チーム:ダンジョンマスターvs帝国軍②
スピアがまだセフィーナとともに王都を目指していた頃―――。
ひよこ村に残ったユニは、魔法制御の特訓に励んでいた。
ユニは極光殲滅魔法を得意としている。
というか、それしか頼れるものがないと言った方が正しい。
魔術師を名乗っているのに、他の魔法は満足に発動すら出来ない。
そして唯一使える殲滅魔法ですら、何処に命中するか分からないという重大すぎる欠点を抱えていた。
その欠点の克服は本人も望んでいた。
だからスピアも協力した。以前には、海でひたすら魔法を撃つ特訓も行った。
それでも満足な成果は得られなかったので―――、
「ねえシロガネ、なにか良い方法はないかな?」
「お任せください」
スピアは任せた。具体的な訓練方法など聞きもせずに。
そして主人の望みを叶えるために、シロガネは手段を選ばなかった。
「な、なんで、魔法の特訓でこんな……」
いきなり山籠りを強いられて、ユニは抗議の声を上げた。
道なき道を延々と歩かされたり、崖を命綱もなしで登らされたり、短剣一本のみで狩りをやらされたりした。
だけど、そんなものは序の口に過ぎなかった。
「し、死ぬ! こんなの死んじゃう! 助け、っ……!」
激流渦巻く泥沼に放り込まれたり、
「んんんんぅぅぅぅ~~~~~~~~っ!?」
得体の知れない蟲が蠢く壺の中に閉じ込められたり、
「……ふふ、うふふ……可愛いよカトリーヌ……」
ひたすら羊の毛を刈る作業をやらされたりした。
魔物が跋扈する荒野が天国に思えるほどの、非人道的な特訓が繰り返された。
詳細を聞いていたら、さすがにスピアも止めただろう。
後で知って、エキュリアの気持ちがちょっぴり理解できた。
ツッコミは大切だ、と。
ともあれ、ユニは地獄の特訓を乗り越えた。正しく魔改造と言えるほどに鍛え上げられたのだ。
スピア曰く、「スーパーユニちゃん」が完成した。
そうしていま、その成果が帝国軍へ叩き込まれる。
当人の意思がどうなっているのかは分からないが―――。
「え……と、突撃!?」
ラヴィは思わず唖然としてしまう。
戦いの緊張感は保っていたが、まさかユニが距離を詰めてくるとは想像していなかった。
魔術師同士の対決だから、遠距離での魔法の撃ち合いになるはず。
そうラヴィは当然のように考えていた。
けれど事前の取り決めには違反していない。相手の命を奪うか、戦闘不能にするか、あるいは降伏させるといった、曖昧な取り決めでしかなかったが―――。
ともあれ、ユニの行動は魔術師らしくなかった。
小柄な体を丸めたまま、猪のように真っ直ぐに突っ込んでくる。
ラヴィは完全に虚を突かれた。
だけどまだ随分と距離はあったし、すぐに対処するべく立ち直れた。
「それくらいで勝てると思わないで。私は紫妖族、ううん、歴史上最強の魔術師なんだから―――力持つ光弾よ、我に従え!」
早口に詠唱をして、ラヴィは魔法を発動させる。
十個ほどの光弾が空中に浮かぶと、一拍の後、ユニを狙って撃ち出された。
初歩的な魔法だが、ラヴィのそれは速度と威力が違う。
帝国を訪れて以来、多くの騎士と模擬戦をして鍛えられてもいた。
魔術師が接近戦に弱い、というのは常識だ。
ラヴィもまともに騎士と剣を交えれば、簡単に打ち倒されてしまうだろう。
けれど、近づかせないための戦い方を身につけていた。
「お姉ちゃんには悪いけど、少し痛い目を見てもらうよ!」
ユニを囲う形で、光弾が殺到する。
一発一発が、屈強な騎士を悶絶させるほどの威力だ。
魔術師ならその威力を推察して、何かしらの対処を取るはずだった。
少なくとも向かってくる速度は落ちるはず―――そうラヴィは確信していた。
けれどユニはまったく足を緩めなかった。
小柄な体を僅かに沈ませ、手にした黒杖をくるりと回す。
「……温い。羊の方がまだマシな動きをする」
黒杖によって、光弾はすべて掻き消された。
まるで熟練の騎士が、迫り来る矢弾を剣で打ち払うように。
「んなっ……!?」
有り得ない、とラヴィは大口を開けてしまう。
驚愕に立ち尽くす間にも、ユニは地面を蹴って距離を詰めていた。
虚ろな眼差しがラヴィを捉える。
まるで死霊に見据えられたような寒気を覚えて、ラヴィは小さく悲鳴を漏らした。
それでも咄嗟に身を守るための魔法を発動させる。半透明の障壁が作られ、ラヴィとユニの間に立ちはだかった。
一瞬でも足止めをして次の魔法を―――、
そうラヴィは目論んだ。けれど無駄だった。
「……一点、集中」
ユニの黒杖が突き出される。
先端が青白く輝き、そこに魔力が集束されているのが見て取れた。
そして、あっさりと障壁を貫き砕く。
「う、そ……っ!?」
いくら魔力を集めて叩きつけても、普通は魔法障壁を破れるものではない。それにラヴィが作り出した障壁は、咄嗟のものとはいえかなりの強度を持っていた。
腕力自慢の騎士が渾身の力を振るっても、一撃程度なら耐えられただろう。
有り得ない事態の連続に、ラヴィの思考は止まってしまう。
そこで、とん、と。
黒杖の先端が、ラヴィの腹部に押し当てられた。
もしもそれが剣だったなら、身体を貫かれていてもおかしくなかった。
杖でも完全に勝負ありだ。ラヴィも己の敗北を悟った。
でも悔しいといった感情はなくて、ほっと安堵を漏らしてしまう。
「……お姉ちゃん、いつの間にか強くなってたんだね」
柔らかく目を細めて、自分より低い位置にいるユニを見つめる。
慕っている相手を傷つけずに済んだ。
敗北したけれど、自分も無傷でいられた。
そんな喜びもラヴィの胸には浮かんできたが―――まだ、終わっていなかった。
「……爆ぜろ」
ユニが低く呟く。
直後、ラヴィも気づいた。己の内で暴れる違和感に。
突き出された黒杖の先端から、極小に練り固められた魔力が打ち込まれていた。
特訓の“副産物”としてユニが修得した技だ。
打ち込まれた魔力は体内を駆け巡り、膨張する。
ラヴィが異常を察した直後、全身から青白い光が溢れ出した。
まるで爆発とともに炎が吹き上がったみたいに。
「んんにゃああああぁぁぁぁぁぁ――――――!?」
やや間の抜けた悲鳴を上げて、ラヴィは悶絶した。
体中の魔力が暴れる。それは例えるなら、自身の内側を燃やされ、ムカデの群れに全身を撫で回されるようなものだ。
味わったことのない激痛と不快感に貫かれて、ラヴィはそのまま倒れ伏した。
どさりっ、と。
完全に意識を失ったラヴィを見下ろして、ユニは小さく舌打ちする。
「ちっ……まだ生きてやがる」
虚ろだった瞳に、凶悪だが微かな光が戻ってきていた。
それはラヴィにとって喜ぶべきことだったかも知れない。けれど喜ぶどころか、もやはユニの呟きも耳に届いていなかった。
泡を吹いているラヴィから目線を外すと、ユニは黒杖を高々と掲げた。
黒杖に備えられた魔石が、仄かな輝きを発する。
「―――我が名を知れ! 天よ、大地よ、汝らさえも我の前では矮小となる!」
響き渡った言葉は、勝ち鬨のようにも聞こえた。
けれど違う。それは呪文詠唱だ。
その証拠に、ユニの頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「我は破壊の御子。極限の光を束ね、闇夜の嘆きにも崩壊を齎さん。
怯え、震え、許しを請え! 汝らに下されるは殲滅の裁き也―――」
詠唱は続き、魔法陣が輝きを増す。
その傍らで、スピアがちょこちょこと駆け寄って倒れたラヴィを回収していた。
すぐに後方へと下がって、スピアはエキュリアとともに大きな宝箱に飛び込む。
もちろん、ぷるるんやサラブレッドも一緒に。
そちらもまた非常識な行動だった。
いったい、いつの間に宝箱が現れたのか?
その宝箱に入ってどうなるというのか?
そう疑問を抱くところだったが、生憎と、帝国軍にはもっと大きな問題が迫っていた。
「あの巨大な魔法陣……まさか、殲滅魔法か!?」
「王国にも使い手がいたのか! 撃ち込んでくるぞ!」
「た、退避だ! 逃げろ! とにかく走れ!!」
後方で戦いを見守っていた帝国兵や、ラヴィとともに来ていたジュタールたちも、慌てて距離を取ろうとする。
殲滅魔法の効果範囲を知っていれば、逃げられないのは分かりきっているだろう。
しかし、だからといって座して死を待てるものでもない。
およそ五千の軍勢が、慌てて退こうとする。
混乱する場を嘲笑うように、空に浮かんだ魔法陣が一際強く輝いた。
そして一気に収縮し、ユニが掲げた杖の先端で光の玉となる。
その光諸共に、黒杖が地面へ叩きつけられた。
「―――極光殲滅爆雷陣!!」
ユニの欠点は、殲滅魔法の狙いを定められないこと。
ならば、始めから狙いを定める必要をなくせばいい―――。
そんな理屈によって、殲滅魔法にも魔改造が加えられた。
離れた一点を撃つのではなく、自身を中心として破壊が広がるものになった。
「ふっ……ふふ、あはははははははははは――――――!!」
哄笑が響き渡り、ユニの足下から真っ白い光が湧き上がる。
なにもかもを破壊し尽くす光は天を焼き、辺り一帯に広がっていく。
無数の絶叫も、破壊の轟音に呑み込まれていった。
魔改造第一弾。色々とアレ。
きっと次の魔改造は上手くいってくれるでしょう。