衛星都市解放戦(偽)
書籍化決定しました。
前回の後書きでも発表しましたが、レッドライジングブックス様より一月末に発売です。
ベルトゥーム王都の南方に位置する衛星都市。
その街の住民は悲嘆に暮れていた。
始まりは、王の暴挙によるもの。神をも恐れぬ王は、手勢を用いて教会を破壊した。
当然、教会の信徒たちは激昂する。
住民の蜂起を促し、都市長邸宅に留まっていた近衛騎士の一団を襲撃した。
やや準備不足ではあっても、その襲撃は成功するはずだった。
そして暴君を討つための狼煙となる―――、
その直前に、予想もしていなかった乱入者によって台無しにされた。
奇妙な白仮面を被った一団による襲撃。近衛騎士も、教会兵も住民も、その仮面集団によって打ち倒され無力化された。
魔物を何体も従え、奇妙な魔法を操る集団だ。
後に、それは魔族の一派だと判明した。
都市長邸宅は破壊されて、一夜にして禍々しい魔族の館と化した。
おどろおどろしい黒靄に包まれた大きな建物が、都市の中央に現れたのだ。
街の何処にいても、黒々とした館が目に入る。
王の暴挙に対する住民の怒りは、魔族への恐怖に塗り替えられた。
そうして魔族に支配された街で、人々は項垂れて日々を過ごしていった。
もはや住民には、魔族に抗えるだけの力は残されていない。
街から逃げ出そうにも、荒野を行くのは危険が伴う。そもそも街から出るのは禁止されて、逆らう者は“只では済まない”と布告された。
どうすればいいのか? 魔族による支配を受け入れるしかないのか―――、
そんな時に、思わぬ希望が訪れた。
「わ、我はレイセスフィーナ姫殿下の騎士、エキュリア!」
「と、その従者です」
澄んだ声を上げた女騎士は、まるで人々に光を与えるように輝いていた。
白銀色の全身甲冑を纏い、堂々と剣を構えて空中に立つ。
傍らにいる従者はとても小柄な少女だったが、住民の注意はそちらへ向かない。
人々は息を呑んで、“対峙する二人”を見つめていた。
「ふははははっ! 矮小な人間如きが騎士を名乗るなど、片腹痛いですわ! 我ら魔族の強大さに震え、恐れおののくしか能が無いくせに!」
女騎士と対峙するのは、黒い仮面を被った魔族の女だ。露出の多い真っ赤なドレスを纏い、その上に黒塗りの軽甲冑を装飾品のようにあしらっている。しなやかな手には黒光りする長い杖を掲げていた。
女魔族も空中に立ち、くるりくるりと華麗な舞いを見せる。
「わたくしの実力は六魔将にも劣らぬもの。この黒紅炎のゼルスティアがいる限り、王国に未来はありませんわ!」
「黙れ! 未来が無いのは貴様の方で……」
剣を構えたまま、エキュリアが僅かに言葉を詰まらせる。
眉根を寄せて「えーと……」と呟いたが、住民の耳には届かなかった。
小柄な従者が“台詞を”告げる声も、空中で消えていく。
「そう、都市長ブロスペール殿のおかげで、こうして街に乗り込むことも叶った! 他の魔族は屠り、残ったのは貴様一人だ。大人しく裁きを受けよ!」
「ふふん、裁きを受けるのはそちらですわ。偉大なる魔神の炎に焼かれなさい!」
「その前に、この剣で貴様の命を貫いてくれる!」
互いに剣と杖を構え、激突する。
エキュリアの剣からは光が溢れ、ゼルスティアの杖からは炎が吹き出した。
両者の中央で爆発が沸き起こる。
ビリビリと大気が震えて、戦いを見つめる人々が悲鳴を上げた。
「人間風情が、わたくしの術を防ぐ!?」
「これが王国騎士の力だ! 魔族よ、退け!」
街の上を、両者は縦横無尽に駆けながら激しい戦いを繰り広げる。
ゼルスティアの杖は、無数の雷撃にも似た光を放った。
それをエキュリアの剣から飛んだ斬撃が、迎え撃ち、散らしていく。
幾重もの閃光が重なり、轟音が街の隅々にまで響き渡る。
あまりの激しさに、戦っている当人たちが驚いて動きを止めるほどだ。
しかし外から見ている人々には、そんな不自然さに気づく余裕はなかった。
ちまちまと動いている小柄な従者にも、誰も目を向けない。
「エキュリアさん、そろそろ頃合いです」
「わ、分かった。魔族よ、我が秘奥義を受けるがよい!」
エキュリアの掲げた剣が、一際強い輝きを放つ。
両者は動きを止めると、静かに睨み合った。
戦いを見守る住民たちも息を呑む。誰が見ても、次の一撃で決着がつくのは明らかだった。
そして激突、交錯する。
一瞬の後、両者の位置は入れ替わり、背中を向け合ったまま静止した。
「がっ……!?」
濁った悲鳴を上げたのはゼルスティアだ。
その身体には、光の剣が深々と刺さっていた。
「ぐ、ぅ……おのれ、ですわ。さすがは『闇滅閃』のエキュリア。まさか、わたくしが敗れるとは。この雪辱は必ずや晴らして―――」
断末摩の叫びにしては妙に長い台詞を放って、ゼルスティアは倒れ伏した。
その身体に刺さった光の剣が、さらに強い輝きを放つ。
辺り一帯が白に覆われて、その光が治まるとゼルスティアは跡形も無く消え失せていた。
「勝ったのか……?」
それまで息を呑むことしかできなかった住民が、ぽつりと呟く。
ややあって、他の住民も事態を理解しはじめた。
「そうだ! 王国の騎士がやってくれたんだ! 魔族を!」
「エキュリア様って言ったか? 姫殿下の騎士とも聞こえたぞ?」
「誰だっていいぜ。これでこの街は……あ、おい!」
「あれを見ろ! 魔族の館が……」
再びの轟音が人々の注意を引く。
街の中央に建っていた禍々しい館が、砂と化したように崩れていった。
館を覆っていた黒靄も晴れて、瓦礫が積み重なっていく。
さらに上空から、眩いほどの光が降り注いだ。
まるで神々の奇跡であるように、その光の下、新たな邸宅が建て直されていく。
「お、おお……神が救いをもたらしてくださったのか……?」
「救われた……! もう魔族に怯えなくてもいいんだ!」
どうにか混乱から立ち直った人々が、口々に歓喜を叫ぶ。
こうして衛星都市を覆っていた悲嘆は、綺麗に取り払われた。
街全体が歓びの声に包まれる。
新たに現れた邸宅の前で、都市長が演説を行っていた。
王都から派遣された騎士団の活躍や、それによって魔族が討ち払われたことを語っていく。その言葉に合わせて、さらに歓声は大きくなっていった。
そんな様子を、スピアも頬を緩めて眺めていた。
都市長邸宅の一室からは、窓越しでも街の喧騒がよく窺える。
「大成功です」
「そうだな! 計画段階で大問題だらけだったがな!」
派手な騎士甲冑の衣装を脱いだエキュリアは、疲れきった顔をしていた。
甲冑を纏うのも、剣を振るうのも、エキュリアにとっては慣れたものだ。
だけど大勢の前で戦う演技をするのは、初めての経験だった。
思い返すだけでも赤面しそうになる。
それでもスピアへのツッコミを忘れないのは、さすがと言うべきか。
「今更、文句は言いたくない! 私だって計画を認めはした! だがやはりあそこまで派手な真似は必要なかったと思うぞ!」
「住民サービスというやつです。怖がらせた分、今度は喜んでもらわないと」
「そうですわ。目立つことに、いったい何の問題があると仰いますの?」
「問題だらけだ!」
エキュリアの怒声は、優雅にお茶を飲んでいるセリスにも向かう。
つい先程まで、ゼルスティアとして派手な立ち回りを披露していた。
そのセリスは、王都でスピアが拾ってきたのだ。悪役が必要だというのと、専門家の演技指導も欲しいという理由で、広場で踊っていたのを捕まえてきた。
強引に連れてくる形だったので、当初はセリスも文句を言っていた。
けれどセリスとしても、スピアには吹雪から救ってもらった恩があった。それを返す良い機会だとも言えた。
そしてなにより、スピアが作った舞台を気に入っていた。
人々から注目されるのは、セリスにはいつだって望むところだ。
「それにしても、あの空中舞台は素敵でしたわね。透明すぎて、慣れないと少々怯んでしまうのが難点ですけれど」
「セリスさんの演技も素敵でしたよ」
「ふふっ、賞讃は嬉しいですわ。でも今回ばかりは、スピアさんの演出に助けられた部分が多いですわね」
エキュリアやセリスの衣装や、光を放つ剣や杖も、すべてスピアが用意していた。
当然ながら、すべて演出で殺傷能力はない。
派手な光や炎が飛び交っていたのも、それぞれの武器に仕込まれた幻影効果だ。
ダンジョン魔法によって、“宝物”を新しく創り出していた。
「素敵かどうかはともあれ、あの武器は有用かも知れんな。幻とはいえ、簡単に作り出せるなら敵を驚かせるくらいの効果はある」
「エキュリアさんは真面目ですねえ」
「おまえが不真面目すぎるのだ! 仮にも王命を受けて行動しているのだぞ!」
テーブルを叩いて、エキュリアは眉を吊り上げる。
だけどスピアは呑気な顔をしたまま、こてりと首を傾げた。
横に座っているセリスも、お茶の注がれたカップを優雅に傾けている。
「心配無用ですわ。女王でさえ、わたくしたちの舞台には魅了されるのですから」
「そうですね。もう一回舞台を開いて、セフィーナさんも招待しましょう」
「妙な計画を立てるなぁっ!」
またエキュリアが吠える。
魔族から解放され、歓喜に沸く街―――、
その舞台裏も、なかなかに賑やかなことになっていた。
ひどいマッチポンプ?
いいえ、ただの演劇です。
そしてエキュリアさんの二つ名がまた増えました。
今度は『解放騎士』ってところですかね。