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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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さよならなんて言わない


 紅々と染まった陽が王都を照らしている。

 遠く離れた荒野から眺めても、その外壁の雄大さは感じられた。

 胸に浮かぶのは感慨と、微かな寂寥だろうか。

 自分でもよく分からない感情を抱えたまま、スピアはそっと目を細めた。


「そんなに長く居たつもりはないんだけどねえ」


 独り言を呟きながら、腰の下にいるぷるるんを撫でる。

 なにかを誤魔化すみたいな仕草だった。


 中庭での白仮面騒動の後、スピアはそのまま王都を出た。

 ぷるるんに乗ったまま街路を駆けて、門も強引に突破した。目眩ましに暗闇を広げたりはしたが、誰にも怪我は負わせていない。とても“平穏無事に”脱出できた。


 連れてきたのは、ぷるるんとトマホーク。サラブレッドもすぐに呼び出せたけれど、エキュリアの愛馬として慣れてきたので預けておくことにした。

 あまり深く考えての行動ではなかった。

 まあ、いつものことだと言える。なんとなくそうした方が良いと思ったから。

 そうしていまは、ぼんやりと夕陽を眺めている。


「いつでも戻れるし。エキュリアさんもいるから、大丈夫だよね」


 言いながら、スピアはぶらぶらと足を揺らす。

 乗られているぷるるんは、曖昧な返答をするみたいにゆるゆると震えていた。


「これから、どうしようかな……」


 しばらく身を潜めておいた方がいいのは分かる。

 ひよこ村でのんびりと過ごすのも悪くない。

 だけど、いくつか確かめたいこともあって―――、


 そう思案を巡らせていたスピアだが、ふと上空へ目を向けた。

 一緒に王都を飛び出してきたトマホークが、なにやら甲高い声で鳴いていた。


「んん……? あれは、サラブレッドと……?」


 夕陽の眩しさに瞬きを繰り返しながら、スピアは遠くの空を見つめる。

 ダンジョン魔法による探知を使えば、相手が何者なのかすぐに把握できただろう。

 でも、その必要もなかった。影の形だけでも判別できた。

 大きく翼を広げたサラブレッドとともに、ゆっくりと地上へ降りてくる。


「―――スピア!」


「エキュリアさん。お散歩ですか?」


「そんな訳があるか! おまえを追ってきたのだ!」


 降り立つなり、エキュリアはスピアへと駆け寄った。

 小柄な頭へ手を伸ばすと、わしゃわしゃと綺麗な黒髪を掻き乱す。


「勝手に出て行くな! レイセスフィーナ殿下やエミルディットも悲しんでいたぞ!」


「手紙は残してきましたよ?」


「こんな物で納得できるか!」


 声を荒げるエキュリアの手には、一通の紙切れが握られていた。

 そこには、『旅に出ます。探さないでください』と記されている。

 様式美を守った純朴な手紙だ。

 でもやっぱり、エキュリアたちには上手く伝わっていなかった。


「ところで、教会の人達との話は大丈夫だったんですか?」


「問題ない。というか、殿下が凄まじかったぞ。あっという間に大司教を黙らせた。おまえの立場を悪くしてしまったのが、よほど腹に据えかねたようだな」


 愉快そうに苦笑を零しながら、エキュリアはその様子を語っていく。


 元々、聖教国とは有利に交渉を進められる材料が揃っていた。

 けれどその材料を小出しにした結果、相手に付け入る隙を与えたのが失敗だった。ロマディウスやアリエットの件があったために、神の介入を必要以上に警戒してしまったのだ。交渉事の定石として、いきなり切り札を出せないというのもあった。


 聖教国が欲するものは分かっていた。

 それは、人心を掌握するための『権威』だ。

 自分たちこそが最も神への信仰が厚く、最も神に近い場所に居る―――、

 そう主張し続けなければ、聖教国は存続できない。


 その権威を後押しできるだけの材料を、王国は手に入れていた。

 魔将の首―――氷漬けになったそれは、厳重に保管されている。

 神々の敵を束ねる将の首だ。信仰の功績として示すには絶好の材料と言える。

 聖剣や使徒といったものには及ばなくとも、民衆の支持を高めるには充分だろう。


「元より、あれの保管は聖教国に任せるつもりだったからな。おまえも同意していただろう?」


「はい。首なんて要らないです」


「そう簡単に言い捨てるのもどうかと思うがな……」


 肩を竦めながらも、エキュリアも頷く。


「ともかく、その首と引き換えに、こちらの要求はほとんど受け入れさせた。教会の特権など、以前から目に余る部分があったからな。大きな改革となるだろう」


「そうですか……クレマンティーヌさんはどうしてました?」


 難しい政治に関しては、実のところスピアはあまり興味はない。

 ただ、顔見知りになった相手のことは気になっていた。

 短い会話をしただけとはいえ、名前も知っている相手だ。『呪いの白仮面』の作り話で、責任を感じさせてしまったのではと申し訳なくも思っていた。


「殿下は聡いな……言われなければ、私も気づかなかった」


「どういうことです?」


「ああ、彼女のことも心配は無用だ。おまえが気兼ねするのではないかと、交渉の際に殿下が口添えをしていた。これからは王都の教会で務めることになる」


 今回の騒動は、クレマンティーヌからの情報が発端になった。

 下手をすれば、「魔神の呪いを発動させた」として罪に問われる状況だ。


 そこまで詳しい経緯は、レイセスフィーナも掴んでいなかった。

 けれど後の影響を考え、誰からも責められないよう手を打ったという訳だ。


「とりわけ彼女は落ち込んでいたからな。教会との連絡役になってもらって、しばらくは様子を見ることにした」


「それなら安心ですね。近い内に、わたしも挨拶に行きます」


「ああ。呪いを打ち払ったとでも言えばいい。どうにでも誤魔化せる」


 あまり搦め手は好きではないが、とエキュリアは口元を捻じ曲げた。真面目な性格なので、嘘を嫌うのは仕方ないのだろう。それでも不満は少ない様子だ。


 一通りの事情を聞いて、スピアも表情を緩める。

 胸に留まっていた寂寥感も、すっかり消えていた。


「では、早々に戻るぞ。殿下も待っておられる」


 親衛隊のマントを翻して、エキュリアはサラブレッドの鞍に手を掛けた。

 だけど―――スピアは少し考えて、静かに首を振った。


「戻りません」


 ぷるるんに乗ったまま、背筋を真っ直ぐに伸ばしてスピアは告げた。

 珍しく真剣味の混じった声に、エキュリアも表情を引き締める。


「……どうしてだ? 騒動になるというなら、気に掛ける必要はないぞ?」


「ちょっと行きたい場所があるんです」


「旅に出ると言うのか? しかし準備をしてからでも良いだろう?」


「思い立ったが吉日です」


 真剣な顔をしていたのは一瞬だけ。いつもの調子に戻って、スピアは屈託のない笑みを見せた。

 だからエキュリアも、呆れ混じりの笑声を零す。


「止めても無駄なようだな。せめて心構えをする時間くらいは欲しかったが」


 エキュリアは姿勢を正す。

 あらためて真面目な顔になって、スピアをじっと見据えた。


「レイセスフィーナ殿下から伝言を預かっている。もしも戻らないと言った時には伝えて欲しいとな」


「セフィーナさんが……?」


「さすがにこんな事態は予想できなかったそうだがな。おまえには城での暮らしは窮屈ではないかと、そう以前から憂慮しておられた」


 スピアは複雑に表情を歪める。

 べつに王都での暮らしに不満はなかった。だけど騎士として振る舞えなかったのも事実だ。


 だから、いつか出て行くのだろうと、そうセフィーナに思われていても仕方ない。

 それは嬉しいような寂しいような、なんとも言えない気持ちだった。


「では伝えるぞ。スピア、おまえに特務巡検士の“称号”を与える」


「特務……じゅんけんし、ですか?」


「本来は、各領地で不正が行われていないか調べるための役職だ。しかし難しく考える必要はない。要するに、何処へ行くのも自由ということだ。貰っておけ」


「分かりました。今度、お礼も言いに行きます」


 役職ではなく“称号”としたのも、レイセスフィーナなりの気遣いだろう。

 王国に縛るつもりはないという意思表示だ。

 それくらいはスピアにも、なんとなく優しい感じがするなあ、くらいには察せられた。


「あ、そうだ。親衛隊の方はどうするんでしょう?」


「ほう。一応は気にするのだな? まったく仕事をしていなかったのに」


「むぅ、当然です。わたしは隊長だったんですよ」


「そして、これからも隊長だ。ザーム殿が隊長代理になる」


 過労で倒れなければ良いが、とエキュリアは苦笑する。

 さらりと言われたが、その返答はスピアにとって予想外だった。


「いいんですか? みんな大好き親衛隊長ですよ? 他にやりたい人もいそうです」


「おまえ以上の適任者はいないそうだ。過分な賞讃だな」


「誉められるのは嬉しいですけど……エキュリアさんが務めれば、セフィーナさんも安心だと思います」


「うん? なにを言っている?」


 腰に手を当てて、エキュリアは得意気に口元を吊り上げる。

 いつもはスピアに驚かされてばかりなので、お返しができて上機嫌らしい。


「私はおまえに同行するのだ。当然ではないか」


 ぱちくりと、スピアは瞬きを繰り返す。

 こてりと首を傾げて、また逆方向に首を傾け、しばしエキュリアを見つめていた。

 まるで不思議なものを見た子供みたいな反応だ。

 対するエキュリアは、軽やかに咽喉を鳴らす。


「そんなにおかしなことか? おまえが故郷に帰るまで付き合うと、そう約束したではないか」


「むぅ。エキュリアさんは行き当たりばったりです」


「おまえが言うな! 今回の件にしても、ほとんど思いつきだろうが!」


 鋭く指摘されて、スピアはそっと目を逸らす。

 だけどその口元は緩んでいた。


「大変ですよ? どうやったら帰れるかも、まだ分かってないんです」


「覚悟の上だ。今更、断るなどとは言うまい?」


 問われて、スピアは軽く目蓋を伏せた。

 だけど考えるまでもない。答えは決まっている。


「嬉しいです。ぷるるんも喜んでます」


 ぷるっ!、と黄金色の塊が嬉しそうに揺れる。

 その隣で、スピアも笑顔を輝かせた。もちろんエキュリアも―――。


「それで、行きたい場所があると言ったな。何処を目指すのだ?」


「帝国です」


「……ゼラン帝国か。また唐突な……」


 思わぬ単語が飛び出して、エキュリアは眉根を寄せる。

 国境を越えるというだけでも、いくつも問題が立ち塞がるのは確実だった。


「まあいい。詳細は道すがら……と言いたいところだが、もう夕刻だな」


 もう随分と影が長くなっている。

 二人が立っているのは街道沿いで、そのまま進んでも一応は帝国へと向かえる。

 けれど日数の掛かる旅になるので、しっかりと予定を組んだ方が賢明だった。


「そうですね。いまから急いでも、すぐに夜ですし」


「やはり一度は王都へ戻った方が……」


「ひよこ村へ戻りましょう」


 言うが早いか、スピアは空中に『倉庫』の口を開く。

 石造りの転移陣を取り出すと、無雑作に地面の上に置いた。


「ちょっ、待て! どうしてそこで、ひよこ村になる!? だいたい、こんな場所に転移陣を設置するなど……」


「大丈夫です。草でカモフラージュしておけば、まず見つかりません」


 スピアはぷるるんに手招きすると、一緒に転移陣の上に乗る。トマホークもすぐに降りてきた。

 溜め息を落とすエキュリアだったが、ここで置いていかれる訳にもいかない。

 サラブレッドの手綱を握ると、スピアの隣に立った。

 そうして転移陣が起動して、青白い光が広がっていく。


「エキュリアさん」


 光に包まれながら、スピアはエキュリアを見上げた。

 屈託のない笑顔とともに言う。


「これからまた、よろしくお願いします」

「ああ、もちろん―――」


 エキュリアの言葉は転移の光に飲み込まれる。

 だけど優しげな眼差しは届いていて、それだけで充分だった。


 やがて青白い光は消えて、荒野はふたたび夕陽が支配する場へと変わる。

 寂しげに佇む少女は、もう何処にもいなかった。



良い話っぽく一区切りです。

次回から帝国へ向かいます。


それと、あけましておめでとうございます。


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