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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第六章 神出鬼没の特務巡検士編(ダンジョンマスターvs帝国軍)
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聖教国からの使者


 白を纏った一団が城門をくぐる。

 総勢は百名ほど。一糸乱れぬ隊列を組み、整然と城内へ進んでいく。

 中央にいる男たちは、白地に煌びやかな装飾をした法衣を纏っている。清廉さを主張しながら、権威も示すための装いだ。


 その聖職者たちを守る形で、白甲冑の騎士たちが列を組んでいる。

 ヴェネチカ聖教国に仕える聖堂騎士団の一部隊だ。教会本部からやってきた騎士に、案内役としてベルトゥーム王国内で教会を守っていた兵も幾名か合流している。


 聖教国の守護は、基本的に神の威光によって為されている。

 下手に敵対すれば、大陸中にいる信徒も敵に回る。だから他国も手出しをしない。

 聖堂騎士団という武力も、名目上は人間以外に対する備えとなっている。そして実際、魔物や魔族、亜人との戦いがほとんどで、他国と本格的に争った経験はない。


 それでも弱いのかと問われれば、答えは否だろう。

 熱心な信徒ばかりで構成された騎士団は、常に士気を高く保っていられる。

 訓練にも熱が入り、一人一人の技量も上がる。

 国家としての規模は小さくとも、死をも恐れぬ兵士は侮れない。

 さらには、何人もの『使徒』を隠しているとも囁かれている。


「白が好きなんでしょうか?」


「光の神を象徴する貴色とされているが……話を聞いていたか?」


「もちろんです。ヴェネチカは手強い、覚えました」


「簡素すぎるだろう。まあ、間違ってはいないが」


 城壁の上から、スピアとエキュリアは聖堂騎士の一団を見つめていた。

 春先とはいえ、まだ肌寒さも残っている。スピアは白いコートを風になびかせながら、偉そうに腕組みをしていた。


 隣に立つエキュリアはやれやれと溜め息を堪えている。そうして気を抜いているものの、いつもより綺麗に磨かれた軽甲冑は輝きを放っている。親衛隊のマントもしっかりと羽織っていて、不測の事態にも対応できるよう備えていた。


 聖教国からの使節団がやってくる。

 それを迎えるために、女王代理であるレイセスフィーナも表に出る予定だ。

 本来なら、親衛隊長であるスピアも立ち会わなければいけない。レイセスフィーナの側に控えて、護衛を務めるべきだろう。


 けれど堅苦しい式典などもあるので、スピアはいつ抜け出すか分からない。

 むしろ、抜け出すくらいなら良い方かも知れない。

 派手な騒動を引き起こすのでは―――、

 そう危惧したエキュリアは、だったら最初から離しておこうと考えた。


「スピア、この際だから聞いておきたいのだが……」


 入城する一団を見下ろしながら、エキュリアは神妙に問い掛ける。


「おまえは、神々を敵視しているのか?」


「唐突ですねえ」


「そうでもない。これでもおまえの近くで戦いを見てきたのだ。あまり助力にはなれなかったが……色々と、分かってきたこともある」


 敬虔な信徒だった先王ロマディウスは、人々を弄ぼうとする神々に絶望した。

 病床の妹を救いたいと願ったアリエットは、英知の女神に騙されてスピアを罠に掛けてしまった。


 エキュリアの常識からすれば受け入れ難い話だ。

 神は人々を見守り、導いてくれるのだと、当り前に信じていた。

 けれどそれ以上に、スピアへの信頼が上回ってきている。


「おまえが積極的に争いを起こすとは思えん。だが、もしも本当に敵対する時が来たならば、真っ先に私に教えろ」


「……けっこう大変なことになる気がしますけど?」


「構わんさ。おまえのおかげで、驚くのには慣れている」


 エキュリアは軽快に咽喉を鳴らす。

 その言葉は皮肉げだったが、浮かべた笑顔はとても優しかった。


「おまえを守りきれるとは言わん。しかし、味方にはなれる」


 城壁の上に、ちょうど強い風が吹いた。けれどその言葉は掻き消されはしない。

 スピアの耳へと届いて、心にも温かく響いてきた。


「覚えておきます」


 珍しく、困ったみたいにスピアがはにかむ。

 微かに紅く染まった頬を掻いて、空中へ視線を巡らせた。


「でもきっと、まだまだ先のことです。聖教国の人とも仲良くするつもりですよ?」


「そうしてくれると助かるな。少なくとも、戴冠式は恙無く行いたい」


 エキュリアも口調を軽くして話題を移した。

 城内へと入った使節団を、あらためて見つめる。


「相手の出方次第の部分もあるがな。聖教国は、たまに無茶を言ってくる」


「女王になるのをお祝いしに来たんじゃないんですか?」


「祝ってやる代わりにああしろこうしろ、と言ってくるのだ。まあこちらも交渉材料は用意してある。親衛隊の仕事でもない」


「ぷるるんを撫でさせてあげる権利なんてどうでしょう?」


 やめろ!、とエキュリアは真剣な顔になって声を上げた。

 もちろん冗談だろうとは思えたが、スピアの場合は本気で言っている可能性も否定しきれない。


「それよりも、親衛隊として考えるなら殿下の安全だ。相手は百名程度だし、妙な気を起こすとは思えんが、万が一には備えねばならん」


「そうですね。『使徒』って人はいなさそうですけど……?」


 んん?、とスピアは首を捻る。

 白甲冑の一団の中に、何処かで見たような顔が混じっていた。


「どうかしたのか?」


「いえ。教会に知り合いはいません」


 スピアの返答は微妙に要点がズレている。でも、それはいつものこと。

 だからエキュリアも気に留めず、すぐに忘れてしまった。







 白い隊列の最後尾で、クレマンティーヌは妙な気配を感じて振り返った。

 まず目についたのは通り抜けたばかりの城門だ。

 とりたてて珍しいものはない。

 けれど視線を上げると、城壁の上に立つ女騎士の姿が目に留まった。

 艶のある白金色の髪と、丁寧に磨かれた軽甲冑。それと豪奢なマントが風に揺れる姿が印象的だった。


「あれは……もしや噂に聞くエキュリア様か?」


「なに!? 『解放騎士』エキュリア様だと!? 何処だ? 礼を申し上げねば!」


 小さな呟きに反応したのは、同じく教会兵のグスターブだ。

 恰幅のよい体格をしていて声も大きい。そんなグスターブがキョロキョロとしているのはとても目立つ。


 小柄なクレマンティーヌとしては、羨ましくもある部分だ。

 けれどいまは騒いでいる場合ではない。栗色の髪を振り乱して、クレマンティーヌはすぐさま駆け寄った。


「落ち着いてください、グスターブ様。ここで騒いでは大司教猊下にも恥をかかせてしまいます」


「む……そうであったな。仕方ないか、だが……」


 諌められて、グスターブは渋々と列に戻る。

 そんな上官と同じ気持ちをクレマンティーヌも抱えていた。なので、またちらりと城壁の上へと目を向ける。そこにはもう誰もいなかった。


 ヴェネチカ聖教国が抱える兵力は、二つに大別される。

 聖教国の首都を守る聖堂騎士団と、他国も含めた各地の教会を守る教会兵だ。


 今回の使節団は、新女王の戴冠を祝うためのもの。

 そのために首都の教会本部から大司教が派遣された。だから聖堂騎士団が護衛に就くのであって、本来は、教会兵であるクレマンティーヌたちの出番はない。


 けれどクレマンティーヌたちの居た衛星都市では、王国と教会との争いがあった。

 先王ロマディウスの命によって教会が破壊され、そこから住民が蜂起し、魔族も関わってくる大きな事件となった。いまは衛星都市は解放されて平穏が訪れているが、王国と教会との間に亀裂が入ったのは間違いない。


 どうやら聖教国としては、その辺りを突つきたいらしい。

 王国に非を認めさせて教会への謝罪や援助を引き出す、といった目的だろう。

 使節団を率いる大司教は、祝福の言葉を述べるだけが役目ではない。様々な交渉を行う外交官の役目も担っている。

 新たな王の即位には教会からの祝福は欠かせない。

 なので、交渉には絶好の時期なのだ。


 その交渉材料のひとつとして、クレマンティーヌたちは同行を許された。

 それは理解している。ただ、詳しい交渉の内容は知らされていない。

 なるべくなら穏便な話し合いを、とクレマンティーヌは望んでいた。


「先王の暴挙に関しては、まだ憤りも残っているが……」


 誰にも聞かれない呟きを零す。

 クレマンティーヌたち教会兵は、衛星都市を襲った魔族に捕らえられた。それを救ってくれたのが、魔将をも屠ったとされる『解放騎士』エキュリアだ。


 まあ真実はともあれ、クレマンティーヌはそう聞かされている。

 だから感謝していたし、女だてらに騎士を目指す者として親近感も抱いていた。

 だけど―――ふと思い至って、クレマンティーヌは眉根を寄せた。


「あの、グスターブ様。少々よろしいですか?」


「ん? あらたまってどうした?」


「もしかしたらなのですが……大司教猊下は、エキュリア様を聖騎士として迎え入れるつもりなのでは?」


「なに―――!」


 大声を上げかけたグスターブだが、その口はクレマンティーヌの手で塞がれた。

 周囲からいくつか奇異の目を向けられて、二人は姿勢を正す。


「ふむ……しかし、それは喜ばしいことではないか? 魔将を討ち果たしたなど、かつてないほどの功績だ。聖騎士の称号も当然であろう」


「それはそうなのですが……」


 聖騎士となれば、所属は聖教国へ移ることになる。

 それをエキュリアは喜ぶだろうかと、クレマンティーヌは危惧していた。


 世間一般の噂では、エキュリアは高潔で忠義に厚い騎士だと言われている。先王の暴挙を嘆き、窮地にあったレイセスフィーナを救い、ほとんど味方もいない状況で魔将を討って王国を守ったのだ、と。

 そんな人物が、主君を替えるはずもない。

 聖騎士の称号は確かに名誉なものだが、噂通りの騎士ならば忠義を選ぶだろう。


 そうクレマンティーヌには思える。

 忠勇の神アグルータスを信奉しているから尚更に。


「どうもおぬしは、物事を難しく考えすぎではないか?」


 怪訝が顔にも出ていたクレマンティーヌに、グスターブが太い肩を竦めながら述べる。


「我らはただ、大司教猊下をお守りすればよい。これも名誉な務めであろう?」


「はい……グスターブ様のように考えられれば気楽でいられますね」


 かなりきつい皮肉だったが、グスターブは笑って頷く。

 クレマンティーヌも苦笑を返すと、ひとまず余計な思考は頭の隅へと追いやった。



新章開始。章タイトルなどは、まだネタバレになるので秘密です。

エキュリアさんの二つ名も、順調に増えている模様。



そして書籍版一巻、明日発売です。

特典などと合わせて、是非、おひとつ。

http://www.redrisingbooks.net/blank-1


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