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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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ダンジョンマスターvs武技の使徒③


 今度は何事だ―――、

 鎧姿の幻像を見上げて、エキュリアはそう声を上げようとした。

 けれど咽喉が震えるばかりだ。包囲を作っていた兵士たちも、騒然としているものの満足な言葉は発せられない。


 正しく神々しい幻像を目にした瞬間、全員の心に同じ想いが去来した。

 それは恐怖。自身の内から湧きあがってくる根源的なもの。


『我こそは武技の神マルドース! 人の子等よ、跪け!』


 荘厳な声が響くと同時に、兵士たちは揃って頭を垂れ、膝をつく。

 理屈ではない。身体が勝手に反応していた。


 幻像のマルドースは厳しい顔に満足げな笑みを浮かべ、太い腕を組む。

 ぐるりと兵士たちを見渡してから、その中心で目を留めた。


『貴様は跪かぬか。どうあっても神に仇為すつもりなのだな』


「畳の上なら正座くらいはしますけどねえ」


 スピアは平然として立っていた。

 ただ、淡く輝く幻像を見上げる顔は不機嫌を表している。


「暴力で人を従わせるなんて、ロクな輩じゃありません」


『人が神に従うのは当然ではないか。貴様が異端なのだ。神を傷つけるなど在ってはならぬ。その力も不可解だが……まあいい、貴様が消えれば解決することだ』


 マルドースは腰の剣を抜き放つ。派手な装飾が施されていて、それもまた神々しさを漂わせている。

 神秘的な輝きをスピアへ向けると、再び威圧的に告げた。


『この者を、殺せ!』


 兵士たちが揃って顔を上げる。そこには困惑や畏怖が張りついている。

 しかし体は震えながらも動き、剣を握ろうとして―――、


「―――断る!」


 涼やかな声が、一同を制止した。

 誰も彼もが跪く中で、エキュリアは毅然として立ち続けていた。


 何故、神の言葉に逆らえるのか? 

 胸の奥底から湧きあがってくる恐怖に抗えるのか?

 エキュリア本人にも分からず困惑している。

 それでも意志を込めて、マルドースの幻像を睨みつけた。


「神だかなんだか知らぬが、人の心まで操れると思うな! 我が忠誠は貴様などに奉げたものではない!」


『貴様……何故、逆らえる? 貴様も神敵になると言うのか?』


「黙れ! 友を守るのに、神の許可など要らぬ!」


 一欠片すら迷いのない宣言は、静まり返った場に染み渡っていく。

 兵士たちもぼんやりと理解していた。

 目の前に現れた幻像は神なのだと。けっして逆らってはいけない相手なのだと。


 けれどその呪縛は解ける。

 皆を捉えていた震えは、いつの間にか治まっていた。

 命令に従うまま剣に伸びていた手も自由に動く。まだ全員ではなかったが―――。


「……おいおい神様よ、どうなってんだ? なんだか気圧されてねえか?」


 疑念の声を投げたのはジュタールだ。

 業火に焼かれた傷はすでに回復している。マルドースの幻像が現れると同時に、瞬く間に癒しが齎されていた。


 神が救いの手を差し伸べてくれた。しかも、わざわざ姿を見せてまで。

 使徒としては、この上なく頼もしい状況のはずだった。

 けれど、どうにも風向きが怪しい。

 これまで散々に非常識な目に遭ったおかげで、ジュタールも神への信頼が揺らいでいた。あるいは、スピアへ対抗する心が折れかけていると言うべきか。


「ここは慎重になった方がよさそうだぜ? 俺はもう脱出できれば充分なんだが」


『……愚かな。神を疑うな。我が力を見せつけてやろうではないか』


「見せつけなくていいです」


 え?、とジュタールとマルドースは揃って首を回す。

 両者の正面に、スピアが立っていた。

 いつの間に近くに―――などと問う暇もなく、拳が突き出される。


「んゴッ―――」『ぃばらぁっ!?』


 使徒と神、二つの濁った悲鳴が重なった。

 スピアが殴り掛かり、小さな拳がジュタールの顔面に叩き込まれた。

 傍目にはそうとしか映らなかった。


 けれどジュタールだけでなく、マルドースの幻像も同じように殴り飛ばされる。

 しかも派手に転がったマルドースは、顔が半分ほどひしゃげ、首があらぬ方向に曲がっていた。


『ぐぅっ……ぎ、貴様、またも神に対して……けっして許されぬぞ!』


「わたしが許します。自画自許です」


 そんな言葉はない、とエキュリアが呟く。

 けれどその表情は緩んでいて、眼差しでは別のことも告げていた。


 私も許す、やってしまえ、と。


「っていうことで、メィアちゃんを怖がらせた報いを受けてもらいます」


「ま、待てよ。神の命令に従っただけで、俺は―――」


 抗弁ごと砕くように、スピアの蹴りが炸裂する。

 また濁った悲鳴がふたつ重なる。まるで大型弩砲バリスタから撃ち出されたかのように、ジュタールの体は宙を待った。

 マルドースの幻像も同じく。

 兵士たちの輪を飛び越えて、砦内の壁にドーンと激突した。


『ぐ……な、なんなのだ、あの娘は!? ここまで非常識だとは聞いておらんぞ!』


「俺が知るかよ! なんとかしろよ、神なんだろ!?」


 全身をバラバラにされそうな痛みを覚えながらも、ジュタールは立ち上がる。

 一方、マルドースも酷い有り様になっていた。流麗な線を描いていた鎧は、あちこちが歪んで、もはや見る影もない。いくつか外れている部位もある。威圧感のある顔はべったりと赤黒く濡れていた。


 両者とも傷はすぐに癒えたが、けっして無事とは言えなかった。

 しかしそもそもマルドースは幻像であって、本体は神域に在る。どれだけ使徒が痛めつけられようとも、まったく影響は及ばないはずだった。

 使徒との繋がりを介して打撃を徹す―――なんて、神にとっても不可解な所業だ。


 だからマルドースには、何が起こっているのかも分からない。

 それでも神として、人間の小娘一人に敗北するなど認められなかった。


『我が完全に降臨できれば、この一帯ごとすべてを消し去ってくれるものを……』


「だったら、そうすりゃいいじゃねえか!」


『神にも制約はあるのだ! 貴様こそ、己の不甲斐なさをなんとかしろ!』


 なにやら醜い言い争いだった。

 そうしている間に兵士の列が割れる。

 その列の中心をスピアは自然体で歩みながら、ジュタールとマルドースをじっと見据えた。


「やっぱり浸透撃は難しいですね。内側からバラバラになるくらいに叩き込んだつもりなんですけど、思った以上にしぶといです」


「お、おい、なんか物騒なこと言ってやがるぞ!」


『ええい、訳が分からぬが……こうなっては仕方ない』


 幻像のマルドースが、ジュタールの肩に手を置いた。

 元より淡く輝いていた全身が、よりいっそう強く光を放ちはじめる。


『可能な限りの神力を与えてやる。なんとしても、あの小娘を滅するのだ!』


「お、おう! 力を与えてくれるなら文句は……」


『貴様にはもっと長く働いてもらいたかったがな。最後にひとつ、大きな手柄を立ててもらうことで満足としよう』


「え? ちょっ、待て! それって危ない意味じゃ―――」


 瞬間、音が消えた。

 まるで世界のすべてが静止したかのように、ジュタールの感覚だけが加速される。

 大勢いる兵士たちも身動きひとつしていない。スピアも足を進めようとしたまま、眼差しさえも完全に固定されていた。


 これまでも加護を発動させるたびに、ジュタールは似た光景を見てきた。

 静止とはいかず、停滞に近い“遅延”程度だったが―――。


 けれど今回は格別だ。

 神力が惜しみなく注がれただけあって、なにもかもが音ひとつなく静止している。

 おまけに、その効果は長く持続するようだった。


『ふむ……料理ひとつ作る時間くらいはありそうだな。この砦の兵も、半数くらいは殺せるであろう』


「おい! それより最後って、どういう意味だよ!?」


『神の力を人の身で受けるのだ。過剰な力が身を削るのは当然であろう?』


「んなっ……お、俺の命を勝手に使ったのかよ!」


 静止した場に、ジュタールの怒声が響く。

 知らない間に毒を飲まされたようなものなのだから、当然の反応だった。

 けれどマルドースは面倒くさそうに鼻を鳴らすと、それよりも、と指差す。


『さっさとあの小娘を始末しろ。神に逆らおうとした、他の愚か者どもも含めてな。急いで事を済ませば、貴様の命も助かるかも知れんぞ』


「っ……く、くそっ! やればいいんだろ!」


 忌々しげに顔を顰めつつも、ジュタールは剣を握る。

 身じろぎすらしないスピアの前に立つと、軽く目礼した。


 先程もスピアへ殺意を向けたジュタールだが、もう状況は随分と違っている。

 神に対する疑念は深まり、無防備な子供を害する罪悪感の方が大きくなっていた。


「悪いな、俺も命は惜しいんだ。せめて苦しまないように心臓を一突きで……」


「それはイヤです」


 ギョロリ、とスピアの眼が動く。

 視線がジュタールを捉えると同時に、小さな手が剣を弾いた。


「え……っ!?」


 驚愕の声が漏れる間にも、スピアは反撃に移っていた。

 一気にジュタールとの間合いを詰める。

 放たれた蹴りは、ジュタールの膝を砕いた。


「ガッ、ぁ……な、なんで……?」


 どうして動けるのか?

 この場は謂わば、神の力によって支配されている。

 他の者は事態を認識すらしていない。加速した感覚についてこられないからだ。


 なのに、どうして、平然と―――、

 そう疑問と驚愕に目を見張ったのは、マルドースも同じだった。

 けれどスピアは何も起こっていないように述べる。


「速さ重視の訓練をしておいて正解でした」


『は……? 速さだと!? そのような陳腐なものではない! 我が力は……』


「要は、時間を味方にすればいいんです。コツを掴めば簡単でした」


 言いながら、スピアは拳を腰溜めに構える。

 その拳が振るわれればどうなるか―――凄惨な未来が容易に想像できて、ジュタールは顔色を蒼褪めさせた。


 逃げようともした。けれどそれは叶わない。

 膝を砕かれると同時に地面が隆起し、足首をがっちりと掴んでいた。


「ダンジョン武闘術、奥伝―――」


『ま、待て! 神に逆らうのがどういう意味か……!』


 幻像のマルドースも焦った声を上げる。

 しかしスピアは止まらない。一切構わず、拳を突き出した。何十発と。


 それは一瞬の内の一瞬。苛烈なまでの連打だ。

 拳の雨はジュタールを打ち据え、全身に衝撃を叩き込み、悲鳴すら押し潰す。

 凄まじい拳の弾幕は、最後にジュタールの体を頭上高くへと突き上げた。


「―――拘束百烈拳です!」


 勝利宣言のような涼やかな声。

 後に重なる痛々しい絶叫は、当然ながらジュタールとマルドースのもの。


 ジュタールに叩き込まれた衝撃は、そのままマルドースにも伝わった。

 ただし若干の時間差を置いて、一点に集まり、爆発する形で。

 全身を打ち据えられる代わりに、幻像の胸には大穴が空く。

 神々しい光に赤黒いものが混じって―――怨嗟じみた叫びとともに、マルドースの姿は花火のように弾けて消えていった。


 胸の半分以上が吹き飛んだのだから、人間なら間違いなく致命傷だ。

 神の命がどうなるのかは不明だが、ともあれ、この場での干渉は終息する。

 ジュタールに与えられていた神力も霧散していく。

 音が戻り、兵士たちのざわめく声が流れる中で、ジュタールは地面に激突した。


「ぶえっ……!?」


 無様な悲鳴に、場の注目が集まる。

 顔面から落下したジュタールは、あちこちが拉げ、潰れたりしていた。それでもまだ全身が微かに震えて、息はある様子だ。

 とりあえず戦闘不能なようだが、兵士たちは事態を掴めずに困惑している。


「んん~……これは、アレですね」


 ぽん、と手を叩く音が響いた。

 スピアはぷるるんに手招きする。そうして黄金塊の上にぴょこんと跳び乗ると、腰に手を当てて得意気な笑みを浮かべた。


「敵使徒ジュタール、ひよこ村村長スピアが討ち取ったぁ!」


 どんな勝ち鬨だ!?、と頬を歪める者が多数。

 それでも一同は安堵の息を吐いて、戦いの終わりを迎え入れた。



敵が時間を止める?

なら、もっと早く動けばいいじゃない。


そんなワケで、勝利です。

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