ダンジョンマスターvs武技の使徒②
重甲冑から溢れた光は、メィアを守る結界となって固まる。
防御に特化した結界だ。悪意ある者を寄せつけず、あらゆる攻撃を弾き返す。
すぐ近くにいたジュタールも弾き飛ばした。
「っ……また魔導武具かよ!」
驚愕に顔を歪めたジュタールだが、さほど混乱してはいなかった。
体ごと飛ばされはしても怪我も負っていない。空中で身を捻り、着地する。
そこへ、包囲を作っていた兵士たちが殺到する。いくらか困惑している者もいたけれど、人質が解放されたのだから当然の行動だ。
ただ、最適とは言い難かった。
何本もの剣が振り下ろされ、血飛沫が上がる。
しかし痛みに声を上げたのは襲い掛かった兵士たちの方だった。
「はっ、結局は強行突破になるか。面倒くせえことになったな」
鮮血が舞い散る中、ジュタールは包囲から抜けていた。身体には傷ひとつ負っていない。また瞬間移動でもしたように、その動きは兵士たちの目に捉えられていなかった。
包囲はまだ完全に突破されておらず、ジュタールは中央に戻っただけだ。
一人の脱獄者が追いつめられた光景にも見えるのだが―――。
「迂闊に手を出すな! 距離を取れ!」
エキュリアの指示に従って、包囲の輪が後ろへと下がる。
尋常な事態でないのは、兵士たちにも察せられた。
ジュタールの能力は得体が知れない。無闇に襲い掛かっても、逆に斬り伏せられるのは明らかだった。
「いい判断だな。あとは、俺が出て行くのを見逃してくれりゃいいんだが……」
ジュタールの視線は、エキュリアの斜め後ろへと向けられた。
そこに居たのはラヴィだ。ユニの手を引いて、兵士に囲まれながら退いている。
「ラヴィ! 本当に帝国に戻らなくていいんだな!?」
「言った通りよ! 私は―――」
返答は寸断される。突如現れた土壁によって。
二人の会話を待つほど、スピアは気の利く性格ではなかった。
ダンジョン魔法によって作られた土壁は、ジュタールを前後から挟み込む。そのまま押し潰そうとした。
「っ―――なんの魔法だ、コイツは!?」
土壁がぶつかり合う音に、罵声が重なった。
ジュタールは挟まれずに脱出していた。また瞬間移動したように、今度は高々と跳躍している。
けれど空中に逃げたのは失敗だった。
ぶつかり合った壁は崩れたかと思うと、岩弾となってジュタールを襲う。
「ぐっ……そういや、追撃部隊の話で土魔術師がいるとかって言ってたな」
いくつかの岩弾がジュタールの体を掠める。
それでもまだ深刻な傷には至らない。今度は瞬間移動はしなかったが、ジュタールは空中で身を捻っていた。咄嗟に障壁も張って身を守ると、着地してすぐに体勢を立て直した。
広がった包囲の中心で、再びスピアとジュタールは対峙する。
「連続では発動できないって、定番ですね」
「……いまのはテメエの仕業か? 魔物使いで土魔術師で、随分と多才だな」
「魔術師じゃないですけどね。まあ、どうでもいいです」
スピアは僅かに目を細める。注意を向けたのは、ジュタールの胸の中心部だ。
土壁から逃れた際に、そこから微かな光が漏れていた。
「神がどうこう言ってましたよね。聞き逃すのはよくなさそうです」
ジュタールに加護を授けたのは、武技の神マルドース。
太陽と勝利の神ライドラハラトの眷属神だと、スピアはエキュリアから教えてもらった。
あまり興味はない。人攫いのお仲間、という程度の認識だ。
けれど命を狙われるというのは穏やかな話ではないし、それで周囲の人間に害が及ぶのなら放置はできない。スピアだって真剣になる時はある。
「俺もよく分かんねえが……賞金首みたいなもの、って御言葉だ」
「わたしが賞金首ですか。やっぱり逆恨みみたいですね」
「ってことで、悪いがおまえを殺して、ここから脱出させてもらうぜ」
気乗りしないように言いながらも、ジュタールはそっと腰を落とす。
油断なく剣を構え、兵士たちを警戒しながらも、明確な敵意をスピアへと向けた。
「お爺ちゃんが言ってました」
対するスピアは、自然体で立ったままだ。
けれどけっして無防備ではなく、柔らかな緊張感を纏っている。
「変な因縁をつけてくる相手は、徹底的に懲らしめろって。仲間がいるなら尚更です」
「神の言葉を因縁扱いかよ……しかし、過激な爺さんだな」
「畑いじりが趣味ですよ。優しいです」
唇を尖らせて反論するスピアだが、残念ながら説得力はない。
どう考えても過激だろう、とエキュリアや周囲の兵士たちまで無言で訴えていた。
敵に囲まれているのはジュタールなのに意見が一致するという、なんとも微妙な空気が漂う。でもそれも短い間のことだ。
「どっちにしても、神を懲らしめるなんて無理だろ。その前に俺が―――」
言葉を遮ったのは重い轟音。ジュタールの足下から、地面が柱となって隆起した。
咄嗟に跳び退こうとしたジュタールだが、それも阻まれる。足場となった柱が一気に崩れ去った。
さらに、真下から業火が吹き出す。
「んがっ……!」
悲鳴ごと炎に包まれた。しかし一瞬の後には、ジュタールの姿は消えていた。
炎の中から、スピアの眼前へと移動している。薄茶色だった髪は所々が黒く焦げていたが、さほど火傷は酷くないようだった。
そしてジュタールは、大きく掲げた剣を振り下ろす。
「このクソガキ……っ!」
いきなり目の前に現れての剣撃。まず防げるものではない。
スピアも動かなかったが―――代わりに、地面が動いた。
ぐるりと半円を描くように、地面ごと滑走したスピアはジュタールの背後を取る。
直後、呆気に取られているジュタールを蹴り飛ばした。
「ぬがっ……ああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーー!?」
蹴り飛ばされた先で、またジュタールは業火に包まれる。
すでに砦全体、周囲すべてがスピアの『領域』だ。ダンジョン魔法は使い放題。
どれだけジュタールが素早く動こうとも、一瞬でも足が止まればトラップの餌食となる。たとえ足が止まらなくても、スピアは強引に止めようとする。
ジュタールが新たに授かったのは『瞬速』の加護だ。
瞬間移動ではなく、単純に素早く動けるのとも少々異なる。まるで自分以外の時が停止したかのように、認識能力まで圧倒的に加速される。それこそ相手にまったく認識されないまま、剣を奪い、首を落とすことすら可能だ。
一対一の戦いでは絶大な威力を発揮するだろう。
ただしスピアが見抜いたように、連続での『瞬速』発動は行えない。
発動していられる時間も限られていて、ひとつふたつ呼吸する程度の短い時間でしかない。
だから、辺り一帯が炎に包まれたような状況には抗えなかった。
「んん~……頑丈なのも、使徒効果ってやつなんですかね」
広がった業火の中から、ジュタールが転がり出る。
全身を焼かれていたが、地面に擦り付けるようにして炎を打ち消した。
その体は薄っすらと青白い光に包まれている。焼け爛れた肌が、緩やかな速度だが治癒していくのが見て取れた。
「けっこうウェルダンに焼いたつもりなんですけどね。もっと強火がいいのかな?」
「ぐ、っ……テメエはもう許さねえ! 楽に死ねると―――!」
また地面が跳ねて、ジュタールは再び炎の中へ放り込まれる。
今度は『瞬速』ですぐに脱出したが、直後、また跳ね上がった地面によって炎の中に叩き戻された。
「んぬがぁぁぁああああぁぁぁぁぁーーーーーー!」
連続では発動できない『瞬速』。辺り一帯すべてがトラップ。
ふたつが噛み合わされば、つまりはまあ酷いことになる。
頑丈で治癒力に優れた体というのも、不幸な情景を加速させていた。
それでもまたジュタールは炎の中から這い出てくる。
包囲を作っているエキュリアや兵士たちは、いつの間にか哀れみの眼差しを向けていた。
「うぅぅ……こんな、魔法なんざ……俺の装備が万全なら……」
割と整った顔立ちをしていたジュタールだが、もはや見る影もない。艶のあった髪はちぢれ、頬は土埃や涙も混じって真っ黒に濡れている。
それを見下ろすスピアは、ふと首を傾げた。
「装備って、もしかしてこれですか?」
手元に浮かべた『倉庫』の影から、二本の剣を取り出す。
ジュタールが持っていた刺突剣と短剣だ。刺突剣の方はエキュリアに折られたが、すでにスピアの手で修復されて鋭利な輝きを放っていた。
短剣の方には、魔法を斬り裂く効果が付与されている。
ジュタールの手にあれば、確かに違った展開もあったかも知れない。
「そ、それだ! 返せよ! そいつは俺の物で、神の祝福を受けた特別な……」
「返しません!」
スピアはあっさりと言ってのける。
と同時に、また地面が跳ねた。ジュタールが炎の中に叩き返されて、先程と同じ光景が描かれる。
炎に巻かれるジュタールを視界に収めつつ、スピアは短剣の方へ注意を向けた。
「でも祝福ですか。変な感じはしてたんですけど、良いことを聞きました」
スピアは目を細める。標的はジュタールだけではない。
その背後にいる武技の神マルドースも、敵として認識していた。
目の前にいない相手なので、どう対処しようか思案していたのだが―――。
「こっちを突つけば、姿も見せてくれそうですね」
片手で短剣を掲げて、ズビシ、と。
剣の腹へ向けた指先を、スピアは鋭く突き出した。目潰しをするみたいに。
『―――ぬがぁぁぁぁぁぁっ!?』
濁った声が響き渡る。
さながら雷鳴の如く、砦全体を震わせる絶叫だった。
兵士たちの中には耳を塞ぐ者や、得体の知れない恐怖を覚える者もいた。
間近に感じられる声に、スピアも思わず眉根を寄せる。
「うるさいです。喚くよりも、さっさと姿を見せてください」
『ごぉぁっ!? こ、これは貴様の仕業、がっ、やめ……っ!?』
ビシビシと、突きが繰り出される。
その度に、姿の見えない相手の抗議と悲鳴が響いてきた。
『いっ……いい加減にしろぉぉっ!』
怒鳴り声とともに、短剣から弾けるような光が放たれた。刀身が砕け散る。
同時に、ジュタールの全身からも青白い光が溢れていた。
砕けた短剣から流れ出た光と重なり合い、渦を巻き、人に似た形を取っていく。
幻想的な輝きではあった。けれど、それが織り成す姿は物々しい。
『許さぬ……許さぬぞ! 神を虚仮にしおって!』
現れたのは、大柄な鎧に身を包んだ壮年の男。
厳しい顔を怒りに染めて、いまにも斬り掛からんばかりにスピアを睨み据えた。
いつの間にか賞金首になっていたスピア。ゲームのボーナスキャラ扱いです。
でも、ただでボーナスをあげるつもりはありません。