親衛隊長選抜試験⑥
まるで巨大な魔物が暴れたような惨状だ。
広大な窪地ができあがって、土砂と瓦礫が入り混じっている。
ほんの少し前までなだらかな丘陵だった場所を、エキュリアは愕然として眺め下ろしていた。
他の騎士たちも唖然として言葉がない。
それでも周囲への警戒を忘れていないのは、誉められるべきところだろう。
「……本当に、スピアは無事なのだな?」
馬を降りたエキュリアは、隣にいるシロガネへあらためて訊ねた。
目の前の惨状はスピアが仕出かしたことだと、すでにシロガネから聞いていた。
だけどそう簡単に受け入れられる事態ではない。
大規模な地下施設を、さらに地下へと突き落としたなんて―――、
言葉にしても現実感が伴わない。
いったい何処の誰がそんなことを思いつくというのか。
「ご主人様は、すでにこちらへと向かっておられます。ですが、ひとつ懸念があると仰られておいでです」
「懸念? まだなにか問題があったのか?」
施設の中枢となっていたゴーレムは、スピアによって破壊された。
その時点で、他のゴーレムも活動を停止していた。
細かな理屈などは、エキュリアたちにはまだ把握できていない。
けれど脅威が去ったのは、辺りの雰囲気からもなんとなしに感じ取れた。
だというのに、“懸念”とは―――、
そもそもスピアが消極的な言葉を使うことが珍しい。
王都を丸ごと潰せそうな屍竜と対峙した時でさえ、スピアは笑みを絶やさなかった。
妙な胸騒ぎを覚えつつ、エキュリアはシロガネの言葉を待つ。
「ご主人様にとっても、今回の事態は想定外の連続だったそうです。ゴーレムの軍勢による襲撃から始まり、その対処にしても、大袈裟なことになってしまったと」
「……ふむ?」
「ですので、エキュリア様に怒られないか不安だと仰っておられます」
「さっさと出てくるように伝えろ!!」
心配していたこちらが馬鹿みたいではないか!
そうエキュリアは声を荒げて、地団駄を踏む。
「ああもう! さっさと帰るぞ! 十数える間に出てこないと、本当に怒るからな! いちにいさんしいごぉろく―――」
「置き去りはヒドイです!」
パカリ、と蓋のようになっていた地面が押し開かれた。
そこから姿を現したのは、もちろんスピアだ。ぷるるんもいる。
少々、土埃に汚れてはいたが、その笑顔は元気一杯だと語っていた。
騎士たちは言葉もない。シロガネやクマガネは冷然と佇んでいる。
エキュリアもしばし静止してしまったが、その頬はヒクリと歪んでいた。
「ヒドイのはおまえの態度だ! 無事ならば早く出てこい!」
「むぅ。エキュリアさんは演出を分かってません。こういう場面では、もう駄目かと思われた時に出てくるのが感動的なんです」
「そんな感動など要らん!」
うがぁっ!、とエキュリアは吠えて、スピアの頬っぺたを摘み上げた。
「いはいれふ!」
「少しは心配する側の気持ちも考えろ!」
文句を言いながらも、エキュリアはすぐにスピアを解放した。
そうして今度は、くしゃくしゃと頭を撫でる。
「それと、偶にはちゃんと誉めさせろ。私だって怒りたいばかりではないのだぞ?」
「わたしだって、エキュリアさんを怒らせたい訳じゃありません」
「その言葉はかなり疑わしいがな!」
頭を撫でる手が、わしゃわしゃと乱暴な動きに変わる。
しばらくじゃれ合ってから、エキュリアはひとつ息を吐いた。
真面目な顔になって、スピアが出てきた地面の穴へと目を向ける。
「結局、あの地下施設はすべて埋まってしまったのか?」
「はい。掘り返すのも大変だと思います」
相変わらず、スピアは朗らかに答える。
だけどほんの少しだけ、その声には残念そうな色も混じっていた。
大規模な地下遺跡というだけでも驚くべき発見だ。古代迷宮などは、国家が探索に力を注いで、有用な技術や宝物を得られることもある。
ゴーレムが徘徊する遺跡というだけでも珍しい。
この場の地下施設も、調査が進めば王国に恩恵をもたらした可能性はある。
エキュリアだってそれは理解していた。
けれどいまは多くを求める時ではないと、柔らかな笑みを浮かべる。
「こうして無事だっただけで充分だ。それに、まだ停止したゴーレムも山ほどある。あれを回収するだけでも、王国の利益になるはずだ」
やや声を大きくして、控えている騎士たちにも聞こえるように述べる。
自分たちの功績になるとあって、皆一様に嬉しそうな声を零した。
緩んだ空気に、スピアも表情を綻ばせる。
「またセフィーナさんのお仕事が増えちゃいますね」
「それを支えるのも我らの務めだ。そのためにも、急いで王都へ帰るぞ」
エキュリアに促されて、其々が帰り支度を始める。
と言っても、馬に乗るだけだ。
スピアもぷるるんに乗って、荒れ果てた窪地をちらりと振り返った。
「……いつか大元のダンジョンにも行けるかな」
小さな呟きは、平原の風に紛れて消える。
晴れ渡った空の色が心地良くて、スピアはぼんやりと目を細めた。
◇ ◇ ◇
暗闇の中、“彼女”は思案する。
いったいアレは何者なのか―――。
千年にも及ぶ成果のひとつが、たった一人によって叩き潰された。
正確には、千年とは言えない。
五百年ほど前に、目的には到達し得ないと判断して、規模を縮小していた。
数だけでは国を守る力と成り得ない。そう結論を出したのだ。
奇しくも、今回の出来事でそれが証明されたと言える。
送られてきていた映像や信号が途絶えたことで、施設が完全に制圧されたのだと理解できた。
その事実を淡々と受け止めている。
しかし驚愕に値するのも、また事実だった。
「驚愕……? 魔導具である私が、人間のように?」
こてり、と“彼女”は首を傾げる。
黒曜石のようなその瞳には、なにも映っていない。表情も皆無だ。
けれどほんの少し、一瞬だけ、口元に笑みが浮かんだようでもあった。
それでもまたすぐに表情は消える。
目蓋も伏せて、思考へ意識を傾け、いくつもある施設の状況を確認していく。
「……現行の全作業を再検証。新規計画を提案。承認……」
驚愕する出来事が起ころうとも、“彼女”の目的は変わらない。
また繰り返すだけ。
千年前に与えられた、国を守るための兵器を作り出すという命令を―――。
「……偵察を開始する」
呟いて、遠く離れた場所にある施設のひとつに指示を送った。
そうして“彼女”はまた待ち続ける。
延々と。ただ命令に従うままに。
けれど、いつかあの少女と出会えるのでは―――そんな予感も確かに胸に浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
ゴーレム騒動から数日―――、
王都では、変わらず穏やかな日常が流れていた。
地下施設は埋もれてしまったものの、大量の停止したゴーレムが見つかって、一時期は騒動にもなった。それらの回収作業に駆り出された兵士は、いまも忙しなく働いている。魔導研究者の一部が狂喜乱舞したりもしていた。
しかし王都で暮らす平民の多くは、そんな出来事に気づきもしていない。
噂を耳にする者がいても、自分たちの生活に関わりがないと分かれば、すぐに興味を失っていった。
「ふっふふ~ん♪ ふふ~ん♪」
当事者であるスピアも、鼻唄が歌えるくらい平穏な日々を過ごしている。
まあ周囲が嵐のような日々に見舞われているのはともかくも―――。
「ふふっぬふ~ん♪ でゅどぅ~んでゅ~ん♪」
妙な鼻唄を流しながら、スピアは城内の通路を歩いていた。
その手には十枚ほどの紙束が握られている。
広い通路に出たところで、壁に向かって背伸びをする。
ぺたぺたと、持っていた紙を貼り付けた。
「……なにをしている?」
背後から、低い声で問い掛けられた。
スピアは振り返り、また顔を戻してしっかりと紙を貼り付けてから、あらためて声の主と向き合う。
得意気に胸を反らして答えた。
「張り紙です。親衛隊員の第二次募集です!」
「また勝手なことを始めるな! そもそも、城内に妙な張り紙など許されん!」
仮にも親衛隊長であるスピアに対して、これだけ堂々と怒れるのはエキュリアしかいない。
「それに、なんだこの『明るく家庭的な職場です』というのは!?」
「様式美です!」
「そんなものは知らん! どんな様式だ!?」
怒鳴りながら、エキュリアは壁の張り紙を指差す。
そこにはまだツッコミ処が山ほどあった。
募集条件や給与まですべて応相談だったり、
妙に美化されてキラキラと輝くエキュリアの絵が描かれていたり、
肝心の連絡先が、『城の中庭にいるキングプルン』と書かれていたり―――。
「だいたい、先の試験で残った者は合格にしたはずだ。もう充分ではないか」
細かなツッコミを、エキュリアは諦めることにした。
それよりも妙な行動を諌める方を優先する。
親衛騎士の人数がひとまず足りているのは、スピアも承知しているはずだった。
「だけどまだ少ないです。いざっていう時にはピンチなはずです」
「む……それはまあ、そうとも言えるが……」
「っていうことで、次の選考はエキュリアさんにお任せします」
「待て! なんでそうなる!?」
思わぬ反撃を受けて、エキュリアは眉根を寄せる。
主君であるレイセスフィーナの安全を考えれば、親衛隊の増強は望ましいところだ。けれど簡単に決められる話でもない。人選ひとつにしても、慎重に行わなければならないのだ。
少なくとも、ノリと勢いで決めてよい話ではなかった。
「大丈夫です。おまけで、ザームさんも付けます」
「ザーム殿をおまけ扱いするな! ただでさえ彼は真面目で、苦労を抱え込む性格なのだぞ。最近は胃の辺りを押さえている時が多いし、それに、そういう話ではなくてだな……」
エキュリアは頭を抱える。
そんな様子を前にしながらも、スピアは自信たっぷりに言ってのけた。
「きっと良い人が集まりますよ。だって、ぷるるんが面接してくれますから」
「は……? 待て。まさか連絡先がぷるるんというのは……?」
「わたしも学習しました。第一次試験は、無難に面接です」
もう問題が解決したかのように述べて、スピアは軽やかに身を翻す。
また鼻唄を歌いながら歩き出した。
残されたエキュリアは、しばし呆然として―――、
「待てと言うのに! おまえは、ああもう!」
小柄な背中を追って走り出す。
親衛隊に穏やかな日々が訪れるのは、まだ当分先になりそうだった。
4.5章はここまでとなります。
ぷるるんとの面接がどうなったかは、機会があれば。
今回は幕間はなく、来週から第五章に入ります。