、本当に俺と来ないでいいのか? 素直になった方がいいぜ?」


「あれだけ無様を晒して、よく言えるわね。さっさと行きなさいよ」


 辛うじて命を取りとめたジュタールも、帝国へ返される運びとなった。

 そのこと自体は当人も喜んでいる。

 けれどラヴィと別れるのは受け入れ難いようで、しつこく言い寄っていた。

 人質の身であり、脱走に失敗して死にかけたというのに、何処までも前向きなジュタールだった。


「だいたいアンタ、使徒としての力も失ったんでしょ? 他人のことより、自分の心配をしなさいよ」


「心配要らねえよ。これでも騎士なんだ、そこそこの贅沢はさせてやれるぜ?」


「しつこいの! 私はお姉ちゃんと一緒にいるって言ったでしょ!」


 眉間に皺を寄せながら、ラヴィはユニの影に隠れるようにする。

 とはいえ、ユニの方が小さいのでまったく隠れられていない。


「お姉ちゃんって……なあ、それ本当なのか? やっぱり子供にしか見えねえぞ?」


「ふん、アンタの目が節穴なだけよ。お姉ちゃんは凄いんだから!」


 痴話喧嘩にもなっていない言い争い。

 そんな二人の間に挟まれたユニは、相変わらずぼんやりとしていた。


 もう虚ろな目はしていない。ただ面倒くさいので、さっさと終わってくれないかなあ、と無言で語っている。

 それでも愛用の黒杖は握っているし―――、


「しつこいのは俺も分かってんだよ。だけど帝国に来れば、おまえも……」


 ジュタールが歩み寄り、ラヴィへ手を伸ばそうとした。

 その瞬間、するりと黒杖が突き出される。


「あ……」


 自然な動作だった。ユニにとっても無意識で、唖然とした声を漏らしてしまう。

 とん、と。黒杖がジュタールの腹に当たった。

 けっして暴力には見えない。だけどそれは必殺にも成り得る一撃だ。

 自分の間合いに入る敵は問答無用で打ち倒す―――そんな癖が、ユニの身体には染み付いていた。


「な、なあ、妙な感覚がいま……うぼああああぁぁぁぁァァァっ!?」


 炸裂した魔力が、ジュタールの全身から溢れ出す。

 痛々しい悲鳴を上げたジュタールは、力なく倒れ伏した。


「……うん。正当防衛」


「その理屈はどうかと思うけど……でもお姉ちゃん、ありがとう。私を守ってくれたんだよね?」


「べつに……ただ、勝手に体が動いただけ」


 無愛想に返すユニだが、ラヴィは嬉しそうに顔を綻ばせる。

 帝国兵に運ばれていくジュタールのことは、すぐに忘れ去られた。







 捕虜の交換と並行して、帝国軍と王国軍は会談の場を設けた。

 戦争に対する補償や、今後の両国の在り方などを取り決めるためだ。

 王国側からはクリムゾン伯爵やエキュリア、帝国側も主だった騎士が参加した。


 勝ったのは王国だが、さほど大きな要求を突きつけはしなかった。

 少々の賠償金と、これまで通りの領土線を認めて貰えれば充分だ。今回の侵攻は小競り合いみたいなものに過ぎず、下手に刺激をして帝国から本気で攻められても困るのだ。


 そういった事情もあって、互いに折り合うのは難しくなかった。

 話し合いは順調に終わりそうだった、が、


「ひとつ、お願いがあります」


 乱入者がいた。スピアだ。

 大切な会談の場にひょっこりと子供が現れたのだから、帝国騎士たちは怪訝な顔をする。クリムゾン伯爵とエキュリアは揃って頭を抱えた。


 こうなる事態も予測して、スピアには待っているよう注意をしておいた。

 見張りの騎士だって置いておいた。だけど力不足だったらしい。


「帝国へ行きたいんです」


「お、おい、スピア……?」


「わたしと、エキュリアさんも一緒です」


 エキュリアは制止しようとしたが、それよりも早くスピアは話を切り出していた。

 唐突な話だったが、居合わせた帝国騎士はキラリと目を輝かせた。

 とりわけ、エキュリアも一緒、という部分に対して。


「我らが国を訪れたいと。それは、どういった目的でしょう?」


「いや待て。そちらに聞かせるような話では……」


「観光です。あちこち見て回るつもりですけど、『永劫剣』にも興味があります」


 なにやら物見遊山な台詞を述べて、スピアは無防備な笑顔を見せる。

 まるきり旅行を楽しみにする子供みたいな態度だ。

 深く物事を考えていないという点では同じかも知れないが―――、

 エキュリアは頭痛を堪えつつ、スピアの襟首を摘んで顔を寄せる。


「どういうつもりだ? 帝国にはこっそりと向かう予定だったろう!」


「でも折角の機会です。お願いしたら、堂々と入国できるんじゃないですか?」


「あのなぁ、そんな簡単にいくはずが……」


 ない、とエキュリアは口にできなかった。

 背後から、帝国騎士が嬉しそうに声を上げる。


「では、エキュリア殿を親善大使として迎えましょう」


 トンファーフルスウィングは、エキュリアの想像以上に効果を上げていたらしい。

 帝国騎士の目が語っている。

 是非また一騎討ちの機会を得たい。試合でも構わない、と。

 どうやら彼らの常識では、戦いと書いて親善と読むようだ。


「無論、そちらのスピア殿でしたか。供回りの方々も御一緒で構いませぬ。実のところ、キングプルンと戦いたいと申す者もおりましてな。某もその一人で……」


「ぷるるんです。得意技は押し潰しです」


「おお、そちらもやる気充分ですな。これは楽しみだ」


「ぷるっ?」


 いつの間にか、黄金色の塊も現れていた。

 流れるように決まっていく話に、エキュリアは頭痛を覚えずにはいられない。


 単純に帝国へ赴くことだけを考えるなら、悪い話ではないのだろう。

 けれど親善大使なんて肩書きは、この場の決断で名乗って良いものではない。

 本来なら国の代表として、王から任命されるのだ。


 そもそも、たったいままで戦っていた敵国同士だ。

 いきなり親善大使を派遣するというのもおかしい。

 よしんば認められたとしても、外交のために様々な仕事を行う義務が生じてくる。


 とても自分には務まらない、とエキュリアは断言できる。

 なによりの不安の種は、スピアが一緒ということだ。


「おい、分かっているのか? おまえも親善大使一行としての肩書きを背負うことになるのだぞ? 国の代表だ。下手な騒動を起こせば、冗談では済まされん」


 慌ててスピアの肩を引き寄せ、声を潜める。

 エキュリアはこれでもかと困った顔を見せたが―――。


「大丈夫です。諺でも、旅の恥はかき捨てって言いますから」


「恥を捨ててどうする! そんな諺こそ捨ててしまえ!」


 スピアは無邪気な笑みを見せる。不安の欠片すら感じさせない。

 エキュリアが怒鳴っても、さらりと受け流されてしまう。


「多少の問題くらいなんともないです。それよりも、コソコソしないで済む方が重要です」


「む……まあ確かに、おまえに隠密行動を要求するのは難しそうだが……」


「それに、折角の旅行なんですよ」


 にんまりと、スピアは笑顔を輝かせる。


「エキュリアさんにも楽しんでもらいたいです」


 そう悪意無く言われてしまっては、エキュリアも返す言葉がなくなる。

 眉根を寄せたエキュリアだが、緩みそうになる口元をそっと覆い隠した。


「まあ、なんだ、なるべく良い方向に話を持っていくとしよう」


「はい。旅は道連れ、世は情けです」


 なにやら尤もらしいことを言って、スピアは平坦な胸を反らす。

 偉そうな仕草だが、ちっとも威厳なんてない。

 だけど、不思議と頼もしくて―――。


「はぁ……おまえの道連れというなら悪くないか」


 また騒々しくなる旅路を予感して、エキュリアは密かに胸を弾ませていた。



ひとまずここで区切り。

次回は例によって幕間となります。

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