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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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親衛隊長のお仕事①

 恭しく礼をして、ザームは執務室から退出した。

 親衛騎士である部下二名を連れて、城の廊下を歩いていく。

 灰色の廊下は静かだが、緩やかな空気が流れていた。


「いつものことですが、護衛任務が終わるとほっとしますね。鎧まで軽くなった気がしますよ」


「おまえはちょくちょく気を抜いているではないか。ザーム副隊長を見習え」


 部下の会話を聞きながら、ザームは苦笑を堪える。

 自分は見習われるような騎士ではない、と内心では思っていた。

 けれど一応は上に立つ者として、後ろ向きな態度を見せるのもよろしくない。


「警護任務などでは、適度に力を抜くのも必要な技術だと聞く。常に緊張しているのは難しいからな。いざという時に気が抜けていても本末転倒だ」


「ほら、やっぱり俺は間違ってないんですよ」


「適度に、と言われたではないか。おまえは常に緊張感が足りんのだ」


 どこぞの隊長と副隊長みたいな会話だな、と思いつつザームは口元を歪める。

 そうして歩きながらも、ザームはまだ微かに緊張を纏っていた。


 適度に力を抜くべきとは言ったものの、それを実行できていない。

 不器用なザームは、常に気を張っているしかなかった。

 いまも真っ直ぐに背筋を伸ばして、足音すらほとんど立てていない。もしも不審な者が現れれば、即座に剣を抜けるだろう。

 そんな真面目な騎士だからこそ、レイセスフィーナも信頼して側に置いている。


 勿体無いほどの厚遇だと、ザームも深く感謝している。

 しかし同時に、自責の念もずっと胸に留まり続けていた。


 かつての主君であるロマディウスによって、大勢の命が無為に奪われた。

 その暴挙をザームは間近で目にしてきた。

 唯々諾々と命令に従うばかりで、主君の本心すら知らず、諌めることもできなかった。


 いまも城内では、ロマディウスに対する悪評が囁かれている。

 その騎士として働いていた者たちも、ほとんどが表舞台から去った。操られていたとはいえ罪悪感に堪えられなかった者や、他の貴族によって排斥された者など、騎士の末路としては悲惨なものばかりだ。


 ザームに対しても、時折、非難の目が向けられることがあった。

 不忠者、裏切りの騎士、暴君の手先―――、

 悪意ある言葉は、耳にも流れ込んでくる。

 気にならないと言えば嘘になるが、いちいち構ってはいられない。

 もしもそれがレイセスフィーナへの悪意となった時には、即座に剣を抜く覚悟はあるが―――。


「む……?」


 僅かに眉を揺らして、ザームは足を止めた。

 不意のことに、背後にいた部下二名は慌てて体勢を崩しそうになる。

 後で鍛え直しだな、と考えながらも、ザームは正面から歩いてきた相手へ一礼した。


「ご無沙汰しております、ワイズバーン侯爵閣下」


「ザーム殿か。相変わらず隙が無い。実に結構なことだ」


 かつて王の側にいたザームは、高位の貴族とも幾許かは面識がある。その真面目な性格故に、一度会った相手の顔はしっかりと記憶に刻んでいた。


 ワイズバーンからの申し出で、剣の手合わせをしたこともある。

 贅肉に包まれた体格とは不似合いな技量に、ザームはひどく驚かされた。

 だから印象深い相手でもあったのだ、が、


「ワイズバーン閣下は……また随分と、鍛えられましたか?」


 いまも別の意味で驚かされていた。

 真面目なザームでさえ、貴族らしい微笑を浮かべるのに苦労するほどだ。


 目の前にいるワイズバーンは、以前よりもずっと引き締まった体格をしていた。

 単純に言ってしまえば、痩せた。

 それはもう別人かと思うほど、綺麗に贅肉が消え去っていた。


 げっそり、とはいかない。だけどビックリするには充分だ。

 顔立ちもほっそりとして、目の下には何日も寝ていないような隈も浮かんでいる。

 マントの襟に付けられた紋章がなければ、ザームも別人だと思っただろう。

 けれどむしろ精悍さは増している。甲冑の隙間からは張りのある筋肉が見て取れて、肌の色艶も健康的になっていた。


「食事を変えただけなのだがな。儂もここまでみすぼらしい体になるとは思っていなかった」


「ご謙遜を。いまも充分に覇気を感じられます」


「ふん。これではまだまだ届かぬわい」


 ワイズバーンに関わる事情を、ザームも大まかには聞かされていた。

 先の動乱で、レイセスフィーナと敵対したこと。

 しかし領地の軍勢ごとスピアに叩きのめされたこと。

 それらすべてが魔族の仕業という筋書きができて、あらためて王国への忠誠を表明したことも―――。


 届かぬ、と言った事情もザームにはなんとなく察せられた。

 そこに悪意は無く、武人として純粋に目標を見定めているのも感じ取れた。

 とはいえ、まだワイズバーンが要注意人物であるのは変わらない。


「レイセスフィーナ殿下との面会は、明日だと聞いております。今日はどういった用件で登城を?」


 柔和な表情を取り繕いながらも、ザームは警戒心を一段上げていた。

 この場でワイズバーンが暴挙に及ぶとは考え難い。

 けれど万が一に対する心構えは、騎士として常に持っているべきだった。


「そう剣呑な顔をするな。ちょうどおぬしと出会えたことで、目的の半分は達せられた」


 ワイズバーンも警戒されていることは承知しながら、にやりと口元を歪める。


「話があるのだ。其方の上官である親衛隊長について―――」


 持ち掛けられたのは、ザームの立場では判断しかねる話だった。

 しかし無視もできない。興味も引かれる。

 親衛隊にとっても利があることで―――、

 どうやらザームの仕事と苦労は、また一段と増えそうだった。







 広々とした練兵場の中央で、スピアは腕組みをしていた。

 珍しく眉根を寄せて不可解そうな顔をしている。

 向き合う正面には、ワイズバーン侯爵が槍を手にして立っていた。

 周囲に大勢の騎士が並ぶ中で、ワイズバーンは晴れやかな笑みを浮かべている。


「其方も武人ならば分かるであろう? 純粋に、強者へ挑みたいのだ。己の技量を試してみたいのだ。敗北したのは屈辱ではあったが、それ以上に―――」


 無駄を嫌うワイズバーンだが、いまは滔々と言葉を連ねていた。

 全身から溢れる覇気も、喜びに満ちている。

 ずっとこの戦いを渇望していたのだろうと、ほとんど事情を知らない者でも察せられるほどだ。


 スピアと手合わせをしたい。

 レイセスフィーナとの会談で、ワイズバーンはそう申し出た。

 もちろん他にも様々な事情を含めての要求で、王国にとって悪い話ではなかった。

 結局、当人同士が納得するのならば、という条件で許可が出た。


 そうしていま、大勢の騎士が見守る中で、正々堂々の試合という雰囲気が出来上がっている。

 しかしその申し出を受けるスピアの方は、やはり難しい顔をしたままで―――、

 やがて、こてりと首を傾げた。


「どちら様でしょう?」


「んな……っ!?」


 愕然として、ワイズバーンは言葉を失う。

 事態を見守っていた騎士たちも、唖然として凍りついていた。

 もちろん側に居たエキュリアも―――立ち直るには、少々の時間が必要だった。


「おまえは……さっき事情を聞かせただろうが! ワイズバーン侯爵殿だ! おまえだって面識があるはずだぞ!」


「それは覚えてます。でも、おかしいです!」


 ビシリ!、とスピアはワイズバーンの腹を指差す。


「あの人は関取級でした。こんなに痩せてるはずありません!」


 ある意味では至極真っ当な指摘だった。

 いまのワイズバーンは、以前とはまるで別人のような体型をしているのだ。

 それでも面と向かって言うのは、やはり無礼でしかない。

 指摘されたワイズバーンは、ひくひくと頬を歪めていた。


「いや、そこは私も驚いたが、本人であるのは間違いなくてだな……」


「きっと双子さんですね。古典的なトリックです」


「待て。おまえは何を言っている?」


「もしくは叔父さんか叔母さんです」


「叔父はともかく、叔母なはずがあるか! どう見ても男だろうが!」


 もはやエキュリアのツッコミも、本題からズレてしまっていた。

 すっかり緊張は消え失せて混沌とした場で―――、


 ガンッ!、と硬い音が響いた。

 さすがにスピアも口を閉じると、エキュリアとともに音の出所へ目を向ける。


「……どこまでもふざけた小娘だ」


 硬い音は、槍の石突きが地面に叩きつけられたもの。

 その槍をきつく握り締めながら、ワイズバーンは激しく顔を顰めた。


 ここまで無礼な対応をされれば怒って当然だろう。

 ただの試合が決闘になるのではないか―――。

 周りにいる騎士たちは、誰もがそう考えて息を呑んだ。


 しかし当のワイズバーンは、くっ、と愉快そうな笑声を零す。


「くくっ、その手には乗らんぞ。詭道もまた戦場の手法。怒りを誘おうとしたのであろう? 貴様が突拍子もない手段を使うのは、以前に学ばせてもらったからな」


 一人で納得して、ワイズバーンは得意気に口元を緩める。

 もっとも、額には青筋も浮かんでいたが。

 対するスピアも、ひとまず無礼な発言は止めていた。


「どうやら本当にお相撲さんみたいですね。それで、試合ですか?」


「うむ。武人として勝負を願う」


 あらためて両名は対峙する。

 ざわついていた周囲も、今度こそ勝負が始まるのかと押し黙った。


 それでもスピアとしては気乗りしない。

 あくまで本人は“ちょっと護身術をかじっただけ”で、戦いを楽しむつもりなんてなかった。

 とはいえ、背後からエキュリアが睨んでいるのも承知している。

 こうなった事情も、ちゃんと聞いて理解していた。


「今回だけですよ。それと、親衛隊の訓練にも付き合ってもらいます」


「約束は守る。我が領軍との合同訓練も、全力で務めると誓おう」


 戦場経験の多いワイズバーンならば、再編されたばかりの親衛隊でも上手く鍛え上げてくれるだろう。そういった条件があって、今回の試合に至っていた。


 他にも条件はあるが、そちらはスピアが関わる部分ではない。

 あまり細かい話をする気もなく、スピアは頷いた。

 ひとつ息を吐いて、微かな緊張を纏う。


「怪我しても、恨みっこも無しです」


「むっ……!」


 スピアが地面を蹴る。

 ワイズバーンも槍を構えて―――激突音が響き、無数の火花が散った。



ようやく、少しは親衛隊長らしいお仕事が。

もちろん、この章では司書見習いとしての活躍がメインですよ?


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