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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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決着の後に


 鎧を脱ぎ、ソファに腰掛けて、エキュリアはふぅっと息を吐いた。

 小砦の一角に作られた部屋だが、緩やかな光が差し込み、優しい色をした観葉植物も置かれている。シロガネが煎れてくれたお茶の香りも、心地良く緊張をほぐしてくれた。


「お疲れさまです。大勝利ですね」


 対面に座ったスピアも肩の力を抜いている。

 テーブルの上には、お茶だけでなくおやつも用意されていた。

 たっぷりとシロップを垂らされたホットケーキは、溶けたマーガリンと一緒に甘い匂いを漂わせている。


「確かに勝利だが、おまえは気を抜きすぎではないか?」


「ホットケーキは冷めると美味しくありません」


「いや、そんな問題ではないのだが……」


 苦笑するエキュリアの顔には、少々の疲労も滲んでいた。一騎討ちでは圧勝に見えたけれど、さすがに神経をすり減らしていた。

 でもそのおかげで、帝国軍を撤退させることができた。


 好戦的な帝国軍だが、引き際はしっかりと心得ていた。事前の約束通りの行動だし、殲滅魔法による威圧も効いていた。

 ラヴィとジュタールは捕らえられて、いまは別室にいる。

 其々に監視を付けてあるので、まず暴れたりはしないだろう。


「あの二人からは、オルディアン城砦の様子も聞き出す必要があるな」


 エキュリアはお茶に口をつけながら、今後について思案する。

 ひとまず撤退したとはいえ、帝国軍は王国の城砦ひとつを奪った状態だ。その返還までは戦う前の約束に含まれていない。


 王国軍としては、奪還のためにまた戦いを覚悟しなければならない。

 スピアとエキュリアは帝国へ向かう予定だったが、それはいつになるのか―――。

 しばし思案を巡らせてから、エキュリアは重く息を落とす。


「……なかなかに前途多難だな」


「だったら尚更、ホットケーキは早く食べた方がいいですよ」


「おまえはまた他人事みたいに……まあ、休める時に休むことも大切か」


 エキュリアも難しい顔をやめて、フォークを手に取る。

 柔らかなホットケーキを口へ運ぶと、まずはシロップの甘味が舌を喜ばせる。蕩けるマーガリンと生地の程好い食感が合わさって、味覚を幸せで満たしていく。

 贅沢なおやつに、エキュリアはうっとりと目を細めた。


「ふぅ……これはまた、絶品だな」


「おかわりもあります」


「いただ……いや、しかし、あまり贅沢に浸かりすぎるのも……」


 まだ戦いへの警戒を残しておかなければ、とエキュリアは頭を振る。

 けれど甘味の誘惑には抗い難く、スピアによる追い打ちもあった。


「余っちゃいますよ? ユニちゃんは、まだ眠ってますし」


「む……そ、それならば仕方ないな。余らすのも勿体無い。いただくとしよう」


 平静な表情を保とうとしても、徐々に頬は緩んでいく。

 帝国にまで名を轟かせたエキュリアも、ホットケーキには勝てなかった。







 ◇ ◇ ◇


 妙な圧迫感に意識が引かれる。

 ぼんやりとした心地良さはあっても、胸元から伝わる違和感は大きくなってきた。

 微睡みながら、ラヴィは視線をそちらへ向ける。


 小さな頭があった。ベッドで眠っているラヴィの胸に埋もれている。

 柔らかな感触が落ち着くのか、寝息はとても静かだ。

 その抱きつかれる感触に、ラヴィは覚えがあった。


「お姉ちゃん……ふふっ、くすぐったいよ」


 さらさらとした黒髪を撫でながら、ラヴィは微笑む。


 子供の頃から、こうして一緒に眠ってたっけ。

 よく泣いてた私に、お姉ちゃんは優しくしてくれて。

 私の方が大きくなっても、背伸びをして頭を撫でてくれたりして。

 寝相の悪いお姉ちゃんは、朝起きるとベットから落ちてたりもして―――。


「懐かしい……って、あれ? でもどうして……っ!」


 急激に意識が覚醒して、ラヴィは跳ね起きた。

 辺りを見回す。簡素な石造りの部屋に、大きなベッドといくつかの調度品。

 あとは、窓辺に一羽の鷹が留まって毛繕いをしていた。


「私はたしか、お姉ちゃんと戦って、それで……」


 敗北した。それはなんとなく覚えている。

 けれど自分が何をされたのかなど、細かな部分をラヴィは思い出せなかった。


 実のところ、ラヴィの負傷はかなり深刻なものだった。

 体内を暴走するように魔力が駆け巡り、全身に破壊を振り撒いたのだ。体の内側から爆散してもおかしくなかった。さらには魔力回路もズタズタにされたのだから、普通なら再起不能となるところだ。


 しかしそこは、スピアやシロガネが治療に当たった。

 身体の傷は治療薬や魔法で元通りになったし、スピアに掛かれば魔力回路の復元も難しくない。以前にリゼットの『雷光病』を治した時と同じようなもの。

 スピア曰く、「ダンジョンの通路を整えるのと同じ」だった。


 むしろ、以前より魔力の巡りは良好になっているだろう。

 けれどまあ、その辺りはいまのラヴィには窺い知れないところだ。

 そもそも自分が倒された前後から記憶が曖昧になっていた。


「とりあえず怪我はないみたい。お姉ちゃんが手加減してくれたのかな……あ、でも気絶してたなら、ここは王国側の砦のはずだけど……」


 自分は捕らえられたのだろうと考えて、ラヴィはあらためて部屋を見回した。


「でもどうして、お姉ちゃんと一緒に? 見張りの兵士もいないなんて、いくらなんでも不用心すぎるんじゃ……っ!」


 首を傾げたラヴィだが、突如、ビクリと肩を縮めた。

 窓辺にいた鷹が、鋭く鳴いたからだ。

 精悍な顔つきをしたその鷹を、ラヴィはまじまじと見つめる。


「……もしかして、あなたが見張りだったり?」


 まるで肯定するみたいに、鷹はもう一鳴きする。

 でもあとは用が済んだとでも言うように、また毛繕いを始めた。


「そういえば、矢文を運んできたのも鷹だったね……」


 魔物使いがいるのかな?

 もしかして、キングプルンに乗ってたあの子が―――、

 などと思案するラヴィだったが、不意に腕を引かれた。

 視線をベッドに戻すと、ユニがぼんやりと目を開けていた。


「ん……? ラヴィ?」


「あ、お姉ちゃん! そうだ、起きてよ。なんだか大変な状況みたいで……」


「……眠い。布団掛けて……」


「そんなこと言ってる場合じゃないって! お姉ちゃんがどうしようもなくいい加減なのは知ってるけど、こんな時くらいシャキっとしてよ!」


 寝惚けきっているユニの肩を、ラヴィは力任せに揺する。さらりと酷いことも言っていた。

 それでも強引に体を起こそうとしないのは、姉のような相手に対する甘さ故だろう。


「ねえ、いったいどうなってるの!? お姉ちゃんが転移刑にされたって聞いて、すっごく驚いたんだよ! だから私も大陸に来て、帝国の力を借りてお姉ちゃんを探そうとして……これまで、何処でなにをしてたの!?」


「んん……吹き飛ばした?」


「何を!? って、ちゃんと起きてよぅ!」


 ラヴィは涙目になって訴える。

 まだ十二才の女の子なラヴィにとって、大陸を訪れるのはそれこそ決死の覚悟が必要だった。当然ながら両親には反対されたので、家を飛び出してきたのだ。

 しっかり者のようで無茶な行動力もあるのは、ユニと似た血筋だと言える。


 ともあれ、大陸に着いてからも苦労の連続だった。

 殲滅魔法という武器があっても、帝国貴族に取り入るのは一筋縄ではいかなかった。

 だから目指す“お姉ちゃんとの再会”も、とても感動的なものを想像していたのだが―――。


「ん……やっぱり、ラヴィと一緒にいるのが一番……」


「お姉ちゃん……」


 ぽてり、とラヴィの胸に顔を埋めて、ユニはまた目蓋を伏せる。


 色々と聞きたいことはあった。

 だけどそれも、幸せそうなユニを見ていると、後回しにして構わないと思えてくる。

 これまでの苦労も報われたかなあ、とラヴィは優しく微笑んだ。


「良い抱き枕……誉めて遣わす……」


「って、そこなの? 私って寝具扱い!?」


 小柄な肩を掴んでガクガクと揺らす。

 けれど感動的な再会は遠く、ユニは睡魔に誘われたままだ。


「どうなってるのよぅ! 誰か説明してぇっ!」


 ラヴィの訴えは虚しく響く。

 ただ、窓辺で丸まっていたトマホークが小さく鳴いた。やれやれとでも言うみたいに。



帝国軍との前半戦は終了。

後半戦へ続きます。



ところで前回、感想欄がトンファー一色で吹きました。

真っ先にAAが張られてるところに、トンファー人気の凄さを感じますね。


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