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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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東方国境への旅路


 ゼラン帝国は、ベルトゥーム王国の東に位置している。

 国土面積はベルトゥームの五倍以上もあって、大陸の中心として栄えている。

 軍事でも経済でも、周辺国家との力量差は圧倒的だ。権威の面でも国家としての歴史は聖教国よりも古く、独自の教会派閥を持ち、宗教的な横槍など許さない。


 かつて『はじまりの国』は、唯一の国家として世界のすべてを治めていた。

 帝国はその後継者であると謳っている。

 実際、後先を考えずに武力を振るえば、大陸統一は容易であると考えられている。けれどそうしないだけの慎重さも備えているからこそ、大国で在り続けられる。


 聖教国も『はじまりの国』の後継者だと唱えているが、実力は伴っていない。

 神々の威光はあっても、それは必ずしも聖教国と一体ではなかった。


 ただ、『永世王』ほどに力を持った個人が現れていないのも、また事実だ。

 帝国に足りない物があるとすれば、絶対的な力を持った英雄だろう。


「いくらか戦場で名を馳せた帝国騎士などはいるがな。使徒であった者も含めて。しかしそういった豪傑でも埋もれてしまうほど、帝国軍は軍隊として精強だ」


「全員がムキムキマッチョだったりするんでしょうか?」


「ムキ……おまえは、いったいどういう想像をしているのだ?」


 スピアとエキュリアは、王都から伸びる街道を北へと向かっていた。

 其々に、ぷるるんとサラブレッドに乗っている。その気になれば早馬も余裕で振り切るほどの速度が出せるけれど、いまはゆっくりと進んでいた。


 二人の目的地は、ひとまず帝国の首都となっている。

 色々と理由はあるが、スピアがそう言い出したから、というのが大きい。

 とはいえ、思いつきで旅ができる距離でもない。国境を越えるだけでも、馬を使っても普通なら十日以上は掛かる旅程だ。


 王国の東側は、広く帝国と国境を接している。だからといって真っ直ぐに東へ向かえば国境を越えられる、という訳でもない。南北に伸びた『白龍山脈』が、両国の間に聳え立っている。


 なので、帝国へ向かう道は代表的なもので二つ。

 ひとつは『白龍山脈』を真っ直ぐ東へと向かう道だ。実は山道も整備されているので、旅人や商人の多くはこちらを選ぶ。ただし軍隊は進めない。


 何故なら、山脈に住む白龍は、己の領域が争いに利用されるのを許さないから。

 軍勢を進めれば、白龍とその配下の竜軍団によって蹴散らされる。

 ほんの数名の偵察隊や、盗賊集団でさえ見逃してはもらえない。


「私たちは一応、仮にも、親衛隊長と副隊長だからな。たった二人でも襲われる恐れがある」


「なんで“一応”と“仮にも”を強調するんです?」


「自分の胸に聞け! ともかく、白龍山脈を抜けるのは危険すぎる」


「龍でも話ができるんですよね? だったら説得するとか、殴って通るとかダメですか? 通せんぼはヤクザの遣り口ですよ」


「説得と殴るのを同列に語るな! いずれにせよ、わざわざ見えている危険を冒す必要もあるまい」


 そんな話し合い、というか怒られた結果、スピアはもうひとつの道を選択した。

 まずは北へ向かって山脈を大きく迂回する。王国直轄領を出て、二つほど領地を抜けて、国境を守るオルディアン城砦を目指す。


「帝国との関係は冷え切っているが、いくらか交流も続いている。旅人や傭兵だと言って国境を抜けるのも難しくないだろうが……」


「コソコソするのは好きじゃありません」


「そうだな……おまえの場合、うっかり親衛隊長だと名乗りそうだ」


「むぅ。わたしはドジっ子じゃありませんよ?」


「白仮面のことを忘れたか! 自分でバラしたようなものだったではないか!」


 鋭いツッコミを受けて、スピアはそっと目を逸らす。

 たった今まで忘れていたとは言えない。スピアは失敗を引きずらない前向き少女なのだ。


「おまけに、ぷるるんやサラブレッドも目立つぞ。間違いなく警戒される」


「みんな可愛いですよ?」


「無害であるのは認めるがな。トマホークも含めて頼りにはさせてもらうが……」


 溜め息を堪えつつ、エキュリアは大きく空を仰いだ。

 ちょうど上空にいるトマホークが鳴き声を響かせたところだった。広い空に悠然と弧を描く姿を眺めていると、悩みもどうにかなりそうな気がしてくる。


「まあいくつか案はあるし、ゆっくり考えていけばいい。どうせしばらくは平穏な旅になるのだからな」


「……エキュリアさんは、本当にフラグ立てが上手ですね」


 いきなりスピアは真顔になって、ぷるるんの上で姿勢を正した。身体をほぐすように大きく腕を伸ばす。

 どういう意味だ?、とエキュリアは首を傾げる。


「少し先の林に、五十人くらいです。盗賊団みたいですね」


 どうやら平穏な旅は望めそうもなかった。







 彼らは盗賊の中では上等な部類だった。

 首領を務める男は、元々は騎士の家に次男として生まれた。訓練中に上官と口論になり、相手を斬ってしまったために逃げ出したのだ。


 よくある、とは言えないまでも、そう珍しい経歴でもない。

 盗賊とまではいかなくとも、家を継げない貴族が落ちぶれるというのは、ありがちな話でもあった。


 普通なら地味で平凡な暮らしをするか、何処かの路地裏で倒れて消える。

 けれど男には才があった。

 少なくとも、五十人を越える盗賊団を従えるだけの才覚が。

 慎重なのも、その才覚の内だと言える。


「……全員、動くな。あの二人は見逃す」


 林の中から、盗賊団は美味そうな獲物を見つめていた。

 若い少女が二人。その内の一人は子供のようだが、女というだけで価値がある。

 どちらも顔立ちや身なりが整っていて、充分に“楽しめ”そうだ。飽きたら商品として売り捌いても金になる。護衛もいない。


 盗賊団にとっては、正しく絶好の獲物だった。

 だから首領の否定的な言葉に、不満を漏らす者もいた。


「お頭、本気ですかい? ありゃかなりの上玉ですぜ?」


「馬鹿か。あの連れている魔物が見えないのか?」


「へ? あの金色のプルンですか? でっかいけど所詮はプルンですぜ?」


「天馬は少々厄介そうですが、不意打ちで矢を射れば仕留められますよ」


 盗賊たちには学のない者が多かった。

 珍しい魔物であるキングプルンのことを知らず、その凶悪さをまったく理解していない。翼の生えた馬を天馬と見るのは一般的な認識だが、その額に生えた角を見過ごすのは注意力不足だろう。


「あれは恐らく、凄腕の魔物使いだ。女騎士の方も身のこなしからして、かなりの腕前で……」


 警告の言葉は、最後まで発せられなかった。

 何故なら、女騎士の駆る白馬がいきなり速度を上げたから。

 くるりと方向転換もして、盗賊団が潜む林へと真っ直ぐに向かってくる。


「なっ、マズイ! 待ち伏せがバレて―――」


 直後、青白い閃光が辺り一帯を包み込んだ。

 上空から雷撃の雨が降ってきたのだ。広範囲に降り注いだ雷撃に打たれて、次々と盗賊たちは倒れていく。ほとんど悲鳴を上げる者もいないほどに見事な不意打ちだった。


 その不意打ちを行った一羽の鷹は、上空で優雅に旋回していた。

 けれど盗賊たちは気づく余裕もなく、半数以上が落馬し、気絶していた。


「く、くそっ、魔術師も隠れていたのか!? しかもこんな強力な……」


「動くな、盗賊ども!」


 場が混乱している内に、女騎士は声が届く距離まで近づいていた。

 手にした長槍を突き出して、透きとおった声を響かせる。


「我は王国騎士エキュリア! いますぐ武器を捨てて投降しろ!」


 エキュリアが名乗ったのは、なにも慈悲からくる行為ではない。相手は明らかに不審な集団だったが、真っ当な理由で行動している可能性も僅かにあった。

 傭兵や、どこかの貴族の私兵が訓練をしているとか。

 そういう場合もあるが、目立つ場所を旗を立てるなどしているものだ。

 そして、今回は間違いなく狼藉を働こうとしている盗賊集団だった。


「え、エキュリアだと!? まさか『竜乱舞』の!?」

「そんな……『千騎潰し』に勝てるワケねえ!」

「ど、どうすんだよ! 『無敵剛剣』の相手なんて冗談じゃねえぞ!」


 どうやらエキュリアの噂は、王都の外にも尾ヒレつきで広まっているらしい。

 盗賊たちは蒼褪めた顔をして、あっという間に戦意を失っていく。

 だが、そこで首領が声を上げた。


「落ち着け! 『王国最強』がこんな場所にいるものか! それに相手は一人だ。これだけの人数で囲めばどうにでもなる!」


 つい先程までとは、まるで言っていることが違う。

 けれどそれを指摘する者はおらず、首領の強気な発言に、盗賊たちはやや気を持ち直した。


「一斉に掛かれ! 裸にひん剥いて泣かせてやれ!」


「お、おう、そうだな。よく見りゃあイイ女じゃねえか」


「へへ……驚かせやがって。お返しにたっぷり可愛がってやるぜ」


 首領の号令とともに、盗賊たちは雄叫びを上げて襲い掛かった。

 彼らは全員が馬に乗っている。雷撃で倒された者も多いが、まだ二十名以上が残っていた。その集団が一斉に駆けるのだから、並の兵士程度では竦んで動けなくなるだろう。

 けれどエキュリアは怯んだ様子もなく、手にした槍を軽く振った。


「サラブレッド、この場は私に任せてもらうぞ」


 白馬は力強く嘶くと、エキュリアの手綱捌きに合わせて駆け出した。

 瞬く間に盗賊集団との距離を詰める。

 交錯し―――まず一人の盗賊が斬り伏せられた。濁った悲鳴が上がる。


 エキュリアが手にしているのは斧槍ハルバードで、手綱を握りながらでは扱いの難しい武器だ。けれどエキュリアは右へ左へと自在に切り返す。綺麗な弧が描かれる度に、盗賊たちは馬上から叩き落されていく。


 初めてスピアと会った時でも、エキュリアはオーク数体を相手取れるだけの実力があった。それに比べれば、盗賊どもは力も弱く、技術も大したものは持っていない。

 数々の非常識な戦いを目にしてきたエキュリアからすれば、肩の力を抜いて対処できる相手だ。

 もちろん油断はできないが、致命傷を与えないくらいの余裕さえあった。


「な、なんだコイツ、動きが見えねえ……!」


「囲んで押さえつけろ! 女一人になにや、がぁっ!?」


「こ、こんなのどうやって止めろって言うんだよ!」


 二十人以上いた盗賊の数はどんどん減っていく。

 離れた場所から矢を射ようとした者もいたが、弓を構えた途端、飛んできた炎弾に全身を焼かれた。


「助かったぞ、サラブレッド。私もまだまだ未熟だな」


 白馬が誇らしげに嘶く。

 対照的に、盗賊たちは惨めな悲鳴を上げ続けた。

 もはや戦意は消え失せて、立ち向かおうとする者は数えるほどだ。頼りになる首領に助けを求めようとする者もいたが―――。


「あ、あれ? ボスは……?」


 その乱戦の場に、首領の姿はなかった。

 というよりも、戦いが始まった時点で、木陰を縫うように姿を眩ましていた。

 部下をけしかけ囮にして、一人だけ逃げ出していたのだ。目端の利く部下一人だけが勝手に後をついてきたが、首領はそのまま馬を駆けさせた。


「くそっ、また一から出直しだ! どうしてあんな化け物が出てきやがる!」


「運がなかったッスね。でもボスの才覚があれば、なんとかなりますぜ」


「当然だ。このまま終わってたまるか!」


 林を抜け、馬は速度を上げる。

 彼らは馬の機動力を活かし、獲物は逃がさず、手強い相手からは素早く逃走することで盗賊として成功してきた。だから今回の判断も、適切なものだと言えた。


 もしも国からの討伐隊に追われたくらいなら、半数程度は逃げ出せただろう。

 しかし、今回は相手が悪過ぎた。


「アジトに戻れば、まだ蓄えた金で再起をぶばぁっ!?」


 首領と部下一名は、まとめて吹き飛ばされた。

 なにが起こったのか分からない。

 ただ、視界の端から黄金色の巨大な何かが飛び込んでくるのが見えた。

 それがキングプルンだと分かったのは、地面を転がり、呻きながら顔を上げてからだ。


「ぐっ……い、いったいどうなって……!」


「ぼ、ボス! 助け、て、ぇ……!?」


 一緒に逃げていた部下は、キングプルンの巨体に圧し掛かられていた。粘液体に拘束されて、一言を発する間にも頭まで覆われている。

 もはや助けられる状況でないのは明らかだった。


「残ったのは、貴方たちだけです。大人しく捕まってください」


 キングプルンの上から可愛らしい声が投げられる。

 小柄な少女が、黄金塊の上で腰に手を当てて偉そうに立っていた。


「な、なんなんだ……何者なんだよ、おまえたちはぁっ!?」


「スピアです。ひよこ村村長で、親衛隊長で、その他諸々です」


「意味が分かんねえよ!」


 叫び、首領だった男は身を翻した。

 最後の一人となった部下も見捨てて、一目散に逃げようとする。


 子供一人ならどうにかなるのでは―――なんて考えも、頭を掠めた。

 けれどそんな考えはすぐに打ち捨てて、ともかくも走ることに全力を傾ける。


「まだだ、俺は盗賊なんかで終わる男じゃねえ。もっと力をつけて……?」


 泣き出しそうになりながらも駆け続ける。だけど、ほどなくして違和感を覚えた。


 おかしい。奇妙だ。

 走っている。逃げ続けているはずだ。キングプルンが追ってくる気配もない。

 だけど、周囲の景色はまったく変わっていなくて―――、


 背筋の悪寒に引かれるまま、男は振り返った。


「ひっ……!」


 目の前に黄金色の壁があった。キングプルンが真後ろにいる。


「な、なんで……!?」


 男はさらに足へ力を込める。走り続ける。

 だけど黄金色の巨体との距離はちっとも開かない。相手は鎮座しているのに。

 言い知れぬ恐怖を覚えて、男は全身を震え上がらせた。


 謎現象の正体は、スピアのダンジョン魔法によって足下の地面が引っ張られているだけ。割とよく知られている移動する床のトラップだ。

 けれど追いつめられ、混乱した男には気づく余裕もない。


「有名な言葉があります。知らないんですか?」


 にんまりと頬を緩めて、スピアは述べる。


「ぷるるんからは逃げられない」


「そんなの知るかぁーーーーーーー!」


 ある意味では真っ当な抗議の声を上げて、男は力尽きた。

 そのまま黄金色の塊に取り込まれ、無力化される。

 全身を溶かされなかっただけでも、僅かに幸運は残っていたのだろう。






 シロガネを呼び出し、捕らえた盗賊たちの片付けを頼む。王都まで転移陣で送りつけて、衛兵に引き渡す予定だ。

 盗賊たちは意識を失ったままで、次に気づいた時は牢屋の中となる。

 そうしてスピアとエキュリアは旅路へと戻った。


「エキュリアさんと一緒だと、退屈しませんね」


「まるで私が騒動を引き起こしているみたいに言うな!」


 唇を尖らせるエキュリアだが、今回はちょっぴり気落ちもしている。

 スピアが言う「フラグ」の意味をなんとなく理解できた。

 信じてはいない。だけど今後は不用意な発言は控えよう、と溜め息を落とした。


「ともかくだ、盗賊に遭うなどそうそう……あるかも知れんが、気をつけていけば大丈夫だろう。オルディアン城砦までは、道もよく整備されているからな」


「そこから帝国領へ入るんですよね?」


「ああ。城主のカーディナル伯爵とは、私も面識がある。相談すれば、帝国へ向かうのにも力を貸してくれるはずだ」


 話をしている内に、気落ちしていたエキュリアの表情も晴れてくる。

 経緯はともあれ、盗賊団ひとつを壊滅させたのだ。王国のために働けたと思えば、充実感も胸に沸いてきた。


「城砦で何日か休んで、稽古をつけてもらっても良いかも知れんな」


「国境を守ってるんですよね。精鋭部隊ってことですか?」


「そういうことだ。近隣の魔物討伐などもよく行っているらしい。まあ、実際に帝国と戦う機会はそうそう訪れないし、もしもあっても小競り合い程度だろう」


 無自覚にフラグを立てながら、スピアとエキュリアは旅路を進む。

 遥か国境の向こうにいる帝国軍の様子など、二人には知る由もなかった。



レベル高めの盗賊団でしたが、ぷるるんからは逃げられませんでした。


次回更新は水曜か木曜に。週三回ペースへ戻していきます。

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