ダンジョンマスターの奇襲
本日更新二回目。オークだけではスッキリしなかったので。
ぷるるんは、お饅頭みたいな姿を基本形としている。
粘体生物の中でも、プルン種は変形を得意としていない。一般に知られているものでは、精々、楕円形になるくらいだ。
けれど、スピアが無茶な要求をし続けたおかげだろうか。
ぷるるんの変形はどんどん多彩になってきていた。
「この形は、人をダメにするクッショるん、って名付けようか」
上に腰掛けたスピアを乗せたまま、ぷるるんは凄まじい速度で跳ね駆けていた。スピアの細い腰と肩をしっかりと押さえる形で、振り落とす危険もない。高く跳ねてから着地する衝撃も、柔らかな体が吸収する。
絶叫マシンに乗り続けているようなもの。
慣れればなんてことはないと、スピアには流れる風景を楽しむ余裕まであった。
「これなら、随分と早く殴り込みできそうだね」
陽が昇るすこし前に、スピアはクリムゾンの街を出立した。
街の門は閉じていたけれど、こっそり壁を乗り越えるのは難しくなかった。
いまは街の西方、オークが根城としている元鉱山街へ向かっている。
目的はもちろん、そこにいるオークどもの全滅だ。
「……うん、やっぱり怖いね」
ぷるるんに身を預けたまま、スピアは自分の両手を見た。
微かに震えている。移動の衝撃ではないだろう。
だけど、どうせいつかは越えなきゃならない壁だ。
この世界は危険に満ちている。魔物や亜人に襲われることだって珍しくない。
だったら、それを乗り越え、蹴散らせる強さは必要になる。
逃げてなんていられない。逃げたくない。
お世話になった人たちが泣くのなんて、絶対に見たくないから―――。
「大丈夫。私は歯医者に行くのを嫌がる子供じゃない。やるよ、ぷるるん!」
「ぷるっ!」
そうして一人と一体は森へと突撃していく。
オークの集落に辿り着いたのは、翌々日のことだった。
広大な迷宮のすべてを管理、支配できるのがダンジョンマスターだ。
本来はコアに備えられた機能だが、それを能力としてスピアは取り込んでいる。だから迷宮内に限らず、自身の周辺に感覚を巡らし、把握することもできる。
無防備な生命反応が集まっていれば、発見するのは簡単だった。オークの荒々しい足跡や、狩りの痕跡を辿っていったというのもある。
途中で十数匹のオーク集団にも遭遇したけれど、ぷるるんが蹴散らしていた。
「うわぁ。うじゃうじゃいる」
虫に対するような感想を述べたスピアは、木に登ってオーク集落を窺っていた。
まだ距離があるので、目をこらしただけでは詳しい様子は見て取れない。
けれどスピアは、ダンジョンマスターとして魔力の扱いも心得ている。おかげで身体強化術のコツを掴むのも簡単だった。
要は、血液のように体内で魔力を巡らせて励起させるだけ。
視覚を意識すれば、望遠鏡のように遠くの様子まで覗える。オークの顔まではっきりと確認できる。
もっとも、オークの顔の区別なんてつかないのだけれど。
「ほとんどはノーマルオークっていうやつかな。黒っぽい肌のがオークロード? 頭にトサカっぽい髪が生えてるのがメイジかな? あとは……」
ひとつの建物に、スピアは注意を向けた。
壁の一部が壊れた大きな建物で、その中には目を覆いたくなる光景があった。
全裸の女性が幾人も倒れている。
ほとんどが膨らんだお腹をしていて、完全に生きる気力を失ったような目をしていた。床には様々な液体が垂れ流されるままになっている。
スピアは激しく顔を歪めて、目蓋を伏せた。
だけどその建物の場所は、しっかりと記憶に刻んでおく。
「あの建物は守るようにしないとね。他に人の姿は……無し、と」
偵察を終えると、スピアは木の上から飛び降りた。
ぷるるんが受け止めてくれる。
柔らかな感触をぺしぺしと撫でてから、森の奥へと足を向けた。
「ぷるるん、慎重にね」
まだ距離はあっても、オークの耳や鼻は人間の何倍も優れている。ふとした拍子に勘付かれるかも知れない。
まあ、その時はその時で迎え撃つだけ―――。
そう息を吐いて肩の力を抜きながら、ゆっくりと足を進めていく。
スピアが向かうのは、オーク集落の奥にある崖だ。
ほとんど垂直に近い斜面になっていて、まともな足場は見当たらない。所々に小さな木枝が生えているけれど、それを掴んで登れるのは猿くらいだろう。
だけど足場が無いのなら作ればいい。罠の応用だ。
オーク集落を回り込むように移動すると、スピアは斜面に手をついた。そこに魔力を流し込む。岩肌が突き出て、瞬く間に階段が作られていった。
「下から見られると、不意打ちにならないかな。んん~……」
今更ながら問題点に気づいて、スピアは腕組みをする。
「ぷるるんも目立つよね。黄金色だし……よし、ここは迷彩してみよう」
幸い、周りには材料がいくらでもあった。
木枝や葉っぱを集めて、それでぷるるんを覆っていく。スピアがその気になれば、ダンジョン魔法で迷彩服も作り出せる。けれどいまは、なるべく魔力を温存しておきたかった。
小さな手で葉っぱを貼り付ける。粘液体に木枝を差したりしていく。
なんだか生け花みたいで楽しくもなってきた。
ほどなくして作業は終わって、見事な木ノ葉スライムが出来上がった。
「それじゃ、行こうか」
迷彩ぷるるんの影に隠れながら、スピアは斜面に設置した階段を昇っていく。
そうしてオーク集落の遥か頭上から、あらためて様子を窺った。
「ん……? なんか、ぶひぶひ言ってるね」
集落中央の広場に、大勢のオークが集まっていた。
一際屈強そうなオーク二匹が中心に立ってなにかを告げると、他のオークたちが醜い大声を上げ始めた。
オークの言葉を、実のところ、スピアは理解できる。
ダンジョンコアにある翻訳機能のおかげだ。
なにか有益な情報が入ってくるかも知れないと、一応は耳に留めるようにしていた。けれど不快な言葉ばかりなので、ほとんど意識の隅に追いやっている。
もう情報を集めるなんて段階じゃない。
どうせ全滅させる。遺言も聞くつもりはない。
相手は欲望のままに動くケモノで、畑を荒らす害虫と同じだから―――、
そう頭の中で再確認すると、スピアは軽く目を閉じた。
「……ここからのわたしは、ダンジョンマスターだ」
眼を見開く。燃えるような紅い瞳で、しっかりと敵を見据える。
辺り一帯を己の『領域』として『認識』すると、溜め込んだ魔力を解放した。
まずは集落の周りを壁で囲う。
オークが逃げ出せないくらいの高さと、頑丈さを備えた壁だ。人の手で造るなら大変だろうが、ダンジョン魔法にとっては通路を整えるのと同じくらい基本的なものだ。
見た目は派手な効果だが、さして魔力も消費しない。
一気に壁がせり上がる。
突如として起こった風景の変化を、オークたちは愕然として見つめていた。
スピアは淡々と次の行動へと移る。
処刑場は完成した。
あるいは屠殺場と言うべきだろうか。
いずれにせよ、そこで行われるべきことは決まっている。
「罠としては使い古されてるけど、効果は抜群だよ」
斜面の一部を変化させ、巨大な鉄球を作り出す。
オークの数体はまとめて轢き潰せるほどの鉄球だ。重量は計り知れず、大型トラックのようなもの。運が良ければ異世界に転生できるかも知れない。
それを、斜面から射出する。
超重量の鉄球はほとんど飛ばず、そのまま地上へと落下していった。
一呼吸ほどの間を置いて―――どごぉん、ぐしゃり、と。
惨劇の音が轟いた。
鉄球は地面を割り、十匹ほどのオークを挽き肉へと変えた。
オークたちが呆然として立ち尽くす中で、ごとり、と鉄球が動き始める。
そう。ただ落下するだけではない。
この鉄球はスピアの意志に従って転がるのだ。
豚の悲鳴を断末摩の叫びに変えながら、鉄球はごろごろと転がっていく。
そのまま鉱山の入り口に激突した。
「よし。まずは入り口を塞いで、と」
「ぷるっ!」
「うん。ぷるるんはもうちょっと待っててね」
完全に穴は塞がって、援軍が出てくるどころか外の異常に気づかれもしない。
その状況が出来上がったのを確認すると、スピアはまた鉄球を作り出した。
今度は三つ。次々と射出、落下させていく。
さすがにそこで魔力が尽きたけれど、まったく問題はない。
鉄球がオーク挽き肉を量産していく。
周囲の壁で跳ね返って、逃げようとするオークも轢き潰していく。
屋内に逃れようとするオークもいた。けれど建物ごと平らにされて、後には瓦礫と真っ赤な染みだけが残った。
醜い悲鳴が上がる度に、スピアには魔力が補充される。
溢れるほどの魔力を自身の内へと抑え込みながら、スピアは鉄球を操作していく。
ほとんどのオークは混乱するばかりだ。
いきなりこんな惨劇に見舞われれば無理もない。人間だって、冷静に対処できる者はそうそういないだろう。それでも何匹かのオークは懸命に生き延びようとしていた。
オークメイジは何発も魔法を放って、鉄球を破壊しようとする。
直後に轢き潰された。
オークロードは部隊を集めて、鉄球を押さえ込もうとする。
全員仲良く轢き潰された。
「まだ洞窟内の人も助けないといけないからね。さっさと終わらせよう」
呟いて、スピアはもうひとつ鉄球を追加する。
数千のオークを挽き肉に変えるまで、鉄球は勢いよく転がり続けた。