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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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ダンジョンマスターvs英知の神②


 所詮、相手は人間。どうとでも始末できると侮っていた部分はある。

 それでもメルファルトノールは、スピアに対して慎重に観察の目を向けていた。


 能力も人格も、充分に見極めた。

 単純そうに思える策略も、スピアとアリエットに対しては最善だった。

 実際、魔法陣に捉えるまでは成功した。

 スピアが無軌道な行動を取ろうとするのも計画通り。

 すべては上手く運んでいた、はずだった。


 唯一の誤算―――それは、本来なら計算に入れる必要もない事柄だ。

 人間が神の力に抗えるなど、絶対に有り得ない。

 いや、正確には、有り得てはいけない。


 だからメルファルトノールは、スピアへの評価を改めた。

 観察対象から、処分対象へと。


『貴方は危険ですわ。神敵となる前に、消滅させます』


 幻像を介して、メルファルトノールは宣告する。

 その時にはすでに、スピアが目の前まで肉迫していた。

 小さな拳が突き出される。たとえ巨大な竜でも殴り倒せるであろう威力を込めて。

 けれど何も起こらず、拳は虚しく空中を叩いた。


 まあ、“普通に考えれば”当然の結果だった。

 いま姿を取っているメルファルトノールは、あくまで幻に過ぎない。

 殴られても、切り裂かれても、本体まで影響を及ぼすはずがなかった。


「むぅ。やっぱり届かせるのは難しいです、っと」


 拳を引いたスピアは、ほぼ同時に跳び退く。

 直後、スピアが立っていた地面が蒸発した。勢いよく沸き上がった火柱は、とてつもない熱量を持っていた。

 それこそ人間など、一瞬で燃え尽きるだろう。


 スピアは咄嗟に避けていたが、火柱は二本、三本と続け様に襲い掛かる。

 神が起こす現象だ。あるいは奇跡と言ってもいいかも知れない。

 ほとんど前触れもなく、スピアを業火で包み込もうとする。


『くすくす。下手に抵抗をしても、痛い想いをするだけですわよ。苦しまないように一瞬で葬ってあげるのが、せめてもの情けで……?』


 メルファルトノールは僅かに眉を揺らす。

 同時に、火柱が湧き上がるのを止めて、スピアも足を止めていた。


「遠隔操作だと、そっちも制限が多いみたいですね」


『……領域制御。それも本来は、神のみに許された技ですわ』


 一定の距離を置いて、両者は対峙する。

 メルファルトノールの幻像は、神界から操られているものだ。当然ながら神が持つ力すべてを発揮できる訳ではない。むしろ、ほんの僅かな力しか扱えない。

 そして、無制限に動き回れる訳でもない。

 神界からの中継点となるものが、人間界にも必要だ。

 いまの中継点は、アリエットの持っていたお守りが担っている。放り捨てられて地下室に転がったままだが、その役割はまだ失われていなかった。


 火柱が止められたのは、スピアが己の『領域』を広げたからだ。

 他者の支配領域が多い街中などでは、ダンジョン魔法は使い難い。けれどこの場はアリエットの家であって、親衛隊長であるスピアは立場として上にいる。

 非常事態という“正当な理由”によって、『領域』を広げるのは可能だった。


 スピア本人の位置からほんの十歩分程度だけど、身を守るには充分だろう。

 その範囲では、神力の行使は制限される。

 人が神の力を制限する、というのはやはり信じ難い。けれどメルファルトノールの“解析”もまた神の力であって、それは紛れもない真実を見抜いていた。


『強引に領域を破る手段もありますが、確実性に欠けますわね……』


 呟きながら、メルファルトノールは視線を巡らせる。

 対するスピアは、難しげな顔をして手を開いたり閉じたりしていた。

 子供がヘソを曲げたような表情でもある。

 そうして数呼吸ほどの間、両者は静かに対峙して―――メルファルトノールが先に動いた。


『そうですわね。わたくしも使徒を作ってみましょうか』

「え……?」


 唖然とした声を漏らしたのはアリエットだ。木陰に身を潜めていた。

 スピアに言われた通り、少し離れた位置ではあった。

 だけど完全に逃げ出すのは心苦しくて、もしかしたら何か手助けができるのではと、様子を窺っていた。

 そのアリエットに対して、メルファルトノールはすぅっと指先を伸ばす。


「アリエットさん―――!」


 スピアが警告を発しても間に合わない。

 次の瞬間には、アリエットの胸元から白い光が溢れていた。

 眩いほどの光は、服の上からでも複雑な紋様を描いているのが見て取れた。それは使徒であることを示す『聖痕』だ。


「なに、これ……っ、頭が、真っ白になって―――……」


 がくり、とアリエットは項垂れる。まるで全身を脱力させたみたいに。

 けれど両足は真っ直ぐに立ったままだ。

 やがて顔を上げたが―――虚ろな瞳が、スピアを見据えた。

 表情は完全に抜け落ちていて、正気でないのは明らかだった。


『くすくす。短い間の中継点としては充分ですわね。脆い器ですけど、あなたの領域に踏み込むくらいは問題なくできますわよ』


 メルファルトノールの幻像は、そのアリエットの背後へと移動する。

 まるで幽霊が憑依しているかのようだった。

 当人へ害を為すという点では大差ないのだろう。けれど相手を単なる道具と看做しているのは、幽霊よりもずっと悪質かも知れない。


『大切な友人を傷つけることも、貴方の性格では出来ない―――』


 アリエットが殴り飛ばされた。勢いよく地面を転がる。


 もちろん、殴り飛ばしたのはスピアだ。

 一気に飛び込んできて、小さな拳がアリエットの頬を捉えていた。


 メルファルトノールの幻像は、愕然として立ち尽くす。

 殴られたのはアリエットだけで、メルファルトノールには何の被害もない。

 当然だ。けれど、精神的には違っていた。


『んなっ……なにをやってますの!? 一切の躊躇もなく友人を殴るなんて、貴方、それでも人間ですの!?』


「勝手に他人を操る人に文句を言われたくありません」


 冷ややかな反論も、メルファルトノールの動きを止める。

 その間に、スピアはアリエットへと駆け寄った。ぐったりと倒れていた身体を起こすと、べちべちと往復ビンタをかます。

 転がってしまった眼鏡を拾い、掛け直させ、またべちべちと引っ叩く。


「むぅ。殴ったら正気に戻るパターンは無しですか」


 と、スピアは腕を回した。

 首を掴もうと伸びてきたアリエットの手を払い除ける。


『戯れはここまでですわ。消えなさい』


「お断りです!」


 メルファルトノールはまたアリエットの背後に立つ。

 倒れていたアリエットも起き上がり、同時に、無数の光がその周囲に浮かんだ。


 剣の形を取った光は、すぐさま撃ち出される。

 まるで矢の雨のように、スピアを穿つべく襲い掛かった。

 狙われるスピアも即座に対応している。地面を滑走させ、自身も跳ねて距離を取る。さらに何枚もの壁を作り出して盾とした。


 黒々とした壁は、あらゆる魔法を打ち消すものだ。

 だが、あっさりと砕かれた。

 神の力によって作り出された剣は、魔法の枠を越えていた。標的を貫くまでけっして止まらず、砕けもしない。そう運命のように定められている。


 けれどスピアは大人しく貫かれなどしない。

 仄かに輝く手刀を振るう。そこから斬撃が放たれたかのように、光の剣を叩き落とし、次々と砕いていく。


 神力に下手な干渉をすれば大惨事になるのは、スピアも“見た”。

 だから派手な真似は控えつつ、身を守る。なかなかに大変な作業だ。

 まあもっとも、神が放った剣を弾くだけでも、充分にとんでもない所業なのだが。


『……何故です? この剣はすべて『絶対命中』かつ『破壊不可能』。避けることも防ぐことも叶わないはずですわ』


「剣は投げるものじゃありません」


『だからなんだと言うのです!』


 メルファルトノールが声を荒げる。

 太い帯で目元を覆っていても、その表情が歪んでいるのは明らかだった。


 思い通りにならない。それは、神にとって有り得ないことだ。

 だから苛立つ。歯軋りもする。

 『遊戯ゲーム』を楽しむ神もいるが、メルファルトノールは違っていた。


『もう穏便に済ませるのはやめですわ。なにもかも消し飛ばしてあげましょう』


「ちっとも穏便じゃなかったですけどねえ」


 珍しく真っ当なスピアの指摘にも、メルファルトノールは苛立ちを増すだけだ。

 その幻像が纏う光がさらに力強く輝く。

 操られているアリエットが、両腕を大きく広げた。指先から虹色の魔力が溢れ出して複雑な模様を描いていく。


『これが最後の慈悲ですわ。神の炎に焼かれて燃え尽きなさい!』


 アリエットの周囲から、いくつもの炎弾が放たれた。

 人の拳ほどの炎弾だが、内に秘めた熱量は凄まじい。触れただけでも骨まで溶かされるだろう。


 対するスピアは拳を引いて腰溜めに構えた。そして撃ち出す。

 捻りを加えた拳は、まるで竜巻のように逆巻く突風を引き起こした。

 凄まじい風に削り取られて、炎弾はすべて消滅する。


 メルファルトノールの表情がまた歪んだ。

 引きつった頬が、非常識ですわ!、と語っている。


『ど、どこまでも抗うつもりですわね。今度こそ後悔なさい……神威殲滅砲フィゴット・レイザード!!』


 アリエットの正面に、大きな円形の鏡のように光が集まっていた。

 集束された光は、一拍の間を置き、轟音とともに撃ち放たれる。

 大気を震わせる苛烈な一撃は、王都を丸ごと吹き飛ばすほどの力を内包していた。


 正しく神の一撃―――だが、受け流された。

 かくり、と光の一撃が捻じ曲げられたのだ。

 スピアの正面で砲撃は急に逸れて、上空へと向かっていく。


『…………は?』


 メルファルトノールは唖然とした声を漏らして、遥か彼方へ消えていった光を見つめた。

 神の威厳も消し飛びそうな態度だった。

 けれどまあ信じ難いのも無理はない。

 かつては魔王も滅ぼした一撃が、そこらに転がっていそうな少女一人に防がれたのだから。


 スピアはただ自身の正面で腕を回しただけ。

 護身術の基礎である回し受けで、光の砲撃を弾き飛ばしてみせた。

 しかも、爽やかな笑みまで浮かべている。


「うん。段々と分かってきました」


 スピアはぐっと拳を握って眼光を鋭くする。

 真っ直ぐに見据えられて、メルファルトノールは妙な悪寒を覚えた。


『……わ、分かったとは、何のことですの?』


「貴方を殴りつける方法です」


 有り得ない!、とメルファルトノールは笑い飛ばそうとした。

 けれど言葉を詰まらせてしまう。

 もしかしたら、という不吉な予感が拭いきれなかった。


『そ、その前に貴方の方が滅びますわ! これは神の決定、運命ですの!』


 辛うじて平静な顔を取り繕うと、メルファルトノールは腕を掲げた。

 スピアを指差し、アリエットに命じる。


『彼女を神敵と認めますわ。使徒として、務めを果たしなさい!』


 ゆらり、とアリエットが歩み出る。

 その足取りは頼りなく、瞳からは感情が失われたままだ。

 とてもスピアをどうこう出来るようには見えない。


「アリエットさんが目を覚ましてくれると楽なんですけど―――」


 地を蹴る轟音とともに、アリエットは飛び出した。

 予想外に激しい突進を前に、スピアは目を見張る。反応が遅れた。

 まるきり無防備な顔面へ向けて、雷撃にも似た鋭い拳が突き出された。



さすがに今回はスピアもあっさり勝利とはいきません。

でも神を驚かせるのには成功。

回し受け万能説です。

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