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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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幕間 エキュリアの親衛隊活動記録

 王都を訪れた時は冬明け直後だったが、もうすっかり温かい季節になった。

 春の陽気に引かれてか、街の賑わいも増している。

 私もこちらでの生活に慣れて、気が緩むことが多くなってきた。


 己を過信せず、初心を忘れないようにしていきたい。

 親衛隊の副隊長というだけでも、私には過分な役職なのだから。


「せめて隊長が真面目でいてくれれば……」


 思わず、愚痴が零れてしまった。

 対面に座っていたザーム殿が苦笑する。気持ちは同じといったところか。


「おかげで、仕事が減った部分もあります。先日の会議もそうでした」


「それは確かに……聖教国の相手は、私などは避けたいところだ」


 親衛隊に与えられた一室で、書類仕事を片付けている。

 他の騎士はちょうど席を外したところだ。室内には私とザーム殿しかいない。

 普段はどちらかがレイセスフィーナ様の護衛に就いているが、副隊長同士、偶には落ち着いて交流する時間も必要だ。部隊内での連絡事項などの確認もある。


 あと十日もすれば、聖教国からの使節団が訪れる。色々と面倒な相手だが、新女王の戴冠式を執り行うには避けて通れない。

 歓迎や交渉、そして戴冠式と、今後の国政を左右する重要事が目白押しだ。


 だから他の騎士団や文官たちも、積極的に関わろうとしてくる。

 事前調整が長引いて、其々の役割を決めるための会議でさえギリギリまで遅れてしまった。


 その重要な会議を、我らの親衛隊長殿は欠席してくれた。

 というか、その日になって雲隠れした。当人が言うには「ドタキャン」だ。

 罷免され、罰を受けてもおかしくない失態だろう。

 けれどザーム殿が言ったように、おかげで他の部署に仕事を持っていかれる口実ができた。


「まあ、スピアが考えてやったとは思えないがな」


「時には直感の方が、戦場では役に立つとも聞きます。そういった意味でも、スピア殿は親衛隊長に相応しい御仁でしょう」


 柔らかな口調で返されて、つい顔を歪めてしまう。

 否定したいのではない。だけど、どうにもムズ痒い。

 他人からスピアが誉められるというのは、なんだか妙な気分だ。

 私だって認めていない訳ではない。嬉しいのは間違いないのだが―――。


「ともかくも、殿下の警護は万全にせねばならんな。それだけに集中できるのは良いことだ」


 やや早口になってしまった。強引に話を切り上げすぎたかも知れない。

 しかしザーム殿も静かに頷いて流してくれる。

 やはり聖教国に関しては、あまり触れたくないらしい。


 先王が神々に絶望し、叛逆を望んでいたことは、ザーム殿も承知している。さらに先日、また別の神が干渉してきたという。

 英知の女神が、スピアを害しようとした―――。

 俄かには信じ難い話だ。けれどやはり否定もできない。

 そんな事実を聞かされては、私も敬虔な信徒でいられる自信はなかった。


 レイセスフィーナ殿下も神への不信を胸に秘めている。

 それでも国家としては、余計な波風を立てる訳にはいかない。

 やはり楽しい話題ではないし、私にとっても荷が重すぎる話だ。


「ところで……当日は、スピア殿はどうされるのでしょう?」


 ザーム殿が真面目な顔になって訊ねてくる。

 片手で胃の辺りを押さえていて、どんな答えでも受け止めるという覚悟が感じられた。


「……申し訳ないが、分からん」


 私が返答すると、ザーム殿は腹に当てた手に力を込めた。


「一応、大人しくしているとは言っていた。しかしあの性格だからな。いっそ私は警護から外れて、見張っていた方がよいかも知れん」


「そう、ですな……予想外の事態が起こるよりは……」


 心労への対処はとても大切なのだと、ザーム殿の蒼褪めた顔が教えてくれる。

 長期休暇でも勧めたいところだが―――。


「し、失礼します!」


 慌てた声とともに、一人の親衛騎士が駆け込んできた。

 嫌な予感を覚えながらも、何事かと問う。


「そ、その……キングプルンが、グランシェル子爵を連れ去ったとの報せが……」


「んなっ……! ど、どういうことだ!?」


 この城でキングプルンと言えば、スピアが連れているぷるるんしかいない。

 それが、子爵殿を連れ去った?

 下手をしなくても一大事だ。いったい、何が起こっている?


「と、とにかく、事態を掴むのが先決だな。私はスピアを探してくる。ザーム殿は……」


「はい……空いている者を集めて、キングプルンの方を探しましょう」


 またザーム殿の顔色が悪くなっていたが、いまは構っていられない。

 どうやらまた平穏ではない一日になりそうだ。






 ザーム殿と顔を見合わせ、はぁぁ~~~っと深く息を落とす。

 芝生の上で、グランシェル子爵はぷるるんと楽しげにじゃれ合っていた。


 そう、グランシェル子爵はまだ十才にもなっていない子供だ。先代子爵が病で急逝されたために、後見人とともに執務を行っている。

 とても真面目で、将来有望な少女だと聞いていた。

 しかし遊びたい盛りでもあったのだろう。


 城を訪れた際に、側仕えの目を盗んで抜け出した。そうして偶々出会ったぷるるんと遊んでいたという顛末だ。

 彼女の家臣たちも、安堵と困惑の息を落としていた。


「ほら、わたしが信じていた通りです。ぷるるんが誘拐なんてするはずありません」


 途中で合流したスピアが、得意気に胸を反らす。

 その言葉は間違っていないが、素直に頷くだけではいられない。

 まあ、昼食の途中で連れ出したので仕方ないとも言えるのだが―――、


 スピアの手元にある皿からは、いまも芳ばしい香りが漂っていた。


「頬っぺたにソースがついているぞ。あと、その食べ物は何なのだ?」


「ヤキソバです!」


 ずるずると啜る。

 とても行儀が悪いのだが、本人はまったく気に留めていない。


 良い香りであるのは確かだ。もっと落ち着ける状況なら、それについて詳しく聞いて、折角だからと一口くらい分けて貰ってもいい。

 グランシェル子爵の関係者たちも、ちらちらと興味の眼差しを向けてきている。

 やはり食欲を刺激されているらしい。

 あ、でもザーム殿だけは頭を抱えている。


「美味しそうな匂いですね」


 家臣たちに囲まれたグランシェル子爵は、ひとしきりお説教と、無事で良かったの声を掛けられていた。

 そうして落ち着くと、スピアに声を掛けてきた。

 同年代の貴族の子供、とでも思ったらしい。


「よかったら一緒に食べますか? 他にもあります」


 ああ。これは教育に悪い。止めるべきだ。

 しかし私も、子爵の家臣たちも反応が遅れてしまった。

 芳ばしいソースの香りに押し負けたのは、誰にも責められはしないだろう。


「タコヤキと、もんじゃ焼きも作りたいと思ってました。鉄板パーティです」


 誰かが、食事会と口にした。

 言い訳ができてしまったら、滾る食欲を抑える必要もなくなる。

 しかし私は食欲に負けたのではない。

 スピアを放ってはおけないので、あくまで見張りのために同行をする。


 そうして練兵場の一角で、スピアやシロガネが料理の腕を振るうこととなった。


「音を立てて食べるのが、正式なマナーです」


「そうなのですか。少し恥ずかしいですけど……でも、とても美味しいです」


 グランシェル子爵が子供らしい純朴な笑みを零す。

 教育に良いか悪いかはともあれ、こうして息抜きをする場も必要だろう。

 親衛隊としても、有力貴族との交流ができたと思えば悪くない。


「エキュリア殿……不躾で申し訳ないが、今回の支出は、親衛隊の予算から出るのだろうか?」


「いや、スピアに払わせよう。だからザーム殿も気兼ねなく楽しんでくれ」


「そうですか。それを聞いて、少し安心しました」


 ほっと息を落としながら、ザーム殿は力ない笑みを浮かべている。

 こんな時でも気苦労が絶えないようだ。

 もうすこしは肩の力を抜いても良いと思うのだが。


「このタコヤキというのも美味だぞ。ザーム殿もよければひとつ」


「では、お言葉に甘えて……っ!」


 ザーム殿が口元を押さえて、顔を背ける。

 どうやら中身の熱い部分にやられたらしい。

 妙なところで間が悪く、不器用なのも、苦労を背負わされる原因なのだろうな。


 スピアの奔放さを少しは見習っても……いや、逆か。ザーム殿の真面目さを、スピアが見習うべきなのだ。

 どうやら私も、随分とスピアに毒されているらしい。反省が必要だ。






 後日―――、

 執務室で書類を片付けている際に、レイセスフィーナ殿下がふと述べられた。


「小耳に挟んだのですけれど、先日、グランシェル子爵と食事会をなさったそうですね?」


 何処から話が漏れたのかと、私もザーム殿も思わず言葉に詰まってしまう。

 しかし臣下として返答しない訳にもいかない。

 ありのままを話していく。スピアが騒動の発端になったことも含めて。


「またスピアさんが面白そうなことをなさったのですね。わたくしだけ除け者なんてヒドイです」


「姫様、面白そうで済ませてはいけません」


 エミルディットが正論で諌めようとする。

 いつもは臣下の意見も聞いてくださる殿下だが、最近は執務ばかりで疲れが溜まっていたからだろうか。頬を膨らませて不満そうな顔をしていた。


「でも、新しい料理は美味しかったのですよね?」


「それはまあ、そうですが……」


「わたくしも味わってみたいのです。スピアさんに頼んでみてください」


 殿下が我が侭を仰られるのは珍しい。

 なるべくなら叶えて差し上げたいが、あの料理は王族に勧められるものではない。

 どうしたものか―――なんて、迷っている暇はなかった。


「分かりました!」


 いつの間にか、部屋の隅にスピアが現れていた。

 シュミットを抱えてもふもふしながら、笑顔を輝かせる。


「セフィーナさんならいつでも歓迎です。色んな人を呼んで、派手な食事会にしましょう」


「ふふっ、ありがとうございます。さすがに今日明日とはいきませんけど……」


 スピアとレイセスフィーナ殿下は話を進めていく。

 こうなってはもう止められない。なるべく穏便に済ませる方向で調整するしかないだろう。


「他の隊員にも連絡しておくか。ザーム殿にもまた苦労を掛けるが……」


 声を掛けようとしたが、ザーム殿はこちらに背を向けて項垂れていた。

 その肩が小刻みに震えている。

 様子を窺うと、難しい顔をして胃の辺りを押さえていた。


「……数日ほど、休まれてはどうだ?」


「いえ……問題はありませぬ。最近はよく効く胃薬も見つけたので……」


 悲壮感の滲んだ顔色からすると、その薬の効果は期待できなそうだが……。

 本人が大丈夫と言うのだから信じるしかない。


 しかしいまザーム殿に倒れられては、親衛隊はまともに動けなくなる。

 薬というなら、こちらでも探してみるか。

 奇妙な回復薬なども備えているスピアならば、良い物を持っているかも知れない。

 近い内に相談してみるとしよう。



まだ胃に穴は空いてない、はず。

こういう苦労する人も必要なのです。


それと、書籍版がもうじき発売。というかすでに並んでいる所もあるようです。

特典情報など、詳しくは↓で。

http://www.redrisingbooks.net/blank-1

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