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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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ダンジョンマスターvs英知の神③


 頬を掠めた拳に、スピアが顔色を変える。

 黒髪が数本千切れ飛んだ。咄嗟に身を捻らなければ、痛いでは済まなかったかも知れない。


「むぅ。アリエットさんの動きじゃありませんね、っと」


 スピアは眉根を寄せながら、迫ってきた蹴りを避ける。

 そちらも鋭い攻撃だった。とても一介の図書館司書が繰り出せるものではない。

 まあスピアも司書見習いを自称しているのはともかくも―――。


 続け様に、アリエットは拳を繰り出す。

 細かい牽制から、必殺の一撃へと繋がっていく。そこからの連携も見事なものだ。動作のひとつひとつが流れるように綺麗で、計算し尽くされている。

 スピアも下手な反撃には移れない。

 ちょっと手を出してみたら、するりと死角に回られて肘打ちが襲ってきた。


 それでも防戦一方にならないのがスピアだ。

 反撃に反撃を重ねる。打撃や蹴撃、様々な技が交錯する。

 女の子同士のじゃれ合い、とはとても言えないような光景が展開された。


『くすくす。野蛮ですけど、貴方が得意な肉弾戦で打ち負かしてあげますわ。わたくしは英知を司る神、あらゆる戦いの技法にも通じておりますのよ』


 アリエットの奮戦ぶりを眺めて、メルファルトノールは満足げに口元を緩める。

 ついさっきまでスピアの非常識っぷりに冷や汗を流していたのに、それはなかったことにしたらしい。


『どんな知識であろうと自身のものとして与えられる。これも神の力ですわ。その力によって、わたくしの使徒は熟練の戦士以上の技能を得られますのよ。小娘に過ぎない貴方には、万にひとつさえ勝ち目はありませんわ』


 メルファルトノールは得意気に口調を弾ませる。

 優勢に戦いを進めるアリエットの姿に、ますます上機嫌になっていく。


 スピアの反撃を、アリエットは掠らせもしない。いきなり地面が底無し沼になっても、すぐさま魔法で足場を作って切り抜けた。空から大量の水が降って来ても、すべて凍りつかせて砕き散らした。

 スピアが腕を取ろうとしても、魔法障壁で弾かれる。

 さらにアリエットの攻撃は苛烈さを増していく。単純に拳や蹴りが繰り出されるだけでなく、そこに火炎や氷結の魔法も組み合わされる。


「むぅ。長引かせるのは良くなさそうです」


 目の前を氷槍が通過して、スピアは眉を顰めた。

 懸念は、劣勢に追い込まれている、ということではない。


「アリエットさんの体がもちそうにありません」


『くすくす。よくぞ見抜きましたわね。誉めてあげますわ』


 使徒の証である『聖痕』が、いまもアリエットの胸元で輝いている。異常な力の核となっているのはそれだが、他にも力は与えられていた。

 『聖痕』からの光に紛れるように、アリエットの全身も仄かに輝いている。

 いくつもの複雑な紋様が、魔力を限界以上に引き出し、様々な術式を瞬時に発動させていた。


「前にも似たようなのを見ました。たしか、『呪刻陣』ってやつですね」


 以前にスピアを襲った傭兵にも刻まれていたものだ。

 高速かつ連続での魔法発動を可能にするけれど、代償が大き過ぎる禁忌の技術。

 このまま戦いを続ければ、アリエットの身体は遠からず壊されてしまうだろう。


『友人のためを思うなら、無駄な抵抗はやめることですわ。貴方一人の犠牲で、大勢が幸せになれるのですから―――』


「―――おねえちゃん! もうやめて!」


 リゼットの叫び声が響いた。

 ぷるるんの上にいるリゼットは、うつ伏せのままぐったりとしている。それでも顔だけを上げて、懸命の呼び掛けを続けた。


「なんだか分からないよ! でも、そんなのおねぃちゃんじゃない! 目を覚まして!」


 ただの感情的な訴え。理屈にもなっていない。

 事情をまったく知らないリゼットには、目の前の現実さえ受け止めきれなかっただろう。

 でも、その声は届いた。


「っ……リゼッ、ト……?」


 呟き、アリエットの目蓋が揺れる。

 けれどそれだけだった。一瞬動きは止まったけれど、またすぐにスピアへ向けて拳を突き下ろす。

 その拳は避けられたが、風圧がスピアの表情を歪めていた。


「おねぃちゃん……!」


『ふふっ、止めようとしても無駄ですわよ。それよりも応援するべきですわ。貴方を救うために、彼女はその身を奉げたのですから』


 余裕たっぷりのメルファルトノールの言葉は、事実を歪めている。

 アリエットは確かにリゼットを救おうとしていた。

 そのために、神への協力を惜しまなかった。

 けれど自身を犠牲にするなんて承知していない。友人スピアに対して危害を加えるのも、知っていれば必ず拒絶した。


 そんな真実を、リゼットは知る由もない。

 それでもメルファルトノールを睨み、敵意を示す。


「おねぃちゃんは、そんなことしません! 貴方が何かしたんですね!」


『くすくす。不敬な言動は見逃してあげますわ。まあ力を与えたという点では、間違っておりませんわね』


「今すぐ、おねぃちゃんを解放して!」


 姉が操られている、というのはなんとなくリゼットにも察せられた。

 でも、だからといってどうすることも出来ない。

 泣き出しそうな顔をして声を荒げるばかりだ。


「こんなのもうやめてよ。そうでないと……ヒドイことになるんだから!」


 ただの強がりに過ぎない。幼い顔をくしゃくしゃに歪める。

 それでも期待を込めて、リゼットは姉の方へ目を向けた。


「っ……ぅ、ば……」


 妹の声を聞きながらも、アリエットはスピアに対して攻撃を続けていた。

 拳を振るいながら、逆巻く炎を放ち、無数の光弾を撃ち出す。苛烈な攻撃は止まらない。


 だけどその瞳には涙が滲んでいる。

 そして、唇が言葉を紡ぎだそうとしていた。


「アリエットさん……?」


 何かをしようとしている、とスピアは察した。

 僅かに迷いながらも、スピアはその行動を見守るのを選んだ。一歩距離を取る。

 次の瞬間、アリエットは力の限りに咽喉を震えさせて―――、


「―――バルバトちゅ!!」


 噛んだ。肝心なところなのに。

 思わずスピアは吹き出してしまう。リゼットも目を丸くしていた。


 それでもアリエットが嵌めていた指輪は、合い言葉に反応した。

 以前に、スピアが贈った護身用の魔導具だ。

 放たれた雷撃は“アリエット自身を”貫いて、派手な閃光を辺り一帯に散らした。


『んなっ……!?』


 メルファルトノールが呆気に取られた声を漏らす。

 相手を気絶させる程度の雷撃は、とても神の力に抗えるものではない。

 アリエットが意識を失ったとしても、操られている体は動き続ける。

 だけど、ほんの小さな隙は作れた。


 力の抜けたアリエットの体は、がっくりと倒れ込もうとする。

 そこへスピアが駆け寄り、腹パン。鳩尾に拳を捻じ込んだ。


 ぶふぅっ、と。

 メルファルトノールが吹き出す。

 なにも打撃が襲ってきたのではない。いくらアリエットが殴られたところで、神域にいるメルファルトノールに影響を及ぼすはずもない。

 だけど、衝撃的ではあった。


『よ、容赦ないですわね……』


 白い服を揺らしたそよ風にも気づかず、メルファルトノールは頬を引きつらせる。

 どうにも調子が狂う。

 驚かされてばかりで、こんな姿は他の神に見せられない―――、


 そう息を吐きながらも、メルファルトノールはすぐに冷静さを取り戻していた。

 またスピアを睨むと、今度こそ仕留めるべくアリエットの操作へ意識を移す。


『さあ、今度こそ終わりにしますわよ。我が使徒よ―――』


「ようやく届きました」


 メルファルトノールの言葉を遮るように、スピアは呟いた。

 けれどその視線は別方向、アリエットへと向けられている。


 鳩尾に捻じ込んだ拳を引くと、スピアはそれをまたアリエットの胸元に当てた。

 ちょうどアリエットが倒れ込んでいたので位置も良い。

 『聖痕』の輝きを隠すように、とん、と軽く叩く。


『……? 届いたとは、何のことですの?』


「本格的な反撃です。泣いて謝るなら許してあげますよ?」


『はぁ? 気でも触れましたの? いくらなんでも不敬に過ぎまズボぁ――っ!?』


 メルファルトノールが吹っ飛んだ。

 まるで、したたかに頬を殴りつけられたみたいに。

 もちろん見えていた姿は幻像だが、それもザラザラと乱れている。

 そして瑞々しい肌色をしていた頬は、痛々しく腫れ上がっていた。


「うん。とりあえず十発くらい追加しておきますね」


 愕然として地面に手をつく神に対して、スピアは涼やかに言ってのける。

 情け容赦無い反撃は、まだ始まったばかりだった。



Q.遠隔操作で攻撃が届きません。どうすればいいでしょう?

A.殴ります。


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