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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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チーム:ダンジョンマスターvs帝国軍④


 鋭い槍先が、得意気に緩んでいた頬を切り裂いた。

 ジュタールは顔色を変える。掠り傷だが、身を捻るのが一瞬でも遅れれば頭部ごと貫かれていた。


「なん、っで……!?」


 エキュリアの長槍が続け様に突き出される。

 狙いは正確かつ、鋭いが、速度自体はジュタールが対処できないほどではない。

 でも、おかしい。理屈に合わない。


 ジュタールは一瞬の隙を突いて、エキュリアとの距離を詰めたはずだった。

 そこはジュタールが持つ刺突剣の間合いだ。

 横から槍が払われるならともかく、正面から突き出されるのはおかしい。


 事実は明白。いつの間にか、エキュリアの間合いになっていた。

 けれどそうなった経緯が不可解だった。


「くっ……!」


 混乱し、体勢を崩されながらも、ジュタールは素早く地面を蹴った。

 一旦距離を取って立て直そうとする。

 後方へ、ほんの一蹴り。だがジュタールなら十歩分以上を跳躍できる。


 身体強化術だけでなく、使徒として与えられた加護によるもの。

 単純な肉体能力の上昇―――それが、ジュタールの授かった恩恵だ。

 恒常的な能力上昇に加えて、一呼吸程度の間なら、爆発的に力を発揮できる。あまり大した恩恵でないとも思われるが、一対一の戦いに於いては使い勝手が良い。いきなり踏み込みや剣の速度が上がるのだから、相手は虚を突かれ、勝敗を分けることになる。


 今回のように、不測の危機から逃れるのにも使える。

 けれどその行動は短絡的すぎた。

 ジュタールが跳び退いた直後、エキュリアの手から長槍が投げ放たれる。


「っ、おおぅっ!?」


 まるで行動を先読みしたように、槍は空中にある胴体を狙ってきた。

 ジュタールは身を捻り、短剣を盾代わりにもして、辛うじて槍を逸らす。甲冑の腹を削りながら、鋭い穂先は地面に突き立った。


 ほぼ同時にジュタールも着地し、口元を緩める。

 危うく腹に風穴を空けられるところだった。けれど状況は変わった。

 相手は武器を手放した。反撃の好機―――。


 そう笑みを浮かべたジュタールだったが、直後、背筋に怖気を覚えた。

 咄嗟に横へ跳ぶ。

 後方から飛来した槍が、ジュタールの太腿を抉っていった。


「がぁっ……戻った、だと!?」


 微かな光を発する長槍が、再びエキュリアの手に握られる。

 ジュタールが苦悶に呻く。その間にも、エキュリアは槍の間合いに入っていた。


「言ったはずだ。驚くとな!」


 得意気な微笑とは裏腹に、冷徹に槍が突き出される。

 エキュリアが振るう槍も、スピアが『宝物』として創造した逸品だ。ジュタールがいま目撃したとおり、持ち主の手に戻る魔法効果が込められている。

 篭手とは別の魔法効果だが、それだけでも相手を驚かせるには充分だった。


 足を負傷したジュタールは防戦一方に追い込まれる。

 対してエキュリアは、一気呵成に攻め込んでいく。

 短剣や刺突剣で防御されても、エキュリアの槍は的確に急所を狙う。基本に沿った槍捌きだが、それ故に反撃を許さない。


 加えて、長槍による間合いの有利を、エキュリアは巧みに活かしていた。

 最初にジュタールの踏み込みを許さなかったのと同じだ。その秘密は、エキュリアの足運びにある。


 唐突に相手との間合いをゼロにする技を、スピアが幾度か実戦で披露していた。

 それをエキュリアは見て覚えた。

 さすがにダンジョン魔法で地面ごと移動する、なんて真似はできない。

 けれど体術だけでも、相手の距離感を狂わせ、自分に有利な位置取りを可能にしている。並の騎士では、いまのエキュリアには一方的に打ち倒されるだろう。


 動きの鈍ったジュタールも、幾つもの傷を刻まれていく。

 だが、決着には至らない。

 ジュタールとて、帝国騎士として剣技を磨いてきたのだ。

 さらに使徒としての加護もある。神によって向上させられた身体能力は、紙一重で急所への攻撃を防いでいた。


「はっ……段々と分かってきたぜ。慣れれば大したことねえな」


 突き出された槍先を大きく弾いて、ジュタールは口元を吊り上げた。

 同時に、刺突剣を繰り出す。肩を狙った一撃はエキュリアの甲冑に阻まれた。


 けれど初めての反撃らしい反撃だ。

 エキュリアは眉を揺らし、槍を振るいながら後退した。

 距離が開いたところで、互いに一呼吸を入れる。


「……もう対応してきたか。このまま押し切れると思ったのだがな」


「あまり甘く見るなよ。テメエの技は、基本に忠実すぎんだよ。力も速さも人並み程度だ。妙な技で距離感を狂わされるのに気をつけりゃ、簡単に対処できるぜ」


「有り難いな。そこまで率直に指摘されると、自分が弱点ばかりだと身に染みる」


 だけどまあ、と皮肉げに呟く。

 エキュリアは勢いよく槍を投げ放った。


「分かっていたことだ」


 風を裂き、槍は一直線に飛ぶ。

 速度も重量感もある一撃だったが、ジュタールは落ち着いて叩き落した。再びエキュリアの所に戻るとしても、目につく場所にあれば焦ることはない。

 だが、直後―――、


「開け、『三千騎士の領域ナイツ・オブ・フォーマルハウト』!」


「なにぃっ……!?」


 ジュタールの顔色は驚愕に染まる。

 槍を手放すと同時に、エキュリアは自身の篭手に魔力を流していた。


 魔導武具である篭手は、謂わば『鍵』だ。

 開く扉は、エキュリア専用である『武器庫』へと繋がっている。

 ちなみに格好つけたような台詞は必要ない。

 エキュリアは起動の合言葉だと思い込んでいるが。


 手元に浮かんだ影から、エキュリアは新たな武器を取り出していた。

 鋭利な輝きを放つ刃が綺麗な輪を描いている。それが二枚、エキュリアの両手に握られていた。


円月輪チャクラムと言うらしいぞ」


 不敵な笑みを深めつつ、エキュリアは両腕を振り払う。

 放たれた二枚の円月輪は、ジュタールを真っ二つにするかの勢いで襲い掛かった。


 優位に立ったと思っていたジュタールだが、呻りを上げて迫る円刃の迫力に歯噛みする。若干、顔色を蒼褪めさせながら、迫る刃を短剣で弾いた。

 凄まじく苛烈な攻撃、というほどでもない。

 けれどいきなり武器が変わったおかげで、戸惑わずにはいられなかった。


 しかも、エキュリアが手にした武器は円月輪だけではない。両手が空いた直後に、今度は何本もの投擲用ダガーを握っていた。

 刃が短くて軽いダガーは、さして脅威にはならなそうだった。

 普通に考えれば、命中したところで甲冑で弾き飛ばせる。


 けれどすでに警戒心を高めていたジュタールは、大きく横に跳び退いた。

 刃から微かな光を発するダガーは、甲冑の表面を斬り裂いていった。


「っ……それも全部、魔導武具かよ!?」


「友人に恵まれたおかげだ。価値観がおかしくなりそうだがな」


 最初の槍のように手元へ戻りはしない。けれど切れ味抜群のダガーだった。

 そのダガーを十本ほど投じたところで、空中を旋回した円月輪がエキュリアの手へと戻る。すぐさま円月輪がまた放たれ、弧を描きながらジュタールへと迫った。


 さらにまた新たなダガーが『武器庫』から取り出される。

 遠隔から、曲線と直線の動きが混じって襲ってくるのだ。

 とても読みきれるものではない。しかも、どれも致命傷になりかねない。

 ジュタールの脳裏に、降参の選択肢が浮かぶほどだった。


「く、そ、がぁぁぁぁぁぁーーーーー!!」


 意を決して、ジュタールは正面へと駆け出した。

 守っていても傷が深くなるだけ。攻撃に打って出るしかない。

 自分の間合いに入れれば、まだ逆転できる―――、


 そう判断して、一気にエキュリアの懐に飛び込もうと目論んだ。

 襲い来る円月輪は短剣マインゴーシュで弾く。何本ものダガーが突進を阻もうとするが、ジュタールは急所だけを守りながら突き進んだ。

 腕や脚にダガーが刺さっても、歯を食いしばって痛みを無視する。


「この程度……掠り傷なんだよ!」


 逆に、自身に刺さった短剣を抜き、投げ返した。

 これにはエキュリアも驚いた顔をして、避けながらも僅かに体勢を崩してしまう。


 その隙を見逃さず、ジュタールは逆転の可能性に賭けた。

 何ヶ所も傷を負った脚で地面を蹴り、刺突剣の間合いに入る。

 ようやく訪れた勝機―――だがその時、エキュリアの手には新たな武器があった。

 突き出された刺突剣が、甲高い音を立てる。圧し折られた。


「なっ……こ、今度は何だ!?」


 エキュリアの手にあったのは黒塗りの棒だ。直角に持ち手が付いている。

 単純すぎる見た目は、およそ武器らしくない。

 しかし両手に一本ずつ握られたそれは、見事に刺突剣の攻撃を受け止め、破壊までしてみせた。


「トンファー、と言うそうだ」


 短く返答すると、エキュリアは一歩を踏み込んだ。

 したたかにジュタールの腹を蹴りつける。


 不意の衝撃に、ジュタールは呻き、動きを止めてしまった。

 たったいままで遠距離攻撃に晒されていたのに、今度は至近での格闘戦だ。感覚は追いつかず、思考は混乱へと叩き落される。


 そして悶絶するジュタールを狙い、エキュリアは腰を沈めた。

 トンファーが一閃。ジュタールの顎を、鈍い音とともに打ち上げた。


「さすがはエキュリアさん。見事なトンファーキックから、アッパーへのコンボです」


 観戦していたスピアが、陽気な声を上げて手を叩く。

 場違いではあったけれど、それは勝敗が決した合図にもなった。


 綺麗に顎を打ち抜かれたジュタールは、意識を失い、仰向けになって倒れる。

 エキュリアはゆっくりと息を吐きながら、しばし静寂を保って―――、


「敵騎士ジュタール、王国騎士エキュリアが討ち取ったぁっ!」


 トンファーを突き上げ、高らかに勝ち鬨を響かせる。

 王国側の砦から、大きな歓声が上がった。



トンファーが最強の武器であるのは当然!

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