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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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捕虜


「てぇぇぇぇーーーーーい!!」


 元気の良い掛け声とともに、剣が振り下ろされた。

 直後、ぽよんと跳ね返される。

 キングプルンに物理攻撃は通用しないのだから、まあ当然の結果だった。


 そうでなくとも素人同然の剣筋では、実戦では通用しないだろう。

 でも徐々に上達している気がする―――と、メィア本人だけは自信を深めている。


「うん。今のはいい感じだった。ぷるるんもそう思うよね?」


「ぷるっ?」


 黄金色の塊は、答えをはぐらかすように揺れる。

 だけどメィアはうんうんと頷いて、一人で納得していた。


「エキュリア様の戦いぶりを見た成果かな。見るのも訓練だって言うもんね」


 鼻息も荒く、メィアはまた剣を振るう。

 ひとまず戦いは終わったものの、興奮冷めやらぬメィアは稽古に励んでいた。まだ甲冑も着たままで、お付きの騎士たちは少し離れた場所から温かい目で見守っている。

 多少、呆れた目も混じっていたが、咎める色はない。


「んっふっふ、これなら私が騎士として名を馳せる日も近いね」


 独り言を漏らしながら、メィアは打ち込みを続ける。

 額から汗を流し、剣先が震えてきても、何度も同じ動作を繰り返した。

 ひたすら疲れて、動けなくなるまで。

 興奮を紛らわすため、というのも嘘ではない。

 だけど別の気持ちもあって―――荒い息を落としながら、メィアはぷるるんに寄り掛かった。


「……お爺ちゃん、無事だよね?」


「ぷるぅ」


 金色の粘液体が、ぽよぽよとメィアの頭を撫でる。

 なにやら奇妙な情景だった。

 いたいけな少女が魔物に呑み込まれようとしている、と普通なら危惧するところだろう。

 けれど辺りには優しげな雰囲気が漂っている。

 夕陽を受けて輝く黄金色の塊は、とても頼もしげで、包容力さえ感じさせた。


「うん……ここで心配してても仕方ないよね。いまは自分に出来ることをしないと」


 弾力のある粘液体をひとしきり撫でてから、メィアは晴れやかな表情を浮かべた。


 ひとまずの決着はついたとはいえ、帝国軍との戦いはまだ続いている。

 奪われたオルディアン城砦を取り戻す。王国軍の本体到着を待ってからだが、その際には城砦にいた者を救出する機会があるだろう。戦わずに済む可能性もある。

 そういった可能性を残すために、帝国軍を壊滅させず、追撃もしなかった。

 だから、捕らえられただけならば無事でいられるはず。


 メィアもそう聞かされた事情を、あらためて頭の中で整理した。

 昂ぶっていた気分は落ち着いてくる。

 ひとまず部屋に戻って休もう―――そう身を翻したが、ふと思い至る。


「そうだ。休む前に、ちょっと様子を見ておこう」


 置いてあった兜を小脇に抱えつつ、メィアは自室とは別方向へ足を向けた。

 そちらには、急遽設けられた牢屋がある。

 敗北した帝国騎士ジュタールが捕らえられていた。


「健闘した敵を温かく讃える女騎士……ぬふふ、それも英雄譚の一節として悪くないね。敵からも敬意を向けられちゃうとか、さすがだね」


 もちろん戦って勝利したのはエキュリアで、メィアは応援していただけだ。

 だけどまるで自分の手柄のようにほくそ笑む。

 夢見がちな性格は、そうそう治るものではなかった。


「けっこう偉そうな騎士だったし、お爺ちゃんがどうなったのか知ってるかも」


 重い甲冑をガチャガチャと鳴らしながらも、メィアは軽やかに歩き出す。

 ただ、牢屋へ向かうには無警戒すぎる態度だった。







 灰色の石壁に背中を預けて、ジュタールは項垂れていた。

 腰を下ろした床の冷たさも気にならない。じっと掌を見つめている。

 敗北して捕らえられたのだと、己の置かれた状況を、ジュタールは正確に把握していた。奇妙な打撃武器トンファーで顎を打ち抜かれた瞬間も覚えている。さすがに気絶している間の記憶はないけれど、推測するのは難しくなかった。


 なにせ、すぐ横には頑丈そうな鉄格子がある。

 牢に入れられているのは一目瞭然だ。


「なんだよ、トンファーって……」


 苛立ち混じりに呟く。

 状況は分かっても、それで納得できるかどうかは別問題だった。


「もっと派手な技を使うと思ってたのによお。なのに、あんな小技ばかりで……千人をぶっ倒したんじゃねえのかよ!」


 戦い方が違えば自分が勝っていたのに、とジュタールはぼやく。

 負け惜しみだが、あながち間違ってもいない。

 ジュタールが持っていた短剣マインゴーシュは、神の祝福を受けた特別な武器だ。魔力そのものを切り裂ける。たとえ殲滅魔法を相手にしても、使い方次第では無効化することが可能だった。


 騎士と対する際でも、大技には魔力を用いるものが多い。炎や風を纏った剣撃などは、帝国騎士が得意とするものだ。だから相手の技を無効化し、その隙を突く戦い方でジュタールは勝利を重ねてきた。


 もっとも、エキュリアはそんな技をひとつも体得していない。

 そもそも王国騎士は、派手な技よりも身体強化術に頼る傾向がある。

 ジュタールの目論見は外れたと言うより、些か勉強不足だった。


「だが、傷を治療してくれたのは有り難いな。この手枷は邪魔だが……」


 眉根を寄せて、ジュタールは自身の手首を見つめる。

 嵌めた者の魔力を乱し、強化術さえ使えなくする手枷は、大陸で広く使われている物だ。裁定の神ツェラ=ツェラが技術を伝えたとされている。

 腕を捻ったり、手枷ごと壁に叩きつけたりしても、まず外れそうになかった。


「あー、くそ! もう一回やれば絶対勝てるのによ! どうにか脱出を……」


「おい、喧しいぞ!」


 威圧的な声は、牢の外から投げられた。

 鉄格子と通路を挟んで、小窓つきの扉がある。そこから見張りの兵士がジュタールを睨んでいた。


「目が覚めたのはいいが、大人しくしていろ。エキュリア様の慈悲で生かされているのだと忘れるな」


「はっ、慈悲かよ。感謝はするが次はねえぞ。今度は俺が勝つんだ」


「次がないのは、お前の方だろうが。妙なことは考えるなよ」


 呆れた口調で告げて、見張りの兵士は小窓を閉じる。

 ジュタールはさらに言い返そうとしたが、開いた口をすぐに閉じた。

 いまは負け犬の遠吠えになるだけだと、そう思えるくらいの自制心は持ち合わせていた。


「あ、でも……そうだ! ラヴィはどうなった!? 無事なのか!?」


 鉄格子を掴んで、ジュタールは声を上げる。

 けれど返ってきたのは沈黙だけ。

 捕虜に余計な情報を与える必要はない。見張りの兵士は真面目に務めを果たしていた、が、


「ああ、そうだ」


 やや間を置いてから、思い出したように小窓が開かれた。


「目が覚めたら伝えるように言われている。使徒としての力は消しておいた、と」


「……は? なんだそりゃ? そんなこと、出来るはずが……」


 疑問を述べながら、ジュタールははたと気づく。

 神の加護。使徒としての力を使えば、牢からの脱出も難しくないのではと。

 強化術は封じられているが、加護でも同じような真似は可能だ。

 単純な事実だが、枷を嵌められた経験など初めてだったので気づかなかった。


「ははっ、さてはハッタリか? 俺を脱走させないために……」


 にやりと口元を吊り上げると、ジュタールは加護を発動させようとした。

 一時的に力が増す。邪魔な手枷だって叩き壊せる―――なんてことはなかった。


「……あ、あれ?」


 首を捻る。漏らした声は上擦っていた。

 ジュタールは目を丸くしながら、服の襟元を引っ張って胸元へ視線を向けた。

 そこには使徒の証である『聖痕』が刻まれているはずだった。


「消えてる……? お、おい! どういうことだよ!?」


「騒ぐな! 俺は伝言を預かっただけだ。エキュリア様が何かされたんだろ」


「んなっ……冗談じゃねえぞ! 神の力を消すなんて有り得ねえ!」


「だから俺は知らねえよ。とにかく静かにしてろ」


 小窓が閉じて、薄暗い牢には静寂だけが残される。

 ジュタールは愕然として言葉を失っていた。


 神の加護が消えた。使徒ではなくなった。

 それは単純な力以上に、もっと大きな何かを失ったように感じられた。


 何故だ? どうしてだ? こんなことは嘘だ―――。

 思考を占めるのは疑問と否定。

 現実は受け入れ難く、胸にぽっかりと穴が空いたみたいだった。


「あ……?」


 冷たい床に座り込んだまま、ジュタールは虚空を見つめていた。

 けれど仄かな光が差す。『聖痕』が消え去ったはずの胸元から。

 温かな光は徐々に広がって、同時に、頭に直接響いてくる声もあった。

 牢の外から、なにやらカチャカチャとした音が流れてきたけれど、ジュタールには気に留めている余裕はない。


 そうしている内に扉が開かれる。

 入ってきたのは、メィアとお付きの騎士たちだ。


「あれ? 静かにしてるじゃない」


 牢に歩み寄りつつ、メィアは小首を傾げる。

 ジュタールは項垂れたままで、胸元からの光はすでに治まっていた。


「……アンタは?」


「あ、そうか。名乗りは大切だよね」


 コホン、と咳払いをひとつして、メィアは真面目な顔をする。


「私はメィアメーア・レティ・カーディナル。エキュリア様の弟子で、信頼もされてて、いずれ『大陸最強』の名を継ぐ騎士だよ」


「……なんだそりゃ? 頭、おかしいのか?」


「し、失礼ね! そりゃあちょっと大袈裟かも知れないけど、“いずれ”って付けたんだから嘘じゃないんだから!」


 メィアは唇を尖らせる。

 詰め寄ろうと鉄格子を掴みかけたけれど、ふと思い留まった。

 何故か、背筋に悪寒を覚えたから。


「まあいいぜ……なかなかに偉そうってのは分かったからな」


 ゆらり、とジュタールが立ち上がる。


「それに女ってのも、人質にするのは好都合だ」


 低く濁った声に、破壊音が重なる。

 ジュタールの手枷が砕かれ、鉄格子が乱暴に弾き飛ばされた。



捕虜は、脱走するもの。もう一悶着ありそうです。

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