自称、司書見習い
図書館入り口の横には、質素な部屋が設けられている。
広さはそこそこ。司書たちの執務室だ。
その部屋に入って、スピアは利用者として登録を行った。
大型の魔導具が設置されていて、そこに微量の魔力を流す。個々人で違う魔力の質を記録し、結界で弾くかどうか判別するものだ。
あとはアリエットが簡単な書類を整えて、登録が完了する。
「図書館の利用時間は、朝から日暮れまでとなっています。ですが、司書がいない時は鍵が掛けられていますので、その時は申し訳ありませんが諦めてください。いまは司書が私しかいなくて、なるべく開けられるようにはしているんですが……」
本の貸し出しや重要な書物の扱いなど、図書館には様々な規則が設けられている。
印刷技術もまだあまり広まっていないので、本というのは貴重品だ。国の財産とも言えるそれらの本を守るため、図書館に厳重な決まりがあるのは当然だった。
細かな部分まで、アリエットはつらつらと述べていく。
真面目なアリエットは、司書としてすべての規則を暗記していた。
「なるほど、分かりました」
スピアも大人しく説明を聞いていた。
まあ、しっかりと頭に入れていたかどうかは定かではないけれど。
「要するに、本を大切にすればいいんですね」
「え、ええ……身も蓋も無い言い方をされると、そうなります……」
長々とした説明を一言でまとめられて、アリエットは肩を落とした。
溜め息とともに、眼鏡もずり落ちる。
「んん? お疲れですか? 本の読み過ぎはよくありませんよ?」
「いえ、べつにそういう訳では……」
「それじゃ、今度こそ図書館へ突撃です」
「あ、はい。って話の切り替えが早すぎですよぅ」
すたすたと図書館へ向かうスピアの後を、アリエットは慌てて追いかける。
両開きの扉を抜けて、二人は書架の間を進んでいった。
静寂に包まれていた場に、軽やかな足音ばかりが響いていく。
やがて、スピアはぴたりと足を止めた。
「図書館で静かにするのは分かります」
言いながら、両手を広げる。ぐるりと回って周囲を示した。
「でも、静かすぎです。誰もいないじゃないですか」
「それは、その……あまり人が訪れる場所でもありませんから……」
「貸し切りですね。騒ぎ放題です」
くるくると回って鼻唄まで歌いながら、スピアは書架の間を抜けていく。
まるっきり行儀の悪い子供みたいな行動だ。
司書であるアリエットとしては注意すべきだろう。
だけど相手は王族直属の騎士で、下級貴族のアリエットよりも身分は遥かに上だ。
出来ることと言えば、困った顔を見せるくらい。
それにまあ、騒いだところで迷惑がる利用者がいないのも事実だった。
「たまに、文官の方が調べ物には来るんですけ、ど……?」
ぱたり、とスピアが倒れた。
糸が切れたみたいに、床へ突っ伏して動かなくなる。
アリエットはしばし呆然としてしまう。
「あ……す、スピアさん!? 大丈夫……ぅ?」
「目が回りました!」
元気一杯の返答をして、スピアは跳ね起きる。
まったく心配なんて要らなかった。
「それで、歴史の本は何処でしょう?」
「えっと……あ、はい。ちゃんと本を読むつもりはあったんですね……」
溜め息を零しつつ、アリエットはいま来た方へ足を向けなおす。
最初に言ってくれれば、という文句は辛うじて呑み込んだ。
机の上に、何冊もの分厚い本が置かれた。
目についた歴史書を適当に、スピアがまとめて持ってきたものだ。
その内の一冊を開いて、次々とページをめくる。スピアの目は忙しなく文字を追っていく。
「凄い集中力……」
「数字がなければ楽しく読めるんです」
思わず呟いたアリエットに、スピアは朗らかな声を返す。
だけど視線は文字を追い続けていた。
やがて一冊を読み終えたスピアは、ふぅっと息を吐いた。
「随分と違います」
「えっと、何が違うんです?」
「歴史です。それと、千二百年以上前の部分が抜けてますね」
「古代の部分ですか……その辺りに関しては、史料もほとんどありませんから。あ、でも待ってください。古代遺跡を探索した方の手記がどこかにあったと思います」
早口に述べて、アリエットは席を立った。
すぐに図書館の奥へと向かっていく。
止める間もなく、スピアは細い背中を黙って見送った。
ほどなくして、一冊の本を抱えたアリエットが小走りに戻ってくる。
「図書館で走っちゃいけません!」
「あぅ……す、すいません。私ったら調べ物になるといつも夢中になって……」
ぺこぺこと頭を下げながら、アリエットは抱えていた本を差し出す。
それを受け取るスピアも困った顔をする。
本気で謝られるとは思っていなかった。
だけど、そこで悪びれないのがスピアという生き物だ。
「アリエットさんは、歴史に詳しいんですか?」
「え? いえ、誇れるほどではないです。それなりに歴史書には目を通していますけど……」
「なら、教えてください」
そう述べて、スピアは背筋を伸ばす。聞く姿勢だ。
真っ直ぐな眼差しをアリエットへと注ぐ。
「わ、私の知識なんて、大したものじゃありませんよぅ。教えるとか、そんな……」
「ダメですか?」
スピアはしょんぼりとした顔をする。
そんな態度を取られては、アリエットも断るのは気が引けた。
「あの……歴史って、どの辺りでしょう? 細かい部分は私も分からないので……」
「はじめからです。大雑把で構いません」
「そうなると大陸史でしょうか? ですが歴史の始まりを何処に置くかは、専門家も議論するところだと聞いています」
眼鏡を上げ直しながら、アリエットはゆっくりと語り出す。
躊躇ってはいたものの、知的な話をするのは嫌いではなかった。アリエット以外にも司書がいた頃には、歴史についての議論を交わしたこともある。
その時の相手は上級貴族で、無礼だと叱責されたりもしたが―――。
「神が人間を創造なさった時を始まりだと言う方もいます。でも文明という意味では、『はじまりの国』の興りを基準にするべきだという意見も強いです。あるいは『永世王ラグナローグ』が生まれた時、それと『天崩大戦』の終結こそ歴史の始まりだというのも、賛同する方は多いみたいです。どの説でも千二百年前が大きな節目になりますが、やはり無視できないのは『ヤルタホルスの書』に記された……」
一旦語り出すと、アリエットの口調はどんどん熱を帯びていく。
勢いある言葉の流れに、さすがにスピアもちょっぴり押されてしまう。
自分から話を振ったのでなければ、そっと身を隠していただろう。
「千二百年前に、『はじまりの国』が滅んだんですよね? その国が続いたのは、どれくらいの期間なんです?」
「それさえも不明なんです。数百年とも、数千年とも言われています」
「随分と開きがありますねえ。記録のひとつくらい残っていそうなのに」
「魔神や邪神は、文明そのものを嫌ったそうですから。あるいは永世王が神々を降臨させる際に、歴史を代償として差し出したとも言われています。いずれにしても、それだけ『天崩大戦』が激しかったのだと……」
遥か昔には、人類はたったひとつの国に統一されていたという。
スピアにはなかなかに信じ難い話だった。
調べたかったのは、その国を治めていたという『永世王』に関してだ。
人の身でありながら、永遠の寿命を持ち、没した後には神の座へ迎えられたと歴史書には記されている。
それを見習いたい、などとスピアは考えていない。
けれど手掛かりはあるように思えた。
元の世界へ帰るため、神を自称する人攫いを殴りつけるために―――。
「それにしても……」
話が一段落したところで、スピアはぽつりと呟いた。
じっとアリエットを見つめる。
「やっぱりアリエットさんは物知りですね」
「え? な、なんですか急に。私なんか他の方と比べたら全然で……」
「知的な人もかっこいいです」
あからさまなお世辞、と普通なら受け取られるところだろう。
けれどスピアにそんな意図はない。
ただ正直な感想と、思いつきを口にしただけ。
「ってことで、わたしも今日から司書見習いになります」
「ど、どうしてそうなるんですか!?」
戸惑いながらも、アリエットは声を荒げる。
でもそんなキレのないツッコミでは、スピアを止められるはずもなかった。
図書館司書見習い(仕事しない)
ダンジョンマスターって本来、知略で勝負するものですよね。
なので、そこらへんを称号効果でちょこっと強化です。