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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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英知の女神は諦めない


 鮮やかな月明かりの下、白亜の城は静かに佇んでいる。

 けれどその一室では、城の主が憤懣遣る方無しといった様子で顔を歪めていた。


「信じられませんわ! なんですの、あの小娘は!」


 荒々しくソファに腰を落として、メルファルトノールは頬杖をつく。

 肘を支えにすると言うよりは、まだ頬がじんじんと痛むのだ。殴られた怪我はすでに治癒している。だけどまるで幻痛のようにメルファルトノールを苦しめていた。


 その痛みも、屈辱とともに苛立ちを募らせる。

 憤慨の原因は、目の前の映像に浮かんでいる少女スピアだ。


「魔神を殴って追い返すなんて、どれだけ非常識なんですの!?」


 髪を掻き毟りながら、メルファルトノールは金切り声を上げる。美しく整っていた髪が乱れるのも気に留めない。


 魔神の復活は、メルファルトノールにとっても不測の事態だった。

 本来ならば、すぐさま他の神にも知らせて対処すべきところだ。

 けれど、スピアを始末するには好都合だと思えた。


 メルファルトノールでは誓約によって地上では満足な力を振るえない。それならば魔神の方が、封印に縛られていても戦闘力は上回る。

 復活したばかりでも派手に暴れてくれるだろう。

 街ごと不愉快な小娘を消し去ってくれるはず―――、

 そう目論んだのだが、すべてスピアに叩き潰されてしまった。


「ギルンベルグも不甲斐ないですわ! あんな小娘、一捻りにできずなにが魔神ですの! 仮にも神の座にあった者ですのに情けない!」


 自分のことは棚に上げて、苛立ちをぶつける。

 普段のメルファルトノールなら、ここまで感情的にはならなかっただろう。それだけスピアの拳が効いた証拠でもあった。


「だいたい、わたくしは神ですのよ。なのにどうして、こんな……」


 ぶつぶつと呟きながら、メルファルトノールは爪を噛む。

 どれだけ強く噛んでも血は流れない。神が傷つくことなど有り得ないのだ。

 だというのに―――と、また怒りが溢れ出しそうになった時だ。


 鐘を鳴らしたような耳障りな音が、メルファルトノールの頭に響いてきた。

 それは他の神からの呼び掛けだ。メルファルトノールは眉間に皺を寄せながらも、むしろ丁度良いところに来てくれた、と思い直して入室の許可を出した。


 部屋の一角が歪んで、別の空間と繋がる。

 そこから静かに“転がり”出てきたのは、裁定の神ツェラ=ツェラ―――、


 一見すると大きな丸い玉だ。柔らかな白色をしていて、人間大の真珠かとも思える。その外周から僅かな隙間を置いて、太い輪が浮かんでいる。まるで奴隷に付ける首輪のようで、頑丈そうな鎖も繋がっていた。

 その姿は、物事の軽重を正確に測れると示している。何者にも染まらない白色は公平性を表していて、神の法にのみ縛られるため鎖で繋がれている。


 とはいえ、すべては当人が趣味で作った姿だ。

 本来は地上の人間と同じような姿で、いつでも戻れる。

 ツェラ=ツェラは形から入り、何事にも真剣に取り組む性格だった。


「先程、メルファルトノール様の神力行使を感知しました。使徒の発生も確認。これは現在進行中である遊戯ゲームへの参加の意思ありと、そう認めてよろしいですか?」


「違いますわよ。というか、ツェラ、せめて挨拶くらいしなさいな」


「ツェラ=ツェラです。略すのはやめてくださいと、何度も言っています。英知の神なのに、こんな簡単なことも覚えられないんですか眼帯変態ドM」


「誰が変態ですの! 貴方こそ、自分から鎖をつける変態じゃありませんの!?」


 口もないのに喋る白珠と、声を荒げる眼帯美女。

 とても奇妙な光景ではあったけれど、これくらいは神域では珍しくもない。

 ひとしきり罵り合ってから、メルファルトノールは溜め息を吐いてソファへ座り直した。


「落ち着きましたか、悪趣味惰女神」


「ええ。腹黒白玉のおかげですわ」


 遠慮なく軽口を叩き合う仲、なんてことはない。

 メルファルトノールは基本的に知識の収集以外に興味を持たないし、ツェラ=ツェラは公平な裁定をするために他の神々との接触を最低限に絞っている。


 両者とも自己完結型。

 それでも神としての務めは誠実に果たすので、互いに認め合っている部分もある。

 淡白だが、疎遠とは言えない微妙な関係だった。


「それで、何が起こったのです?」


「いま情報を送りますわ。一大事ですわよ」


 目にした光景などのあらゆる情報を、思念を介して遣り取りできる。これくらいは神である彼女たちにとっては当然の能力だ。

 メルファルトノールは興奮気味の口調になりながら、スピアの情報を伝える。

 魔神が復活しかけたことも含めて。

 ただし、自分が泣いて土下座した部分はしっかりと削っておいた。

 それでも充分に驚くべき情報だ。


「これは……」


 白珠が小刻みに揺れる。表情は皆無なので読み取れないが、その透き通った声も動揺で乱れていた。

 驚くべき、という以上に信じ難い内容だ。

 神に抗える人間など、いまの地上に現れるはずがない。

 そうなるように創られているのだから。


「貴方が来たのは好都合でしたわ。裁定の神として、非常事態を宣言しなさい。地上をすべて消し去ってでも、あの小娘を排除するべきですわ」


 メルファルトノールは口調を強める。

 未知に対する興味はあっても、いまは恐怖の方が上回っている。ふとすれば体の芯まで響いてくる痛みが思い返されるのだ。


 だから、どうにかして恐怖の根源を取り除きたい。

 でも自分はもう関わりたくない。なので、他の神々にやってもらいたかった。


 利己的な理由ではあるけれど、神として正しい在り方でもある。

 人が神に触れる。そんな行為を許していては世界の調和を乱してしまう。

 修正を行うべきというのは、至極真っ当な意見だった。

 だからツェラ=ツェラも同意するはず、と思っていたのだが―――。


「……現状、神力の行使は制限されています」


「はぁ? それは遊戯ゲームを公平に行うための誓約でしょう? 神敵が現れたというのに……まさか、この状況でも続けると言いますの?」


「今回の遊戯を中止するには、全参加者の内、六割以上の賛成が必要です」


 自分は誓約を守るだけ、とツェラ=ツェラは淡々と述べる。

 予想外に否定的な返答を受けて、メルファルトノールはテーブルを叩いた。


「悠長なことを言ってる場合ではありませんのよ!」


 遊戯には多くの神々が参加している。その内の六割から賛同を得るのは、不可能ではなくとも間違いなく時間が掛かる。

 しかも中断ではなく、中止だ。勝者も敗者もいなくなり、遊戯はふりだしに戻る。事前に取り決めたルールでそうなっていた。

 つまり、現在優位に立っている者にとっては面白くない。

 たかが人間一人と甘く見て、放置を選択する可能性は高いだろう。


 おまけに最近は、“何故だか”姿を見せない神が増えている。

 そういった者も含めて六割の賛同を得なくてはいけない。かなり難しい条件だった。


「非常事態だと言っておりますの! 貴方の権限ならば中止できるでしょう!」


「そこまでの事態ではないと判断します。神に危害が加えられたとはいえ、大したものではありません。ですが、貴方が他の神々へ情報を渡すのも問題のない行為と裁定します」


「……つまり、自力で説得しろと言いますのね」


 無理だろう、とメルファルトノールは顔を顰める。

 むしろ面白い不確定要素アクシデントが加わったとして、嬉々として遊戯を続ける者が多くなりそうだ。直接に殴られたメルファルトノールと違って、他の神々はスピアに対して恨みもなにも抱いていないのだから。


「ともあれ、状況は把握しました。それでは」


「あ、ちょっと……!」


 白珠が、とん、と床で跳ねる。

 呼び止める暇もなく、丸い姿は綺麗に消え去っていた。

 後には、静かな空間だけが残る。


「……諦めませんわよ。あの小娘には、必ずや報いを受けさせますわ」


 メルファルトノールは歯噛みしながら、またソファへ腰を沈めて頬杖をつく。

 殴られた頬の痛みは、いつの間にか気にならないくらいに薄れていた。







 自分の神域に戻ると、ツェラ=ツェラは溜め息を零した。

 球状の体は呼吸すらしないのだが、そこはまあ心情的な溜め息だ。


 どうしてこうなった、と思わずにいられない。

 メルファルトノールとの話を引きずっているのではない。そちらは終わったことだと認識している。

 裁定の神としての務めにしか、ツェラ=ツェラは興味を持たない。

 法や規則が正しく執行されることに喜びを覚える。

 というよりも、小さな無法でさえ許せない生真面目な性格なのだ。

 決まり事は守られなければならない。

 たとえ神であろうとも、法に逆らう者に価値はない。


 そんなツェラ=ツェラだから、目の前の光景には頭痛を覚えずにはいられない。

 球状の体でもちゃんと頭はあるのだ。


 この場はツェラ=ツェラの神域で、小さな屋敷の居間となっている。ふかふかの絨毯や大きめのソファなど、贅沢ではないが格調高い家具が置かれている。

 珠の体には不必要な家具も多いが、そこは雰囲気の問題だ。


 静かで落ち着ける空間をツェラ=ツェラは好んでいた。

 そして神域なのだから、主の好みは確実に反映されて、崩されることはない。

 穏やかに整えられた心休まる空間がある、はずだった。


「おかえりです!」


 一人の少女がいた。子供みたいに元気一杯の笑顔を見せて手を上げる。

 艶のある黒髪と、紅い瞳をした少女だ。

 数日前に、いきなりツェラ=ツェラの目の前に現れた。そうして居座り、神域にある本を読んだり、どこからか取り出したお菓子を食べたりしながら過ごしている。


 いまも少女は絨毯に寝転がって、煎餅を齧りながら本のページをめくっていた。

 何者なのか? 何処から来たのか?

 どうやって神域に足を踏み入れられたのか?

 疑問はすべて受け流された。


 不法侵入ということで追い出そうともした。法を犯した者に対して、ツェラ=ツェラは絶大な力を振るえる。その丸い体に神力を満たし、ごろごろと転がって、少女を押し潰そうとした。

 神の裁きだ。必殺のはずだった。

 けれど、あっさりと蹴り返された。

 見事にへこんだ。皹も入って、危うく割れるところだった。


 そこからはもう戦々恐々として過ごしている。

 どうすればいいのか、さっぱり分からないのだ。

 メルファルトノールから情報を受け取った時も、目の前の少女とよく似た姿を見つけて、内心ではガタガタと奥歯を震わせていた。

 白珠の姿でなかったら、だらだらと冷や汗も流れていたはずだ。


「それじゃ、再開しましょう。わたしのターンですね」


「え……あ、はい」


 少女の前には大きな盤が広げられて、その横にカードの束も積まれている。

 対戦型のカードゲームだ。半ば強引に、ツェラ=ツェラは付き合わされていた。


 丸い体で転がって、盤と向き合う。

 望めるなら、いますぐにでも逃げ出したかった。

 だけどそれも嫌な予感がしてできない。目の前の少女を放っておいたら、もっととんでもない事態になるような気がする。


「魔法カード発動! モンスター百体召喚!」


「……は? って、なんですかそのバランス崩壊なカードは!?」


「大丈夫です。全部、防御表示ですから」


「え? あ、そういう制限ならまだ……いえ、でも直接攻撃も封じられてるじゃないですか。しかも毎ターン十万回復って、どうやって勝てって言うんです!?」


「そういうルールです。仕方ありません」


 ツェラ=ツェラは悶えるように床を転がる。

 ゲームの勝敗なんてどうでもいい。だけど、この理不尽な状況は受け入れ難い。


「うぅ……あの、自分が勝ったら、本当に出て行ってくれるんですよね?」


「約束は守ります」


 鼻唄混じりに述べて、少女はまた煎餅をかじる。


「どっちにしても、そろそろ帰りますけどね。あ、でもここは居心地が良いからもう少し遊んでても……」


「さっさと帰ってください!」


 どすんどすんと、丸い体が苛立たしげに跳ねる。

 けれど少女はまったく気に留めた様子もなく、次に出すカードをどれにしようかと無邪気に笑っていた。



諦めない(報われるとは限らない。


新たな神も登場。タマちゃん。顔出し程度ですが、裏で苦労させられる予定です。

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