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私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第五章 王宮図書館の司書見習い編(ダンジョンマスターvs英知の神)
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よくある朝の風景

 ベルトゥーム王城の一角に、要人を迎えるための客間がある。

 本来なら、他国からの客人などのために用意されている部屋だ。

 王国貴族でもおいそれとは踏み入れられない。

 けっして、風の通りが良いから、なんて理由で使われてよい場所ではなかった。


「んん~……よし! 今日もいい朝だね」


 ベッドから起き上がり、身体を伸ばして、スピアは柔らかく目を細めた。

 最近のスピアは、朝もすっきりと目覚められる。


“こちら”での生活にも慣れてきたおかげだろう。

 王国内の状勢もひとまず落ち着いて、のんびり過ごせているというのもある。


 とはいえ、王の退位という大きな出来事は混乱も招いている。

 城内の関係者は、いまも新たな体制へ移行するため日々忙しなく働いていた。

 スピアだって、城内でだらだらとしているばかりではない。


「さて、行こうか」


「はい。お屋敷の支度は、いつでも整っております」


 部屋の隅に控えていたシロガネを伴って、スピアは転移陣へと足を向ける。

 こっそりと設置した物だ。

 いつものように、エキュリアなどに見つかったら怒鳴られる物でもある。


 転移陣の技術は未だ解明されておらず、大陸のどの国でも稀少な物だ。

 気楽に使えるのはスピアくらいだろう。

 だけど幸か不幸か、いまはまだ見つかっていない。

 なのでスピアは気兼ねなく、ひよこ村へと向かう。


「おかえりなさいませ、ご主人様」


「うん、ただいま。おはよう」


 揃って出迎えてくれた奉仕人形メイドたちに、スピアは手を振って応える。

 そうして身支度を整えると外に出た。

 軽い走り込みを兼ねて、村をぐるっと一回りするのが最近の日課だ。


 ほんの数十名から始まったひよこ村も、どんどん賑やかになってきている。春先になって引っ越してくる住民が増えたし、商人の出入りも活発だ。北方のアルヘイス領から訪れる者も多くなった。

 冬の寒さで倒れる者は一人もいなかったし、畑では種蒔きの準備も進んでいる。職人たちの仕事も、街との取引もあって順調だった。


 スピアが村を回っていると、皆が挨拶をしてくるのもいつもの光景だ。

 目を覚ました人々が、ばらばらと広場に集まってくる。

 ほとんどの住民が出揃う頃になると、スピアもその広場の中央で足を止めた。


「それじゃ、今日も一日頑張ろう。朝の体操第一ー!」


「腕をぉぉぉうぇぇぇぇぇい上げてぇぇぇーー! 背伸びの運動ぉぉぉーーー!」


「ミュモザちゃんはいっつも元気だねえ」


 少々おかしな住民もいる。

 未だにスピアへ祈りを奉げる者がいるのも、村が作られた経緯を考えれば仕方ない。穏やかな空気とともに、住民たちの笑声が流れていく。


 体操を終えると、それぞれが雑談を交わしながら家に戻っていった。

 スピアも屋敷へと戻って、朝食の席に着く。


「あれ? ユニちゃんはまた寝坊?」


「いえ。いまも“課題”に取り組んでおられます」


「そっか。あんまり無茶させないでね」


「最近は、ご本人も楽しんでおられるようです。ご心配は無用かと」


「期待できそうだねえ」


 シロガネたちから報告を受けながら、スピアは焼きたてのパンに齧りつく。手作りのジャムも程好い甘さで美味しく仕上がっていた。


 王都で買い込んだ食材も増えて、村での食事も豊かなものになってきている。

 茹でたジャガイモとベーコン、チーズを混ぜたサラダが、最近のお気に入りだ。

 もきゅもきゅと、スピアは頬張る。


「ロウリェさんも、ちょこちょこ遊びに来てるんだよね?」


「はい。転移陣を利用した海産物の取引に関しましても、順調に進んでおります。そちらの詳細は、クロガネから報告を」


 シロガネに促されて、クロガネが歩み出る。

 皆一様に冷ややかな気配を纏った奉仕人形は、その所作も似通っている。一礼する際の腰や頭の角度などは、もしも調べたらまったく同じ数値が出るだろう。


 でも当然ながら、其々の個性もある。

 シロガネと比べて、クロガネは幾分か小顔で、艶のある黒髪も短めだ。子供っぽくも見えるけれど、その眼差しは鋭い。

 同時に創り出されたアカガネは、対照的に、ぼんやりとしている部分もある。

 オモイカネは一番背が高く、眼鏡をしているので分かり易い。

 目立つという意味では、大きなハンマーを手にしたクマガネが一番だろう。


「でも色分けなら、ピンクを入れた方がよかったかも……」


「ご主人様?」


「ううん、こっちの話だよ。続けて」


 余計な思考を打ち切って、スピアは表情を引き締める。

 真面目な話はあまり好きではない。

 だけど、ひよこ村を拓いたのはスピア自身だし、村長としての務めを放り出すつもりはなかった。


「続けます。クリムゾン領と王都では、順調に販路を拡大中です。漁獲量の多いものは薄利多売を基本方針として、平民への認知度を広めているところです。また何種類かの高級魚を設定し、利益率を上げております。こちらも貴族への売り込みが徐々に成果を上げております」


 ふむふむ、とスピアは頷く。ほっぺについたジャムを指で掬いながら。


「夏の前には、充分な利益を上げられる予定です。それに伴いまして、セイラールの街での漁業拡大も計画しております。商業ギルドとも話を進めておりまして、就きましては、ご主人様よりのご裁可をいただきたく存じます」


 クロガネが分厚い紙束を差し出す。

 セイラールの街との取引での損益や、今後の事業計画をまとめたものだ。細かな数字と文字列がビッシリと書き連ねられている。


「むぅ……文化祭でお店をやった時は、ちぃちゃんにお任せだったけど……」


 スプーンを咥えたまま、スピアは書類束をめくっていく。

 ぱらぱらと。紙をめくる手はどんどん早くなる。


 読んでいるというより、読み飛ばしているといった方が正確なのはともかくも。

 眉根を寄せながら笑みを深めるという器用な真似を、スピアはやってのけた。


「うん。だいたい分かった」


 書類束を閉じて、スピアは自信たっぷりに頷く。

 並んでいる五名のメイドをぐるりと眺めると、片手を軽く上げた。


「多数決で決めよう。この計画に賛成の人は、挙手!」


 問われて、シロガネたちは微かに目を見開いた。

 どうやら予想外の展開だったらしい。


 ほとんど間を置かずに手を上げたのはクマガネだ。

 がぅ、と。きっと何も考えていない。


 ややあって、提案者であるクロガネも手を上げる。

 次にシロガネとオモイカネが続いて、アカガネは「判断を保留いたします」と一礼した。


「それじゃ、賛成多数ってことで」


 承認!、と書類の上に大きく書き加える。

 面倒くさくなって逃げた―――そう指摘されたら、スピアはきっと否定するだろう。


 けれどまあ、丸投げしたのは事実だ。

 そもそもスピアは、村の経営や商売の手法なんて知らない。

 ダンジョン製作でさえ、細かな計画を立てるのが苦手で避けた部分もある。


 だけど苦手なら、他から力を借りればいい。

 今回の判断にしても、シロガネたちへの信頼があってこそ。

 自分が下手に考えるよりも上手くいくだろう、と考えたから。

 それに、最終的な責任を放り出すつもりはなかった。


「思う存分にやって。あ、でも利益を独占しすぎないようにね。商売の基本は、関わったすべてが幸せになれること、らしいよ?」


 どこで聞いた言葉だったかなあ、と考えながらスピアは話を区切った。

 メイドたちは揃って頭を下げる。


「あとは……村の拡張は、まだ大丈夫かな?」


「はい。住民の増加を考えましても、充分な土地が空いております」


「必要な設備とかがあったら言ってね。ダンジョン魔法で大抵のものは作れるし、いまなら魔力にも余裕があって……あ、そうだ!」


 ぽん、とスピアは手を叩く。そして嬉しそうに頬を緩めた。

 もしもこの場にエキュリアがいたら、嫌な予感を覚えただろう。


「鉄道を敷こう!」


「……鉄道、ですか?」


 シロガネは問い返して、僅かに眉を揺らした。

 他の面々も冷ややかな態度は保ったままだが、それぞれに目線を交わしたり、静かに首を振ったりする。


「ぷるるんやサラブレッドがいればひとっ飛びだけど、この村って、クリムゾンの街とけっこう離れてるからね。もっと便利になってもいいと思うんだ」


 元々は、傷ついた女性たちを匿うための村だった。

 けれどその役割はほとんど達成されて、彼女たちの傷も癒えてきている。

 ならば次は、村の発展を目指す。


 極めて真っ当な判断だと言える、が―――、

 スピアが関わると、とても非常識なものになってしまう。


「さすがに電車は無理だから、まずはトロッコかな。馬車くらいの大きなのも通れるようにしたいね」


「鉄の路線を、クリムゾンの街と繋げる、ということでしょうか?」


「うん。最初はね。北のアルヘイスだっけ? そっちとも繋げたいね」


 にんまりと頬を緩めて、スピアは目を輝かせる。

 こうなるともう誰にも止められない。


「魔法で動くようにすれば、大勢が使うのにも楽かな。王都の地下にあった船もそんな感じだったし。それを確認して……作ったら、まずはエキュリアさんを乗せてあげよう」


 無邪気に微笑んで、うんうんと頷く。

 ひよこ村のさらなる発展が決定した瞬間だった。







 村の様子を確かめ、朝食も片付けると、スピアはまた王都へと戻った。

 転移陣を踏めば、そこはもう客室だ。


 ただし、暗闇になっている。こっそり設置した転移陣を隠すためだ。

 その暗闇から、スピアは上機嫌で扉を開けた。


 差し込む明かりに目を細めながら、狭い空間を抜ける。

 きっと気が緩んでいたのだろう。

 普段のスピアなら、『領域』内に入った者がいればすぐに気づく。

 王都内とはいえ、手が届く範囲くらいには『領域』を設定してある。

 だから、同じ室内に誰かがいれば察知できるはずだった。


「あ……!」


 一歩を踏み出したところで、スピアは間の抜けた声を漏らした。

 ぱちくりと瞬きを繰り返す。

 目の前に、エキュリアがいた。


「……何故、タンスの中から出てくる?」


 エキュリアも呆然とした顔をしていた。

 けれど伊達に、何度もスピアに驚かされてきたのではない。

 すぐに立ち直ると、怪訝な眼差しを向けた。


「えっと……転移陣なんて無いですよ?」


「あるのか!? あるんだな!」


 穏やかな朝を迎えていた城に、エキュリアの怒鳴り声が響き渡った。



スピアの弱点その1。数字と隠し事が苦手。


あと、歌詞じゃないはず……はず……そのつもり……。これだけ崩せば大丈夫……?

そもそも歌じゃなく、掛け声ですし……。

ダメだったらすぐに修正します。

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