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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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大司教の疑念


 明るく清潔に整えられた部屋は、中央に円卓が置かれている。

 建前としては、身分の上下を問わずに会談を行うための場だ。けれど部屋の造りから上座が定められていて、そこには新女王となるレイセスフィーナが座っている。


 普段よりも豪奢なドレスに身を包んで、金色の長い髪も艶を放っている。

 微笑を湛えながら、対面に座るバヌマス大司教を見据えていた。


「まずは、この出会いに感謝を。旅と運命の神フリールニースも祝福してくれるでしょう」


 そんな挨拶から、両者の会談は始まった。

 柔和な表情を保っているバヌマスだが、時折、その瞳からは鋭利な光を覗かせる。髪は白く染まっていて顔の皺も濃いけれど、背筋は真っ直ぐに伸びている。法衣ではなく鎧を纏っていれば、老練な騎士にも見える風格を漂わせていた。


 対するレイセスフィーナは、一国の王となるには若過ぎるとも言える。それでも王族として育てられてきただけあって、恥ずかしくない程度に威厳のある態度を保っている。


 バヌマスの鋭い眼光にも、レイセスフィーナは小揺るぎもしない。

 かつて魔将と対峙したことを思えば、安全な会談に気負う理由はなかった。

 予想外の言葉なども、とある親衛隊長のおかげで慣れている。慣れたいとは思っていなかったが。


「聖教国としては、ベルトゥーム王国とは今後も良好な関係を続けていきたいと願っております」


「此方も同じ想いですわ。神々の下、変わらず手を取り合えると思っております」


 まずは雑談から、当たり障りのない会話を重ねていく。

 事前に文官による打ち合わせもあったので、幾つかの事項をすんなりと確認していった。


「ところで、ずっと気になっていたのですが……」


 場が和んできたところで、バヌマスはふとレイセスフィーナの背後へ視線を向けた。そこには白くて小さな毛玉がいる。


「そちらのウサギは、殿下の護衛騎士なのですな?」


「ええ。とても利発で、頼りになるのです」


 レイセスフィーナは答えながら手招きをする。

 雪ウサギのシュミットはとてとてと歩いてきて、素早く膝に乗った。


「なるほど、よく懐いておられますな。しかし一国の王を、魔物が護衛するというのは如何なものでしょう?」


「あら。聖教国にも天馬騎士の部隊はあるのでしょう?」


「我らが従える天馬は、神々より特別に祝福を受けたものです。ただの魔物と一緒にされては困りますな。本来、魔物とは討ち果たすべき邪悪な存在なのです」


「しかし慈愛の神イルシュターシアは、魔物にも生きる権利はあると仰られております。かつては永世王も、竜に騎乗して戦ったと語られておりますわ」


 魔物を使うなんてけしからん!

 他国の人事にイチャモンつけるな!

 言葉を選ばず意訳すると、そういうことになる。


 バヌマスからすれば、軽い様子見といったところだ。まだまだ攻めるための札は隠し持っている。

 シュミットの目が不機嫌そうに細められたが、バヌマスは気にした様子もない。


「まあ可愛らしいのは確かですな。撫でてもよろしいかな?」


「シュミットが許してくれるのでしたら……あら?」


 長い耳をピクリと揺らして、シュミットはレイセスフィーナの膝から離れた。

 元居た部屋の隅へと戻ると、再び丸くなる。


「どうやら嫌われてしまったようですな」


「小さくても騎士ですから、遠慮したのでしょう。バヌマス様から祝福を受けるにも幼すぎますから」


 互いに柔らかな言葉を交換し合う。

 取り繕った笑顔での遣り取りは、もうしばらく続きそうだった。






 一日目の会談を終えて、バヌマスは用意された客間へと戻った。

 戴冠式までもう幾度か会談を行う予定だ。

 ひとまず問題なく事態が進んでいることに、クレマンティーヌも安堵していた。


 王都に着いてからは護衛任務に就かされることもなく、与えられた部屋で待機しているばかりだった。それでも重要な場の近くにいると意識してしまって、退屈よりも不安を覚えていた。

 何事もなく過ぎて欲しい―――、

 そう願っていたクレマンティーヌだが、残念ながら叶いそうもなかった。


「探る、とはどういう意味でしょう……?」


 夜になって、バヌマスの部屋に呼ばれた。グスターブとクレマンティーヌは疑問を覚えながらも応じて、いまは片膝をつきながら話を窺っている。


 室内には防音の結界が張られて、バヌマスも神妙な顔つきになっていた。

 周囲にいる護衛の聖堂騎士たちも押し黙っている。


「ここに来るまで様々な噂を耳にしました。『解放騎士』や『竜殺し』、そして『魔将殺し』、新しいものでは『夜闇を照らす白金』というのもありましたね」


「それだけエキュリア様の功績が素晴らしいものかと……」


「おかしいとは思わなかったのですか?」


 とん、とバヌマスの指がテーブルを叩いた。

 皺枯れた指なのに、威圧的な音を響かせて場を支配する。


「これまでエキュリア殿はまったく無名の騎士でした。伯爵家の長女というだけで、とりたてて剣技に優れるといったこともなかったそうです。なのに魔将や竜をほとんど単独で討ち果たし、都市を占拠するほどの魔族も屠ってみせた」


 常識的に考えれば有り得ない、とバヌマスは言外に語る。

 確かに、噂のひとつを取ってみても、普通の人間にはとても成し得ないことばかりだ。使徒であれば話は違ってくるが、エキュリアが神から恩寵を授かったとは噂でも挙がっていなかった。


 それに、使徒が近くにいればバヌマスには感じ取れる。

 特別な探知用の神聖術式が、聖教国には伝わっていた。


「噂は歪んでいる……いえ、作為的に歪められたと考えられるのです」


「で、ですが! 衛星都市での戦いは、大勢の住民が目撃しております! エキュリア様の戦いぶりは、それはもう素晴らしいものだったと!」


「もしもそれが演技だとしたら? 魔族と手を組んだとしたら?」


 鋭く切り返されて、クレマンティーヌは言葉を失う。

 否定したくとも出来なかった。魔族は人の中に紛れて惑わすこともあると、教会でも伝え、注意を促している。さらに先王ロマディウスは魔族に操られていたと、ベルトゥーム王国が公式に認めていた。


「手を組んだ、というのは言い過ぎでしょう。直接に会談してみたところ、レイセスフィーナ殿下は清廉な人柄をしておられます。しかしだからこそ心の隙を突かれ、魔族に操られている可能性は捨て切れないのです」


 王族である兄妹に確執があった。その隙を魔族に突かれた。

 実は人々を苦しめたのはレイセスフィーナで、その罪を兄王に被せた―――、


 そんな推測も、一度疑い始めるともっともらしいものに思えてくる。

 クレマンティーヌは呻き声を堪えながら項垂れた。


「他にも疑うだけの材料はあるのです。それは、キングプルンです」


「は……?」


 思わぬ単語を出されて、クレマンティーヌは間抜けな顔を晒してしまう。

 嫌な記憶も蘇ったけれど、いまは構っていられなかった。


「あ、あの黄金色のプルンですか?」


「衛星都市を襲った魔族が連れていたそうですね。大勢の教会兵が、そのキングプルンに打ち倒された。そう報告を聞いています」


 問われて、グスターブもクレマンティーブも揃って顔を歪める。

 二人とも頷くしかない。粘液体の一撃で昏倒させられたのは忘れられない記憶だった。


「この城内にも、キングプルンがいるそうです。一人の少女が連れているとか」


「なっ……そ、それは真なのですか?」


「衛星都市を襲ったものと同じ個体かは分かりません。魔物の区別などつきませんからね。しかし珍しい魔物であるのは事実……そして、主人であるその少女は、親衛隊長だという話ですよ」


 次々と提示される事実が、クレマンティーヌに衝撃を与えていく。

 上官であるグスターブも口を開けたまま言葉を失っていた。


 しかし困惑しながらも、示された事実を繋げていけば、ひとつの推測へ辿り着く。

 衛星都市を襲ったキングプルンと、その主人である魔族は生きている。

 そして王国の親衛隊長として活動しているのではないか、と。


「今日のレイセスフィーナ殿下の護衛には、そのような少女の姿はなかったのです。親衛隊長であるならば、重要な場には同席するはずだというのに」


 重々しく告げられた言葉が、疑惑を塗り固めていく。

 それでも、と思うクレマンティーヌだが歯噛みするばかりだ。

 まさか、騒動を引き起こしそうだから席を外していた、なんて想像できるはずもなかった。


「明日から、貴方たちは適当な理由をつけて城内を見て回りなさい。街に出ても構いません。実際にその魔族と対峙した貴方たちなら、何かしら気づくこともあるでしょう」


「……承知致しました。ですが、もしも疑いが真実だった時はどのように……?」


「対処は、後に決めます。まずは調査を優先。けっして先走ってはいけませんよ」


 バヌマスの言葉に、跪いた二人は深々と頭を垂れる。

 『解放騎士』に会える、などと喜んでいた気持ちは一掃されてしまった。

 それどころか、背筋には悪寒すら覚えている。


「ただの杞憂であって欲しいものです。そうでなければ、我々は魔族の城に呑み込まれたも同じなのですから……」


 もしもそんな事態となれば、とても無事に帰れるとは思えない。

 それこそ英雄譚のように活躍できる者でなければ―――、

 そう息を呑んで、クレマンティーヌは顔色を蒼褪めさせていた。







 重苦しい命を受けた後、クレマンティーヌたちはひとまず客舎へと戻った。

 大司教であるバヌマスには豪奢な客室が用意されていたが、大勢の騎士すべてに同等の扱いがされる訳ではない。それでも質素でない程度の建物が与えられて、聖堂騎士も教会兵もそこに寝泊りすることになっていた。


 クレマンティーヌは女性ということで個室を貰えたが、とても落ち着いてはいられなかった。


「……今夜は眠れそうもないな」


 一度はベッドに腰を下ろしたクレマンティーヌだが、溜め息を落として部屋を出た。

 建物の裏庭へ回ると、誰もいない暗闇をしばし眺めた。

 静かに祈りを奉げてから腰の剣を抜く。そうして闇を斬り裂くように、鋭い素振りを幾度も繰り返した。


 教会に仕える者として、命令には素直に従うつもりだ。

 それが神々の御意思に沿うものだと信じてもいる。

 大司教から語られた疑念も、筋の通ったものだと理解できる。

 けれど間違いであって欲しい。『解放騎士』は本当にいたのだと信じたい。

 そう願わずにはいられなくて―――、


「―――大丈夫ですか?」


「うわひゃらぁっ!?」


 いきなり声を掛けられた、だけではない。

“目の前に”少女が立ち、クレマンティーヌの顔を下から覗き込んでいた。


 いくら暗闇とはいえ不可解な状況だ。けれど不自然を覚えるよりもともかく驚いて、クレマンティーヌは尻餅をついてしまう。

 それでも咄嗟に剣を握りなおして声を上げた。


「な、何者だ!? ここは教会の客舎で……」


「スピアです。いまは、ひよこ村の村長なだけです」


 剣の切っ先を向けられながらも、スピアは朗らかに名乗って返す。

 まるっきり子供みたいな笑顔を見せられて、クレマンティーヌも警戒心を抜かれてしまった。


「は……? ひよこ村……?」


「お仕事の時間は過ぎましたから。でも、村長は年中無休です」


「あー……よく分からんが、ベルトゥーム王国の関係者ということでいいのか?」


 スピアの身なりは軽装ながら整っている。羽織っている薄手の白コートだけでも、上質な物だと見て取れた。

 だから恐らくは貴族の子女なのだろう、とクレマンティーヌは推測する。

 教育の一環として小さな村を任せることもあると、何処かで聞いた覚えもあった。


「わたしのことより……えっと、何さんでしたっけ?」


「ああ、申し訳ない。私の名はクレマンティーヌ。忠勇の神アグルータスを信仰し、教会で兵士として務めている」


「そうです。クレマンティーヌさんの顔色が悪いので、気になって声を掛けちゃったんです」


 小首を傾げながら、スピアはクレマンティーヌへずずいっと歩み寄った。

 有無を言わせずに両頬を掴む。スピアの手は小さく柔らかいのに、クレマンティーヌが身を引こうとしてもビクともしなかった。

 がっしりと掴んだ頬を撫で回したり、額に手を当てたりする。

 目蓋を開かせて見たりもして、スピアはようやく手を離した。


「風邪や病気じゃなさそうですね。専門家じゃないから保証はできませんけど」


「……そんなに酷い顔色をしていたのか……」


 苦笑を零して、クレマンティーヌは肩を落とした。

 いきなり顔を掴んできたスピアに対して、不審を覚えはした。けれど自分を心配したのだと聞かされれば、なるほどと思い、素直に感謝も覚える。


「体調は本当に問題ないのだ。ただ、少し考え込んでしまってな……」


「悩み事ですか。よかったら聞きますよ?」


「……いや、厚意だけ受け取っておく」


 クレマンティーヌは力なく手を振る。

 他国の人間どころか、身内にだって話してよい内容ではなかった。

 それでもスピアのしょんぼりとした顔を見ると申し訳なくもなって―――、

 こちらから訊ねるならばいいかな、と思い至る。


「スピア殿は、エキュリア様のことは知っているか?」


「はい。わたしの友達です」


 え?、とクレマンティーヌは目を丸くする。

 冷静になれば、とても都合の良い情報源に接触できたと喜べただろう。

 けれどこの時は、思わぬ事態に頭が追いついていなかった。


「もしかして、エキュリアさんのファンですか? サイン貰ってきましょうか?」


「ふ、ふぁん……? よく分からんが、エキュリア様は、その……どういった人物なのだろう?」


「凄い人です!」


 即答して、スピアは平坦な胸を反らす。

 まるで自分のことのように、得意気に笑顔を輝かせた。


 その言葉には具体的な内容は何もない。ただの子供の感想とも受け取れた。

 だけど純朴な瞳には、力強い輝きも宿っていて―――、

 ああそうか、とクレマンティーヌは納得して頷く。


「そうだな……エキュリア様は凄い人だと、そう信じればよいのだな」


「はい。わたしも助けてもらいました」


 まったく事情を分かっていないスピアも、自信たっぷりに頷いてみせる。

 まるっきり悩みの無さそうな笑顔を向けられて、クレマンティーヌも柔らかく目を細めた。


「あらためて礼を申し上げる。スピア殿のおかげで気持ちが晴れた」


「いえ。エキュリアさんの凄さを分かってもらえて良かったです」


 頭を下げたクレマンティーヌに、スピアは軽く手を振って返す。

 そうして身を翻した。


「こっそり覗いていた甲斐がありました」


「は……? の、覗いて?」


 思わぬ言葉が飛び出して、クレマンティーヌは問い返そうとした。

 けれどその時にはもう、スピアは暗闇へと駆け出してしまっている。黒髪を揺らして、あっという間に見えなくなった。


「まさか間者……いや、有り得んだろう。あんな子供だ。うむ、信じよう」


 胸の前で拳を握って、クレマンティーヌは己に言い聞かせる。

 どうしてこんな場所に子供がいたのか?

 今更になって浮かんだ疑問も、すぐに頭の隅へと追いやられていった。



なかなか鋭い大司教。

でも真相にはなかなか辿り着けません。

スピアの方は思いつきで行動してばかりです。

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