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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第一章 さすらいの少女(ダンジョンマスターvsオークキング)
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サツマイモは語らない


 孤児院の食堂に湯気が満ちている。それと、甘い匂いも。

 蒸しあがったサツマイモは、子供たちに喜んで受け入れられた。


「ふむ。なかなかの美味だな。まさか植物の根からこれほど甘味が生まれるとは……ほふ、実に勉強になる」


 真面目な顔で述べるエキュリアだが、その口元は緩んでいる。

 それに頬っぺたにはサツマイモの皮がついていて、色々と台無しだった。


 初めて見る食べ物に、最初こそ子供たちも訝しんでいた。襲い掛かってくるようなカボチャと一緒に召喚されたのだから当然だろう。

 けれどスピアが最初に食べてみせたし、見た目も匂いも食欲を刺激した。

 一人が思い切って口へ運ぶと、後はもう正しく芋づる式だった。


「種芋は大きいのを幾つか選んでおきました。まずは乾燥させて、そこから苗を作っていくんです。ひとまずは保管しておいて、その間に苗床を―――」

「そ、そう。詳しいのね。ありがとう」


 マリューエルに育て方も伝えたので、孤児院でも増やせるだろう。

 甘味に喜ぶ子供たちも張り切って手伝うはずだ。


「スピアおねえちゃん、あのカボチャもおいしいの?」

「そういえば、中身は同じような黄色だったな」

「えぇ? あれも育てるつもり? 襲ってくるんだよ?」

「普通のカボチャは襲ってこないよ。今度また召喚してみるね」


 そんな雑談を交わしながら、また蒸しあがったサツマイモを配っていく。

 懐かしい味に、スピアも無邪気な子供みたいに頬を緩める。


 だけどひとつ気になるものが目に留まった。

 食堂の窓からは広い畑が見えていた。

 その畑の隅、倉庫の影に隠れるように、一人の子供がいた。スピアたちが孤児院に来る際にも外から見えていた男の子だ。

 ずっと剣の素振りをしている。

 難しい顔をして、まるで目の前にいる憎い敵を斬りつけているみたいだった。


「ちょっと行ってきます」


 一言だけエキュリアに告げて、スピアはそっと外に出た。


 相手は十才ちょいだろう。スピアより年下なのは間違いない。だけど背丈はスピアよりも高くて、子供なりに逞しい体付きをしていた。

 剣の腕前がどうなのかは、スピアにはよく分からない。

 ただ他の子供よりは体を鍛えているようだった。


「随分と頑張ってるね」


 二つに割ったサツマイモを両手に持って、スピアは男の子に話し掛けた。

 そこでようやく、相手はスピアに気づく。随分と集中していたようだ。

 素振りを続けたまま、男の子は苛立たしげに眉根を寄せた。


「マリューエル先生から一本取らないと、戦いに行けないんだよ」

「戦い? 冒険者にでもなりたいの?」

「違うよ。兵士になる。それで……オークどもを全部殺してやるんだ」


 呻るように述べたその瞳には、怒りと憎悪が宿っていた。

 よほどオークに恨みがあるのだろう。

 なんとなく事情を察して、スピアは「ふぅん」と曖昧に頷いた。


「おまえ、なんだか強いみたいだな。さっき変な魔物も倒してたし」

「魔物かどうか分からないよ。変なカボチャだったけど」

「何でもいいよ。俺に戦い方を教えてくれないか?」

「……私は剣は使ったこともないよ。エキュリアさんの方が強いと思う」


 それだけ言うと、スピアは踵を返した。

 男の子に背を向けて、サツマイモを齧りながら孤児院へと戻ろうとする。


「え……お、おい!」


 呼び止められて、スピアは振り向いた。


「その……サツマイモだっけ? 俺にくれるんじゃなかったのかよ?」

「え? 違うよ。これはわたしの分だもん」

「ま、紛らわしい真似するなよ! って、べつに欲しいんじゃないんだからな!」

「食べたいなら、まだ残ってるはずだよ」


 スピアはまた一齧りする。甘い匂いが漂っていく。

 男の子はしかめっ面をしてまた剣を振り始めたが、すぐに我慢できなくなったのか、スピアを追い越して孤児院へ駆けていった。


 その姿が見えなくなってから、スピアはぽつりと呟く。


「オークに不幸にされた人って、もっとたくさんいるんでしょうね」

「ええ。この孤児院でも、他にも二人の子供が両親を奪われたの」


 いつの間にか、隣にマリューエルが立っていた。

 スピアは驚くでもなく、ぼんやりとしたまま話に耳を傾ける。


「でも不幸というのは少し違うわね。とても有り触れた話だもの。手足が二本ずつなのを不幸とは言わないでしょう?」

「タコやイカがとっても幸せに暮らせそうですね」

「え……た、タコ?」


 どうやら海産物はあまり知られていないらしい。

 戸惑うマリューエルを横目に、スピアはお芋を齧る。


「大丈夫です。手足が二本ずつでも、この孤児院の子たちはとっても幸せだと思います」

「……そう。ありがとう」


 目蓋を伏せたまま微笑を浮かべて、マリューエルはスピアの頭に手を乗せた。


「貴方と出会えてよかったわ。サツマイモのことだけでなくて……だけど、よく気をつけてね。貴方の不思議な力を利用しようとする人もいるでしょうから」


 頭を撫でられながら、スピアはマリューエルを見上げる。

 相変わらず目は伏せられたままだけど、真剣な眼差しが感じられた。


「精霊たちも、貴方を気に掛けているわ。もしも困った時は声を上げなさい。きっと彼らが力になってくれるはずだから」


 綺麗な銀髪が風に揺れて、きらきらと光粒が空中を舞う。

 その中心に佇むマリューエルは、まるで精霊に選ばれた巫女のようだった。

 神妙な言葉とも相まって幻想的な情景を描こうとしている。


 でも、その両手には湯気立つサツマイモが握られていた。


「……なんだかとっても残念な気がします」


 神秘的な情景を壊した元凶であるスピアは、そっと目を逸らす。

 マリューエルは不思議そうに首を傾げていた。







 孤児院を後にして、スピアとエキュリアは街の中央通りに足を運んだ。

 今日の本来の目的はそちらだ。街の観光をしつつ、旅で必要になる雑貨などを買い揃える予定だった。


「北のアルヘイス領までは、歩いても五日程度で着ける。旅慣れた者なら、マント一枚でもあれば辿り着けるくらいだ」

「ぷるるんに頑張ってもらえば、一日で着けそうですね」

「……あれはもう勘弁してくれ。それに馬も用意するからな。プルンに乗る必要もない」


 二人はまず、並び立つ露店を見て回った。

 しかし開いている店はまばらだ。人通りも少なくて、店主が居眠りをしていたりもする。旅道具やマントを売っている店もあったが、粗雑な中古品しか残っていなかった。


 オークの軍勢による影響がありありと見て取れる。

 逃げられる住民は逃げているし、耳聡い商人はこの街には近づかなくなって商品が入ってこないのだ。

 ただ、商品の前に立てられた値札は、スピアの目を引いた。


「やっぱりアラビア数字だ……」

「どうした? 気になるものでもあったのか?」


 スピアは黙って首を振った。

 結局、料理にも使えそうな短剣二本だけを買って露店通りを後にする。


「そういえば、スピアは武器を持たないのだな。剣技と格闘術が違うのは分かるが、手甲くらいは備えてもよいのではないか?」

「そうですね。お洒落な装備があったら欲しい気はします」


 軽甲冑姿のエキュリアを眺めつつ、スピアは思う。

 折角なんだからファンタジーな格好もしてみたい。

 全身甲冑は動き難そうだけど、女性用の鎧ならカッコイイものもあるかも知れない。他にも魔法使いの装備とか、巫女さんや僧侶用の衣装も試してみたい。

 まあ問題は、子供の仮装に見られかねないところだけど。

 それでも、わたしだって普通の女の子なんだから―――。


「だけどやっぱり普段は身軽な方がいいですね。お爺ちゃんも言ってました。武器に頼ると、いざという時に身を守れない。そんな技を身につけるくらいなら、一撃で確実に敵を倒せるようになれ、と」

「うん。やっぱりおまえの技は護身術じゃないな」

「え? なんでですか?」


 エキュリアは頬を歪めて、曖昧な笑みを浮かべていた。

 そうして雑談を交わしながら、二人は大きな商店へと向かう。


 危機に陥った街だといっても、逃げる者と逃げられない者ばかりでもない。深刻な事態を受け止めつつも、敢えて逃げない者もいる。

 このクリムゾンの街に愛着があるから、領主様に恩義があるから、と。

 そう述べる商店主は、エキュリアの来訪を大いに歓迎した。


 何処からかスピアのことも聞き及んでいたようで、店主は恭しく頭を下げた。二人が求める品に関しても、真摯に相談に乗ってくれた。

 他にもいくつかの店舗を巡って、あれこれと買い付けていく。

 三つ目の店を出たところで、スピアは問い掛けた。


「エキュリアさんは、街に残るって言い張るのかと思ってました」

「いまでも心情ではそうだが……仕方あるまい。私一人が残ったところで、さしたる戦力になりはしない。父からも言われた通りだ。それよりも他の領地へ赴いて、援軍を求めた方がよい」


 だから、とエキュリアは手を伸ばした。

 スピアの黒髪を優しく撫でる。


「おまえは、自分のことだけ考えていればいい。遠方の国から連れ去られてきたというなら、きっと長い旅になるぞ」

「はい。簡単に帰れないのは覚悟してます」


 多くの道具を買い込んだスピアだが、それは数日の旅に備えたものではない。

 食料などの消耗品はその都度に揃えるつもりだったが、食器や寝具といったものは長く使える。今後を見越して、良い物を選ばせてもらった。

 いざとなれば自分で作る出せるが、余計な魔力消費は抑えておきたかった。


 そうして買い物を済ませた二人は屋敷へと戻る。

 明日には北へと出立する予定だ。


 屋敷の門の前で、エキュリアはふと足を止めた。

 振り返って、夕陽に照らされた街並みを眺めながら目を細める。


「……スピア、私はこの街が好きだ。これで見納めにはしたくない」


 エキュリアの声は震えていた。

 唇を噛み、瞳には涙も湛えている。

 見慣れた街並みに、凄惨な破壊がもたらされる情景が重なっているのだろう。


 悲痛な心情を察して、スピアはエキュリアに歩み寄る。

 震えている拳を、小さな手でそっと包んだ。


「また見られますよ。これで最後なんかじゃありません」

「ああ……そう信じたい。父も兄も、兵士の皆も、必死に戦ってくれるだろう。だがそれでも……」


 項垂れたエキュリアは、頭を振り、屋敷へと足を向ける。

 悔しそうに顔を歪めたまま、そこからはなにも語ろうとしなかった。

 けれど―――、


 エキュリアが知るまで、そう長い時間は掛からなかった。

 スピアの言葉は真実だった、と。








 翌日―――、

 スピアは忽然と姿を消した。


 朝食の時間になっても部屋から出てこなかったので、侍女長がドアを開いた。

 綺麗に片付けられた部屋には、一通の手紙のみが残されていた。

 記されていたのは短い文章。


『旅に出ません。探さないでください』


 様式美を守った文章なのだが、この世界の者が知るはずもない。


「探さずにいられるかぁっ!」


 手紙を握り潰して、エキュリアは怒鳴り声を上げた。



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