親衛隊長のお仕事④
騎士たちが雄叫びを上げて、熱のこもった剣戟を交わす。
広い練兵場のあちこちに分かれて、一対一での勝ち抜き戦が行われていた。
今日は訓練前に、スピアがとある提案をした。
そのおかげで真剣勝負ばかりになっている。
「『魔剣ゼッドン』は俺がもらう!」
「『魔槍ブリダイカーン』は誰にも渡さん!」
「『魔槌カルパッチョ』に相応しいのは私以外にいない!」
要は、賞品に目が眩んでいる。
十本ほど用意された魔剣類は、どれも騎士たちにとっては垂涎の品だった。
ワイズバーンの兵も加わって、壮絶な戦いが繰り広げられている。
そんな様子を、スピアはぼんやりと眺めていた。
「大した物じゃないんですけどねえ」
椅子に座って、頬杖をつきながら呟く。
隣では、エキュリアがまた頬を引きつらせていた。
「いまのわたしなら、一日に十本くらいは作れますし」
「じゅっ……いったい、おまえの魔法はどうなっているのだ?」
魔法を込めた装備品は、そう珍しい物でもない。
それなりに金銭を積めば手に入れられる。ただし、貴族にとっても気軽に出せるような額ではないが。
おまけに、制限も多い。
当然ながら、武器や防具となれば手荒な扱いを受ける。そこに繊細な魔法陣や刻印を組み込むのは、高度な技術が要求される。一流の鍛冶師と魔導技術者が協力して、一級の素材を使い、ようやく実用に耐える品が作られる。
それでも精々、ひとつかふたつの魔法効果を得られれば良い方だ。
けれどスピアが用意した品は違う。
基本として、耐久性向上、自己修復、軽量化、魔力補充可能―――、
加えて、それぞれの武器に合わせて斬撃や打突強化、光や炎を放つ効果も込められている。
「どれもこれも、古代魔導遺物に比肩する逸品だぞ」
「ダンジョンとかで見つからないんですか?」
「稀に発見されるとも聞くが……いずれにしても、これほどの品なら屋敷が買えるほどだ」
「ん~……お屋敷を作る方が、魔力的には高くつきますね」
スピアはやはりのんびりと述べる。
仕出かしたことの重大さを、まったく理解していない。
「これほどの武器を揃えた部隊ができれば……いや、さすがにそこまでは無理か?」
「武器に頼るばかりじゃ強くなれませんよ?」
スピアにしては珍しく真っ当な発言だった。
エキュリアは思わず黙り込む。自分の甘さを指摘された気がした。
その後ろで、ザームとワイズバーンも神妙に頷いていた。
「重い言葉ですな。騎士であれば、武具を使いこなしても、それに甘えてはならぬと心得てはおりますが……」
「派手な魔法効果などは目を引くがな。それよりも、己に合った一品を探した方が良い。どんな武器でも使いこなせる者もいるが……」
ワイズバーンが、ちらりとエキュリアへ目を向ける。
その視線の意味を、当人は理解できずに首を捻っていた。
だけどスピアが、ぽんと手を叩く。
「あ、やっぱりエキュリアさんってそういうタイプなんですね」
「……どういう意味だ?」
「器用ってことです」
簡潔に答えながら、スピアは空中に手を伸ばした。
魔剣を作り出した時のと似た魔法陣を浮かべる。
「最初に会った時から気にはなってたんですよね。エキュリアさん、他の人の剣でもしっかり使いこなしてて……」
オークに襲われて森から脱出するまでのことだ。
自分の剣を折られたエキュリアは、部下だった兵士の剣を使っていた。
特別な剣ではなかったが、エキュリアの背丈や腕力を考えれば、いくらか扱い難さはあったはずだ。だけど問題なく使いこなしていた。
「ユニちゃんにも、杖術を教えてました」
「あれは……しかし、嗜み程度と言ったはずだぞ?」
「わたしの国でも、器用貧乏って言葉はあります。でもそれも才能ですよ」
さらに言うならば、サラブレッドに対してもそうだった。
空を駆ける馬に乗るなんて初めての経験だったのに、乗りこなすのに一日と掛かっていなかった。
「エキュリアさんは、もっと自分の凄さを認識するべきです」
「……そっくりそのまま返したい台詞な気がするぞ?」
「気のせいです!」
そんな会話を交わす間に、魔法陣から一本の槍が現れていた。
スピアが掲げてみせたそれは、とても長い。エキュリアが手にしても背丈の倍以上はあるほどだ。
「ちょっと振ってみてください」
「これを……? 実戦で扱うのは難しそうだが……」
怪訝な顔をしながらも、エキュリアは長槍を構える。
異常に長い槍だが、“しなり”はほとんどなかった。材質は鉄なので、そこそこの重さはある。下手な者が扱えば自身の方が振り回されるだろう。
エキュリアも、最初の一振り二振りは体勢を崩しそうになっていた。
けれどすぐに順応する。
風を巻くような突きを繰り出し、鋭い音を立てて横薙ぎに振るう。
自身を中心にくるくると回してもみせた。
「……やはり難しいな。まともに戦えるとは思えん」
ぴたり、と槍を止めてエキュリアは眉根を寄せる。
そんな様子を、スピアはじっと見つめていた。
「どう思います?」
「見事、と言うのは少々違うな。しかしこれほどの才を埋もれさせていたとは、クリムゾン伯爵を殴りつけてやりたくなった」
ワイズバーンの評価に、エキュリアはさらに表情を歪めた。
誉められた、というのは分かる。けれど父親を罵倒されたのは聞き逃せない。
それに、自分に才があると言われても、どうにも受け入れられなかった。
「な、なにやらまた妙な勘違いをされていないか? 基本の型を披露しただけだぞ?」
「わたしだったら、そこまで扱うのに一ヶ月は掛かると思います」
「いや、それは慣れていないだけでは……?」
エキュリアの自信なさげな態度というのは珍しい。
あまり誉められ慣れていなかった。
妙な二つ名で呼ばれたりすれば、きっぱりと否定できる。けれど今回は現実感を伴っていて、強く否定できない誉められ方だった。
思わず、頬が緩んでしまう。耳が赤く染まっていくのが自分でも分かった。
「むぅ。エキュリアさんが恋する乙女みたいです」
「お、おかしなことを言うな!」
怒鳴られ、肩を縮めながらも、スピアはにんまりと口元を緩める。
エキュリアのために特別な武器を用意する―――、
それはまた面白おかしいことになる予感がした。
練兵場の入り口、柱の影から、アリエットは訓練の様子を見つめていた。
その手には布で包まれた土鍋がある。
昨日、お土産として鍋ごと持ち帰ったので、それを返すつもりだった。
すぐに練兵場へ入ればよかったのだが、熱気に押されてしまった。そうでなくとも上級貴族ばかりの場所なので、アリエットが踏み入るには勇気が要る。
だから一旦立ち止まって、呼吸を整えようとしていた。
でもスピアを見ていると、覚悟を固めるよりも先に驚かされてしまう。
ちょうど空中に魔法陣が浮かんで、異常に長い槍が現れるところだった。
『くすくす……あの程度の魔法で驚く必要はありませんわよ。わたくしの声を聞いた貴方は、仮にも使徒と言えるのですから』
「め、メルファルトノール様……」
いきなり側で響いた声に、アリエットは身を縮める。
もう何度も言葉を交わしているはずなのに、未だに慣れない。唐突というだけでなく、なにせ相手は神なのだから。
『珍しい力なのは確かですけれどね。あちらの女騎士もなかなか……』
「エキュリア様が、なにか……?」
『いいえ。気に掛けるほどではありませんわ。ともあれ、貴方の働きで大方の事情は掴めました』
手首に付けたお守りから、軽やかな笑声が流れてくる。
だけどそれは心なしか鋭い気配になったようで、アリエットは息を呑んだ。
『今度は、こちらから仕掛けてみましょう』
「仕掛ける、とは……?」
問い返しながら、アリエットは眉根を寄せる。
悪巧み―――神に対しては不敬すぎる、そんな単語が頭に浮かんだ。
さすがに口には出さず、言葉の方もすぐに胸の内で否定した。
だけど不安は募る。
手にした土鍋が、やけに重く感じられた。
『心配せずとも、まだ様子見の段階ですわ。貴方はただ、彼女を誘い出せばよいのです。それくらいなら出来るでしょう?』
神の問いに対して、否と答えられるはずもない。
アリエットは曇った表情をしながらも、小さく頷いていた。
「でも誘い出すって、いったい何処に……」
「何処かに行くんですか?」
「のふぇらぁっ!?」
いきなり、スピアがまた背後に立っていた。
アリエットは悲鳴を上げて飛び退く。変な格好のまま固まってしまった。
思わず土鍋も放り出していたけれど、そちらはスピアが器用に受け止めている。
「また面白いリアクションですね」
「す、スピアさん……驚かさないでくださいよぅ」
「じゃあ次は、ほっこりさせることにします」
意味が分からない、とアリエットは心の内でツッコミを入れる。
そうして困り顔をするアリエットを、スピアは小首を傾げて見つめていた。
急に黙り込んで。じっとりと、観察するみたいに。
「あの……どうかしたんですか?」
「アリエットさん、いまも一人でしたよね?」
「え? は、はい! もちろん一人で、さっきのも独り言で……すいません……」
嘘を吐いている罪悪感もあって、アリエットは頭を垂れる。
スピアはしばらく首を捻っていたが、
「まあ、いいです」
いつもの朗らかな表情になって手を叩く。どうやら考えるのに飽きたようだった。
「悪霊とかなら叩けばいいですし。それより、何処か遊びにでも行くんですか? 面白い所があるなら、わたしにも教えてください」
「え、えっと、それは……」
アリエットは戸惑い、言葉を濁す。
どうやら何かを“仕掛け”るまでもなく、神の思惑はすんなりと運びそうだった。
いよいよエキュリアさんがパワーアップする、かも?
そんな状況の裏で、忍び寄るシリアスさんの魔の手も……。