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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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ピクニックを続けよう

 風の刃が楕円形の端っこを割いた。まるで、お饅頭を一口だけ食べたみたいに。

 黄金色の塊に赤味が差す。

 それは、ぷるるんの痛みを表しているようだった。


 体の一部を失ったのだから、痛みや怒りを覚えないはずがない。

 まあ、キングプルンに痛覚があるかどうかは謎だけれど。

 それに、見た目ほど大した傷でもなかった。空中に跳び上がっていたぷるるんだが、着地するまでには元の形に戻っている。ほんの少しだけ小さくなっていた。

 ちょっと水を飲めば完全に回復する程度の傷だ。


「よかった。すぐに回復しそうだね」


 安堵するスピアの横には、黒い壁が立っていた。

 横だけでなく四方を囲んでいる。スピアとアリエット、ぷるるんを守る形だ。

 無数の魔法攻撃は、その黒壁で完全に防がれている。


 けれど、やがて魔法の雨はピタリと止まった。

 木陰に隠れた襲撃者たちの姿はいまだに見えないが、攻撃を続けても無駄だと悟ったらしい。

 静かになった周辺を窺いながら、スピアは口元を捻じ曲げていた。


「誰だか知らないけど、許せませんね。ぷるるんに怪我させるなんて」


「怪我って……えっと、大丈夫ですか?」


 アリエットは蒼褪めた顔をして問い掛ける。

 自分が誘い出したから―――その自覚と、罪悪感はある。

 それでもアリエットには安心している部分もあった。


 スピアへの信頼感なのか? 神が心配はいらないと言ってくれたからか?

 アリエット自身にも分からず、胸の内には複雑な不安も同居している。

 だけど対するスピアの返答は簡潔だった。


「やっつけます!」


 問い掛けには答えていなかったが。


 ともあれ、スピアは涼やかに宣言すると、足踏みをひとつする。

 直後、天地が逆転した。

 周囲の地面がまとめて跳ね上がり、空中へと浮かんだ。草木も一緒くたに巻き込まれている。当然、そこにいた襲撃者たちも。


 みすぼらしい格好をした三人の男の姿が、空中で曝け出されていた。

 まるで玩具箱を引っ繰り返したような光景だった。


 けれど長くは続かない。跳ね上げられただけで、それらは重力に引かれて落ちる。

 ダンジョン魔法による地形変化を起こしたのだが、そこに巻き込まれる者は堪ったものではない。土砂災害を食らったようなものだ。


 襲撃者たちは樹木や土石に覆い被される。

 抵抗する暇も与えられず、あっという間に身動きできなくされていた。

 そんな光景を目の当たりにしたアリエットも、一歩も動けず、ただ口をぱくぱくと上下させるばかりだ。


「大丈夫です。あとでちゃんと、残った木は植え直します」


「……は? えっと、そういう問題……?」


「ぷるるんは、アリエットさんを守っておいて」


 了解!、と言うみたいに黄金色の塊が揺れる。

 守られる方のアリエットは困惑しきっていたが、スピアは軽やかな足取りで壁の外へと出て行った。


 土砂の中から、襲撃者の一人が顔を覗かせていた。

 うつ伏せのまま呻いている。いきなり高々と跳ね上げられ、地面に叩きつけられたのだ。その衝撃だけでも無事でいられるはずがなかった。


「んん? 何処かで見た顔のような……?」


「……ぅ……ろす、殺す……殺してやる……!」


 男が顔を上げて、スピアを睨む。

 と同時に、辛うじて動く片腕を突き出した。


 その掌には赤黒い痕が刻まれている。

 しかし、たったいま土砂で削られたような傷ではなかった。血は固まっているし、その痕は複雑な紋様にも見えた。


「あれは……まさか呪刻陣!? スピアさん気をつけて―――」


 壁の端から様子を窺っていたアリエットが声を上げる。

 男の掌から青白い魔力の輝きが発せられた。そこにある痕も魔法陣のように輝いて、直後、炎弾が撃ち放たれる。


 先程スピアたちを襲った際にもあった、人の頭ほどに大きな炎弾だ。

 一呼吸の間に数発も発動される。しかも至近距離から。

 並の兵士などでは丸焼けにされてもおかしくない。


「抵抗は無意味です」


 スピアはさらりと述べて、手刀を振るった。

 炎弾は放たれる先から斬り裂かれ、消え失せていく。


 それでも男は構わずに炎弾を放ち続けたが、スピアがいつまでも守りに回っているはずもなかった。

 弾幕を裂き、スピアが踏み込む。男の手を捻り上げる。

 呻き声を上げる男は、空へ向けられた手から炎弾を撃ち続けたが―――、

 ボギリ、と。男の腕が圧し折られた。


「ん。やっぱりこれで止まるみたいだね」


 スピアは小首を傾げて、輝きを失った『呪刻陣』を見つめる。

 その『呪刻陣』という言葉さえ、スピアはついさっきまで知らなかった。


 けれどアリエットが告げてくれたおかげで、『知識書庫』を探ることができた。

 要は、即座に魔法を発動可能にする刺青だ。正しく“刻み込む”ことによって、魔力を流すだけで特定の術式を扱えるようになる。

 便利ではあるけれど、その反面、代償も大きい。

 体内での魔力の流れが強引に作られるため、使うたびに自身も徐々に壊れていく。刻まれた魔法陣の種類によっては、限界以上に魔力消費を強いられて、それもまた自身への大きな負担になる。


 かつては、“使い捨て”の兵士に刻まれた。

 しかし壊されていく人々を見て、慈愛の神イルシュターシアがこれを禁忌と定めた。魔導の神マグナヴァールも、愚者の知恵だと断じた。


 いまではほとんどの国で禁止されて、教会も監視の目を光らせている。

 一般には、その刻印方法さえ知られていない。

 だというのに、襲撃者たちはどうやって『呪刻陣』を得たのか?

 それは深刻な問題だったが―――、


「アリエットさーん! この人、見覚えありませんか?」


 スピアの疑問はまったく別の部分に向けられた。

 まだ呻いている男の頭を掴むと、その顔がよく見えるようにする。

 たっぷりと殺意が込められた眼光も、アリエットへと向けられた。


「ひっ……え? あ、その人ってたしか―――わひゃらぁっ!?」


 アリエットは泣き出しそうな顔になって肩を縮める。

 その背後、少し離れた場所から轟音が響いてきた。

 同時に閃光も辺りを照らしている。上空にいたトマホークが、他の襲撃者が動こうとしたのを察知していた。

 いきなり間近に雷撃を落とされて、アリエットは膝をがくがくと震えさせる。


「大丈夫です。一割くらい生きてます」


「それって、トドメを刺してあげた方が幸せなんじゃ……」


 言いながら、アリエットは頭を振った。

 驚かされてばかりで混乱していても、襲ってきた相手を気遣うのが間違いだというくらいは判断できる。

 それに、いま注意を向けるべき部分は別にあった。


「その人、以前にも会った傭兵ですね。覚えていませんか? スピアさんが捕まえたボムゥリオを護衛していた……」


 スピアに叩きのめされた男たちだ。

 その後、ボムゥリオとともに牢に入れられていた。けれど雇われただけで、直接的な犯罪には関わっていなかった。だから極刑は免れていた。


 そうアリエットは聞き及んでいた。

 それでも強制労働くらいには処せられたはずだ。

 なのにどうして街の外にいるのか?、とアリエットはまた疑念を覚える。

 だけどスピアにとっては細かな部分はどうでもよかったらしい。


「ああ、思い出しました。あのガラの悪い人たちですね」


 スピアは晴れやかに言うと、男の顔を地面へ叩きつけた。

 そうして完全に意識を奪う。


「んん~……この『呪刻陣』っていうのも、なんとかした方がいいんですかね。体内の魔力回路と繋がってるみたいだから、こっちを弄れば……」


 首を傾げて呟くと、スピアは倒れた男の背に手を当てた。

 その手から淡い魔力光が漏れる。なにかしらの施術を行っているようだったが、見ただけで分かるものではなかった。

 ただ、男の身体がビクリと震えたり、声にならない悲鳴を上げたりもして―――。


「それじゃ、ピクニックを再開しましょう」

「は、はい。って、えぇぇぇぇぇ!?」


 まるで何事もなかったような態度のスピアに、アリエットは目を白黒させる。

 周りの森は破壊されっぱなしだし。

 襲撃者たちも放置するのはマズイはずだし。

 そもそもピクニックとか言っていられる状況じゃないし―――、

 そう訴えようと、アリエットはあわあわと手を振る。


「え? 皆殺しにした方がいいですか?」


「ち、違います! そうじゃなくって……せめて、街の兵士には知らせた方がいいと思います」


 真っ当な意見を述べるアリエットだが、胸の内では躊躇いも生まれていた。

 あるいは、罪悪感だろうか。

 やはり今回の件と、英知の女神が無関係とは考え難い。

 だけど同時に、有り得ないとも思える。


 神がなにかを仕組んだにしては稚拙すぎる。

 スピアを害しようとするには、襲撃者は力不足だった。でも下手をすれば無事では済まなかったし、実際、ぷるるんが傷を負ってもいた。

 神の思惑を測ろうとするのが傲慢なのかも知れないけれど―――。

 そんな思考が、アリエットの頭の中でぐるぐると巡っていた。


「ん~……やっぱりこれって事件になりますか」


「え? あ、はい。そうです! ともかくも街に戻りましょう!」


 スピアの言葉に、アリエットは現実に引き戻される。

 まだ何も解決していないけれど、ひとまず真っ当な対応をしようと提案する。


「でもそうなると、エキュリアさんに捕まっちゃいますね。フィールドワークとか言っても誤魔化せそうもないですし」


「……やっぱり仕事を抜け出してきたんですね?」


 スピアはさっと目を逸らす。

 問いには答えないまま、ぷるるんをぺしぺしと撫でた。

 呑気そうな横顔を眺めつつ、アリエットは溜め息を落とす。

 自分も悩みなんて忘れなれればなあ、と。



謎の襲撃者の正体は、ちょっと前に倒された傭兵でした。

細かい事情は、スピアは気にしません。

エキュリアさんの仕事がまた増えました。


あと、書籍版の発売が12月末(23日)に決まりました。

以前は1月を予定していましたが、もっと早くにお届けできそうです。詳しくは活動報告で!


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