チーム:ダンジョンマスターvs帝国軍③
光と熱、そして衝撃が、広い草原のなにもかもを蹂躙していく。
極光殲滅魔法は、人が扱える魔法の中で最大の破壊力を持つと言われている。
そんな魔法の発動地点にいるユニも、何もしなければ消し飛ばされていただろう。
けれどユニの周囲には、独自の魔法無効化空間が作られていた。
それもまた、シロガネの理不尽な特訓による成果だ。
過酷な手法はともあれ、得られる成果は確実なものだった。
そして、術者であるユニ以外は正しく殲滅する。
帝国軍五千も跡形もなく消滅―――という訳でもなかった。
「い、生きてる……?」
「殲滅魔法を撃ち込まれたはずじゃ……いったい、どうなったんだ?」
「お、おい、なんだよあの壁は!?」
頭上から大きな影が差しているのに気づいて、幾人かの帝国兵が声を上げた。
草原の真ん中に、黒々とした壁が聳え立っていた。
いきなり現れた巨大な壁に、帝国兵たちは驚愕するばかりだ。
何が起こったのか、詳しく分かるはずもない。けれどその壁が殲滅魔法を防いでくれたというのは、なんとなく察せられた。
そうして帝国兵が戸惑っている内に、黒い壁はガラガラと崩れていく。
無数の破片が落下して、重々しい音が響き渡る中で―――、
「とりあえず、みんな無事みたいですね」
パカリ、と宝箱を開けてスピアが顔を覗かせた。
黒壁を出現させて帝国軍を守ったのは、当然ながらスピアの仕業だ。あらゆる魔法を無効化する壁は、以前にもクリムゾンの街を殲滅魔法の巻き添えから守っていた。
今回もやったことはそれと同じ。
ただし、事前に予定していた行動だった。
なるべくなら帝国軍を追い払うだけに留めたい、というのが新女王であるレイセスフィーナの意向だ。下手に犠牲を増やせば泥沼の戦争になるのは、エキュリアにも想像できた。
先に攻撃を仕掛けてきたのは帝国軍だが、それでも犠牲を減らせるのが望ましかった。最初に容赦無く殲滅魔法が撃ち込まれていたら、事態はまた違っていただろう。
けれど帝国軍も犠牲を減らそうとしていた。
ならばまだ話し合いの余地はあるだろうと、王国側も可能な限り穏便な方針を採ることにした。
スピアも納得していた。
だからユニに頼んだのは、あくまで“示威行為”だ。
相手が殲滅魔法を使うなら、こちらも殲滅魔法―――なんて単純な考えではない。
まあ思いついた切っ掛けはそうだったが。
得体の知れないダンジョン魔法では、“脅威”よりも“混乱”が勝ってしまう。だから広く知られている殲滅魔法の方が、脅威となるには適していた。
「でも国同士の関係って、本当にややこしいですね」
「そう言うな。おまえとて、犠牲者は少ない方が喜べるだろう?」
「わたしは平和の味方ですから」
自信たっぷりに言ってのけたスピアに、エキュリアは苦笑を返す。
否定はしなくとも素直に肯定もできない、といったところだ。
エキュリアが知る限り、スピアほど騒動を引き起こす者はいないのだから。
「その平和のためにも、向こうが撤退してくれればいいのだが……」
宝箱から出て、エキュリアはあらためて状況を窺う。
殲滅魔法によって、辺り一帯の地面は抉れ、焼け焦げた土砂が広範囲に飛ばされていた。まだ熱気も漂っている。
それでも王国側の砦までは被害が及んでいない。
混乱していた帝国軍も、次第に落ち着きを取り戻している。
そんな騒然とした場の中心で、ぽつりと。
破壊の発生源であるユニは、真っ直ぐに背筋を伸ばして立っていた。
「ユニちゃん、お疲れさま」
まるでちょっとした買い物から帰ってきたみたいに、スピアは軽く声を掛ける。
ユニはまた黒杖を握ったまま、ゆっくりと首を回した。
「……次の敵は?」
「もういないよ。休んでも大丈夫」
「……休む?」
「うん。シロガネも邪魔しないよ。ゆっくりベッドで眠って」
「……そう」
まだ緊張を纏っているユニの肩を、ぽんぽんとスピアが叩く。
しばらくユニは辺りを見回していたが―――やがて、ふっと力を抜いた。
そのまま目蓋を伏せて倒れ込む。
小柄な体をスピアが支えて、ぷるるんへと預けた。
「よっぽど酷い特訓だったみたいですね」
「他人事のように言うな! おまえが命じたのだろうが!」
「今回はさすがに反省してます」
珍しく殊勝な物言いをして、スピアはしょんぼりと頭を下げる。
友達が辛い目に遭うなんて望んでいなかった。
とはいえ、そこはスピアだ。立ち直りも早い。
「今回の勝利は、ユニちゃんの犠牲があってこそです」
「死んだように言うな! それと……まだ勝利だと油断するのは早いぞ」
エキュリアは帝国軍の側へと目を向ける。
無事だったのは、後方にいた軍勢だけではない。ラヴィの護衛についてきた騎士たちも、殲滅魔法の直撃から守られていた。
黒壁が現れた地点よりは手前にいたが、彼らは“下へ”脱出していた。
スピアのダンジョン魔法は、瞬時に落とし穴を作るのも容易だった。
「なるべくなら、一騎討ちなど断りたかったのだがな」
「エキュリアさんは負けませんよ?」
「ああ、負けるつもりはない。受けてしまった以上、約束も守るつもりだ」
二人が話している間に、護衛騎士たちが穴から這い出してくる。全員が土埃で汚れているけれど、大きな怪我をした者はいないようだ。
ただ、とりわけ苦々しげに顔を歪める男がいた。
「クソが……よくもやってくれたな! ラヴィを返しやがれ!」
落とし穴から出てくるなり、ジュタールは拳を握って叫ぶ。
「そいつは俺の女だ! 魔物の餌になんてさせねえぞ!」
昏倒したラヴィは、ユニとともにぷるるんに乗せられている。事情を知らない相手からすれば、酷く粗雑な扱いにも見えるだろう。
けれどスピアもエキュリアも、非道な真似などするつもりはない。
殲滅魔法の使い手であるラヴィを放置はできないが、勝者が敗者を預かるのは、事前に取り決めてあったことだ。
いまにも飛び掛かってきそうなジュタールの前に、エキュリアが歩み出る。
「彼女の身の安全は保障する。だが、勝敗への文句は聞き入れられん」
「うるせえ! あんなのが魔術師同士の勝負かよ!?」
「その点はまあ、同情するがな。しかし真剣勝負なのだから、あらゆる手を使うのは当然ではないか」
杖で近接戦闘を挑む魔術師も、珍しいが居ない訳ではない。
いずれにしても、ジュタールの文句は言い掛かりに過ぎなかった。
当人もそれを自覚してきたのか、眼光には怒りを湛えたままだったが、ひとつ息を吐くと一歩退いた。
「ちっ……確かにラヴィが負けたのは事実だ。でもな、まだ勝負は終わってねえぞ」
「私と戦うのが、貴様ということか?」
「そうだ! テメエをぶっ倒して、ラヴィを取り返す! それで俺に惚れ直させてやるぜ。勝負だ、『紅蓮騎士』エキュリア!」
欲望剥き出しではあったが、ジュタールの宣言は堂々としたものだった。
剣を向けられたエキュリアも、槍を握る手に力を込める。
妙な二つ名を否定したいところではあったけれど、雑念は頭の隅へと追いやった。
「スピア、分かっているとは思うが手出しは無用だ」
「むぅ。そう言われると、一番いいところで乱入したくなります」
「真面目な話だ。私は騎士として道を踏み外したくない」
穏やかな口調で諭されては、スピアも静かに頷くしかなかった。
そうしてエキュリアはジュタールと対峙する。
「……あっちの子は何なんだ? 魔物使いみてえだが」
「気にするな。ただ、真の『王国最強』は私ではないとだけ言っておこう」
「秘密か。まあいいぜ、一騎討ちなら関係ねえからな」
両者の距離は充分に開いていて、まだ剣も槍も届かない。
ジュタールが手にしたのは刺突剣と短剣。二刀流のようだが、短剣の方は防御に重点を置いているようだ。
「レイピアとマインゴーシュって言うんだっけ? 正統派の組み合わせだね」
勝負を見守るスピアは、ぷるるんを撫でながら呟く。
エキュリアの勝利を信じてはいる。
でも手出ししないと決めると、どうにも落ち着かない心持ちになった。
それに、ひとつだけ懸念もあって―――。
「最初に断っておくぜ。俺は、武技の神マルドースから加護を授かってる」
思わぬ告白に、エキュリアが眉を揺らす。
スピアが気に掛けていたのも“それ”だ。ジュタールが神の使徒であるのは見抜いていた。
だから、余計な干渉があるかも知れない。
厳密な意味では一騎討ちにならないのでは―――そんな懸念も生じていた。
けれど対峙するエキュリアは、まったく気に留めていない様子だった。
「使徒か。やけに自信を持っているのは、それが理由か」
「負けを認めるなら今の内だぜ? 後から、神の加護に頼るなんて卑怯だ、とか言うなよ?」
挑発的な口調を投げながら、ジュタールは刺突剣を揺らす。
すでに戦いは始まっていた。舌戦の合間にも、互いに隙を窺っている。
エキュリアも油断無く、静かに槍を下段に構えている。
「無用な心配だ。私とて、一人で戦っているつもりはないからな」
微かに口元を緩めたエキュリアは、自身の篭手に魔力を流す。
存在を誇示するように、篭手が青白い輝きを放った。
「そいつは、魔導武具か? 多少の物じゃあ俺は驚かないぜ?」
「驚くさ。すぐにな」
不敵な笑みを向け合って、両者は言葉を止めた。
あとは無言のまま、距離を測り、次第に詰めていく。
まだ数歩分の距離は開いている。
けれど強化術を使いこなせる騎士ならば、一瞬でゼロにできる間合いだ。
じりじりと空気が張りつめていって―――クシュン、とスピアが頭を揺らした。
思わず、エキュリアが頬を歪める。
こんな時にクシャミをするな!、とツッコミたくなった。
ほんの小さな隙だったが、ジュタールは見逃さない。
「―――っ!?」
目で追えないほどに苛烈な一撃が突き出され、鮮血が舞い散った。
第二戦開始。
緊迫した場面ですが、クシャミは仕方ありません。