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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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さらに深まる疑念


 城の中庭で、ぷるるんと組み手を中心とした稽古に励む。

 気が向けば練兵場に顔を出したり、セフィーナのところへ行ってお菓子を食べたりする。図書館でのんびりと過ごしたり、厨房にお邪魔して料理をしたり、あるいは街へ繰り出したりもする。

 親衛隊の仕事がない時には、エキュリアが叱りに来ることもある。

 スピアの一日は、だいたいそんなところだ。


 つまりは気分次第。かなり好き勝手をさせてもらっている。

 ただし、いまはしばらく大人しくしているように言われていた。


 新女王の戴冠式に合わせて、聖教国だけでなく近隣諸国からの使者も訪れている。おかげで城内は賑わい、緩んだ空気も流れているが、警備に当たる騎士の中には張り詰めた顔をしている者も多い。

 スピアが関われば、絶対に騒動を引き起こす。

 これは当人以外の関係者が一様に賛同するところだった。


「わたしだって、真面目な儀式に参加するくらいできますよ?」


「ほう? 親衛隊長の叙任式から逃げ出したのは誰だった?」


 見張り役のエキュリアが、じっとりとした眼差しを向ける。

 スピアはそっと目を逸らした。


「でも、セフィーナさんの晴れ舞台ですよ?」


「それはそうだな。スピアが立役者であるのは理解しているし、殿下も深く感謝しておられる」


「つまりは、お祭りです。派手に騒ぎたくなるのが人情です」


「そこが違うと言っている! おまえの派手は、他の者を驚かせるのだ!」


 また叱られて、スピアはしょんぼりとした顔をする。

 だけどまあ、自重した方がいいと納得もしているので、表情ほど落ち込んではいない。


「戴冠式の後で、お祝いの花束を渡すくらいはいいですよね?」


「ああ。それくらいなら殿下も喜んでくださるだろう」


 式典にスピアを参加させられないのは、エキュリアも申し訳なく感じている。

 礼儀作法を教える時間があれば、とも思う。

 だけど、ちょっとやそっとではスピアの奔放さは矯正できないのも事実で―――。

 苦笑を零しつつ、エキュリアは手にした木剣を握りなおした。


「それよりも、稽古の続きだ。今度こそ一本を取ってやる」


「むぅ。エキュリアさんの目が怖いです」


 茶化すような言葉を返しながらも、スピアも表情を引き締める。

 隣で見学するぷるるんも、真剣!、とでも言うように身を揺らした。


 そうして二人は拳と木剣を打ち合わせる。

 綺麗に草花が整えられている中庭なので、派手な戦いにならないよう控えている。身体強化もほとんど行わず、互いに剣術と体術のみを競う形だ。芝生は少し踏み荒らしてしまうけれど、それくらいは庭師も許してくれている。


 練兵場へ行けば、もっと全力での組み手もできる。

 そうしないのも戴冠式を控えている影響だ。


 城内に迎えている他国の者たちは、ベルトゥーム王国の情報を少しでも探ろうとする。まず目を向けられるのが兵力で、訓練の様子なども窺おうとする。

 練兵場を完全に立ち入り禁止にもできる。

 だけど痛くもない腹を探られるのも嫌なので、解放することにした。


 どうせ戴冠式の期間中は、警備に人手を取られて満足な訓練も行えない。ならばいっそ見て貰おうと、素人に毛の生えた程度の兵士を集めて放っておくことにした。

 ぬるい訓練をする兵士たちを見て、他国の者はどう思うか?

 戦力を隠していると判断し、警戒を深めてくれるならば、それで良い。

 弱兵ばかりと侮って仕掛けてくる程度の相手なら、いくらでも対処できる。

 そういった細かな策謀が、戴冠式の裏では幾重にも繰り広げられていた。


 ちなみに、エキュリアが表に出ないのも策のひとつだ。

 他国にとっては、現状、エキュリアは王国の最大戦力と見られている。王国内でさえ真実を知る者は極僅かしかいない。

 なので隠して、勘違いを増大させていく。


 そんな策謀を聞かされたエキュリアは、身悶えして否定しようとした。けれど騎士の立場では、国家戦略に反対できない。

 仕方なく、耳まで真っ赤に染めながら、王国最強の看板を背負う覚悟を固めた。

 その鬱憤もあって、スピアとの稽古にも熱がこもっている。


「くっ……やはりその受け流し技は厄介だな」


 いまのエキュリアは、両手に一本ずつ剣を握っている。手数を増やそうという攻撃姿勢の表れだが、スピアの防御を崩すには至っていなかった。


 隙を突いたと思っても、受け流され、逆に姿勢を崩される。

 エキュリアの身体には、すでに何度もスピアの拳や蹴りが当たっていた。

 もちろん加減されているので怪我はない。だけど悔しさは募っていく。

 また一撃を入れられて、エキュリアは不満顔をしながら距離を取った。


「お爺ちゃんが言ってました。正直すぎる攻撃は防がれやすいって」


「む……確かに、剣技にも虚実を混ぜる手法はあるが……」


「なので、絶対に防がれない一撃こそ護身術の極意なんです」


「攻撃的すぎる! あとそれは絶対に護身術じゃない!」


 声を荒げたエキュリアだが、スピアの指摘に納得する部分もあった。

 自分の攻撃は読まれ易い。だから防がれ続けている。

 そう理解して、修正するべく素振りを繰り返していく。


「でもエキュリアさんは、簡単に隙を見つけてきますよね。それも凄いと思います」


「そうか? 誘いと感じられるのもいくつかあったが……?」


 ふと言葉を止めて、エキュリアは視線を移した。

 スピアも同じ方向へと注意を向ける。

 中庭の入り口から、一人の騎士が難しい顔をして駆けてくるのが見えた。


「ザーム殿……? 何かあったのか?」


「また魔族が襲ってきた、なんてないはずですけどねえ」


 不吉なことを言うな!、とツッコミながらもエキュリアは気を引き締める。

 親衛隊の副隊長が慌てた様子でやってきたのだ。

 あまり嬉しい知らせでないのは、容易に察せられた。







「はじめまして、スピアです。親衛隊長とその他もにょもにょです」


 スピアは朗らかに挨拶をする。

 対して、正面で向き合うバヌマスは頬をヒクつかせた。


 大司教という立場には、一国の王でさえ敬意を払う。

 主君以外には跪かない騎士でも、神の権威には頭を垂れるくらいはするものだ。

 けれどスピアは傲岸不遜。

 偉そうに腰に手を当てて、平坦な胸を反らしている。

 まるで、自分は神よりも上位にあるとでも言うみたいに。


 とはいえ、それはバヌマスがそう受け止めただけ。

 スピアとしては、初対面のご老人に元気良く挨拶しただけのつもりだ。

 ただ、親衛隊長という肩書きを意識して、ほんのちょっぴり威厳を表現してみた。


「ええと……その他諸々、というのは?」


「色々です。増えてきたので省略です」


「……なるほど。よく分かりませんが、ひとまず置いておきましょう」


「こっちは、ぷるるんです」


 またバヌマスの頬が歪む。

 どうにか平静を取り繕おうとしても、スピアの言動がそれを許さなかった。


 黄金色の塊に乗ると、スピアはぽよんと腰を下ろす。

 これもまた有り得ないことだ。大司教が立ったままのに、断りもなく座るのは無礼としか言いようがない。それが椅子であろうと、キングプルンの上であろうと。


 隣に立つエキュリアやセフィーナも頭を抱えそうになるのを堪えている。

 事前に、「礼儀を知らない子供」とは伝えてあった。

 それでも会いたいと言ったのはバヌマスであるから、責められる筋合いはない。

 けれど、もう少しなんとかならないものか、と嘆くのも仕方なかった。


「撫でますか?」


「……いえ、結構。それよりもですな、神に仕える者として訊ねたいことがあるのです」


「宗教の勧誘なら、お断りです」


 場が凍りついた。

 誰も彼もが言葉を失って、大きく表情を崩してしまう。

 そんな中で、スピアだけが不思議そうに小首を傾げていた。


 この世界の人間であれば、大なり小なり神々への信仰心を持っている。個別に信奉する神の名は違っても、同じ天に在る神々を信じる者としての連帯感は抱いている。

 だからスピアの発言は有り得ない。

 エキュリアでさえ、擁護する言葉が出てこなくて慌てるばかりだ。


 控えている聖堂騎士の中には、思わず剣に手を伸ばす者もいた。

 気配を察したバヌマスが手を上げて制止しなければ、斬りかかっていたかも知れない。


「……信仰は自由ですからな」


 バヌマスは辛うじて咽喉の震えを抑え込む。

 スピアの発言は短いものだったので、まだ勘違いと受け取れる余地があった。


 聖教国では、光の神を主神として崇めている。けれど他の神の方が上位にあると主張したり、神に上下など存在しないと譲らない派閥もある。

 だからスピアの発言も、そういった意味だと理解できなくもなかった。

 宗教そのものではなく、宗派への勧誘は断る。それならば許容できる範囲内だ。


「無論、魔神や邪神への信仰などは例外ですが。神と呼ぶのも忌々しい存在です。正しき神々に敗れ、いまは深い獄に封印されているのですから、愚かさは語るまでもありませんが……」


「そんな話がしたかったんですか?」


「……いえ、そうでしたな。本題へ移りましょう」


 魔神や邪神を貶して怒るようであれば―――、

 そう目論んで、バヌマスはスピアの様子を観察していた。

 けれど呑気な表情はまったく崩れない。まるで何も考えていないようだった。


「まずは、そこのキングプルンに興味があったのです。危険は無いと聞かされましたが、珍しい魔物ですからな。どうやって従えているのでしょう?」


「ぷるるんは、友達です!」


 ぷるっ!、と黄金色の塊が誇らしげに揺れる。

 まったく返答になっていない。

 バヌマスはまた頬を歪めたが、少しだけスピアの奔放っぷりにも慣れてきた。

 咳払いをひとつして、話を続ける。


「我が教会の者がお世話になったようで、礼を申し上げようとも思ったのです」


「お礼ですか? 教会に知り合いはいません……ん?」


 スピアは首を傾げる。視線は、バヌマスの背後へと注がれた。


「そういえば、クレマンティーヌさんも教会の人でしたね」


「はい……実は、以前にもスピアさんとはお会いしたと思うんです。衛星都市で。覚えておられませんか?」


 クレマンティーヌは一礼してから問い掛ける。

 僅かに場の空気が冷えたようだった。


 もしもスピアが衛星都市を襲った魔族ならば動揺を見せるはず―――、

 だが、そこで終わるほど単純な仕掛けではない。


 実のところ、魔族が暗躍している可能性は低いと、バヌマスは考えている。スピアが魔族に似ているのもクレマンティーヌの勘違いだろう、と。

 だから、返答はどちらでも構わないのだ。肯定でも否定でも。


 衛星都市を襲った魔族は、エキュリアをはじめとした親衛隊が討ち取ったことになっている。当然、親衛隊長であるスピアもその場にいたと記録されていた。

 その際に、クレマンティーヌは救出されている。

 となれば、スピアはクレマンティーヌの顔を覚えていなければおかしい。


 覚えていないと否定する。

 それはつまり、教会兵をぞんざいに扱ったということ。

 大勢の顔をいちいち覚えていないのは仕方ないにしても、文句はつけられる。


 覚えていると肯定したなら、また別の主張ができる。

 教会兵もその場にいた。つまりは、協力して魔族を討った。

 王国の手柄を半分乗っ取ることになる。かなり強引な手法だ。

 けれど話の進め方次第では捻じ伏せられると、バヌマスは自信を持っていた。


 伊達に年を重ねてはいない。権謀術数では、若い女王など手玉に取れる。

 そう内心の嘲笑を隠して、バヌマスは眼光鋭くスピアを見据えていた。


「待て、スピア―――」


 エキュリアが割って入ろうとする。不穏な気配を感じ取ったのだ。

 でも、遅かった。


「ああ。思い出しました」


 ぽんと手を叩いて、スピアは答える。

 さらりと。エキュリアの制止も、バヌマスの思惑も飛び越えて。


「ぷるるんに吹き飛ばされた人ですね」


 それは、謎の白仮面の自白だった。



自白しちゃったZE☆


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