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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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ダンジョンマスターvs英知の神①

 空中に淡い光が集まって幻影となる。

 アリエットの背後に立つかのように、若い女の姿が浮かび上がった。

 正しく神秘的な雰囲気を纏っている。金色の長い髪は輝くほどに美しいけれど、それ以上に特徴的なのは両眼を覆った革ベルトだ。


「……変な格好ですね」


 スピアは率直に失礼な感想を投げる。

 もしもこの場にエキュリアがいたら、すぐさま剣を抜いただろう。

 目の前にいる相手は敵だと、スピアの声色だけで判断して。


『くすくす。神を前にして不敬ですわね。ですが許してあげますわ。解剖する前に、貴方には色々と聞きたいことがありますから』


「自称神様ですか。人攫いさんのお仲間ですね」


 独り言みたいに述べたスピアは、軽く目を伏せた。拳も強く握り締める。

 けれどその腕は動かない。

 光の帯に絡め取られ、四方を壁に囲まれて、スピアは完全に拘束されている。

 幻影のメルファルトノールが勝ち誇った笑みを浮かべるのも、この状況では当然だった。


『暴れても構いませんわよ? 神の前ではなにをしても無駄だと、消滅する前に納得させてあげるくらいの慈悲はありますわ』


「そんなの、慈悲じゃありません!」


 声を上げたのはアリエットだ。

 床に座り込んで愕然としていたが、ようやく事態を受け止められた。


 神に利用された。欺かれた。友人を危地へ追いやってしまった―――、

 そう理解して、アリエットは幻影メルファルトノールを睨みつける。


「全部、嘘だったんですね。スピアさんが王国の危機を招くというのも……こんなのって酷すぎます! スピアさんを放してください!」


『くすくす。なにを今更。罠へ誘い込んだのは貴方ですわよ』


「っ、それは……安全だって言われたからです!」


『ええ。貴方には危害を加えませんわ。それに、妹を救いたいのでしょう?』


 アリエットは言葉を詰まらせる。

 メルファルトノールの指摘は嘲笑混じりでも、真実を突いていた。

 妹のために、友人であり、恩人でもあるスピアを売った。

 その事実から、罪悪感から、アリエットは目を背けられない。


「でも、それでも……こんなこと望んでません! リゼットだって許してくれない!」


 ほとんど叫ぶように声を上げると、アリエットは振り返った。

 力任せに光の壁を叩く。スピアでさえ壊せなかった壁は、そんなことでは小揺るぎもしない。アリエットの手を傷めるだけ。


 それでもアリエットは何度も壁を叩く。

 手首のお守りが目についたので引き千切った。投げ捨てて、また壁を叩く。


「お願いです、スピアさん! 逃げてください!」


「逃げません!」


 え?、とアリエットは間の抜けた顔を晒してしまう。

 その直後、大きな破壊音が響いてきた。

 地下室に変化は起こっていない。僅かに天井が揺れただけで、破壊音は上階から伝わってきた。


『何のつもりかしら? 助けを呼ぼうとも無駄な足掻きですわよ?』


「ぷるるんに足はありません」


『……どうにも話が噛み合いませんわね。貴方が奔放なのは知っていますけど、こちらの問いには答えてもらいますわよ。まずは、ロキムスとの関係を……はぁ!?』


 メルファルトノールは大口を開けて、素っ頓狂な声を上げた。

 何故なら、ぶちり、と。

 光の帯による拘束を、スピアが引き裂いた。

 紙細工みたいに千切れていく帯を、メルファルトノールはぱくぱくと口を上下させながら見つめる。


『な、何故……どうやって!? それは神力で保護されているはずですわ!』


「ぺらぺらと教えてあげる理由もありません」


 解放された腕を、スピアはぐるぐると回す。

 すでに全身の拘束も解けていて、軽く足踏みをしつつ周囲を見回した。


「こっちは脆かったですね。でも問題は、魔法陣の方ですか」


『そ、そうですわ。貴方が捕らえられている事実は変わりませんのよ。このまま大人しく……』


「まあ、たぶん大丈夫です」


 捕らえられたこと自体には、スピアはまったく不安を覚えていない。

 問題は、その後なのだが―――。


「とりあえず壊してから考えます」


 宣告とともに、拳を振り下ろす。

 小さな拳は衝撃を放ち、神に護られた魔法陣を砕き散らした。







 地下室が白い光に満たされる。

 視界のすべてを覆い尽くしたが、音と衝撃までは隠しきれていなかった。

 アリエットを一瞬の浮遊感が襲う。

 次いで、轟音が広がり、なにもかもが吹き飛ばされた。


「ぁ―――」


 悲鳴すら、凄まじい衝撃で掻き消される。

 神力が砕け散って、その余波が破壊を引き起こしたのだ。


 僅か一欠片ほどの神力でも、周囲に与える影響は計り知れない。しかも完全に制御から外れた破壊は、下手をすれば地図を塗り替えてもおかしくなかった。

“街の一角が消し飛んだだけ”で済んだのは、むしろ奇跡と言えるくらいだ。


 けれどそんな事情は、アリエットには理解できない。

 ただ、眩い光の中を吹き飛ばされるだけ。

 建物だった物の破片や、土や石礫も空中を舞っていく。

 その光景は、やけにゆっくりと見えていた。


 様々なものが弾き飛ばされていく中には、赤い雫も混じっている。

 凄惨な色に意識を刺激されて、アリエットは気づく。

 辺り一帯が破壊に巻き込まれた。そこには物だけでなく、人も混じっている。

 近くで暮らしていた者ばかりではない。

 一緒に暮らしていた、アリエットの唯一の家族である、リゼットも当然―――。


 そこまで思い至ったところで、鈍痛がアリエットを襲った。

 大きな石塊が腹にめり込んでいた。一拍置いて、意識を持っていかれそうなほどの痛みが全身を駆け巡る。


 けれどそれも、アリエットにはどうすることも出来ない。

 衝撃に弄ばれるまま、空中を漂う。

 どれだけの距離を飛ばされたかも分からない。いつの間にか地面を転がっていた。


「ぅっ、い、ぁ……!?」


 落下の衝撃で体が潰されなかったのは、風が渦巻いていたおかげだろう。

 不規則な空気の乱れが緩衝材となってくれた。

 とはいえ、幸運だったかどうかは分からない。


 地面を転がったアリエットは、あちこちを殴打し、言葉にならない悲鳴を上げた。

 やがて、うつ伏せになって止まる。


「っ……いったい、何が起こって……?」


 もはや意味もないであろう疑問を呟きながら、アリエットは顔を上げた。

 辺りは酷い有り様だった。

 地面は更地となって、そこかしこに瓦礫が転がっている。

 赤と黒の、悲劇を想わせる染みも目につく。

 いったいどれだけの被害となったのか、アリエットには考えている余裕もなかった。


 ただ一点を凝視して息を呑んでいた。頭が真っ白になった。

 視線の先では、一人の少女が倒れている。

 だらりと力なく投げ出された腕を見ただけで、誰なのかすぐに分かった。


 その手の温もりを知っている。

 土と血で汚れた金髪も、柔らかな艶を纏っていたはずだ。

 病に苦しめられている時だって、健気に笑顔を浮かべようとしていた。


 なのに、その目はもう開かない。その顔に笑みは浮かばない。

 もはや疑いようもなく生命は停止している。

 だって、その小柄な体の半分、胸から下は失われていたから。


「あ、あぁ……あああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――」


 妹の死を前にして、アリエットは絶望の叫びを上げた。

 嘆きと、後悔と、自分への怒りと、黒々とした感情ばかりを詰め込んで。

 もはや廃墟と化した街の一角に、慟哭が響いていく。

 神への怨嗟が、また別の悲劇を呼び起こすとも知らずに―――。




 ―――それも、ひとつの未来だった。




「よかった。怪我もないみたいですね」

「え……?」


 ぱちくりと、アリエットは瞬きを繰り返す。

 光に包まれたのは覚えていた。だけど、そこから何が起こったのか分からない。


 一瞬、凄惨な情景が見えた気がした。

 心臓は激しく脈打っていて、言いようのない不安が込み上げてくる。

 涙も滲んで視界が歪んでいた。


 ぼんやりと、アリエットは周囲を見回す。自宅の庭先にいるのは把握できた。

 浅い芝生に、アリエットは尻餅をついて座り込んでいた。いくつか瓦礫が転がっているのは、屋敷から吹き飛んできたものだろう。壁や窓など、何ヶ所か砕けているのが見て取れた。


 建物の被害はとても小規模なもの。地下室と、一階のいくつかの部屋が壊れた程度だろう。周りの家などには何の影響も及んでいない。

 街の一角が吹き飛んだ、なんてことは起こっていなかった。


 そして、どうやらスピアに庇われてここまで連れ出されたらしい―――、

 そう理解すると、アリエットは顔を上げた。


「っ……スピアさん、怪我を……!」


 アリエットを見下ろす形で、スピアは立っていた。

 その額から一筋の赤い雫が垂れてきている。


「大した傷じゃありません」


 袖口で額を拭って、スピアは太陽みたいに笑顔を輝かせる。

 自分を庇ったために負った傷だろう、とアリエットはすぐに理解した。

 申し訳なくて、後悔が沸きあがってきて、また顔を伏せる。

 だけど煩悶している暇はなかった。


「ぷるるんは、そこで妹さんを守ってあげてて」


 はっと息を呑んで、アリエットはスピアが言葉を投げた先へ目を向けた。

 黄金色の塊の上にリゼットが横たわっていた。

 顔色はあまり優れず、ぽよぽよと揺れる粘液体の感触に目を白黒させている。

 それでも怪我はない様子で、アリエットはほっと安堵を漏らした。


「アリエットさんも、少し下がっててください。まだ向こうも元気みたいですから」


「え? 元気って……!」


 アリエットはまた視線を巡らせる。一点を見つめて、ビクリと肩を縮めた。

 壊れた屋敷の壁部分から、淡い光を束ねた姿が歩み出てきた。


 幻像の、英知の女神(メルファルトノール)

 だけどそれが只の幻でないのは、アリエットにもひしひしと感じられた。

 全身が震えて訴えてくる―――それは、圧倒的な強者へ対する恐怖だ。


「ぅ……す、スピアさんこそ下がってください! これは私の責任なんです! ですから、私がなんとかしますから……!」


 震え混じりの言葉が終わる前に、スピアは一歩を踏み出していた。

 真っ直ぐに神の幻像と対峙する。

 アリエットは息を呑んだまま、その姿を見つめることしかできない。


 小柄な背中は、まるで優しく語り掛けているようだった。

 何の心配もいらない、と。


「貴方は許しません」


 涼やかな声で、スピアは告げた。

 その瞳は怒りを表すように紅く染まっている。


「アリエットさんを泣かせました。謝らせます」


『……随分と思い上がった言葉ですわね。貴方こそ、贖う覚悟はできているかしら? 人の分を越えた罪は重いですわよ』


 幻像が白い腕をするりと伸ばす。

 それと同時に、スピアも地面を蹴っていた。



悲劇は別時空へ落ちて消えました。

vs英知の女神、ようやく開始です。


シリアスさん「僕の勝ちd……あ、あれ?」


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