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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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夢見る少女と重甲冑


 絶え間なく汗が流れる。息は乱れきっていて、自身を支えるだけでも辛い。

 汗を拭う余裕もなく、メィアメーアは練兵場を走り続けていた。


「なんで、こんな、私は、っ……騎士になりたいだけなのにぃぃ~~~~~!!」


「無駄口を叩くな! 三周追加だ!」


 上官であり祖父でもあるカーディナル伯爵から叱咤の声が投げつけられる。

 メィアは悲鳴を上げながら、また地面を蹴った。

 ガシャンガシャンと重い鎧が音を立てる。小柄な身体には合わない鎧を着せられたまま、メィアは朝からずっと走らされていた。

 綺麗な金髪も、土埃で汚れてしまっている。瑠璃色の瞳にも涙が滲んでいた。


「うぅぅ……お爺ちゃん、前はもっと優しかったのにぃ……」


 騎士になりたい。

 メィアがそう言い出したのは、ほんの十日ほど前のことだ。それまでは治療術師となるべく魔法を学んでいて、剣をまともに握ったこともなかった。


 メィアは今年で十五歳になる。

 貴族の娘としては成人の一歩手前、結婚相手がいてもおかしくない。

 だというのに、突然に人生の道を切り替えたのだ。

 当然だが両親には猛反対された。なので、メィアは家を飛び出した。


 そして孫娘には優しいはずの祖父を頼って、このオルディアン城砦を訪れていた。

 短慮でも、メィアは行動力だけは人一倍だった。

 そういった点は、何処かのキングプルンに乗った少女と気が合うかも知れない。ただし周囲《ツッコミ役》の苦労は何倍にもなるだろうが。


「もっと剣技とか教えてよぉ。竜を一撃で倒せるような、カッコイイのを~~……」


「そんな心構えで騎士が務まるか! 嫌なら家に帰れ!」


 カーディナル伯爵の言葉はもっともだ。

 騎士という地位だけでも、平民を含めれば、ほんの一握りの者にしか与えられない。その中で活躍する者だって限られている。物語のように竜を倒せる者など、国に一人でもいれば幸運だろう。


 だからカーディナルも、敢えて厳しく当たっていた。

 可愛い孫娘を危険な仕事に就かせたくはない。変に男勝りになって嫁入りが遅れるのも避けたい。

 でも実際に嫁入りとなったら、カーディナルは血の涙を流すだろう。

 もしも「お爺ちゃんみたいな騎士になりたい」と言われたら、喜んで協力してしまうかも知れない。


 実際、メィアが着ている重甲冑は、カーディナルが特別に作らせた物だ。三年ほど前の誕生日に合わせて用意したのだが、完成品を見てから女の子に贈る物ではないと気づいた。それ以来、倉庫で眠っていた。

 孫娘を守りたいという想いからの失敗。当然だが秘密にしている。

 しかし衝動的に行動してしまうのは、どうやら血筋であるらしい。

 いずれにしても、いまの厳しい訓練も、メィアのためを思っているのは間違いなかった。


「その鎧を着て自在に動けぬ内は、剣を握ることも許さん! 騎士など諦めろ!」


「イヤぁ~~~! 絶対に、諦めないんだからぁ~~~!」


 メィアだって自分が夢見がちなのは心得ている。

 だけど思い立った以上は止まれないのだ。


「騎士になって、エキュリア様みたいにチヤホヤされたいの~~~!」


 不純な動機を隠そうともせず、メィアは堂々と情けない声を上げる。

 結局、倒れ込んで動けなくなるまで走り続けた。

 騎士としての力量はともかく、その根性だけは大したものだろう。







 朝、メィアは起きた途端に筋肉痛に襲われる。

 祖父から厳しい訓練を課せられたおかげで、体を起こすのも一苦労だった。


 着替えをして、生まれたての小鹿のように足を震えさせながら食堂へ向かう。スプーンを握るだけでも手が震えて、食事を取るのにも難儀させられた。

 そんなメィアへ、周りの騎士や兵士は哀れみの眼差しを向ける。


 初めの内は敵意を向ける者もいた。世間知らずの娘が騎士になりたいなどと言うのだから、当然ではあったのだろう。伯爵家の娘ということで、嫉妬や、あるいは野心的な欲望の目を向ける者もいた。


 けれどそんな眼差しは数日もすれば消えていた。

 カーディナルの態度は、誰が見ても厳しすぎるものだったから。

 それこそ怨敵の娘に対するように接している。余所には漏らせぬお家事情があるのでは、なんて噂も囁かれていた。


 対照的に、物怖じしないメィアの態度は、兵士たちを和ませるものだった。人懐っこい性格も良い方向に働いていた。

 しかしそんなことはメィアが知るところではない。

 訓練の疲労で、周りに目を向ける余裕もなくなっていた。元より細かいことは気にしない性格でもある。


「うぅ、スープを飲むだけでも辛いよ。パンも硬いし……一流の騎士らしい食事を取りたい。もっと優雅で爽やかなやつを」


 身勝手で世間知らずな要求を呟きながら、もそもそと食事を片付けていく。

 文句を言っても、ともかく食べないと体がもたないのは理解していた。


 また今日も訓練があるのだから―――と、メィアが溜め息を落とした時だ。

 大きな鐘の音が、外から響いてきた。


「なっ―――!?」


 誰かが驚いて声を上げた。けれどすぐに掻き消される。

 食堂にいた騎士も兵士も一斉に立ち上がって、椅子を蹴倒す勢いで駆け出した。


 響いてきた鐘の音は、敵襲を報せるもの。

 このオルディアン城砦にいる者は、それを叩き込まれている。すぐに己の役目を果たすために、持ち場へと移動していった。


 けれどメィアには、なにがなんだか分からない。

 スプーンを咥えたまま呆然としていた。


「メィア殿! メィア殿はいるか!?」


 食堂に、一人の騎士が駆け込んできた。左右に首を回して、すぐにメィアを発見する。

 間抜けな顔をしたままのメィアと目を合わせて、騎士は気が抜けたように息を落とした。


「カーディナル様が呼んでおられる。一緒に来てほしい」


「お爺様が? 訓練なら、ちゃんと行くつもりでしたけど……」


「そうではない。あの鐘の音が聞こえなかったのか?」


 メィアはきょとんとした顔をして首を傾げる。

 騎士は困った子供を見るような目をしながらも、敵襲だと説明してくれた。


「え、て、敵襲って……まさか帝国軍が!? 大変じゃないですか!」


「落ち着け。だからいま備えている。偵察のため、メィア殿の魔眼を使って欲しいそうだ」


「あ……そ、そういうことですか。分かりました」


 事情を理解して、メィアはひとまず動揺を押さえ込んだ。

 それに考えてみれば、手柄を立てる絶好の機会でもある。大きな活躍をすれば、騎士としての道が拓けるのは間違いない。


「よし! 帝国軍なんて、私がバッタバッタと倒してやるんだから!」


「偵察だと言っただろう。メィア殿が前線に出ることはないと思うが……」


 騎士が溜め息混じりに忠告するが、メィアの耳には入らない。

 案内されるまま、メィアは軽い足取りで城壁の上へと向かった。


 オルディアン城砦は、東側にある帝国領を睨む形で建てられている。辺りには草原が広がるばかりで、とても見晴らしが良い。近づく者を早々に発見できる立地で、逆に言えば攻め込まれ易くもある。

 けれどその点は、城壁を堅固にしたり堀を深くしたりして対策を取っている。難攻不落とまでは言えなくとも、強兵を誇る帝国軍に対しても、ある程度は持ち堪えられるはずだった。


 素早く敵を発見し、持ち堪え、中央からの援軍を待つ。

 それがオルディアン城砦に与えられた役割だ。

 だから敵が来ても、無理に戦う必要はない。まずは守りを固めるのが重要になる。


「さあ、お爺ちゃん。すぐに出撃しよう。帝国軍を蹴散らすんだから!」


「……おぬしは何を言っておるのだ」


 白い顎鬚を擦りながら、カーディナル伯爵は呆れきった息を落とした。

 だけどメィアは期待に目を輝かせたままだ。まったく事態の深刻さを理解していない。


「もういい。細かいことを説明している暇はないからな。おぬしの魔眼で偵察して、敵の状況をつぶさに報告せよ」


「偵察? それより私は、敵陣に切り込んで大活躍を……」


「さっさとやれ!」


「は、はいぃ! 偵察を開始しまっす!」


 怒鳴られ、メィアは慌てて敬礼を返す。

 そうして右眼に意識を集中させると、東側に広がる草原へ目を向けた。


 魔眼―――極めて稀に現れる、先天的な特異能力だ。現れる効果は魔法と似ていても、複雑な魔法陣や詠唱を必要としない。僅かな魔力を込めるだけで発動できる。

 便利ではあるけれど、いくつか欠点もある。

 常時発動だったり、制御が難しかったりと、扱いの難しい魔眼も少なくない。


 メィアが持つ魔眼は、比較的制御が簡単な部類だ。幼い頃は眼帯などもしていたけれど、いまは意識せずとも抑え込める。ただしその効果も大したものではなかった。

 端的に言ってしまえば、視覚の強化だ。

 一般的な身体強化術でも同じような真似はできるが、メィアのそれはいくらか効果が大きい。遠方への偵察には適している。


「ん……っと、あの旗はやっぱり帝国軍だね。強そうな人がいっぱい」


「……数は五千といったところだな。この城砦に詰めている兵力と同等くらいであろう。それで、何か珍しいものは見えぬか?」


 戦場経験の無いメィアでは、軍勢の数さえまともには見て取れない。それでも遠くまで細かに観察できる魔眼ならば、他の者では気づかない何かを発見できるかも知れない。


 そもそも同等の兵力で城攻めというのが奇妙だった。

 本気で城砦を陥とすつもりならば、三倍や四倍の兵力は用意するはずだ。

 いきなり帝国軍が攻めてくるのにも違和感を覚える。


 もしや、少数でも勝てる秘策があるのでは―――、

 そう考えたからこそ、カーディナルはメィアを呼び出した。


「ちょっと待ってね。でも珍しいものって言われても……あれ? なんか一人だけ前に出てきたよ。格好からすると魔術師かな?」


「魔術師……? 一人なのか? それとも部隊なのか?」


「女の子が一人だよ。私より少し年上くらいかな、紫色の派手なローブを着てる」


 曖昧な報告だったが、カーディナルは警戒を覚えて眉根を寄せた。

 帝国軍の姿が見えたとは言っても、まだ接触するには距離がある。真っ直ぐ向かってきたとしても、戦端が開かれるのは早くて半日以上は掛かるだろう。


 攻城兵器や魔法だって、まず届かない距離だ。

 しかし長く国境を守ってきたカーディナルの勘は、油断ならないと告げていた。


「念の為に、魔導部隊へ声を掛けておけ。いつでも障壁を発生させられるように」


 伝令兵に告げてから、カーディナルはあらためて帝国軍へ目を向けた。

 やはりまだ距離があるので細かい動きなどは見て取れない。

 その横で、魔眼を発動させているメィアが首を傾げた。


「お爺ちゃん、いま言った魔術師の女の子だけど……」


「どうした? 何か動きがありそうか?」


「うん。なんだか魔法を撃つみたい。あ、ほら、魔法陣が浮かぶよ」


 呑気に述べたメィアとは裏腹に、カーディナルは息を呑んだ。

 メィアが指差した直後、帝国軍の頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がった。魔眼に頼らずとも確認できるほどの大きさだ。

 空中高くから、青白い光が辺り一帯を照らす。


「っ……なんだあれは!? あの距離から攻撃を仕掛けようと言うのか?」


 届くはずがない、とカーディナルは否定しようとした。

 けれど驚愕する思考に、あるひとつの可能性が浮かぶ。


「まさか、殲滅魔法―――」


 言葉は最後まで発せられなかった。

 巨大な魔法陣が弾けると、そこから黒々とした一撃が放たれる。

 まるで城砦ごと貫く太い槍のようだった。

 さすがにメィアも事態の深刻さを察して、驚愕に目を見開く。

 カーディナルは咄嗟に床を蹴った。孫娘を守ろうと、その細い身体を抱え込む。


「お爺ちゃん―――!」


 次の瞬間、城砦全体が凄まじい衝撃に包まれた。



城砦に迫る、策を秘めた敵。

シリアスさんが息を吹き返しそうな展開です。


次回更新は、たぶん土曜日です。

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