秘策を練る
「あれほど広範囲に大地を焼き焦がすとは、さすがはエキュリア様だな」
「俺も見たかったな。凄まじい戦いぶりだったんだろ?」
「帝国軍が一気に退いていったからな。『紅蓮の乙女』は伊達じゃないぜ」
笑い声とともに、そんな会話が交わされていた。
城壁の上には見張りの兵士たちが立っている。カーディナルの領都から少し離れた東側に、小さな砦が建てられていた。
スピアのダンジョン魔法で造り出したものだ。帝国軍を追い払った際に造った壁をそのまま利用している。四方を囲む壁と、いくつかの見張り塔しかない簡素な砦だが、普通に建てれば一月以上は掛かっただろう。
当然、それを目撃した騎士や兵士たちは驚いた。
けれど王国の極秘事項ということにして、エキュリアが強引に誤魔化した。
「控えめにしたつもりなんですけどねえ」
「何処がだ!? 充分に目立っているではないか! いやまあ、戦いに備えた物なのだから、手を抜けとは言えないのだが……」
複雑な想いを抱えて、エキュリアは渋い顔をしている。
ただでさえ妙な噂に悩まされていたけれど、そちらはもう諦めたらしい。
「まさかこんな時に、帝国が攻めてくるとはな。士気が高まっている以上、私の方からは消極的なことは言えん」
ぼやきながら、エキュリアは砦の内部へ目を向けた。
スピアとエキュリアも城壁の上を回って、砦の様子を確かめていた。
オルディアン城砦から脱出してきた兵士たちは、ほとんどが街へ入って休んでいる。数日後にはこの砦に戻って、帝国軍の襲撃に備える予定だ。
「仮設の家も建てた方がいいですかね?」
「いや、そこまで頼りきりになるのも良くないだろう。街も近いし、天幕などを張る程度ならすぐに対応できる。寝泊りするには充分だ」
砦の内部には更地が広がっている。スピアとエキュリアが寝泊りする小屋は建てられているが、他の設備はなにも整えられていない。
それでも砦としては、かなり頑強な造りだ。
帝国軍を迎え撃つならば、街に篭もるよりも良いだろう。
王国内の街が、そもそも人間よりも魔物を警戒した造りになっているのも問題だ。
一番の懸念材料は、帝国軍が『殲滅魔法』を使うということ。
下手をすれば街の住民ごと消し飛ばされる。何万もの命が失われる。
そんな最悪な事態を避けるためにも、街の前で帝国軍を迎え撃つ必要があった。
「それにしても殲滅魔法か……」
「ユニちゃんが使うのとは、少し違うみたいですね」
「黒い力場と言っていたな。私も詳しくはないが、恐らく極黒殲滅魔法だろう。いずれにしても脅威には違いないが……なにか対策はあるのか?」
「そうですねえ……」
スピアがぼんやりとした顔をしたところで、上空から高い鳴き声が響いてきた。
トマホークだ。空中を旋回して、街の方を指し示す。
そちらへ目を向けると、騎馬の影がいくつか砦へ近づいてきていた。
「メィア殿もいるな。今後の方針は、彼女も交えて話し合うとするか」
「ちょうどお昼御飯の時間ですし、一緒に食べましょう」
呑気たっぷりの返答に、エキュリアは苦笑を零す。
深刻な状況であるのは間違いない。
だけどスピアの笑顔を見ていると、なんとでもなるような気にさせられた。
四千の兵を街に帰した時点で、メィアの役目は終わっていた。
元々、騎士ではないのだ。貴族の令嬢とはいえ戦場に立つ必要はない。自宅に篭もって、皆の無事を祈っていても構わないはずだった。
けれどそれで納得するメィアではない。
憧れのエキュリア様の活躍を目にして、余計なやる気を出してしまった。
「兵士たちは私がまとめます! なんなりと命じてください! あ、あと魔眼持ちですから偵察でも役に立てますよ。もちろんエキュリア様の活躍も見逃しません!」
「そ、そうか……」
メィアは跪いて、キラキラと目を輝かせている。
対するエキュリアは、困惑を顔に表さないよう懸命に堪えていた。
これまでの経緯は、他の騎士などにも話を聞いて把握していた。メィアが伯爵家の令嬢で、騎士を目指していることも。
エキュリアとしては、夢見るメィアを応援してあげたい気持ちもある。
女だてらに剣を振るのは―――などと、エキュリアも過去に言われた経験があった。同じ女性騎士として、メィアに共感を覚えなくもない。
それでもメィアの格好を見ていると不安が大きくなる。
甲冑に“着られている”ようでは、とても戦場で身を守れるとは思えなかった。
どう対応したものかと迷っていると―――、
「面白い鎧ですね」
隣にいたスピアが、メィアへと興味深げな視線を向けた。
ちょっと失礼しますと言って、重甲冑をぺたぺたと触ったり、軽く拳を当てたりしていく。
「え? あの、いったい何を……?」
いきなり近づかれて、触られて、メィアは目を白黒させる。
失礼を通り越した行為だったが、押し退けることもできない。親衛隊長であるスピアは、メィアよりもずっと上位の立場にいる。
もっとも、スピア本人にはそんな自覚も無いのだが。
「ぶかぶかなのに、ちゃんと身を守れるようになってる。魔法も組み込まれてるけど、元の構造が絶妙なんだね。職人技だよ」
「そうなんですか? でもこれ、訓練用って渡されただけで―――」
突然、メィアが吹っ飛んだ。
重い甲冑ごと宙を舞って、ゴロゴロと地面を転がる。
スピアが掌底突きを繰り出したからだが、周りの人間には何が起こったか分からない。しばし愕然とした空気が流れた。
「い、いきなり何するのよぅ!?」
「ほら、やっぱり頑丈。これならオーク百匹に囲まれても大丈夫だね」
「不吉なこと言わないで! オーク百匹とか、囲まれる前に逃げるから!」
地面に転がったまま、ブンブンと手を振ってメィアは抗議する。
重く丸っこい鎧は、一度倒れると自力では起き上がれなかった。
「その様子だと、逃げるのも無理そうだよ?」
「む、無理じゃないもん! 私は立派な騎士になるんだから!」
「大丈夫。オークに囲まれても助けに行くから。エキュリアさんが」
「エキュリア様が!? それは嬉しいかも!」
なにやら話も予測不可能な方向へ転がっていた。
スピアに引き起こされて、メィアは嬉々として声を弾ませる。口調が崩れているのにも気づかない。
「エキュリアさんはオークキラーだからね。わたしと初めて会った時も戦ってたし」
「間近で見てたんだ。うわぁ、いいなあ」
「オークキングも倒したよ」
「その話は聞いたことある! どんな戦いぶりだったの?」
「ん~……こう、グシャッ、と?」
「一撃必殺だったんだね! さっすがエキュリア様!」
微妙に話が噛み合っていない。だけど二人は楽しそうだ。
そんな会話を横目に、エキュリアは溜め息を落とす。
こうやって噂話は広まっていくのか、と。
「徹底的に否定したいのだが、どうしたものか……」
スピアは嘘を吐いていないし悪意もない。
おまけにメィアの無邪気な笑顔を見ていると、頭ごなしに怒鳴りつけるのも気が引ける。
「あの、エキュリア様、申し訳ございません。メィア様はまだこういった場にも慣れておらず……」
「ああいや、気にしないで欲しい。こちらもスピアが騒いで申し訳ない」
世話役の騎士に頭を下げられて、エキュリアは手を振って返す。
ひとまず二人のことは置いておこうと、表情を引き締めた。
いま一番気に掛けるべきは、帝国軍への対処だ。
「メィア殿は兵士をまとめると言っていたが……街には、カーディナル伯爵の嫡男殿もおられるのでは?」
やる気充分のメィアだが、地位としては微妙なところにいる。
この地の最高責任者はカーディナル伯爵だが、いまは城砦に残ったまま安否すら知れない。そうなると伯爵の息子、つまりはメィアの父親が代行を務めるべきだ。
「それが、いまは街を留守にしております。レイセスフィーナ陛下の即位式がございましたので」
「そうだったな。なんとも時期が悪い……」
「ですので、このままエキュリア様に指揮を執っていただきたく、我らからもお願い申し上げます」
騎士たちから頼られて、エキュリアは微妙な顔をしてしまう。
部隊指揮の経験はある。親衛隊の副隊長となった時点で、ある程度の重責を背負う覚悟も固めていた。
けれどいきなり最高指揮官と言われては、困惑せざるを得ない。
ましてや敵となるのはゼラン帝国。
ベルトゥーム王国にとっては最大の脅威とも言える強国だ。
頭を抱えたくなる。緊張だって隠しきれる自信はない。
立場としては、エキュリアより上位の人間もいるのだけど―――。
「……まさか、スピアに指揮権を渡す訳にもいかんからなあ」
溜め息を堪えると、エキュリアは騎士たちへ頷いた。
現状、誰かが先頭に立つ必要があるのは確かだ。そうでなければ帝国軍へ対抗するまでもなく、逃げ出す者が続出してしまう。
王都からの援軍が到着するまで、ともかくも持ち堪えねばならない。
他に適任者が現れるのを期待しつつも、エキュリアはひとまず腹をくくった。
「それで、残りの兵は三日後には集まるのだな?」
「はい。街からも戦える者を集めて、総勢でおよそ五千となります」
「帝国軍の数がそのままなら、数の上では互角か。しかし一番の問題は……」
殲滅魔法―――、
そうエキュリアが口にすると、騎士たちも揃って表情を曇らせる。
「俄かには信じ難いが、間違いないのだな? 極黒殲滅魔法が撃ち込まれたと……」
「大丈夫です!」
横合いから元気一杯の声が投げられた。スピアだ。
空気など一切無視して、笑顔を輝かせる。
「殲滅魔法と聞いて思いつきました。わたしに秘策があります」
「待て。嫌な予感しかしないぞ。いったい何をするつもりか詳しく説明しろ」
「え? 話したら秘策にならないじゃないですか」
「味方にまで秘密にしてどうする!」
エキュリアは怒鳴り声を上げて、スピアの頬っぺたを摘み上げる。
対帝国戦は、作戦会議の時点ですでに前途多難だった。
対帝国戦へ向けて、ひとまず兵力を整えての準備です。
そして秘策?も。