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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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ダンジョンマスターvs魔神の片腕③


 百体の偽宝箱ミミックが隙の無い隊列を組む。

 大きな床が作り上げられて、その上にスピアは乗って上昇していった。

 その様子と、さらに上空にある黒い球状の歪みを、エキュリアは息を呑んで見つめていた。


「スピアならば、何に対しても身を守るくらいは出来るだろうが……」


 街壁の上で、エキュリアは警戒を保ちつつ待機している。もしも危険があった場合には、手にした槍をすぐさま投擲できるよう身構えていた。

 スピアへの信頼はある。けれど相手の得体が知れない。

 蠢き浮かぶ暗闇の正体は何なのか―――。

 その答えは推測もできないが、エキュリアは背筋に悪寒を覚えずにはいられなかった。


 街を襲った黒蛸の魔物は、魔神が生み出したもの。

 その点だけは、エキュリアもスピアから聞き及んでいた。

 だからといって思い至れるはずもない。

 まさか、封印されている魔神が復活しようとしているなどと―――。


 かつての大戦で、幾柱もの魔神が暴虐の限りを尽くした。

 けれど正しき神々によって封印され、現在に至るまで厳重に監視がされている。

 それでも千年以上もの時が経ったために、僅かながら封印に綻びは生じている。そもそも最初から完璧な封印でなかったというのも原因だ。


 綻びがあったから、呪いである『雷光病』も消え去らずに人々を苦しめていた。

 その呪いを基点にして、さらに綻びを大きくしようと魔神は策動していた。

 トドメとなったのは、いまの王都の状況だ。


 ほんの少し前に、神の使徒と魔族が好き勝手に暴れ回った。一時とはいえ街全体がダンジョン化した。さらに今回、新たに使徒となった者がいて、おまけに英知の女神が直接に力を行使した。

 大きな力が入り乱れて、とても不安定な場となっていた。


 そこへ外部から封印を破ろうと、魔神の使徒である黒蛸が干渉を行った。

 加えて、内部からも魔神が暴れる。

 それでもまだ封印は保たれていたが、最後の一撃が加えられた。またも王都がダンジョン化されたことだ。


 まあつまりは簡潔に言うと―――だいたいスピアが原因だった。


 もちろんスピアは、そんなことはまったく関知していない。

 ただ、蠢く球状の闇を見据えると、ぐるぐると腕を回した。やる気満々だ。


「うん。空間が裂けてるだけだね」


 単純に事態を理解して、スピアは呟く。

 暗闇の向こうから禍々しい何かの気配は伝わってきたけれど、気にしないことにした。むしろ好都合だ、と口元を薄める。


「巻き込んじゃっても大丈夫そう」


 ろくでもない相手なのは確定。なので、何をしても大丈夫。

 そんな乱暴な考えをしつつ、ミミック床が上昇していくのを待つ。

 大きさも判別し難い暗闇と、小柄の少女と、両者の距離は徐々に近づいて―――。


 唐突に、雷鳴にも似た轟音が響き渡った。

 広い王都の隅々まで、低く威圧感のある音が震えさせていく。

 騒動に気づいていなかった下町の者でさえ、何事かと外に出て夜空を見上げるほどだった。


 そうして大勢が目撃する。夜空に浮かぶ、巨大な腕を。

 まるで黒い卵の中から、巨人が生まれ出ようとしているみたいだった。

 夜闇の下でもなお黒々として目を引く腕は、逞しく、また禍々しい。長く伸びた爪は鋭く、凶悪さを感じさせる。


 事態の奇怪さも相まって、人々が恐怖を覚えるには充分過ぎた。

 そして黒々とした腕は、その恐怖を鋭敏に感じ取り、喜ぶように蠢く。


 僅かに蠢いただけで、黒腕は大気を揺るがし、強風を巻き起こした。

 街全体が突風に煽られ、家屋の屋根や壁が小刻みに震える。

 人々は混乱し、そこかしこから悲鳴が上がった。


「むぅ。傍迷惑だね」


 騒然とする街をちらりと振り返って、スピアは不機嫌そうに眉根を寄せる。

 夜空に浮かぶスピアも充分すぎるほどに目立っているのだけど、そこは放置だ。


 さっさと騒動を止めようと、ミミック床を上昇させていく。

 蠢いていた黒腕も、スピアの接近に気づいたようだった。


 巨大な手指が開かれる。その掌がスピアの方へと向く。

 ちょいとお菓子を摘もうとするような、軽い動作だった。

 けれど―――バギャリ、と。

 壮絶な音を立てて、その手が弾かれた。


「超次元全力回し受けです!」


 小柄は少女スピアがくるりと腕を回しただけ。

 けれどそこに掴み掛かろうとしていた巨大な黒腕は、凄まじい勢いで跳ね除けられていた。


 しかも、折れている。小指が。

 薬指に絡みつくように、奇怪な捻じ曲がり方をしていた。


『MmmOOOOGYAAaaaaaーーーーーー!!?』


 奇怪な絶叫が王都全体に轟いた。

 まるで悪夢に出てきそうな悲鳴だ。でも、なんだか哀れみも誘う。

 理不尽に痛めつけられて泣いているような声だった。


「文句は聞きません。ダンジョンぱわぁを全開です」


 軽く拳を握りなおして、スピアは身体を捻る。

 同時に、自身の頭上に三本の円錐を作り出した。建物の柱に見えるほど太く、形は矢尻のようなそれは、以前に『通路ブレイクショット』で使ったものだ。

 さらに今回は、より強固に固めてある。


 その矢尻の底に、拳を叩き込み、撃ち出す。

 光線かと見紛うほどの勢いで放たれた矢尻は、巨大な指先に突き刺さった。


 人間なら、指先に針を突き入れられた形だ。

 見ているだけでも痛々しい。

 エキュリアなどは思わず、うわぁ、と鳥肌を立ててしまっていた。


『NnnnNOOoooooooーーーーー!?』


 また禍々しくも、痛々しい悲鳴が響き渡る。

 もう勘弁してください、なんて心の声が聞こえてくるようだった。


 けれどスピアは追撃の手を緩めない。

 床を蹴って跳ね上がると、黒腕の上に乗った。すかさず拳を叩き込む。

 狙うのは関節部。スピアが殴ったり蹴ったりするたびに、黒い指があらぬ方向へと圧し折れ曲がる。


 悲鳴はもう声にもなっていない。

 ただ、黒腕の主が涙を流しているであろうことは簡単に想像できた。


 そんな容赦無い攻撃に晒されて、黒腕が闇の裂け目に引っ込もうとする。

 スピアはそれを止めようとはしなかった。

 だけどついでとばかりに、手の甲部分に何発か拳を打ち込む。黒腕が暴れても、その上に乗ったスピアは被害を受けない。風で髪を乱されるくらいだ。


 バキベキと。なにかが圧し折れる音が断続的に響いた。

 そうして敗走感たっぷりに、黒腕は元の暗闇へと引っ込んでいく。

 その直前で、スピアは空中高くへと跳んでいた。


「ダンジョン武闘術、中伝―――」


 自身よりも下、腕が現れた暗闇の上に、複雑な魔法陣を浮かべる。

 その魔法陣へ突撃するようにして、スピアは勢いよく拳を捻じ込んだ。


「激流突きです!」


 直後、魔法陣から大量の水が溢れ出す。

 本来は、ダンジョン内でちょっとした休憩所や、水攻めの罠を作ったりするために使うものだ。けれど応用すれば、膨大な水も一気に召喚できる。

 さらに拳での衝撃も加えて、空間の裂け目へと叩き込んだ。


 流し込んだ、と言えるほど穏やかな水流じゃない。

 正しく殴りつけ、叩き込んだのだ。

 だって水が大きな拳を形作っていたから。しかも錐揉み回転も加えられている。


 大自然の理不尽さを想わせる水流拳。苛烈な一撃を喰らって、球状の暗闇が悶えるように歪んだ。

 同時に、鈍い音も響く。

 さながら巨人が殴られ吹っ飛んで、壁に激突したみたいな音だった。

 情けない呻き声も漏れてきたけれど、それもほどなくして小さくなっていく。


 空間の裂け目が閉じようとしていた。

 星明かりも遮っていた暗闇が、次第に萎んでいく。やがて完全に見えなくなって、元の夜空が戻ってきた。


 最後に、しくしくと泣くような声が零れてきたようだった。

 けれど強い風も吹いたので、偶然だったのかも知れない。


 いずれにしても、ほとんど気に留める者はいなかった。

 だってそれ以前に、起こった出来事が衝撃的すぎたから。


「よっ、と。ただいま戻りました」


 外壁の上に降り立って、スピアはさらりと述べる。

 だけど挨拶をされた方のエキュリアは、まだ呆然として立ち尽くしていた。


「あれ? エキュリアさ~ん?」


「…………はっ! あ、ああ……おかえり……」


 小さな手を目の前で振られて、ようやく我に返る。

 エキュリアは幾度か瞬きをしてから、項垂れ、額に手を当てた。


「うむ……毎度のことの気もするが、今回はとりわけ訳が分からん」


「わたしも分かりません!」


「……そうか。だが、怪我も無いようでなによりだ!」


 ヤケ気味に声を上げて、エキュリアは笑顔を作る。

 そうして、くしゃくしゃとスピアの頭を撫でた。

 子供扱いはされたくないなあ、とスピアは思いながらも抵抗はしないでおく。


「あ! そうだ、大変なことを思い出しました」

「なんだ? ……というか、ちっとも大変じゃない予感がするぞ?」

「夕御飯を食べていません!」

「後回しだ!」


 鋭く切り返されて、スピアはしょんぼりとした顔をする。

 まあ、街は騒然としたままなので当然の判断だった。

 他に潜んでいる魔物がいないか、安全を確かめる必要がある。

 王都の長い夜は、もうしばらく続きそうだった。



普通、「片腕で相手してやる」とかって敵は手強いものなんですけどね……。

でもいつか、完全体で現れた時は、きっと……!


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