ダンジョンマスターvsオークキング
鉄球が動きを止める。
地面は真っ赤に染まって、もはや鉱山街だった頃の面影は欠片もない。
たった一軒だけ、無事な建物が残っていた。
「ぷるるん、お願いしていいかな?」
鉱山入り口を塞いだ鉄球の上に乗って、スピアは隣に目を向けた。
ぷるっ!、と黄金色の塊が嬉しそうに震えて応える。
鉄球の上から跳んだぷるるんは、真っ直ぐに残った建物へと向かった。
人間の女性たちが囚われている建物だ。
そこにはまだ三匹だけオークが残っていた。どうやらこの建物にいる限りは無事に済むと、惨劇の中で理解したらしい。それでも女を人質に取ろうというところまでは知恵が回っていなかった。
もっとも、そうなっても結末は変わらなかった。
その場合はスピアが突撃して、背後から罠を発動させて仕留めていた。
『な、なんだこの化け物は!?』
『やっ、やめろ! 女をやるから助けてくれ!』
『ぶひぃぃぃぃぃーーーー!』
そんな最期の言葉を遺して、オーク三匹はぷるるんに呑み込まれた。
さて、とスピアはひとつ息を吐く。
囚われていた女の人たちを、すぐにでも介抱したい。
治療とかはよく分からないけれど、助かると告げるだけでも違うだろう。
だけどまだ、”駆除”は終わっていないから―――、
そう冷静に考えをまとめると、スピアはひとまず建物を壁で囲っておいた。
鉱山の方へ意識を向ける。
入り口は塞いだままでも、スピアには内部の様子を把握できる。頭の中に地図が描かれていて、生体反応なども捉えられる。さすがに相手が何をしているのかまでは分からないけれど、位置を捕捉できるだけでも意味は大きい。
それと、オークとは異なる反応も区別できた。
外の建物に囚われていた女性たちと同じく、弱々しい反応だ。
「やっぱり中にも人がいるね。それに……」
鉄球を挟んだ先に、複数のオークが集まっていた。
完全に密閉した形なので騒ぐ声も聞こえない。数千体のオーク駆除も、鉱山内部にとっては、とても静かに行われたはずだ。
しかしどうやら異常に気づかれたらしい。
鉄球落下の震動までは隠しきれなかった。鈍いオークでも、外の様子を窺うことくらいは考えたのだろう。
そして入り口が塞がっているとなれば、それはもう異常事態だ。
オークにだって一大事だと理解できる。
「でも集まってるなら、数を減らすチャンスだね」
のんびりと述べて、スピアは鉄球に手を当てた。
頭の中に浮かぶダンジョンメニュー、その中から適当な罠を選んでいく。
「今回は基本設定のままでいいかな。『矢射壁』……これだとちょっと弱いね。『火炎放射壁』にしよう』
鉄球へと魔力を流す。
鉱山入り口を埋めていた部分が、青白い光を放って変形していく。それはすぐ完了して、竜の頭部を模したレリーフが出来上がった。
オークたちは驚いて目を剥くが、外には伝わらない。
その直後に上がった悲鳴も、内部に響くだけだ。
「あんまり派手にやると、捕まってる人たちも危なくなっちゃうよね」
煙の怖さはスピアも承知している。
酸素の減少も、広い坑道内とはいえ危ない。
オークをまとめて駆除するには都合が良いのだけど、それは要救助者がいなくなってからだ。
だからスピアは一旦離れて、次の手を打とうとした。
「ん……? なんだか大きな、ボスっぽい反応がこっちに来てる?」
鉄球が転がっている広場は、相変わらず静かなものだ。
血生臭い光景なのはともかくも。
けれど足下から伝わる微かな震動を、スピアは感じ取った。
ぷるるんも警戒するみたいに震える。
直後、入り口を塞いでいた鉄球が揺れた。ゴォンと鈍い音が漏れてくる。
なにか硬い物が、凄まじい力で叩きつけられたのだ。
鉄球を弾き飛ばすほどではなかった。けれど一拍の間を置いて、また鉄球が揺れる。今度はぐぐっと押し出されて、雄々しい叫び声が響き渡った。
「あれが、オークキング……」
鉄球を押し退けて、まるで巨人みたいなオークが歩み出てくる。
肩幅だけで坑道を塞ぐほどに広い。赤黒い肌の下にはビッシリと筋肉が詰まっているのが見て取れる。しかし顔には贅肉が有り余っていて、これまでスピアが見たどのオークよりも醜悪だった。
手には樹木をそのまま使っているような棍棒を持ち、腰にはボロボロの布を巻いている。炎が燃え移っているが気にも留めていない。
岩のような表皮は、炎どころか剣で突かれても弾き返せそうだ。
オークキングは首を回して、すぐにスピアを見つけた。一瞬の睨み合いの後、醜い顔を歪めて舌なめずりをする。
いやらしい気配を察して、スピアは眉根を寄せた。
「むぅ。ああいうのには近づきたくもない―――」
呟くスピアの横から、黄金色の塊が飛び出した。
「え? ぷるるん!?」
「ぷるっ!」
勢いよく地面を跳ねたぷるるんは、真っ直ぐにオークキングへ挑み掛かった。
並のオークならば、大きな黄金色の塊に迫られただけで怯む。けれどオークキングは躊躇いもなく足を踏み出し、無骨な棍棒を振り下ろした。
粘液体ごと四散させようという豪快な一撃だ。
しかしぷるるんも、伊達に”キング”の名を冠してはいない。
頑丈さと柔軟性を併せ持った体で、重い一撃を受け流す。棍棒の軌道はするりと曲がり、地面に叩きつけられた。
無数の土礫が弾丸のように飛び散る。もしもそこに人間がいたら、五体をバラバラにされていただろう。
けれどぷるるんは一切構わず、そのままオークキングへ襲い掛かった。
巨体で巨体を呑み込もうとする。
直後、オークキングが吠えた。
ただの咆哮ではない。衝撃波を伴って、黄金色の粘液体ごと吹き飛ばそうとする。
これにはぷるるんも不意を打たれた。咄嗟に衝撃を吸収したが、すべては受け止めきれず、数滴ほど体を散らされる。突進も逸らされて、オークキングから離れた場所に着地した。
一方は棍棒を構え直し、もう一方は怒りを表すように赤味を帯びた体を揺らす。
そうして両キングは再び睨み合った。
どちらも異形。奇妙な光景とは裏腹に、緊迫した空気を広げていく。
苛烈な戦いを予感させた、が、
「ぷるるん、めっ! 離れて!」
まるで幼い子供を叱るみたいに、スピアは唇を尖らせた。
そこには緊迫感の欠片も無い。
腰に手を当てて胸を張っているけれど、威厳だってありはしない。
だってスピアはもう”戦い”なんてするつもりはなかった。
ただ害獣を駆除するだけ。
わざわざ危険な真似を、友達にさせる理由なんてない。
「こんなのに構っちゃいけないの」
スピアが手を振ると、鉄球が転がり始めた。瞬く間に勢いを増す。
オークキングもさすがに迫る鉄球を無視はできなかった。自身の倍ほどもある巨大な鉄球だ。叩きつけられては無事では済まない。
それでも避けようとしなかったのは、王としての誇りがあったのだろうか。
両手で棍棒を掲げ持つと、オークキングは鉄球を正面から受け止めた。
鉄の塊と棍棒がぶつかり合い、鈍い音が響き渡る。オークキングはぎちぎちと歯軋りを漏らした。元より太い両腕を破裂しそうなほどに膨れ上がらせる。
両足は地面を削り、後退しながら深い溝を刻んだ。
それでも辛うじて、オークキングは鉄球を受け止めた。
凄まじい膂力だ。正しく化け物と呼ぶのも相応しい。
醜い顔を得意気に歪めたのも当然だろう。
でも直後、その得意気な顔はぷちっと潰された。
「なんで他の鉄球に気を配らなかったんだろ?」
背後から別の鉄球がオークキングを襲っていた。
ただ、それだけのこと。
「あ、でもキングだけあって魔力量はかなりのものだね。そういえば召喚リストだとキングプルンより上で……必ずしも実力とは比例しないってことかな」
ぷるるんは少々不満そうに震えていた。
黄金色の体を、スピアは慰めるように撫でる。
また取り込んだ魔力も制御しつつ、再び鉄球を転がして入り口を塞ぎ直す。入り口では炎が広がったままだったので、他のオークは出てきていなかった。
「まだやることは残ってるからね。ぷるるんも手伝って」
あらためて坑道の様子を探って、スピアは助けるべき相手の位置を確認する。
入り口は塞いだ。けれど別の入り口を作ればいい。
スピアは斜面に手をつくと、一直線に道を作るべく魔力を流し込んだ。