表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
128/157

エピローグ


 静謐とした空気が佇んでいる。

 王宮図書館はいつものように閑散としていて、物音ひとつ聞こえない。

 一時は、妖乱黒蛸の資料を探すために騎士や文官が何人も訪れていた。だけどその騒動も落ち着いて、司書であるアリエットにも緩やかな日常が戻ってきた。


 ただひとつ違うのは―――。


「―――わぁっ!?」


 静寂を揺らして、可愛らしい声が響いた。

 どさどさと、積まれていた本が落ちる。

 尻餅をついた妹の姿に、アリエットは小さく笑みを零した。


「リゼットがこんなにドジだったとは知らなかったよ」


「もー! 違うの! ちょっと躓いただけだもん」


 頬を膨らませて、リゼットは散らばった本を拾っていく。

 スピアの治療―――と言えるのかは甚だ疑問な施術を受けてから、リゼットは順調に健康な体を取り戻していた。まだ何もない所で転んだりするけれど、それも思い通りに動く体に慣れていないのが原因のようだ。


 もう発作を起こして倒れることもない。

 司書見習いとして、こうして働くこともできている。


「でも図書館の仕事って大変なんだね。古い資料とか、もっとちゃんと保管されてるのかと思ってたよ」


「後回しにされやすい仕事だからね。あ、これも写本しないと」


「いつまでも終わりそうもないねえ」


 悲観的なことを言いながらも、リゼットは嬉しそうに笑顔を輝かせる。


「つまり、いつでも人手不足。クビの心配もない。よし、頑張ろう!」


「変な方向で張り切らないでよ。ほら、こっちの目録も作っておいて」


「わぁっ! 新人にも容赦なしだね」


 リゼットは声を弾ませて、また増えた仕事に取り掛かる。

 アリエットは仕方ないなあと肩を竦めながらも、口元を優しく緩めていた。

 そうして姉妹二人は机を挟んで、分厚い本をめくり、筆を握る。時折雑談を交わしつつ、テキパキと作業を進めていく。


「……おねぃちゃん、ありがとう」


 ふと、リゼットが小さく唇を揺らした。

 だけどアリエットは気づかない。じっと本のページを見つめ続けていた。


「ん……? 疲れたなら少し休憩しようか?」


「ううん。おねぃちゃん、とってもかっこいいね」


「な、なによ急に! そんなこと言っても、甘やかさないんだからね!」


 アリエットは頬を紅く染めながら顔を背ける。

 そんな姉の様子を眺めながら、リゼットはとても幸せそうな笑みを浮かべていた。







 昼過ぎになって、アリエットは図書館の一室を訪れた。

 特別閲覧室。ほとんど思いつきで作られた、贅沢で快適な部屋だ。

 その部屋にスピアはいた。ソファに寝転んで、妙に分厚い本を読み耽っていた。


「あの、スピアさん? もうお昼ですけど……」


 昼食のために一旦図書館を出るので、アリエットは声を掛けてみた。

 よろしければ一緒に、と続けようとしたところで、スピアが勢いよく顔を上げた。


「もうそんな時間ですか?」


「え? あ、はい……ありますよね、集中していて時間を忘れちゃうことって」


 少々驚かされたアリエットだが、苦笑しつつ言葉を返す。

 本を抱えたまま困った顔をするスピアは、素朴な子供みたいだった。頼もしくてもドジなところもある妹の姿と重なって、アリエットは柔らかく目を細める。


 それに、どんな形であれ夢中になるほど本を読んでもらえるのは嬉しい。

 書物が人に喜ばれるのは、司書であるアリエットにも誇らしいことだ。


「むぅ。お昼前には移動するつもりだったのに」


「なにか予定があったんですか?」


「予定というか、予測です」


 端的すぎる返答に、アリエットは首を傾げる。

 でも疑問は放置されるままで、スピアはソファから立ち上がった。


「それじゃ、お昼御飯にしましょう。リゼットちゃんも一緒なんですよね?」


「はい。ちょうど仕事も一区切りしたので……あ、待ってください」


 流されそうになったアリエットだが、辛うじて踏み止まる。

 呼び止めたスピアの前に立つと、眼鏡を上げ直した。

 そうしてしっかりと姿勢を正して、真っ直ぐに向き合う。


「遅くなりましたけど、きちんとお礼と謝罪を申し上げたかったんです」


 アリエットは深々と頭を下げる。

 これまでは事件の事情説明に追われたり、スピアが捉まらなかったりして、後回しになってしまっていた。

 何が起こったのかの詳細は、未だにアリエットにも全容は掴めていない。

 けれどスピアに救ってもらったのは疑いようがない。

 アリエットが裏切りを行ったのも事実だ。


 だというのに、事件の後もスピアはアリエットを守ってくれた。

 王都全体を騒がせる事件だったために、エキュリアやレイセスフィーナへの事情説明はアリエットも直接に行った。見たままを包み隠さずに打ち明けた。

 親衛隊長を罠に嵌めたのだから、重罪人として処断されてもおかしくなかった。

 どういう形であれ魔神と関わったリゼットも、危険だとして排除される可能性は高かった。


 それでもスピアは庇ってくれた。だからこうして無事でいられる。

 どんな遣り取りがあったのか、アリエットは詳しく聞かされていない。

 だけど返しきれない恩義ができたのは間違いなかった。


「けっして赦されたとは思っていません。どれだけの贖いが出来るかも分かりませんが……」


「気にしないでください」


 重々しく謝罪を述べようとしたアリエットを、スピアは一言で押し留めた。

 そうして、朗らかに口元を緩めてみせる。


「わたしも魔女狩りみたいな真似は嫌いです」


 アリエットはぱちくりと瞬きを繰り返した。

 相変わらず、スピアの言葉は理解が難しい。だけどその屈託のない笑顔は、すべてを許すと語っていた。


 もちろんアリエットは、それで己の過ちを忘れはしない。

 だけど、張り詰めていた心は少しだけ軽くなっていた。


「それよりもご飯です。育ち盛りのリゼットちゃんを待たせちゃ可哀相ですよ」


 スピアは両腕を広げて、早く行こうと催促する。

 その様子は、まるっきり育ち盛りの子供みたいだった。


 アリエットは半笑いになりながらも黙って従う。でも閲覧室から出ようとしたところで、その扉が勝手に開かれた。

 カツン、と苛立たしげな足音が響く。


「見つけたぞ、スピア!」


 部屋に入ってきたのはエキュリアだった。

 眉を吊り上げて、頬を歪めている。怒っているのがありありと分かる。ある意味ではいつもの表情だ。


 ああ。また何か仕出かしたのか―――、

 そう瞬時に理解したアリエットは、静かに部屋の隅へと身を引いた。


「あれ? 大切な会議はもう終わったんですか?」


「ああ! ザーム殿が隊長代理を務めてくれたおかげでな!」


 エキュリアは握った拳を震えさせる。

 今日は朝から、城勤めの主だった騎士や文官が集まる会議が行われていた。女王代理であるレイセスフィーナも出席するため、親衛隊長であるスピアも同席するように言われていた。


 大切な会議というだけで、お堅い場であるのは容易に想像できる。

 だからスピアはお休みをいただいた。もちろん、こっそりと。

 エキュリアが探しに来るにしても、会議の間は動けないだろうと予測したのだ。


「今回は聖教国に関わる大事な話があると……ああもう! どうしておまえは肝心なところで真面目になれないんだ!」


「まあまあ、落ち着いてください」


「怒らせている原因が偉そうに言うな!」


 鼻息も荒く、エキュリアはスピアへと詰め寄る。

 いつもなら頬っぺたを摘まれたり、こめかみをグリグリされるところだ。

 だけど、今日のスピアは一味違う。


「今回は、ちゃんと理由があるんです」


 平坦な胸を反らして自信たっぷりに言い返す。

 怒られるのは予想できたので、それへの対応も用意してあった。

 はじめから怒られなければ良いというのはともかくも。


「ここは図書館で、わたしはずっと本を読んでました」


「……それがどうした?」


「つまり、司書見習いの仕事をしてたんです。サボってません」


「本を読むのは司書の仕事ではない!」


 言い訳はまったく通用しなかった。

 鋭いツッコミとともに、スピアはがっしりと頭を掴まれる。そのままギリギリと締めつけられていく。

 わたわたとスピアは暴れるが、エキュリアの手は逃がそうとしない。


「エキュリアさん、すとっぷです! わたしの頭はリンゴじゃありません!」


「やかましい! だいたい、勝手に司書見習いを名乗るのもおかしいのだ! ひとつでもまともな仕事をしていたのか!?」


「……言われてみれば、ごろごろしてただけな気がします」


 頭を掴む腕に、いっそう力が込められる。

 スピアは涙目になって助けを求める。ちょうど横にいたアリエットと目が合った。


「えっと、その……」


 眼鏡を上げ直しながら、アリエットは視線を彷徨わせる。

 額に青筋を浮かべるエキュリアと、ちょっと楽しげにも見えるスピアと、交互に見比べてから頷いた。


「お探しの本などありましたら、お呼びください」


 一礼すると、アリエットはそそくさと閲覧室を後にした。

 内心でスピアに謝りながら、言い訳もする。

 仮にも司書長なのだから、司書見習いを教育するのも務めなのだ、と。

 そうして足早に立ち去ったアリエットは、図書館入り口へと向かった。


「あれ? おねぃちゃん、スピアさんは? なんだか怖い顔をした女騎士様が入っていったけど……」


「大切な話があるんだって。残念だけど、先に行ってよう」


 妹の手を引いて、アリエットは優しげな微笑を浮かべる。

 その表情にはずっと抱えていた悩みの陰はない。

 柔らかな陽射しに照らされた廊下を、姉妹二人は軽やかな足取りで歩いていった。



スピアが知的な司書になれる日は遠そうです。


次回からは幕間を三本、そして新章へ入ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 普段なら信賞必罰と言う所ですが、原因が明らかに別なので責任はそっちに取ってもらいましょう。というわけで自称英知の神をボコボコに。 神様誘拐事件できっちり神の方に片をつける話って本当に珍しい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ