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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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ダンジョンマスターvs武技の使徒②


 重甲冑から溢れた光は、メィアを守る結界となって固まる。

 防御に特化した結界だ。悪意ある者を寄せつけず、あらゆる攻撃を弾き返す。

 すぐ近くにいたジュタールも弾き飛ばした。


「っ……また魔導武具かよ!」


 驚愕に顔を歪めたジュタールだが、さほど混乱してはいなかった。

 体ごと飛ばされはしても怪我も負っていない。空中で身を捻り、着地する。

 そこへ、包囲を作っていた兵士たちが殺到する。いくらか困惑している者もいたけれど、人質が解放されたのだから当然の行動だ。


 ただ、最適とは言い難かった。

 何本もの剣が振り下ろされ、血飛沫が上がる。

 しかし痛みに声を上げたのは襲い掛かった兵士たちの方だった。


「はっ、結局は強行突破になるか。面倒くせえことになったな」


 鮮血が舞い散る中、ジュタールは包囲から抜けていた。身体には傷ひとつ負っていない。また瞬間移動でもしたように、その動きは兵士たちの目に捉えられていなかった。

 包囲はまだ完全に突破されておらず、ジュタールは中央に戻っただけだ。

 一人の脱獄者が追いつめられた光景にも見えるのだが―――。


「迂闊に手を出すな! 距離を取れ!」


 エキュリアの指示に従って、包囲の輪が後ろへと下がる。

 尋常な事態でないのは、兵士たちにも察せられた。

 ジュタールの能力は得体が知れない。無闇に襲い掛かっても、逆に斬り伏せられるのは明らかだった。


「いい判断だな。あとは、俺が出て行くのを見逃してくれりゃいいんだが……」


 ジュタールの視線は、エキュリアの斜め後ろへと向けられた。

 そこに居たのはラヴィだ。ユニの手を引いて、兵士に囲まれながら退いている。


「ラヴィ! 本当に帝国に戻らなくていいんだな!?」


「言った通りよ! 私は―――」


 返答は寸断される。突如現れた土壁によって。

 二人の会話を待つほど、スピアは気の利く性格ではなかった。

 ダンジョン魔法によって作られた土壁は、ジュタールを前後から挟み込む。そのまま押し潰そうとした。


「っ―――なんの魔法だ、コイツは!?」


 土壁がぶつかり合う音に、罵声が重なった。

 ジュタールは挟まれずに脱出していた。また瞬間移動したように、今度は高々と跳躍している。


 けれど空中に逃げたのは失敗だった。

 ぶつかり合った壁は崩れたかと思うと、岩弾となってジュタールを襲う。


「ぐっ……そういや、追撃部隊の話で土魔術師がいるとかって言ってたな」


 いくつかの岩弾がジュタールの体を掠める。

 それでもまだ深刻な傷には至らない。今度は瞬間移動はしなかったが、ジュタールは空中で身を捻っていた。咄嗟に障壁も張って身を守ると、着地してすぐに体勢を立て直した。

 広がった包囲の中心で、再びスピアとジュタールは対峙する。


「連続では発動できないって、定番ですね」


「……いまのはテメエの仕業か? 魔物使いで土魔術師で、随分と多才だな」


「魔術師じゃないですけどね。まあ、どうでもいいです」


 スピアは僅かに目を細める。注意を向けたのは、ジュタールの胸の中心部だ。

 土壁から逃れた際に、そこから微かな光が漏れていた。


「神がどうこう言ってましたよね。聞き逃すのはよくなさそうです」


 ジュタールに加護を授けたのは、武技の神マルドース。

 太陽と勝利の神ライドラハラトの眷属神だと、スピアはエキュリアから教えてもらった。


 あまり興味はない。人攫いのお仲間、という程度の認識だ。

 けれど命を狙われるというのは穏やかな話ではないし、それで周囲の人間に害が及ぶのなら放置はできない。スピアだって真剣になる時はある。


「俺もよく分かんねえが……賞金首みたいなもの、って御言葉だ」


「わたしが賞金首ですか。やっぱり逆恨みみたいですね」


「ってことで、悪いがおまえを殺して、ここから脱出させてもらうぜ」


 気乗りしないように言いながらも、ジュタールはそっと腰を落とす。

 油断なく剣を構え、兵士たちを警戒しながらも、明確な敵意をスピアへと向けた。


「お爺ちゃんが言ってました」


 対するスピアは、自然体で立ったままだ。

 けれどけっして無防備ではなく、柔らかな緊張感を纏っている。


「変な因縁をつけてくる相手は、徹底的に懲らしめろって。仲間がいるなら尚更です」


「神の言葉を因縁扱いかよ……しかし、過激な爺さんだな」


「畑いじりが趣味ですよ。優しいです」


 唇を尖らせて反論するスピアだが、残念ながら説得力はない。

 どう考えても過激だろう、とエキュリアや周囲の兵士たちまで無言で訴えていた。

 敵に囲まれているのはジュタールなのに意見が一致するという、なんとも微妙な空気が漂う。でもそれも短い間のことだ。


「どっちにしても、神を懲らしめるなんて無理だろ。その前に俺が―――」


 言葉を遮ったのは重い轟音。ジュタールの足下から、地面が柱となって隆起した。

 咄嗟に跳び退こうとしたジュタールだが、それも阻まれる。足場となった柱が一気に崩れ去った。

 さらに、真下から業火が吹き出す。


「んがっ……!」


 悲鳴ごと炎に包まれた。しかし一瞬の後には、ジュタールの姿は消えていた。

 炎の中から、スピアの眼前へと移動している。薄茶色だった髪は所々が黒く焦げていたが、さほど火傷は酷くないようだった。

 そしてジュタールは、大きく掲げた剣を振り下ろす。


「このクソガキ……っ!」


 いきなり目の前に現れての剣撃。まず防げるものではない。

 スピアも動かなかったが―――代わりに、地面が動いた。


 ぐるりと半円を描くように、地面ごと滑走したスピアはジュタールの背後を取る。

 直後、呆気に取られているジュタールを蹴り飛ばした。


「ぬがっ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?」


 蹴り飛ばされた先で、またジュタールは業火に包まれる。

 すでに砦全体、周囲すべてがスピアの『領域』だ。ダンジョン魔法は使い放題。

 どれだけジュタールが素早く動こうとも、一瞬でも足が止まればトラップの餌食となる。たとえ足が止まらなくても、スピアは強引に止めようとする。


 ジュタールが新たに授かったのは『瞬速』の加護だ。

 瞬間移動ではなく、単純に素早く動けるのとも少々異なる。まるで自分以外の時が停止したかのように、認識能力まで圧倒的に加速される。それこそ相手にまったく認識されないまま、剣を奪い、首を落とすことすら可能だ。


 一対一の戦いでは絶大な威力を発揮するだろう。

 ただしスピアが見抜いたように、連続での『瞬速』発動は行えない。

 発動していられる時間も限られていて、ひとつふたつ呼吸する程度の短い時間でしかない。

 だから、辺り一帯が炎に包まれたような状況には抗えなかった。


「んん~……頑丈なのも、使徒効果ってやつなんですかね」


 広がった業火の中から、ジュタールが転がり出る。

 全身を焼かれていたが、地面に擦り付けるようにして炎を打ち消した。

 その体は薄っすらと青白い光に包まれている。焼け爛れた肌が、緩やかな速度だが治癒していくのが見て取れた。


「けっこうウェルダンに焼いたつもりなんですけどね。もっと強火がいいのかな?」


「ぐ、っ……テメエはもう許さねえ! 楽に死ねると―――!」


 また地面が跳ねて、ジュタールは再び炎の中へ放り込まれる。

 今度は『瞬速』ですぐに脱出したが、直後、また跳ね上がった地面によって炎の中に叩き戻された。


「んぬがぁぁぁああああぁぁぁぁぁーーーーーー!」


 連続では発動できない『瞬速』。辺り一帯すべてがトラップ。

 ふたつが噛み合わされば、つまりはまあ酷いことになる。

 頑丈で治癒力に優れた体というのも、不幸な情景を加速させていた。


 それでもまたジュタールは炎の中から這い出てくる。

 包囲を作っているエキュリアや兵士たちは、いつの間にか哀れみの眼差しを向けていた。


「うぅぅ……こんな、魔法なんざ……俺の装備が万全なら……」


 割と整った顔立ちをしていたジュタールだが、もはや見る影もない。艶のあった髪はちぢれ、頬は土埃や涙も混じって真っ黒に濡れている。

 それを見下ろすスピアは、ふと首を傾げた。


「装備って、もしかしてこれですか?」


 手元に浮かべた『倉庫』の影から、二本の剣を取り出す。

 ジュタールが持っていた刺突剣レイピア短剣マインゴーシュだ。刺突剣の方はエキュリアに折られたが、すでにスピアの手で修復されて鋭利な輝きを放っていた。


 短剣の方には、魔法を斬り裂く効果が付与されている。

 ジュタールの手にあれば、確かに違った展開もあったかも知れない。


「そ、それだ! 返せよ! そいつは俺の物で、神の祝福を受けた特別な……」


「返しません!」


 スピアはあっさりと言ってのける。

 と同時に、また地面が跳ねた。ジュタールが炎の中に叩き返されて、先程と同じ光景が描かれる。


 炎に巻かれるジュタールを視界に収めつつ、スピアは短剣の方へ注意を向けた。


「でも祝福ですか。変な感じはしてたんですけど、良いことを聞きました」


 スピアは目を細める。標的はジュタールだけではない。

 その背後にいる武技の神マルドースも、敵として認識していた。

 目の前にいない相手なので、どう対処しようか思案していたのだが―――。


「こっちを突つけば、姿も見せてくれそうですね」


 片手で短剣を掲げて、ズビシ、と。

 剣の腹へ向けた指先を、スピアは鋭く突き出した。目潰しをするみたいに。


『―――ぬがぁぁぁぁぁぁっ!?』


 濁った声が響き渡る。

 さながら雷鳴の如く、砦全体を震わせる絶叫だった。


 兵士たちの中には耳を塞ぐ者や、得体の知れない恐怖を覚える者もいた。

 間近に感じられる声に、スピアも思わず眉根を寄せる。


「うるさいです。喚くよりも、さっさと姿を見せてください」


『ごぉぁっ!? こ、これは貴様の仕業、がっ、やめ……っ!?』


 ビシビシと、突きが繰り出される。

 その度に、姿の見えない相手の抗議と悲鳴が響いてきた。


『いっ……いい加減にしろぉぉっ!』


 怒鳴り声とともに、短剣から弾けるような光が放たれた。刀身が砕け散る。


 同時に、ジュタールの全身からも青白い光が溢れていた。

 砕けた短剣から流れ出た光と重なり合い、渦を巻き、人に似た形を取っていく。

 幻想的な輝きではあった。けれど、それが織り成す姿は物々しい。


『許さぬ……許さぬぞ! 神を虚仮にしおって!』


 現れたのは、大柄な鎧に身を包んだ壮年の男。

 厳しい顔を怒りに染めて、いまにも斬り掛からんばかりにスピアを睨み据えた。



いつの間にか賞金首になっていたスピア。ゲームのボーナスキャラ扱いです。

でも、ただでボーナスをあげるつもりはありません。


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