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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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ダンジョンマスターvs英知の神④


 仄かな光を纏った拳を、スピアが素早く突き出す。

 まるで羽虫を叩くような軽やかな動作だ。

 けれど響く音は鈍く、痛々しい。そして容赦無い。


『や、やめっ……わたくしはっ、神で、こんなブベぇっ!?』


 錐揉み回転をして、メルファルトノールは地面を舐める。

 そのまま突っ伏して、ビクビクと痙攣する。

 神の威厳とか、風格とか、なにもかも台無しだった。


「この技だと、殴るしかないのが不便です」


 呑気な口調で零して、スピアはまた拳を振るう。

 神の色々なものを壊した犯人だというのに、悪びれた素振りもない。


 そのスピアの正面に、アリエットは座り込んでいた。

 胸元で輝く『聖痕』に小さな拳が打ち込まれるのを、黙って受け止めている。

 アリエット自身への被害は皆無だ。殴られる痛みもない。だけどそのたびに背後で神が悶絶するので、大変なことが起こっているのは察せられた。


 失っていた意識は、スピアが治療薬をぶっかけてくれたおかげで回復した。

 他の細かな怪我も治っている。

 だけど、とても落ち着いてはいられない。


 いっそ気絶したままの方が精神的には安全でいられたかも。

 とんでもない事態の中心にいるのでは―――、

 そう困惑するアリエットは、冷や汗が流れるのを堪えきれなかった。


 なんかもう笑うしかない。

 操られていた時とは違った意味で、またその瞳は虚ろになっていた。


『ぐっ……こんな真似をして、許されるとおブフッ!?』


「しぶといですね。割と必殺のつもりでやってるんですけど」


 自分の吐瀉物に埋もれるメルファルトノールを横目に、スピアはまた拳を突き出す。

 カエルが潰れたような悲鳴が響き渡った。


 所謂、浸透撃。打突の衝撃を相手を貫くように伝える技。

 スピアが行っているのは、その応用だ。

 メルファルトノールと繋がっている『聖痕』を介して、衝撃を伝えている。

 ほとんど距離を無視した技だが、スピアは元よりその手段を持っていた。


 ダンジョン魔法には、時間や空間に干渉するものも多い。

 例えば転移陣。広大なダンジョンを管理するとなれば、階層間を行き来する手段として転移陣は必要不可欠になる。他にも召喚魔法など、時空への干渉を当り前のように行っている。

 それらを応用すれば、神域にも干渉可能―――なんて無茶苦茶な理屈だ。

 だけどスピアはやってのけた。


『有り得まっ、せんわ……だいたい、わたくしの神域に干渉なブゴぉっ―――』


 メルファルトノールが混乱するのも、まあ無理はなかった。

 そもそも神が傷つくというのが有り得ない。

 痛みすら、最後に味わったのはいつだったか、記憶を探るのが難しいほどだ。


 だというのに、スピアの打撃は筆舌に尽くしがたい激痛を与えてくる。

 単純に殴られる痛みだけではない。

 体の内側まで直接に、衝撃が浸透してくるのだ。

 きっと常人なら正気でいられない。というか、生きていられないだろう。


 すでに心臓は三度も潰されている。他の臓器も加えたら数え切れない。

 肋骨はいまも折れたままだし、全身の血はもうすべて入れ替わっている気がする。

 それでもメルファルトノールは瞬時に回復しているのだから、神の力自体は完全に作用していた。


『くっ……こうなれば、神剣ですべてを薙ぎはラヴァっ!?』


 悶絶させられながらも、メルファルトノールは反撃を試みた。

 だけど、腹に大穴を開けられて崩れ落ちた。


『うぅ……アリエット、何をしておりますの! 貴方は使徒でヴォらぁっ!?』


 搦め手に頼ろうとしても、やはりスピアが許さない。

 勢いよく顎を跳ね上げられて、メルファルトノールはくるくると宙を舞った。

 そうして散々に痛めつけられて―――、

 さすがに心も折れる。大人しくなった。


『……ひっく、ぅぅ……もう勘弁してくださいませぇ……』


 ぐずぐずと泣きながら、ズタボロになった姿を晒している。

 メルファルトノールは地面に正座をして、深々と頭を下げた。

 おい神!、とエキュリアがこの場にいたらツッコミを入れたかも知れない。

 スピアが軽く拳を握るだけで、ビクリと肩を縮める。その姿には哀愁すら漂っていた。


「そうですねえ。トドメを刺すのも時間が掛かりそうですし……」


 涼やかな口調で、スピアは物騒なことを述べる。

 だけどその眼差しは油断なく、メルファルトノールをじっと見据えている。


 ついさっきまで殺意を向けられていたのだ。

 もしも少しでも状況が違えば、この場にいる誰もが無事ではいられなかった。

 だから、許さない、と言うのも簡単ではある。


「もう二度と、こんな真似はしないって誓えますか?」


『はい……スピアさんに手出しする恐ろしさは、それはもう痛いほどに承知いたしましたわ』


「わたしだけじゃありません。アリエットさんや、他の人にもです」


『そ、それも承知しておりますわ。可能な限り、もう人の世には関わりません』


 だからどうか勘弁してください、とメルファルトノールは重ねて頭を下げた。

 どうやら本当に敗北を認めたようだ。

 それも神の立場からすれば、苦渋の決断だったのは間違いない。

 ひとまず拳を収めて、スピアは横にいるアリエットへ目線で訊ねる。


「えっと……スピアさんが判断して良いと思います。あ、でもリゼットの治療法だけは聞き出したいのですけど……」


「そういえば病気だって言ってましたね」


 詳しい話を聞いていなかったので、スピアはすぐに治る病気だと考えていた。

 だけど深刻なものらしい、と認識を改める。


「治療法、知ってるんですか?」


『ええ。そこに嘘はありませんわ。ですが―――』


 はっと息を呑む。

 メルファルトノールだけでなく、スピアも同じ気配を感じて首を回した。


 その視線の先にはリゼットがいた。

 幼い体はぐったりとして、黄金色の塊に抱えられていたが―――、


「ぷるるん、離れて!」


 スピアが警告を発するのと、青白い閃光が放たれるのは、ほぼ同時だった。

 雷撃にも似た閃光に、ぷるるんが弾かれる。二度、三度と地面を跳ねたけれど、深刻な負傷には至っていない様子だ。


 それよりも、閃光を放ったリゼットの方に異常が起こっていた。

 全身から青白い光を散らしながら、黒い靄に包まれている。まるで雷雲の中心にいるように。顔色を失い、浅い呼吸を繰り返しながら、その体は空中に浮かんでいた。


 薄っすらと押し開けられたリゼットの瞳には、まだ色が感じられる。

 意識はある。けれど体の自由は利かない様子だ。

 いったい何が起こっているのか―――、

 その問いに、メルファルトノールならば答えられただろう。


『良くない状況ですわね。このままでは魔神の使徒が生まれて……』


 そんな言葉よりも早く、スピアは駆け出した。

 疑問はある。だけど解決が優先だと、すぐさま判断した。


「ちょっと痛いだろうけど、我慢して」


 駆けながら口早に告げて、リゼットの眼差しを確認する。

 そこには同意の光があった、気がした。


 なのでスピアも頷くと、遠慮無く手刀を振るう。

 幼い体から溢れる黒靄と雷撃を、まとめて切り裂く。その裂け目に突撃したスピアは、リゼットの体に掌を押し当てた。


 とん、と掌底を打ち込む。

 柔らかなお腹に衝撃は留まると、一拍を置き、全身へと弾けた。

 まるで雷に打たれたように、リゼットの体が震える。

 それは一瞬の出来事だったが―――何かが、確かに破壊された。


「リゼット……っ!?」


 傍目には、幼い少女が打ち据えられたように見えただろう。

 スピアの見た目も幼いのはともかくも。

 妹を案じるアリエットが、この世の終わりみたいな顔をしたのも無理はない。

 けれど悲嘆はすぐに安堵へと変わる。ぐったりと力を失ったリゼットを抱えると、スピアはすぐに身を翻して元の位置へと戻った。


「大丈夫です。呼吸も安定してます」


 掌底を受けて、リゼットは意識を失っていた。

 全身から溢れた雷撃のためか、小さな裂傷もいくつか刻まれている。

 幼い体を地面へ横たえると、スピアは『倉庫』へ手を伸ばす。

 治療薬を取り出し、ぶっかけた。


「念の為に、もうひとつ出しておきます。飲ませてあげてください」

「あ、はい……」


 アリエットは戸惑いながらも薬瓶を受け取る。

 つい顔を顰めてしまうような匂いがしたけれど、効果があるのはリゼットの様子から見て取れた。小さな裂傷はすぐに塞がったし、血色もよくなってきている。


 ほっと、アリエットは息を吐く。

 けれどまだ完全には安心できないようだった。


「逃げられました」


 唐突な言葉には不満も滲んでいた。

 アリエットは顔を上げて、辺りを見回す。

 メルファルトノールの姿が忽然と消えていた。

 逃げた、というのは、つまりはそういうことだろう。アリエットの胸にあった『聖痕』も、いつの間にか失われていた。


「あとでまた問い詰めないとダメですね。でも……」


 スピアはひとつ息を吐く。

 小柄な体が緊張感を纏い直したのが、アリエットにも感じ取れた。


「その前に、アレを片付けないといけないみたいです」


 すっと目を細めて、スピアは一点を見つめる。

 つい先程、リゼットが浮かんでいた場所だ。

 そこには黒靄が留まり、寄り集まっていて―――、


 ギョロリ、と目玉が浮かぶ。

 次いで、のたうつ触手が何本も生えてくる。


『―――QOOOooooohhhh!!』


 怨霊じみた奇声を上げて、禍々しい異形が姿を現した。



ダンジョンマスターからは逃げられない、かどうかはともかく、裏ボス登場。

触手への過度な期待はお控えください。

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