表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私、ダンジョンマスターやめます! ~迷宮少女の異世界譚  作者: すてるすねこ
第4.5章 みんな大好き親衛隊長編(ダンジョンマスターvs最強兵器)
100/157

親衛隊長選抜試験⑥


 まるで巨大な魔物が暴れたような惨状だ。

 広大な窪地ができあがって、土砂と瓦礫が入り混じっている。

 ほんの少し前までなだらかな丘陵だった場所を、エキュリアは愕然として眺め下ろしていた。


 他の騎士たちも唖然として言葉がない。

 それでも周囲への警戒を忘れていないのは、誉められるべきところだろう。


「……本当に、スピアは無事なのだな?」


 馬を降りたエキュリアは、隣にいるシロガネへあらためて訊ねた。

 目の前の惨状はスピアが仕出かしたことだと、すでにシロガネから聞いていた。


 だけどそう簡単に受け入れられる事態ではない。

 大規模な地下施設を、さらに地下へと突き落としたなんて―――、


 言葉にしても現実感が伴わない。

 いったい何処の誰がそんなことを思いつくというのか。


「ご主人様は、すでにこちらへと向かっておられます。ですが、ひとつ懸念があると仰られておいでです」


「懸念? まだなにか問題があったのか?」


 施設の中枢となっていたゴーレムは、スピアによって破壊された。

 その時点で、他のゴーレムも活動を停止していた。

 細かな理屈などは、エキュリアたちにはまだ把握できていない。

 けれど脅威が去ったのは、辺りの雰囲気からもなんとなしに感じ取れた。

 だというのに、“懸念”とは―――、


 そもそもスピアが消極的な言葉を使うことが珍しい。

 王都を丸ごと潰せそうな屍竜と対峙した時でさえ、スピアは笑みを絶やさなかった。

 妙な胸騒ぎを覚えつつ、エキュリアはシロガネの言葉を待つ。


「ご主人様にとっても、今回の事態は想定外の連続だったそうです。ゴーレムの軍勢による襲撃から始まり、その対処にしても、大袈裟なことになってしまったと」


「……ふむ?」


「ですので、エキュリア様に怒られないか不安だと仰っておられます」


「さっさと出てくるように伝えろ!!」


 心配していたこちらが馬鹿みたいではないか!

 そうエキュリアは声を荒げて、地団駄を踏む。


「ああもう! さっさと帰るぞ! 十数える間に出てこないと、本当に怒るからな! いちにいさんしいごぉろく―――」


「置き去りはヒドイです!」


 パカリ、と蓋のようになっていた地面が押し開かれた。

 そこから姿を現したのは、もちろんスピアだ。ぷるるんもいる。

 少々、土埃に汚れてはいたが、その笑顔は元気一杯だと語っていた。


 騎士たちは言葉もない。シロガネやクマガネは冷然と佇んでいる。

 エキュリアもしばし静止してしまったが、その頬はヒクリと歪んでいた。


「ヒドイのはおまえの態度だ! 無事ならば早く出てこい!」


「むぅ。エキュリアさんは演出を分かってません。こういう場面では、もう駄目かと思われた時に出てくるのが感動的なんです」


「そんな感動など要らん!」


 うがぁっ!、とエキュリアは吠えて、スピアの頬っぺたを摘み上げた。


「いはいれふ!」


「少しは心配する側の気持ちも考えろ!」


 文句を言いながらも、エキュリアはすぐにスピアを解放した。

 そうして今度は、くしゃくしゃと頭を撫でる。


「それと、偶にはちゃんと誉めさせろ。私だって怒りたいばかりではないのだぞ?」


「わたしだって、エキュリアさんを怒らせたい訳じゃありません」


「その言葉はかなり疑わしいがな!」


 頭を撫でる手が、わしゃわしゃと乱暴な動きに変わる。

 しばらくじゃれ合ってから、エキュリアはひとつ息を吐いた。

 真面目な顔になって、スピアが出てきた地面の穴へと目を向ける。


「結局、あの地下施設はすべて埋まってしまったのか?」


「はい。掘り返すのも大変だと思います」


 相変わらず、スピアは朗らかに答える。

 だけどほんの少しだけ、その声には残念そうな色も混じっていた。


 大規模な地下遺跡というだけでも驚くべき発見だ。古代迷宮などは、国家が探索に力を注いで、有用な技術や宝物を得られることもある。

 ゴーレムが徘徊する遺跡というだけでも珍しい。

 この場の地下施設も、調査が進めば王国に恩恵をもたらした可能性はある。


 エキュリアだってそれは理解していた。

 けれどいまは多くを求める時ではないと、柔らかな笑みを浮かべる。


「こうして無事だっただけで充分だ。それに、まだ停止したゴーレムも山ほどある。あれを回収するだけでも、王国の利益になるはずだ」


 やや声を大きくして、控えている騎士たちにも聞こえるように述べる。

 自分たちの功績になるとあって、皆一様に嬉しそうな声を零した。

 緩んだ空気に、スピアも表情を綻ばせる。


「またセフィーナさんのお仕事が増えちゃいますね」


「それを支えるのも我らの務めだ。そのためにも、急いで王都へ帰るぞ」


 エキュリアに促されて、其々が帰り支度を始める。

 と言っても、馬に乗るだけだ。

 スピアもぷるるんに乗って、荒れ果てた窪地をちらりと振り返った。


「……いつか大元のダンジョンにも行けるかな」


 小さな呟きは、平原の風に紛れて消える。

 晴れ渡った空の色が心地良くて、スピアはぼんやりと目を細めた。






 ◇ ◇ ◇


 暗闇の中、“彼女”は思案する。


 いったいアレは何者なのか―――。

 千年にも及ぶ成果のひとつが、たった一人によって叩き潰された。

 正確には、千年とは言えない。

 五百年ほど前に、目的には到達し得ないと判断して、規模を縮小していた。

 数だけでは国を守る力と成り得ない。そう結論を出したのだ。


 奇しくも、今回の出来事でそれが証明されたと言える。

 送られてきていた映像や信号が途絶えたことで、施設が完全に制圧されたのだと理解できた。


 その事実を淡々と受け止めている。

 しかし驚愕に値するのも、また事実だった。


「驚愕……? 魔導具である私が、人間のように?」


 こてり、と“彼女”は首を傾げる。

 黒曜石のようなその瞳には、なにも映っていない。表情も皆無だ。

 けれどほんの少し、一瞬だけ、口元に笑みが浮かんだようでもあった。


 それでもまたすぐに表情は消える。

 目蓋も伏せて、思考へ意識を傾け、いくつもある施設の状況を確認していく。


「……現行の全作業を再検証。新規計画を提案。承認……」


 驚愕する出来事が起ころうとも、“彼女”の目的は変わらない。

 また繰り返すだけ。

 千年前に与えられた、国を守るための兵器を作り出すという命令を―――。


「……偵察を開始する」


 呟いて、遠く離れた場所にある施設のひとつに指示を送った。


 そうして“彼女”はまた待ち続ける。

 延々と。ただ命令に従うままに。

 けれど、いつかあの少女と出会えるのでは―――そんな予感も確かに胸に浮かんでいた。






 ◇ ◇ ◇


 ゴーレム騒動から数日―――、

 王都では、変わらず穏やかな日常が流れていた。


 地下施設は埋もれてしまったものの、大量の停止したゴーレムが見つかって、一時期は騒動にもなった。それらの回収作業に駆り出された兵士は、いまも忙しなく働いている。魔導研究者の一部が狂喜乱舞したりもしていた。


 しかし王都で暮らす平民の多くは、そんな出来事に気づきもしていない。

 噂を耳にする者がいても、自分たちの生活に関わりがないと分かれば、すぐに興味を失っていった。


「ふっふふ~ん♪ ふふ~ん♪」


 当事者であるスピアも、鼻唄が歌えるくらい平穏な日々を過ごしている。

 まあ周囲が嵐のような日々に見舞われているのはともかくも―――。


「ふふっぬふ~ん♪ でゅどぅ~んでゅ~ん♪」


 妙な鼻唄を流しながら、スピアは城内の通路を歩いていた。

 その手には十枚ほどの紙束が握られている。

 広い通路に出たところで、壁に向かって背伸びをする。

 ぺたぺたと、持っていた紙を貼り付けた。


「……なにをしている?」


 背後から、低い声で問い掛けられた。

 スピアは振り返り、また顔を戻してしっかりと紙を貼り付けてから、あらためて声の主と向き合う。

 得意気に胸を反らして答えた。


「張り紙です。親衛隊員の第二次募集です!」


「また勝手なことを始めるな! そもそも、城内に妙な張り紙など許されん!」


 仮にも親衛隊長であるスピアに対して、これだけ堂々と怒れるのはエキュリアしかいない。


「それに、なんだこの『明るく家庭的な職場です』というのは!?」


「様式美です!」


「そんなものは知らん! どんな様式だ!?」


 怒鳴りながら、エキュリアは壁の張り紙を指差す。

 そこにはまだツッコミ処が山ほどあった。


 募集条件や給与まですべて応相談だったり、

 妙に美化されてキラキラと輝くエキュリアの絵が描かれていたり、

 肝心の連絡先が、『城の中庭にいるキングプルン』と書かれていたり―――。


「だいたい、先の試験で残った者は合格にしたはずだ。もう充分ではないか」


 細かなツッコミを、エキュリアは諦めることにした。

 それよりも妙な行動を諌める方を優先する。

 親衛騎士の人数がひとまず足りているのは、スピアも承知しているはずだった。


「だけどまだ少ないです。いざっていう時にはピンチなはずです」


「む……それはまあ、そうとも言えるが……」


「っていうことで、次の選考はエキュリアさんにお任せします」


「待て! なんでそうなる!?」


 思わぬ反撃を受けて、エキュリアは眉根を寄せる。

 主君であるレイセスフィーナの安全を考えれば、親衛隊の増強は望ましいところだ。けれど簡単に決められる話でもない。人選ひとつにしても、慎重に行わなければならないのだ。

 少なくとも、ノリと勢いで決めてよい話ではなかった。


「大丈夫です。おまけで、ザームさんも付けます」


「ザーム殿をおまけ扱いするな! ただでさえ彼は真面目で、苦労を抱え込む性格なのだぞ。最近は胃の辺りを押さえている時が多いし、それに、そういう話ではなくてだな……」


 エキュリアは頭を抱える。

 そんな様子を前にしながらも、スピアは自信たっぷりに言ってのけた。


「きっと良い人が集まりますよ。だって、ぷるるんが面接してくれますから」


「は……? 待て。まさか連絡先がぷるるんというのは……?」


「わたしも学習しました。第一次試験は、無難に面接です」


 もう問題が解決したかのように述べて、スピアは軽やかに身を翻す。

 また鼻唄を歌いながら歩き出した。

 残されたエキュリアは、しばし呆然として―――、


「待てと言うのに! おまえは、ああもう!」


 小柄な背中を追って走り出す。

 親衛隊に穏やかな日々が訪れるのは、まだ当分先になりそうだった。



4.5章はここまでとなります。

ぷるるんとの面接がどうなったかは、機会があれば。


今回は幕間はなく、来週から第五章に入ります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ