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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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鉄球よりも熱く


 大地を揺るがす。土煙を上げながら猛然と転がる。

 黒光りする巨大鉄球の異容に、両軍の兵士たちは揃って驚愕の声を上げた。

 騎馬も怯えたように嘶く。

 いま正にぶつかり合おうとしていた両軍だが、それどころではなくなった。


「なっ、なんだアレは! 新種の魔物か!?」


「退避だ! 退避しろ! 潰されるぞ!!」


 両軍ともに慌てて距離を取る。

 大きく開いた両軍の中央に、鉄球は転がりながら割り込んで―――ピタリと停止した。


 後退していた軍勢も足を止めて、恐る恐る様子を窺う。

 張りつめた空気の中で、パカリ、と鉄球が割れた。真っ二つになって倒れる。


 そして内部から飛び出してきた。

 黄金色の塊と、それに乗った一人の少女が。

 ぽより、と割れた鉄球の上に着地する。


「はじめまして。スピアです!」


 ぷるぷるの黄金塊の方は、多少の知識がある者ならば、それが珍しい魔物であるキングプルンだと分かっただろう。

 けれどいまは混乱している者ばかりだ。少女の方が何者なのかも謎のまま。

 名前だけ聞かされても、まったく謎の解消には繋がらない。

 おまけにスピアは、そんな混乱も我関せずといった態度で一方的に宣言する。


「戦いを止めに来ました。一応、王国軍の味方です」


 ざわめく両軍を眺め下ろしながら、スピアは両腕を大きく広げた。

 全身から淡い魔力光が溢れる。『領域』を広げて、大地の一部を作り変えていく。


「ひとまずは壁だけあれば充分かな」


 呟きは轟音に混じって消える。

 スピアの足下から、巨大な城壁がせり上がってきた。梯子を掛けても昇るのに苦労しそうなほどに高く、魔物の突進でも弾き返せそうなほどに頑丈な壁だ。


 そんな建築物がいきなり平地に現れるなんて常軌を逸している。

 目撃した数千の兵士たちは、誰も彼もが唖然として声も出せない。


「っていうことで、帝国軍さんは撤退してください」


 静寂の中、涼やかな声だけがよく響いた。

 大勢が呆然としているのを、スピアは城壁の上から眺め続ける。首を傾げたり、足下にいる黄金色の塊をぺしぺしと撫でたりして、反応を待っている様子だった。


 おやつの揚げパンを取り出したところで、帝国軍の騎士が声を上げた。


「貴様は何者だ! この壁は何なのだ!?」


「スピアです。この壁は、作りました」


 簡潔すぎる返答をして、スピアは揚げパンを口へ運ぶ。

 表面はカリッとして中味はふわふわ、まぶした砂糖の甘さにもよく合って、自然と頬が緩んでくる。

 戦場では贅沢すぎる、そしてまったくもって不釣合いな味だった。


「あ、そうだ」


 思い出したように言うと、スピアは『倉庫』に手を伸ばした。

 パンを口に咥えたまま、豪奢なマントを取り出して羽織る。


「親衛隊長のマントです。これで疑問は解決ですね」


「そんなはずあるかぁっ!」


 ツッコミの声は上空から投げられた。

 兵士たちの視線もそちらへ向けられる。

 白い翼を広げたサラブレットが宙を舞い、騎乗したエキュリアが城壁へと降りてきた。


「いきなり飛び出して! 少しは考えてから行動しろ! それと、もっと相手に伝わるように話せ! 口下手にしても限度があるぞ!」


「まあまあ、落ち着いてください。エキュリアさんは興奮しすぎです」


「誰の所為だと思っている!」


 エキュリアは怒鳴り声を上げて、握った拳を震えさせる。

 拳骨のひとつでも喰らわせてやりたいと、その表情は語っていた。けれどスピアの突撃で戦闘が止まったのも確かなので、あまり強くは責められない。


「ともかく、この場は私に任せろ!」


 有無を言わさぬ口調で告げて、エキュリアはサラブレッドとともに再び空へと舞い上がった。

 親衛隊のマントを靡かせながら、両軍に聞こえるよう声を張り上げる。


「我は王国騎士エキュリア! レイセスフィーナ陛下より授かった特務権に基づき、帝国軍に告げる! 即刻、この地から退去せよ! もしも従わぬ場合は、その命を以って贖ってもらう!」


 スピアとエキュリアがこの場にいるのは、なにも偶然というばかりではなかった。

 国境を守る要所であるオルディアン城砦には、貴重な魔導通信機が設置されていた。その通信機によって、帝国軍の侵攻はすぐさま王都へ伝えられた。殲滅魔法による攻撃や、王国兵の多くが退避したことも含めて。


 さらにその情報は、スピアたちも知るところとなる。

 スピアが帝国へ向かったのは、エキュリアが送った手紙に記してあった。だからレイセスフィーナも、戦火に巻き込まれないよう注意を促す手紙を送った。


 レイセスフィーナの下には、雪ウサギのシュミットがいる。

 そのシュミットに一声掛ければ、何処からともなくシロガネが現れる。

 あとは転移陣や『倉庫』を使えば、連絡を取り合うのは簡単だった。


 常識外れだ、とエキュリアは頭を抱えていたが、おかげで味方の危機に駆けつけられた。むしろ賞讃されてもよいところだろう。


「先程の鉄球は見たであろう。その気になれば、貴様らをまとめて押し潰すこともできるのだぞ。蛮勇を誇らず、引き際を弁えよ!」


 声高に撤退を促す。

 とはいえ、エキュリアはあまりスピアに戦わせるつもりはなかった。


 身を守るなとは言わない。非常識な戦闘力の高さも承知している。

 王都にいた頃は、親衛隊長らしく振る舞えと口がすっぱくなるほど注意していた。

 でもだからといって、戦争で前面に駆り立てるかどうかは別問題だ。


 そもそもエキュリアは、スピアを子供だと認識している。それを言うと当人は唇を尖らせて否定するけれど、実際に子供なのだから仕方ない。

 なにより、エキュリアはスピアに恩があり、守ると誓っている。

 戦場に立つならば、自分が盾となるのが当然だと考えていた。


「退くならば追いはしない。これは我が陛下への忠誠に誓って約束しよう!」


 両軍からどよめきの声が上がる。

 まだ混乱は残っているが、徐々に事態を把握してきた様子だ。

 まず味方だと告げられて安心もしたのか、王国軍の方が冷静さを取り戻していた。


「王都からの援軍ってことなのか……? それにいま、エキュリアって?」


「ああ。確かにエキュリア様だって言ったぞ。噂の『王国最強』だ」


「何がなんだか分からんが……しかし、エキュリア様なら!」


「『太陽剣』のエキュリア様だろ? 帝国軍なんて敵じゃねえぞ!」


 どうやら王国の端まで、誇張されまくった勇名は轟いていたらしい。

 湧き上がる歓声に、エキュリアは頬をヒクつかせる。否定したい二つ名ばかりが聞こえたけれど、わざわざ味方の士気を下げる訳にもいかなかった。


 おまけに、噂話が届いているのは王国内だけではない。

 帝国側の騎士も嬉しそうな声を上げる。


「まさか『魔将殺し』のエキュリア殿と相対できるとは、なんたる僥倖! 一騎討ちを申し込む! 我が勝っても負けても部隊は撤退させると約束しよう!」


「待て、一騎討ちに出るならば俺だ! このような機会を逃がしてなるものか」


「いいや、俺が出る! 『屠竜剣』と戦えるのならば、この命も惜しくない!」


 嬉しそうと言うよりも、熱苦しい声だった。

 誰が一騎討ちに出るのか、帝国騎士たちは言い争いを始める。さすがに剣を抜く者はいないが、殴り合いくらいには発展しそうな雰囲気だ。

 騒がしい光景を眺め下ろすエキュリアは、どうしたものかと頭を抱えたくなる。


「一騎討ちをするなど、私はまだ認めていないのだが……」


「その通りです!」


 エキュリアの呟きを、スピアは耳聡く拾っていた。


「一人ずつ相手にする必要なんてありません。エキュリアさんなら、まとめて倒せます」


「……は? おまえは何を言って……」


「っていうことで。サラブレッド、やっちゃっていいよ」


 スピアは腕を振り払い、帝国軍を指し示す。

 サラブレッドが力強く嘶いた。


「ちょっと待てぇ―――!」


 エキュリアを乗せたまま、サラブレッドは急降下した。同時に、額の角から赤々とした炎を放っている。自身の周囲を炎で包んで、巨大な火の玉と化した。

 そして帝国軍の目の前へと落下。さながら隕石のように。


 地面が抉れ、爆発が巻き起こり、凄まじい衝撃波が帝国軍の前列に襲い掛かった。

 言い争っていた騎士たちが、まとめて吹き飛ばされる。

 いくつもの悲鳴や驚愕の声が混じり合った。


 いきなりの落下攻撃に付き合わされたエキュリアも、目を回しそうになっていた。

 それでも敵の前で無様な姿は見せられない。あとでスピアを叱りつけようと誓いながら、背筋を伸ばして手綱を握りなおす。


 白煙が立ち込める中から、エキュリアは静かに歩み出た。

 凄まじい攻撃をしたのに平然としている女騎士の姿に、帝国軍からどよめきが上がる。


「……まだ、私に挑みたい者はいるか?」


 なるべく静かな声になるよう努めつつ、エキュリアは問い掛けた。

 すでに主だった帝国騎士は倒されている。

 残った者も、上空から降ってきた苛烈な一撃にすっかり気圧されていた。


 ほどなくして帝国軍は撤退して―――またひとつ、エキュリアの伝説に新たな活躍が加えられた。



親方ぁ! 鉄球の中から女の子が!


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