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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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姉妹の朝、隠し味を加えて


 柔らかな陽射しが窓から差し込む。

 春先とはいえ、まだ明け方には冷え込むことも多い。

 室内にも侵入してきた冷気に、アリエットは小さく肩を震えさせた。


「ん……?」


 ぼんやりと目蓋を押し開ける。

 アリエットはベッドの脇にいて、椅子に座ったまま眠ってしまっていた。


「あれ……? どうしてこんなところで……?」


 寝惚けた頭に手を当てて、記憶を探る。

 昨夜の騒動で、屋敷は半壊してしまっていた。地下室で魔法陣が崩壊したり、黒蛸が暴れたりしたためだ。リゼットも意識を失っていたので、アリエットはひとまず何処かへ避難しようとした。


 城に行けば、とりあえずは安全だろう。

 街で魔物が暴れているかも知れないけど、なんとか通り抜けるしかない。

 スピアのことも気になる。だけどまずは妹の安全が最優先。

 謝るのも、罰を受けるのも、後でいくらでも―――、

 そう考えをまとめたアリエットは、妹を抱えて駆け出そうとした。


 でも直後に、スピアが戻ってきた。

 あっという間に魔法で屋敷を修復すると、夕食を食べて、すぐに客間で眠ってしまった。

 アリエットはもう状況に流されるままだった。


「そっか、リゼットの様子を見ながら眠っちゃったのか……」


 妹の部屋にいる状況を、ようやくはっきりと思い出せた。

 目立った怪我は負っていなかったリゼットだが、意識は回復せず、苦しげな様子が続いていた。だからアリエットは付き添っていたのだ。


 そう頭の中を整理し終えたアリエットは、正面にあるベッドへと目を移す。

 そこで、気づいた。


「え……? リゼット!?」


 ベッドはもぬけの殻だった。

 アリエットは慌てて立ち上がると、布団をめくり上げた。

 やはりそこには誰もいない。けれどまだ微かな温もりが残されていた。


 起きて部屋を出て行っただけ―――、

 そうとも考えられたけれど、妹の体調を思えば安心はできない。


 アリエットはすぐさま部屋を飛び出した。廊下に出て、声を上げようとしたが、その前になにやら楽しげな声が流れてきた。

 その声の方向へとまた駆け出して、扉を開く。


「そこでぷるるんがもきゅもきゅして……あ、アリエットさん。おはようです」


「おはよう、おねぃちゃん」


 食堂にいたスピアとリゼットが、爽やかに挨拶をする。

 二人ともエプロン姿だ。

 どうやら朝食を作っていたらしい。スピアはスープを掻き混ぜながら、ソーセージを咥えてつまみ食いもしていた。


 のんびりとした様子を見て、アリエットはへなへなと座り込む。

 スピアとリゼットは不思議そうに首を傾げていた。







 朝食のスープを口へ運んで、アリエットはほっと息を吐いた。

 温かな美味しさが体に染み込んでくる。昨夜はほとんど食事も咽喉を通らなかったので、いっそう美味しく感じられた。

 そうして落ち着いたところで、アリエットはあらためて顔を上げた。


「えっと……リゼット、本当に体は大丈夫なの?」


「うん。調子が良いとかじゃなくて、すっかり病気が消えちゃったみたい」


 リゼットは両腕を広げて、元気一杯の笑顔を見せる。

 強がりではなさそうだけれど、それでもアリエットは素直に喜べなかった。


 妹に快復して欲しいと、ずっと願っていた。

 だから本当に病が消え去ったのなら、これ以上に嬉しいことはない。

 でも、あまりにも唐突すぎる。

 昨夜の騒動とも相まって、アリエットは混乱から立ち直れずにいる。


「あの……スピアさんが、何かしてくれたんですよね?」


 アリエットは躊躇いがちに訊ねる。

 無理だろうなあ、と半ば諦めながらも説明が欲しかった。


「ダンジョン魔法で、通路を元通りにするようなものです」

「はぁ……」

「なので、健康になりました」

「……さっぱり分かりませんよぅ」


 やっぱりダメだった、とアリエットは項垂れた。


 リゼットが患っていた『雷光病』は、大元の原因は魔神の呪いによるものだ。複雑な呪詛は無作為に人を襲い、様々な苦痛を与えるようになっていた。

 けれどスピアは、呪いそのものを叩き壊した。

 だからもうリゼットが苦しむことはない。


 後遺症として体内の魔力回路がボロボロにされていたが、そちらもダンジョンの通路を修復するように元通りにしておいた。以前に、傭兵たちの『呪刻陣』を封じた際にも魔力回路を弄っていたので、問題なく治療を行えた。

 リゼットは完治した。一言で表すなら、そういうことだ。

 それをスピアが説明しようとすると、どうにも理解不能なものになってしまうのだが。


「あ、そうだ」


 ふと思い出したように、スピアが食事の手を止めた。

 服のポケットをまさぐり、“それ”を取り出す。アリエットが持っていた英知の女神のお守りだ。


「地下室に落ちてました」


 簡潔に述べたスピアは、お守りをテーブル越しに差し出す。

 アリエットはしばしそれを見つめていたが、やがて静かに首を振った。


「もう要りません。怖いですし……処分をお願いしても構いませんか?」


「そうですね。いまも覗いてるみたいですし」


 え?、とアリエットが口を開く間に、スピアは指を伸ばしていた。

 まるで目潰しをするみたいに、お守りへ突き入れる。

 何気ない動作だった。でも直後、痛々しい女性の悲鳴が響いてきた。


「ちゃんと片付けておきます」


 スピアは涼やかに述べて、お守りを握り潰す。

 アリエットもリゼットも目を白黒させていたけれど、無言で頷き合い、疑問は放置することにした。







 体調が回復したとはいえ、しばらくは安静にしていた方が良い。

 そうリゼットに言い聞かせると、アリエットは屋敷を出た。

 スピアと並んで歩いて城へと向かう。朝の静けさは漂っているものの、普段よりもそこかしこが騒がしく感じられた。


「……やっぱり、昨夜の妖乱黒蛸の影響でしょうか?」


「もう全滅したって言ったんですけどねえ」


 ちょうど巡回している兵士と擦れ違ったので、スピアは軽く手を振ってみる。

 人の好さそうな中年の兵士が、笑顔を見せて手を振り返した。どうやら朝から元気な子供に会ったと思われたらしい。


「でも訓練にもなりますね。災害対策は大切です」


「まあ、災害みたいな魔物でしたけど……」


 控えめに述べるアリエットの顔には、まだ不安が残っている。

 きっと巡回している騎士や兵士たちも、似たような気持ちだろう。


 現れたのが魔神の使徒だと知っている者は少ない。

 それでも、街の中に魔物が現れたのだから一大事には違いない。

 一瞬で数名の騎士を戦闘不能にするほど手強いとあっては、一晩経っても警戒を続けるのは当然だった。


 もう安全だと確信しているのはスピアのみ。

 あとは、そのスピアの言葉を信じられる者も含まれるのだが、詳しい説明が無いので完全な安心を得るのは難しかった。


 それと、別の懸念を抱えている者もいた。


「あ、エキュリアさん。おはようございます!」

「……ああ。おはよう」


 城門の前で、エキュリアが腕組みをして立っていた。

 元気良く挨拶をしたスピアに対して、低い声で返して唇の端を歪めてみせる。

 アリエットは立ち止まり、一歩退いた。


「あれ? どうかしましたか? 朝から怒ってるのはよくないですよ?」


「おまえは……ああもう! そうだったな! 心配など要るはずもなかったのだ!」


 うがぁっ!、とエキュリアは頭を抱えて吠える。

 城門前だったので見張りの兵士が呆気に取られていたが、エキュリアはまったく気に留めていなかった。


 そのままスピアに詰め寄って頬っぺたを摘み上げる。

 流れるような動作で、鬼気迫るというか、凄まじく磨き抜かれた技量を感じさせた。


「いはいれふ!」


「勝手にいなくなるんじゃない! こちらは夜通し警備に当たって、おまえを探すのにも人手を割いて……アリエット! 貴様もどうしてすぐに知らせない!?」


「す、すいません!」


 アリエットからすれば完全な巻き添えだった。

 けれど抗弁なんて出来る雰囲気ではなく、睨まれるまま頭を下げるしかない。


 そうしてエキュリアのお説教は続く。

 朝から怒られるなんて、けっして嬉しいことではない。

 でもなんだか、普段の日常が戻ってきた気もして―――、

 頭を下げながら、アリエットはくすりと微笑んだ。



覗きを目潰しで撃退。

懲りない英知の女神ですが、しばらくは大人しくなるでしょう。


次回、第五章エピローグです。

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