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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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ダンジョンマスターvs魔神の片腕②


 魔神ギルンベルグは、かつての大戦で最も多くの人間を殺した。

 凄惨に、残虐に、女子供も見境無く殺し尽くしたと語られている。

 そして、様々な魔物を使徒としたことでも恐れられている。


 三つの頭を持ち、万の魔物を軍勢として操ったという『狡血魔猿ブラディス・ハヌマス』。

 疫病を撒き散らし、いくつもの街を石に変えたという『災炎蛇鼠マグドラ・ロボス』。

 はじまりの王の片腕を奪ったという『真祖之黒龍ゼム・シュバルド』―――。


 どれもこれも一国を滅ぼしかねないほどの化け物だ。

 すべて討伐されたはずだが、いまでも時折、噂に上って人々の恐怖を駆り立てる。


 それらの魔物と比べれば、『妖乱黒蛸オクトス・クラングス』はあまり有名ではなかった。古い文献にも、僅かな特徴と、大魔術師によって殲滅されたという記録が残されているだけだ。

 けれどその脅威度は間違いなく大災害級。

 最も小さな個体でも子牛ほどの大きさで、鍛えた騎士の一団を蹴散らせる。しかも凄まじい勢いで繁殖、というか増殖を行っていく。


 一つの目玉を逃がせば三つに増える。

 三つの目玉を放っておけば二十にも三十にも増える。

 人の悪意を糧にする、とアリエットが語ったのも間違ってはいない。正確には、人が感情とともに発散する僅かな魔力でさえ糧にして増殖する。


 だから街などの人が多い場所では、とてつもない脅威となる。

 貴族街で数を増やした妖乱黒蛸オクトス・クラングスは、城や下町にも魔の手を伸ばしていく。そこでまた人を襲い、喰らい、桁外れに脅威度を上げていく。


 女子供をはじめ、一般の住民は抗う術もなく殺される。

 騎士や兵士たちは幾らか抵抗できても、やがて数で押し負け、殺される。

 ほんの一握りの人間だけでも逃げ延びられれば幸運だ。

 そうして一晩でベルトゥーム王国は滅びる。

 妖乱黒蛸オクトス・クラングスの名と恐怖が、大陸中で語られる―――、


 なんてことには、なりそうもなかった。

 だって、それ以上に奇妙で衝撃的な光景が、人々に目撃されたから。


 とある貴族屋敷では、冷然としたメイドが黒蛸を踏み潰し、跡形も無く消滅させた。

 とある警邏隊の兵士たちは、巨大な鉄槌ハンマーを抱えたメイドが目玉を叩き潰すのを目撃した。

 雷光を纏った鷹が、夜空に浮かぶ目玉の群れを消し炭にした。

 火炎を纏った天馬が、城壁を越えようとした黒蛸を爆裂させた。


 そんな仲間の活躍を把握しつつ、スピアは満足げに頷く。


「とりあえず、封じ込めには成功したかな」


 スピアはいま、貴族街と平民街を隔てる壁の上に立っていた。

 門の前にいた黒蛸を、ついさっき片付けたところだ。目玉三つの小型のものだったので一撃で片付いた。


 そのスピアの足下では、街門を守る兵士たちが忙しなく動いている。

 非常事態というのは彼らにも伝わっていた。


「怪我した人も少ないし。間に合いそうだね」


 豪奢なマントを夜風になびかせながら、スピアは腕組みをしている。

 親衛隊のマントを羽織ったのは、子供と間違われて追い払われないためだ。

 腕組みをして偉そうにしているのは、なんとなく。

 マントを着て高い所に立ったら、そうしなければならない気がした。


 まあ、それくらいには余裕があるということ。

 ダンジョン魔法は、街中など他者の支配領域では使い難い。けれどそこに含まれる探知魔法は別だ。スピアが確保する“領域”よりも、ずっと広範囲を把握できる。

 王都のすべてを感知して潜んだ魔物を探し当てる、なんて真似も可能だった。


 それらの場所をメイド部隊などに伝えて、駆除も行っている。

 黒蛸の増殖速度は凄まじいが、スピア側の駆除速度も負けていない。

 ひとまず三桁以上に増えるのは防いでいた。

 そして、確実に狩り尽くすためにもうひとつ―――。


「ご主人様、ご報告に参りました」


 スピアの背後に音も無く現れた人影がひとつ。オモイカネだ。

 長身を真っ直ぐに伸ばして、静かに一礼する。眼鏡にも曇りひとつない。

 あまり戦闘向きではないオモイカネには、伝令役を頼んでいた。


「レイセスフィーナ様からの許可をいただきました。王都を守るためならば、判断と行動は問わないと仰られました」


「さすがにセフィーナさんは決断が早いね。オモイカネも、お疲れ様」


 マントをなびかせたまま、スピアは夜空へと目を向ける。

 大きな翼と角を生やし、炎を纏った馬が近づいてくるのが見えた。

 その背には長槍を手にしたエキュリアが騎乗している。


「―――スピア!」


 上空から呼び掛けながら、エキュリアは長槍を投げ放った。

 夜闇に紛れて飛んでいた目玉をひとつ貫き、仕留める。柄の部分に仕込まれていた魔法陣が発動すると、槍は再びエキュリアの手元へ飛んで戻ってきた。


 その槍は、スピアがエキュリアのために作った武器だ。いくつかの魔法効果が込められているけれど、目玉をあっさりと仕留めたのは、単純にエキュリアの技量によるもの。

 妖乱黒蛸は群れとして恐るべき魔物だが、目玉ひとつ程度なら脅威度は低い。

 エキュリアも手柄を誇るでもなく、真っ直ぐにサラブレッドを駆けさせた。

 そうしてスピアの正面に降り立つ。


「いったい何が起こっている? あの魔物は何だ? どうしていきなり現れた!?」


「すっとぼけます!」


 スピアは堂々と答える。だけどまったく答えになっていない。

 さすがのエキュリアもツッコミきれず、頬をヒクつかせるばかりだった。


「あとでちゃんと話します。でもいまは、誤解されちゃうかも知れないんで」


 スピアが気に掛けたのは、リゼットのことだ。

 魔神の使徒である魔物がどうしていきなり出現したのか?

 それはスピアにも分からない。だけどリゼットが中心にいたのは確かだ。


 下手な推測をされれば、リゼットが騒動の犯人にされかねない。

 エキュリアやセフィーナなら、きちんと説明すれば理解してくれるだろう。

 少なくとも、スピアはそう信じている。


 だけど周囲の人間はそうとは限らない。妙な疑いは避けた方がいい。

 事態が落ち着いてからでも、詳しい話は出来るのだから。


 普段は勢いだけで突っ走っていると“勘違いされやすい”スピアだが、細やかな配慮に頭を働かせることだってできるのだ。

 まあ頭を働かせたと言うよりは、思いついたと言った方が的確ではあるけれど。


「とにかく、いまはあのタコの全滅が優先です。食べられませんし」


「うむ、それもそうか。食べようとも思わんがな」


「なので、全滅させました!」


「…………は?」


 またもツッコミが追いつかない。

 エキュリアは呆然とした顔を晒してしまった。


 たったいまエキュリアが到着した時点でも、百体近くの魔物が街中で暴れていたはずだ。それを片付ける暇などなかった。スピアとエキュリアは短い会話しかしていない。

 他にスピアがしたことといえば、軽く足を踏み鳴らしたくらいだ。


 なのに、全滅させた?

 いったい何を言っているのか?、とエキュリアは頬を引くつかせた表情で問い掛ける。


「あ、目玉がひとつ逃げて……うん、大丈夫です。捕まえました」


「……本当なのか? 私も少し見ただけだが、なかなかに手強そうな魔物だったぞ。しかも暗闇に潜むような動きもしていたし……」


「隠れていたのも、ちゃんと見つけました」


 セフィーナからの許可を貰った時点で、スピアは領域を王都全体へ広げていた。

 つまりは、王都全体がスピアのダンジョンとなったようなもの。

 以前に巨大屍竜が現れた時と同じだ。さすがにセフィーナも慎重になっていたので、幾分か制限はされている。それでも黒蛸の群れを倒すのに問題はなかった。


 黒蛸の位置はすべて把握していた。

 なので、あとは数を揃えて殲滅するだけ。

 そのためにスピアが取った手段は人海戦術―――というより、箱海戦術だ。


「新しい仲間を紹介します」


 何かの定型文みたいな台詞を述べて、スピアは街の上空へ視線を移した。

 エキュリアもそちらへ目を向ける。

 直後に、ぽかんと口を開けて固まってしまう。

 たくさんの宝箱が浮かんでいた。仄かな魔力光を纏って、空中を飛んでいる。


「……偽宝箱ミミック、か?」


「はい。ミミっくん一号から百号です。セットでお買い得でした」


 頭を抱えたくなるエキュリアとは裏腹に、スピアは上機嫌に胸を張る。


 百体のミミックは、当然ながらスピアが召喚したものだ。お買い得とは言っても、さすがにけっこうな量の魔力が必要だった。けれどそれに関しても、王都の住民から僅かずつ集めることで解決している。


 ちなみに、百体セットで基本魔力量は三三九〇〇。

 そこに能力付与などを加えても、倍以上にはならなかった。


 そんなミミックを黒蛸の近くに召喚して、ぱくりと仕留めてもらう。

 実に簡単な作業だった。


 妖乱黒蛸は、人間の生体反応に対しては鋭敏な感覚を持つ。その感覚のおかげで、密かに数を増やしたり、暗がりから奇襲をしたりも可能だ。

 けれど、魔導具に近いミミックに対しては違う。

 そもそも生体反応を持たないのだから気づきようもない。

 接近に気づいても、一応は同じ魔物という分類だからか、ほとんど無視するような態度だった。


 おかげで、とても自然に「こんにちは。死ね!」が出来てしまった。


 ミミックは人が抱えられる程度の大きさだが、その内部は『倉庫』と似た異空間になっている。一度獲物に喰らいつけば、その内部へと凄まじい力で吸い込む。

 あまり素早く動けないという欠点はあっても、今回の作戦にはとても適任だった。


 単純な戦闘能力なら、黒蛸の方が上だったろう。

 けれどそれは謂わば、対人間に特化したもの。物質系の魔物であるミミックとの相性は最悪に近かった。


 そうして仕事を終えたミミックの群れが集まってくる。

 街の上空を飛んで。しっかりと隊列を組みながら。


「……なあ、これはこれで大変な光景なのではないか?」

「え……?」


 エキュリアに指摘されて、ようやくスピアも思い至った。

 ミミックは一見すると只の宝箱だ。けれど空を飛んでいるのは明らかに異常。

 ちょっと勘の働く者ならば、すぐに偽宝箱の魔物だと察せられる。


 しかもいまは、街に魔物が現れたと騒動になっている。

 さらに加えて、暗闇に潜んで活動する黒蛸よりも、堂々と空を飛ぶミミックの方が遥かに目立っていた。


 これでは大騒ぎになっても仕方ない。

 やらかした!、とスピアも気づく。だからとびっきり爽やかな笑みを浮かべた。


「反省します!」


「そうか。事態の解決にはまったく繋がっていないがな!」


 エキュリアは眉を吊り上げる。小一時間ほど説教をしたくもなった。

 だけど、まだ非常事態は続いている。

 脅威は妖乱黒蛸だけではない。そうスピアも判断して、この場に留まっていた。


「反省と説教は後回しだ。それよりも……」

「はい。こっちを片付けます」


 二人は揃って頭上へと目を向ける。

 その視線の先には、夜空よりも暗い球状のなにかが蠢いていた。


 つい先程まで、黒蛸から溢れる靄がそこへ集まっていた。靄の集束は止まったけれど、脈動にも似た蠢きはまだ続いている。

 その奇妙な黒靄を片付けるために、スピアはこの場に留まっていた。


「まるで、黒い月ですね」


 あるいは卵にも見える、とスピアは目を細める。

 得体の知れない暗闇を見据えると、静かに表情を引き締めた。



タコはあっさり退場。そして仲間が百体増えました。

だけどまだ騒動は終わりません。

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