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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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アリエットの誘い


 石造りの廊下を、黄金色の塊が跳ねていく。

 巨大な粘液体スライムの姿に、廊下を歩く兵士の中には目を見張る者もいた。

 城内に魔物が現れたとなれば一大事だ。何十名もの兵士が駆けつけてきてもおかしくない。

 けれどそんな騒動になる前に、呑気な声が投げられる。


「怖くないですよー。ぷるるんは人を襲いません」


 黄金塊の上に乗って、スピアは城内をうろついていた。

 ぷるるんは普段、城の中庭や練兵場でのんびりと過ごしている。そこに不満は無いようだけど、たまには屋内を散策させてあげてもいいんじゃないかなあ、とスピアが思い立ったのだ。


 そして思い立ったら即座に行動へ移すのがスピアだ。

 きっと近くにエキュリアがいたら止められていた。

 けれどエキュリアは親衛騎士として護衛任務に就いていて、他の兵士もスピアを止められはしなかった。非常識ではあっても、王家の紋章を掲げていたから。


 いまのぷるるんは、豪奢なマントを羽織っている。

 肩当ても煌びやかな親衛隊専用のマントには、王家の紋章が刺繍されていた。

 そうして城内を練り歩く、もとい練り跳ねる姿は、正しくキングらしい風格を漂わせている。


「こんにちはー! キングですよ、ひれ伏せー!」


 乗っているスピアも上機嫌で、擦れ違う騎士や兵士たちと軽口混じりに挨拶を交わしていく。

 驚いたり蒼褪めた顔をする者もいるが、事情を知っている者も多い。

 ノリの良い騎士などは、苦笑を零しながら跪いたりもしていた。


 ちなみに、トマホークとサラブレッドを連れてくることもスピアは考えていた。

 だけど、どちらも空が見えない場所に居ると落ち着かなくなる。翼を持つ故の性分なのだろう。なのでいつも通りに、厩舎の周りを散歩したり、部屋で羽根を休めていたりと、其々に自由に過ごしていた。


「そういえば、最近は遠出もしてないね」


 ぷるっ!、と黄金色の塊が震えて答える。


「王都の外まで行ってもいいけど、お城だけでも広いんだよねえ」


 同意するように、柔らかな黄金塊が揺れる。

 そうしてスピアとぷるるんは、のんびりと城内を散策していった。


 荘厳な建築様式を眺めて感心したり。壁に掛けられた絵画を鑑賞して偉そうに頷いてみたり。

 メイドさんからお菓子をもらったり。

 お礼に、ぷるぷるの体を撫でさせてあげたり。

 そこそこ馴染むほどに城で暮らしていたスピアにとっても、新しい発見は転がっていた。


「ん~……ここら辺は、じめっとしてるね」


 さして目的もなく進む内に、人気の無い場所へと辿り着いた。

 明かり取りの窓も少なく、薄暗い。このまま奥へ進めば倉庫のある区画だ。


「隠れんぼには良さそうだけど、見るものはなさそうだね」


 戻ろうか、とスピアはぷるるんを促す。

 ひらりとマントを翻して、ぷるるんは元来た方向へと戻った。

 でも、すぐにスピアは首を傾げる。


「んん? アリエットさん?」


「あ……スピアさん。えっと、会えてよかったです」


 通路の角から、アリエットが息を乱して駆け出してきた。

 急いでスピアに会いに来たようだけれど、その態度には躊躇いも混じっている。


 それに、どうしてこの場所に居ると分かったのか―――、

 そう疑問も覚えたスピアだが、ひとまずアリエットが話を切り出すのを待った。


「えっと、火急の用件という訳ではないんです。でも急いでいるのは間違いでもなくて……その、なんと言いますか……」


 眼鏡を上げ直し、おさげ髪を弄りながら、アリエットは視線を彷徨わせる。

 ふぅっと息を吐くと、あらためてスピアを見つめた。

 やけに真剣な瞳には、固い決意か、あるいは悲壮な覚悟にも似た色が滲んでいた。


 これから重大な告白をする。戦場へ赴く―――、

 そんな眼差しが、スピアの黒い瞳を真っ直ぐに見据えた。


「お礼をしたかったんです。色々と、お世話になりっぱなしで……それで、もしよろしければ、私の家にご招待したいと思いまして……」


「分かりました!」


 スピアは即答する。対して、アリエットはぱちくりと瞬きを繰り返した。

 まあ元気一杯の返答だったし、勢いに驚くのも無理はない。

 おまけに、スピアの返答はそれだけに留まらなかった。


「それじゃ、行きましょう」


「え? 行くって……も、もしかして今からですか?」


「善は急げ、です」


 スピアはまったく迷いなく頷く。ぷるるんも心得たように跳ねた。

 でも、だからといってアリエットは素直に従えない。

 家に招待すると言っても、夕食の時間に合わせるつもりだった。


「ま、待ってください! スピアさんだってまだ仕事がありますよね? 昨日だってエキュリア様に怒られてましたし……」


「大丈夫です。今日は有給休暇に決めました」


「ゆうきゅう……? えっと、なんだか分かりませんけど、私もまだ仕事があって……」


 アリエットは戸惑いながらも、なんとかスピアを踏み止まらせようと説得する。

 極めて突撃思考のスピアでも、他人の話をまったく聞かない訳でもない。

 そのまま聞き流す場合が圧倒的に多いのはともかくも。

 懸命の説得は、一応の効果を上げた。


「そうですね。無理にお招きしてもらうほど、わたしも礼儀知らずじゃありません」


 うんうんと、スピアは納得した表情で頷く。

 なかなかに受け入れ難い部分もある台詞だったが、アリエットは頬を歪めるだけに留めておいた。ここでスピアにへそを曲げられては困るのだ。


「今日は、図書館で過ごすことにします」


「やっぱり仕事はしないんですね……」


 軽いツッコミを入れながらも、アリエットはもう引き止めようとしない。

 ぐったりと疲れたように息を落とす。

 だけどその口元には、小さな笑みも浮かんでいる。

 眼鏡越しに滲んでいた決意の色は、いつのまにか柔らかく消え去っていた。







 長く影が伸びた街路を、スピアとアリエットは並んで歩いていく。

 二人の後ろで、ぷるるんの黄金色の体も夕陽に染まっていた。

 春先にしては強い陽射しにスピアは目を細める。


「目がしぱしぱします」


「今日はずっと本と向き合ってましたもんね」


 目蓋を擦るスピアの様子に、アリエットはくすりと笑みを零す。

 まるで幼い子供が眠いのを我慢しているみたいに見えた。


「あの本、何日か前から読んでましたよね。随分と熱心でしたけど、何の本なんです?」


「護身術です。色んな技があって驚きました」


 スピアは嬉しそうな声を返す。

 だけどアリエットは不思議そうに首を傾げた。


 やけに分厚く、細やかな装飾のされた本をスピアは読み耽っていた。

 特徴的な本だったけれど、司書であるアリエットには見覚えのないものだ。

 もちろん、図書館の蔵書すべてを把握してはいないのだけど、何故だか妙に興味を引かれた。


「武芸について記した本というのも珍しいですね。戦いの記録や、大きな戦術についての本はいくつかありましたけど」


「身を守るだけですから、そんな物騒なものじゃありませんよ?」


「そうなんですか? まあ確かに、護身術って言われると……」


「わたしの技と同じです。安全です」


「え?」


 アリエットは唖然とした声を上げてしまう。

 これまで幾度か、スピアの戦いぶりを目にしてきた。

 それはとても安全とは言えない。むしろ物騒極まりないものだった。


「アリエットさんも習ってみますか? いざっていう時に圧し折ったりできますよ」


「な、なにを折るんですか!?」


「色々です。極めれば、心だって折れます」


 聞くんじゃなかった、とアリエットは眉根を押さえる。

 色々と怖い想像が出来てしまった。


 ともあれ、雑談を交わしている内に、アリエットの家が見えてくる。

 これでスピアが訪れるのは二度目だが、家の中まで入ったことはなかった。


「妹さんと二人暮らし、って言ってましたよね?」


「はい。あとで紹介させてもらいますね。たぶん、起きるくらいはできるので……」


「もしかして、病気なんですか?」


「……ええ。だけど伝染るような病気じゃないんで、心配しないでください」


 ふぅん、と気のない返事をしてスピアは足を進める。

 ぷるるんには外で待機しているように告げた。


「本当に大丈夫なんです。もしもの時は、私が責任を負いますから……」


 妙に沈んだ声で呟きながらも、アリエットは微笑を浮かべて玄関を開けた。

 促されるまま、スピアは家の中へと入る。


「お邪魔します!」


 明るい声で述べて、お辞儀もする。

 屈託のない笑みを浮かべるスピアは、警戒心なんて一欠片も抱いていなかった。



家にお呼ばれされる平和な回です。

次回は、罠です。

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