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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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親衛隊長のお仕事④

 騎士たちが雄叫びを上げて、熱のこもった剣戟を交わす。

 広い練兵場のあちこちに分かれて、一対一での勝ち抜き戦(トーナメント)が行われていた。


 今日は訓練前に、スピアがとある提案をした。

 そのおかげで真剣勝負ばかりになっている。


「『魔剣ゼッドン』は俺がもらう!」

「『魔槍ブリダイカーン』は誰にも渡さん!」

「『魔槌カルパッチョ』に相応しいのは私以外にいない!」


 要は、賞品に目が眩んでいる。

 十本ほど用意された魔剣類は、どれも騎士たちにとっては垂涎の品だった。

 ワイズバーンの兵も加わって、壮絶な戦いが繰り広げられている。

 そんな様子を、スピアはぼんやりと眺めていた。


「大した物じゃないんですけどねえ」


 椅子に座って、頬杖をつきながら呟く。

 隣では、エキュリアがまた頬を引きつらせていた。


「いまのわたしなら、一日に十本くらいは作れますし」


「じゅっ……いったい、おまえの魔法はどうなっているのだ?」


 魔法を込めた装備品は、そう珍しい物でもない。

 それなりに金銭を積めば手に入れられる。ただし、貴族にとっても気軽に出せるような額ではないが。


 おまけに、制限も多い。

 当然ながら、武器や防具となれば手荒な扱いを受ける。そこに繊細な魔法陣や刻印を組み込むのは、高度な技術が要求される。一流の鍛冶師と魔導技術者が協力して、一級の素材を使い、ようやく実用に耐える品が作られる。

 それでも精々、ひとつかふたつの魔法効果を得られれば良い方だ。


 けれどスピアが用意した品は違う。

 基本として、耐久性向上、自己修復、軽量化、魔力補充可能―――、

 加えて、それぞれの武器に合わせて斬撃や打突強化、光や炎を放つ効果も込められている。


「どれもこれも、古代魔導遺物アーティファクトに比肩する逸品だぞ」


「ダンジョンとかで見つからないんですか?」


「稀に発見されるとも聞くが……いずれにしても、これほどの品なら屋敷が買えるほどだ」


「ん~……お屋敷を作る方が、魔力的には高くつきますね」


 スピアはやはりのんびりと述べる。

 仕出かしたことの重大さを、まったく理解していない。


「これほどの武器を揃えた部隊ができれば……いや、さすがにそこまでは無理か?」


「武器に頼るばかりじゃ強くなれませんよ?」


 スピアにしては珍しく真っ当な発言だった。

 エキュリアは思わず黙り込む。自分の甘さを指摘された気がした。

 その後ろで、ザームとワイズバーンも神妙に頷いていた。


「重い言葉ですな。騎士であれば、武具を使いこなしても、それに甘えてはならぬと心得てはおりますが……」


「派手な魔法効果などは目を引くがな。それよりも、己に合った一品を探した方が良い。どんな武器でも使いこなせる者もいるが……」


 ワイズバーンが、ちらりとエキュリアへ目を向ける。

 その視線の意味を、当人は理解できずに首を捻っていた。

 だけどスピアが、ぽんと手を叩く。


「あ、やっぱりエキュリアさんってそういうタイプなんですね」


「……どういう意味だ?」


「器用ってことです」


 簡潔に答えながら、スピアは空中に手を伸ばした。

 魔剣を作り出した時のと似た魔法陣を浮かべる。


「最初に会った時から気にはなってたんですよね。エキュリアさん、他の人の剣でもしっかり使いこなしてて……」


 オークに襲われて森から脱出するまでのことだ。

 自分の剣を折られたエキュリアは、部下だった兵士の剣を使っていた。

 特別な剣ではなかったが、エキュリアの背丈や腕力を考えれば、いくらか扱い難さはあったはずだ。だけど問題なく使いこなしていた。


「ユニちゃんにも、杖術を教えてました」


「あれは……しかし、嗜み程度と言ったはずだぞ?」


「わたしの国でも、器用貧乏って言葉はあります。でもそれも才能ですよ」


 さらに言うならば、サラブレッドに対してもそうだった。

 空を駆ける馬に乗るなんて初めての経験だったのに、乗りこなすのに一日と掛かっていなかった。


「エキュリアさんは、もっと自分の凄さを認識するべきです」


「……そっくりそのまま返したい台詞な気がするぞ?」


「気のせいです!」


 そんな会話を交わす間に、魔法陣から一本の槍が現れていた。

 スピアが掲げてみせたそれは、とても長い。エキュリアが手にしても背丈の倍以上はあるほどだ。


「ちょっと振ってみてください」


「これを……? 実戦で扱うのは難しそうだが……」


 怪訝な顔をしながらも、エキュリアは長槍を構える。

 異常に長い槍だが、“しなり”はほとんどなかった。材質は鉄なので、そこそこの重さはある。下手な者が扱えば自身の方が振り回されるだろう。


 エキュリアも、最初の一振り二振りは体勢を崩しそうになっていた。

 けれどすぐに順応する。

 風を巻くような突きを繰り出し、鋭い音を立てて横薙ぎに振るう。

 自身を中心にくるくると回してもみせた。


「……やはり難しいな。まともに戦えるとは思えん」


 ぴたり、と槍を止めてエキュリアは眉根を寄せる。

 そんな様子を、スピアはじっと見つめていた。


「どう思います?」


「見事、と言うのは少々違うな。しかしこれほどの才を埋もれさせていたとは、クリムゾン伯爵を殴りつけてやりたくなった」


 ワイズバーンの評価に、エキュリアはさらに表情を歪めた。

 誉められた、というのは分かる。けれど父親を罵倒されたのは聞き逃せない。

 それに、自分に才があると言われても、どうにも受け入れられなかった。


「な、なにやらまた妙な勘違いをされていないか? 基本の型を披露しただけだぞ?」


「わたしだったら、そこまで扱うのに一ヶ月は掛かると思います」


「いや、それは慣れていないだけでは……?」


 エキュリアの自信なさげな態度というのは珍しい。

 あまり誉められ慣れていなかった。

 妙な二つ名で呼ばれたりすれば、きっぱりと否定できる。けれど今回は現実感を伴っていて、強く否定できない誉められ方だった。

 思わず、頬が緩んでしまう。耳が赤く染まっていくのが自分でも分かった。


「むぅ。エキュリアさんが恋する乙女みたいです」


「お、おかしなことを言うな!」


 怒鳴られ、肩を縮めながらも、スピアはにんまりと口元を緩める。

 エキュリアのために特別な武器を用意する―――、

 それはまた面白おかしいことになる予感がした。







 練兵場の入り口、柱の影から、アリエットは訓練の様子を見つめていた。

 その手には布で包まれた土鍋がある。

 昨日、お土産として鍋ごと持ち帰ったので、それを返すつもりだった。


 すぐに練兵場へ入ればよかったのだが、熱気に押されてしまった。そうでなくとも上級貴族ばかりの場所なので、アリエットが踏み入るには勇気が要る。

 だから一旦立ち止まって、呼吸を整えようとしていた。

 でもスピアを見ていると、覚悟を固めるよりも先に驚かされてしまう。

 ちょうど空中に魔法陣が浮かんで、異常に長い槍が現れるところだった。


『くすくす……あの程度の魔法で驚く必要はありませんわよ。わたくしの声を聞いた貴方は、仮にも使徒と言えるのですから』


「め、メルファルトノール様……」


 いきなり側で響いた声に、アリエットは身を縮める。

 もう何度も言葉を交わしているはずなのに、未だに慣れない。唐突というだけでなく、なにせ相手は神なのだから。


『珍しい力なのは確かですけれどね。あちらの女騎士もなかなか……』


「エキュリア様が、なにか……?」


『いいえ。気に掛けるほどではありませんわ。ともあれ、貴方の働きで大方の事情は掴めました』


 手首に付けたお守りから、軽やかな笑声が流れてくる。

 だけどそれは心なしか鋭い気配になったようで、アリエットは息を呑んだ。


『今度は、こちらから仕掛けてみましょう』


「仕掛ける、とは……?」


 問い返しながら、アリエットは眉根を寄せる。

 悪巧み―――神に対しては不敬すぎる、そんな単語が頭に浮かんだ。


 さすがに口には出さず、言葉の方もすぐに胸の内で否定した。

 だけど不安は募る。

 手にした土鍋が、やけに重く感じられた。


『心配せずとも、まだ様子見の段階ですわ。貴方はただ、彼女を誘い出せばよいのです。それくらいなら出来るでしょう?』


 神の問いに対して、否と答えられるはずもない。

 アリエットは曇った表情をしながらも、小さく頷いていた。


「でも誘い出すって、いったい何処に……」


「何処かに行くんですか?」


「のふぇらぁっ!?」


 いきなり、スピアがまた背後に立っていた。

 アリエットは悲鳴を上げて飛び退く。変な格好ポーズのまま固まってしまった。

 思わず土鍋も放り出していたけれど、そちらはスピアが器用に受け止めている。


「また面白いリアクションですね」


「す、スピアさん……驚かさないでくださいよぅ」


「じゃあ次は、ほっこりさせることにします」


 意味が分からない、とアリエットは心の内でツッコミを入れる。

 そうして困り顔をするアリエットを、スピアは小首を傾げて見つめていた。

 急に黙り込んで。じっとりと、観察するみたいに。


「あの……どうかしたんですか?」


「アリエットさん、いまも一人でしたよね?」


「え? は、はい! もちろん一人で、さっきのも独り言で……すいません……」


 嘘を吐いている罪悪感もあって、アリエットは頭を垂れる。

 スピアはしばらく首を捻っていたが、


「まあ、いいです」


 いつもの朗らかな表情になって手を叩く。どうやら考えるのに飽きたようだった。


「悪霊とかなら叩けばいいですし。それより、何処か遊びにでも行くんですか? 面白い所があるなら、わたしにも教えてください」


「え、えっと、それは……」


 アリエットは戸惑い、言葉を濁す。

 どうやら何かを“仕掛け”るまでもなく、神の思惑はすんなりと運びそうだった。



いよいよエキュリアさんがパワーアップする、かも?


そんな状況の裏で、忍び寄るシリアスさんの魔の手も……。

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