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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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幕間 リゼットの穏やかな病床の日々

今回は特別追加更新。シリアスさんが張りきっています。

 窓から差し込む朝の陽射しをぼんやりと眺める。

 目蓋の重みは感じるけれど、小鳥たちの囀りは眠気を優しく払ってくれる。


 ゆっくりと手を上げて、握ったり開いたりしてみる。

 うん。あたしは今日も生きている。

 そんな当り前の事実を確認してから身を起こした。


 また窓の外を眺めながら、ベッド脇の戸棚に手を伸ばす。

 少しだけ窓を開けて、夜の内に用意しておいたパンを小さく分けて置いてあげた。

 すぐに鳥たちが集まってくる。

 一生懸命にパンを啄ばむ姿は可愛い。あたしのちょっとした贅沢だ。


「リゼット、起きてる?」


 小気味良くドアがノックされて、お姉ちゃんが部屋に入ってきた。

 お姉ちゃんも起きたばかりのはずなのに、すっきりとした顔をしている。一時期はずっと目の下に隈を浮かべていたけれど、最近は随分と健康的になった。


 お城で安心して過ごせるようになって、仕事も楽になったみたいだ。

 食事が変わった影響も大きいと思う。


「おはよう、おねぃちゃん。ほら見て」


「ん? ああ、また集まってきてくれたんだ」


 お姉ちゃんも窓の外へ目を向けて、そっと足音を忍ばせる。

 鳥たちを驚かせないように声を潜めながら、二人して笑い合った。


「前に来てた、あの黒くて意地悪な鳥はいなくなったの?」


「うん。追い払ってくれたみたい」


 少し離れた位置にある木の上を視線で示す。

 そこには、かっこいい顔付きをした大きな鷹が留まっていた。

 とっても強そう。だけど優しい。

 何処から来たのか分からないけど、鳥たちを守る親分みたいになってる。


「へえ。鷹なんて珍しい……あれ? 何処かで見たような?」


「誰かが飼ってるのかな?」


「上級貴族だったら趣味にしてる人はいそうだけど、聞いたことはないね」


 二人で興味の目を向けていると、やがて鷹は翼を広げた。

 晴れた空へ向けて勢いよく飛び立っていく。

 いいなあ、なんて少しだけ羨ましくも思えた。


「さて、朝ご飯にしよう。起きれるかな?」


「大丈夫。今日も調子いいから、一人で歩けるよ」


 ベッドから起き上がって、食堂へ向かう。

 朝食はいつも侍女のデボラさんが用意してくれている。あたしも手伝いたいけど、却って迷惑になっちゃう。それくらいは分かってるんだ。


 ベッドで過ごす時間の多いあたしは、包丁を使うだけでも疲れちゃう。

 だから、時間のある時に少しだけ。

 お姉ちゃんが喜んでくれて、その味を覚えておいてくれたらいい。

 それと―――。


「いってらっしゃい。気をつけてね」


 手を振って、お姉ちゃんを送り出す。それがあたしの仕事だ。

 遠ざかっていく背中を、少しでも支えられるように。






 昼間は、ほとんどの時間をベッドの上で過ごす。

 身体を鍛えたいと思った時もあるけど、すぐに発作を起こしてしまって諦めた。

 外に出るのも難しい。

『雷光病』は、周りの人にも迷惑を掛けてしまう恐れがあるから。


 だけどあんまり退屈はしない。お姉ちゃんのおかげだ。

 図書館から本を借りてきてくれるので、いっぱい勉強ができる。

 デボラさんから話も聞かせてもらえる。


 最近は、街が賑わっていて面白い話が多い。城よりも大きな竜を倒した女騎士様の話とか、凄い格好をした踊り子さんの話とか、色々と。

 まあ、嘘だって思うものも混じっているけど。

 子供のあたしでも分かるのに、そういう話が喜ばれて信じられているらしい。


 あとは、市場で珍しい商品が入ったとか、値段が変わってきたとか。

 そういう話は、あたしが頼んで集めてもらっている。

 動けなくても情報があれば、お姉ちゃんの力になれるかも知れないから。


 病気になってから、“死ぬこと”を意識しない日はなかった。

 あたしが死んだらどうなるんだろう?

 そう考えて、まず最初に頭に浮かんだのは「怖い」だった。


 自分がいなくなってしまう。それは、よく分からないけど、とにかく怖い。

 嫌だって、もっと生きたいって、何度も泣き出したくなった。

 だけどそんなことをしても、お姉ちゃんを困らせるだけで―――、

 そう思ったら、もっと怖くなった。


 お姉ちゃんはきっと悲しんでくれる。そして、独りぽっちになってしまう。

 泣いているお姉ちゃんの姿が、目蓋に浮かんできた。

 胸が苦しくなった。いつのまにか涙が零れていた。


 お姉ちゃんは気弱で、少し頼りない。不器用で料理だって出来ない。

 だけど、いざっていう時は何にだって立ち向かっていける。

 それと、とっても優しい。

 あたしが病気だって知った時も、身代わりになりたいなんて言ってくれた。

 力一杯に怒った。だけど嬉しかった。


 あたしはもう泣かない。お姉ちゃんも悲しませてしまうから。

 もう運命を恨むこともしない。それよりも、精一杯に生きようと決めたから。

 あたしが居なくなっても、お姉ちゃんが泣かないで済むように。


 神様にお祈りしても叶うかどうかは分からない。だけど願わずにはいられない。

 ずっとずっと幸せでいられるように。

 どうすればいいのかも、さっぱり分からないけれど―――。






 陽が落ちてくると、発作が起きることが多くなる。

 何故なのかは分からない。『雷光病』は原因も知られていないから、そういうものだって納得するしかない。

 だけど発作が起こる前兆は、なんとなく感じられるようになってきた。


 体の奥深くから、黒いもやもやっとした雲みたいなものが膨れ上がってくる。

 それが全身に広がると発作が起きてしまう。

 でも黒いもやもやも、強い時と弱い時がある。弱い時はけっこう押さえられる。

 ぐっと押し込めたり、ばさばさと払ったりする感じにすると、体の内にあるもやもやが消えていく。

 今日は、弱いもやもやだった。だからあたしの勝ち。


「おかえりなさい、おねぃちゃん」


 元気一杯の笑顔で出迎える。

 少し汗も掻いたけど、部屋を出る前に拭いてきたから大丈夫なはず。

 お姉ちゃんは心配そうな顔をしながらも喜んでくれた。

 今日も一緒にご飯を食べられる。


「おねぃちゃん、セイラール子爵って知ってる?」


「名前は知ってるけど……どうしたの、突然?」


「仲良くした方がいいよ。きっとこれから力を付けてくるはずだから」


 スプーンを咥えたまま、お姉ちゃんは目をぱちくりさせる。

 面白い顔を見せてくれるのはいいけど、いまは真面目な話をしてるんだよね。


「最近、海のお魚が出回ってるって話はしたでしょ?」


 どうやって王都まで運ばれてきたのか、デボラさんに調べてもらったけど分からない。だけどセイラール領で獲れたお魚なのは間違いなさそうだった。

 魚の種類でもそうだし、売り文句でも「セイラール領で獲れた」と言われていた。


 たぶん、転移魔法を使ったんじゃないかな。

 それを王国とも協力して隠している。転移魔法陣の開発に成功したとすれば、とても大きな話になって、他国からも睨まれるから。

 最近あった王様や魔族が起こした騒動、市場の動向、関わった貴族―――、

 そういった情報を集めていると、なんとなく全体像が見えてきた。


「噂のエキュリア様って、クリムゾン伯爵家の人なんだよね?」


「う、うん。そう聞いてるけど……」


「クリムゾン伯爵とセイラール子爵、それとアルヘイス公爵かな。ここらへんの人達が、力をつけてくると思うの。おねぃちゃんが貴族の事情に詳しければ、もうちょっと正確なことが言えるんだけど?」


 あたしが首を傾げると、お姉ちゃんは困ったみたいに肩を縮めた。

 べつに責めるつもりはないのに。

 誰にだって得意と不得意があるのは当り前なんだから。

 でも、そんな顔も面白いかも。


「リゼットが言いたいことも分かるけど……子爵様だって、お近づきになるのは難しいよ。あんまり言いたくないけど、私みたいな下級貴族だと……」


「もー! またすぐにそうやって弱気になる! 悪い癖だよ!」


 ばんばんとテーブルを叩く。

 お行儀は悪いけど、お姉ちゃんを焚きつけるにはこれくらいしなきゃいけない。


「もっと社交にも積極的になろうよ。親衛隊長さんとも知り合いになれたんでしょ? だったら、その縁をもっと活かさないとダメ!」


「うぅ……それも分かってるんだけど……」


「親衛隊の騎士さんに、かっこいい男の人とかいないの?」


「な、ななな、なに言ってるの!? そんなのリゼットにはまだ早いよ!」


 お姉ちゃんは慌てて手を振る。耳まで真っ赤に染めた。

 もう。どこまで恥ずかしがり屋なんだろう。


「その様子だと、目をつけた人もいなさそうだね。満足に顔も見てなかったり?」


「だって……親衛騎士っていうだけでも偉いんだよ? 萎縮しちゃうよ」


「おねぃちゃんだって司書長なんだよ。すごいんだから、自信持っていいの!」


 そう。お姉ちゃんはすごい。

 たとえ王族に嫁ぐことになったって、あたしは驚かないよ。

 ちょっと寂しいとは思うかも知れないけど。


「とりあえず、親衛隊で結婚してない人を書き出してみて。あと家柄と年齢、出来れば人柄も調べるの。三日以内ね」


 お姉ちゃんは泣きそうな顔になる。でも甘やかしてなんてあげない。

 もちろん、お仕事が大変なのは分かってる。

 とりわけ最近は、なんだか秘密も抱えているみたいだし。


 一人で抱え込んじゃうのも、お姉ちゃんの悪い癖だ。

 そういう部分も含めて支えてくれる人を、なるべく早く探し出したい。

 たぶん、残されている時間は少ないから。


「それと、あたしのお薬はもう要らないから。代わりにおねぃちゃんの服を買おう」


「え……なに言ってるの? ちゃんと飲まないとダメだよ」


「あのお薬じゃ効き目は無いよ。分かるの。他のお薬でもきっと同じ」


 お姉ちゃんはまた泣きそうな顔になる。さっきとは違って、涙も滲んでいた。

 あたしは、笑えているはず。

 もう泣かないって誓ったんだもの。


「大丈夫。おねぃちゃんがお嫁さんに行くまで、元気でいるんだから」


「……だったら、リゼットが先に結婚しようよ」


「ふふん。あんまりゆっくりしてると、そうなっちゃうかも知れないよ?」


 得意気にしてみせながら、そっと首元に手を当てる。

 不意に、黒いもやもやが沸きあがってきた。でも冷や汗は誤魔化せたと思う。


「そろそろ寝るね。ごちそうさま」


「……うん。ゆっくり休んで。また明日ね」


 頭を撫でられて目を細める。

 お姉ちゃんの手は温かくて、優しくて、好きだ。

 ずっとそうしていたいけど―――部屋に戻って、ベッドで横になった。

 暗闇を眺めて、ひとつ深呼吸をする。


「……大丈夫。あたしはまだ戦える」


 息が乱れていないのを確かめてから、静かに目蓋を伏せる。

 また明日。目を覚ませるように願って―――。



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