お宝召喚
伯爵家を訪れて三日目の朝―――、
朝食をご馳走になった後、スピアはエキュリアの部屋を訪れていた。
服を貸してもらうためだ。
昨日までも寝間着や部屋着は、エキュリアのお古を貸してもらっていた。今日は外出する予定なので、また違った服が必要になる。
「スピア様、とてもよくお似合いです」
大鏡の前に立ったスピアを見て、侍女長が嬉しそうに目を細める。
だけどスピアは渋い顔をしていた。
煌びやかなドレスは確かに綺麗で、スピアの背丈にも合っている。けれど布が多くて重いし、腰も締め付けられるので動き難い。
もちろん、けっしてスピアが太っているのではなく、そういう構造の服なのだ。
「派手すぎます。あんまり目立たない方がいいです」
「そうですか? もっと地味なものとなると、部屋着と変わりませんが……」
「ん~……なら、元の制服でもいいのかな」
スピアが元々着ていた制服も、洗濯した後に返してもらった。いまは”倉庫”に収めてある。いつでも取り出せるが、そちらも少々目立つ気がする。
「あの服も珍しいデザインでしたね。生地も仕立ても、上質なものでした。同じような物を作るとなると時間が必要です」
「あれの代わりがないのは仕方ないですけど……あ、そうだ!」
手を叩いて、スピアは笑顔を輝かせる。
「侍女長さんが言ったように、作ればいいんです。わたしなら時間も掛かりません」
「は……?」
「お、おい、スピア。また妙なことを始めるつもりじゃ……」
侍女長が首を傾げる。これまで黙って見守っていたエキュリアも、不穏な予感を覚えて腰を上げた。
けれどスピアは、すでに魔法の発動へ意識を傾けていた。
ダンジョン魔法の基本は物質変換だ。魔物の召喚は別だが、頑丈な通路を作ったり様々な罠を設置したり、それらは元ある物質構造を組み替えて行っている。
魔力さえあれば、洞窟内に陽の光で満ちる草原まで作れるのだ。
その応用範囲は極めて広い。
(材料は、猪の毛皮でいいかな。この部屋で広げる訳にはいかないから、倉庫の中で……大切なのはイメージ、だと思う。たぶん。きっちり繊維が編み込まれた布地を思い描いて……まずはシャツを作ってみよう……)
円状の影を浮かべて手を伸ばし、ほどなくして引き戻す。
その手には、一枚の大きなTシャツが掴まれていた。
「あぅ。ちょっと失敗……」
真っ白なシャツは、オークでもぶかぶかになるほど大きなサイズだった。
スピアは項垂れるが、様子を見守っていたエキュリアと侍女長は驚きに目を剥く。
「失敗って……いや、大き過ぎるのは見て分かるが、しかしこれは……」
「見事な布地ですね。これをスピア様が、魔法で……?」
「はい。コツは分かったので、次はバッチリです」
今度はシャツに手を乗せて、魔力を流して作り変えていく。
ぐにゃぐにゃと、大きな布地が形を変える。色も様々に移り変わる。
最終的には藍色のシャツとスパッツ、それと、乳白色のコートが出来上がった。コートは簡素なデザインだが、内ポケットが多く、襟が高い。身を守る防具の意味もある。
完成した服を体に当てて、スピアは満足げに微笑む。
「あとは小物で装飾すればよさそうですね。ついでに運動靴も作ってみます」
動き易さを優先。
目立たない服を選ぼうという自重は、もはや何処かに消え去っていた。
エキュリアから小さな革袋を渡される。
中を開いてみて、スピアは思わず目を輝かせた。
「金貨なんて初めて見ました」
「一応、謝礼をかねて渡しておこうと思ってな。こんなもので恩を返せるとは思っていないが、なにかと役には立つだろう」
革袋に入っていたのは十数枚の金貨と、その倍ほどの銀貨だ。
まだお金の価値は把握できていないスピアだが、素直に受け取っておく。今日は買い物もする予定だし、しばらく家に帰れない以上、お金が必要になるのも間違いない。
そうして二人は屋敷を出ようとした。
けれど門の手前で足を止めた。
「あれ、侍女長さん?」
部屋で着替えてから別れたはずの侍女長が、大きな荷車を引いてやってきた。どうやら屋敷の裏手から回り込んできたらしい。
侍女長は一旦足を止めて、丁寧に一礼する。
「随分と大荷物だな……これはいったい?」
「食料品などです。伯爵様が、街の孤児院へ援助として運ぶようにと」
こういった力仕事は、普通なら下男などに任されるところだろう。けれどいまは屋敷の人手も不足している。なので侍女長の苦労が増えるのも仕方ない。
そう事情を理解して、スピアは荷車の後ろに回った。
「それじゃあ、行きましょう」
「スピア、おまえ……まあそうだな。手伝うくらいの時間はあるか」
苦笑して、エキュリアも荷車を押せる位置へと回る。
侍女長は呆気に取られていたが、すぐに慌てて手を振って止めようとした。
「いけません。このような仕事をさせるなど、伯爵様に怒られてしまいます」
「父上は怒らんさ。むしろ、放っておく方が許されん」
「大丈夫です。怒られたら、わたしも怒り返します」
スピアの発言には、エキュリアも目を見張った。けれど苦笑して受け流す。
侍女長は尚も固辞しようとしたが、結局は二人に押し切られた。
「孤児院って、教会と一緒だったりするんでしょうか?」
「そういう所も多いようだな。しかしこの街は、孤児院長が厚意で働いてくれている。大地母神を信仰していたはずだが、教会とは別だ」
そんな話をしながら街路を進む。
大通りから逸れて、いくつかの角を曲がると、小さな家ばかりが並ぶ住宅街へと入る。寂れた道をしばらく進むと、やがて拓けた土地が目に留まった。
区分けされた畑が並んで、十数名ほどの子供たちが作物の世話をしていた。
そこに沿う形で、白い建物がたっている。
「ここですか? 意外と広い土地にあるんですね」
「はい。子供たちが自分で働き、学べるようにと、伯爵様が土地を与えてくださったのです」
畑にいる子供たちは、水撒きをしたり、作物についた虫を取り払ったりしている。中には遊んで騒いでいたり、剣の素振りをしている子供もいるが―――。
楽しそうだなあ、とスピアは頬を緩めた。
ガタゴトと荷車を押しながら孤児院の門をくぐる。
侍女長が来訪を告げると、子供の一人が建物の中へと駆けていった。
ほどなくして玄関の扉が開かれて、若い女性が歩み出てくる。
「ディエロラ様、ようこそおいでくださいました。歓迎いたします」
そういえば侍女長の名前はディエロラって紹介されたっけ―――、
などと今更に思い出したスピアだが、すぐに頭の隅に追いやった。
それよりも、静かに一礼した女性に目を引かれていた。
銀色の長い髪が美しく、まるで光粒を従えたように輝いている。細身だが背は高く、顔立ちも彫刻のようだ。修道服みたいにフードを被っているが、その耳が長いのは見て取れる。
そちらは種族的な特徴だが、ずっと目蓋を伏せているのは個人的な理由があるのだろう。
「彼女が孤児院長のマリューエル殿だ。見た通りの銀霊族。少々ワケがあって盲目だが、剣の腕ならば私よりも上だぞ」
「ふふっ、そんな女傑みたいな紹介はやめてください」
エキュリアは小声で述べたのだが、しっかりとマリューエルの耳には届いていた。
柔らかな微笑を浮かべたまま、マリューエルはエキュリアへ歩み寄る。その足取りは盲目とは思えないほど落ち着いたものだ。
「エキュリア様にもご無沙汰しております」
「ああ。見たところ、子供たちも元気なようだな」
「はい。伯爵様の御慈悲のおかげで……そちらの女の子ははじめてですね?」
目蓋を伏せたままなのに、視線を感じさせる。
マリューエルから話を向けられて、ぼんやりしていたスピアも姿勢を正した。
銀霊族は遥か東方に国を持つ、人類種のひとつとされる種族だ。この西方大陸で多数を占める白人族とも友好的で、様々な魔法技術を伝えた。とりわけ自然と関わる魔法を得意としていて、長寿であるために多くの知識を蓄えている。
ファンタジーの定番で言えばエルフかな。美人さんだし。
あの銀髪も、お爺ちゃんの白髪とはまるで違う―――、
やや失礼な感想を抱きながら、スピアは丁寧にお辞儀をした。
「スピアです。はじめまして。今日はエキュリアさんのお守で来ました」
「あら、そうなの。可愛い騎士さんね」
微笑むマリューエルは、そっとスピアの頭を撫でる。
子供扱いされるのは嫌いなスピアだが、ちょっぴり唇を尖らせるだけに留めておいた。むしろエキュリアの方が文句を言いたそうだったけれど、そちらは見なかったことにする。
「……本当に、可愛いだけではないのね。貴方からは不思議な力を感じるわ」
マリューエルが首を傾げる。
じっと観察するような、困惑しているような顔をしていたけれど、やがてスピアの頭から手を離した。侍女長へと顔を向けなおして、話を進めていく。
「伯爵様にも、よろしくお伝えください。また作物の収獲が終わりましたら、ご挨拶に伺わせていただきます」
「……はい。きっと喜んでくださると思います」
果たして、収獲までこの街は無事でいられるのか―――、
そんな不安を、侍女長も抱いたのだろう。
普段はけっして崩れない冷然とした表情に、微かな影が差していた。
けれどマリューエルは、不安も不穏もすべてを包み込むように柔らかく微笑を浮かべている。
「大丈夫ですよ。光に満ちた風が吹いてきたと、精霊が告げています。そして、その風は強くなっているそうです。きっとこの街は守られます」
「それは……精霊のお告げがあったと?」
「知られているほど、精霊の言葉は重いものではないのですよ。ただ、”そんな気がする”といった程度のもの。ですが、今回は随分と喜んでいるようです」
年長者二人の会話を横に、スピアは荷車から荷物を降ろしていた。
孤児院の子供たちもやってきて手伝ってくれる。小麦粉の詰まった木箱が多く、あとは薪木や子供用の服、雑貨などだ。倉庫へと手分けして運ばれていく。
あらかた荷物を運び終えると、スピアは孤児院の畑に目を向けた。
麦畑も広いが、ほうれん草やトマト、ナスやキュウリといった野菜も育てられている。子供が育てるには難しい作物もあるのだが、どれも青々とした葉を生やしていた。
「へへっ、すごい畑だろ。ウチの野菜は評判もいいんだ」
「マリュせんせーがね、えっと、しゅごいの!」
「大地の精霊が味方してくれるの。おかげで育つのも早いんだよ」
スピアを同年代と思ったのか、子供たちが軽い調子で話しかけてきた。マリューエルのことを語る笑顔は誇らしげだ。
「うん。どれも美味しそう」
スピアが素直に褒めると、子供たちはまた笑顔を輝かせる。
だけど―――と、スピアは人差し指を立ててみせた。
「この畑には、足りないものがあります。それは何でしょう?」
まるで教師みたいな口調で問い掛ける。
子供たちは戸惑いながらも、其々に顔を見合わせ、首を捻った。
「なんだよ。俺たちの畑に文句つけようってのか?」
「たりないもの……あたし、お花畑がほしい! きれいなおはながいっぱいの!」
「新しい花壇も作ってるから、もうちょっとしたら見られるよ。りぃちゃんも一緒にお世話しようね」
「あぃ! おはな、そだてゆの!」
まともな答えがひとつも返ってこない。子供たちの奔放さは、スピアの予想以上だった。
でも、そのくらいでへこたれるスピアでもない。
「答えは、甘味だよ!」
一方的に告げると、スピアは地面に手をついた。
奥の畑にはリンゴの木があるとか、
熟れたトマトはとっても甘くて美味しいとか、
即座に反論する子供もいたが、そんな声も途中で驚きに変わった。
スピアが手をついた場所から大きな魔法陣が描かれて、青白い光が広がる。
「この世界の魔法って詠唱がつくんだよね。だったら、えっと……、
我が呼び掛けに応え、時空を越えて顕現せよ。
其は不変。大地の恵みを受け万難を払い、黄金の輝きを齎す。
太古より甘味の王にして……ん~、とにかく出でよ、サツマイモ!」
「おい! なんだその途中で面倒くさくなったような詠唱は!?」
エキュリアの声を無視するかのように、魔法陣が強く輝いた。
ダンジョン魔法の根幹を成す召喚魔法、その応用だ。本来はダンジョンを守る様々な魔物を召喚するためのものだが、条件さえ合えば他のものだって呼び込める。
実は”召喚”という括りには収まらない魔法なのだが―――、
今回は純粋な召喚だ。
この世界の何処かから、持ち主のいない”サツマイモ”を呼び出すことになる。
(リンゴやトマトがあるなら、サツマイモがあってもおかしくないよね。根野菜と実野菜で違うなんてはずもないし!)
そんな理屈が正しいのかどうかはともかく、魔法は成功したようだった。
光が消えると、地面には紫色の塊が転がっていた。
数十個ほどもある。よく育った大粒のサツマイモだ。まだ土がついたまま、根で繋がっているのもあった。いままさに掘り返してきたばかりにも見える。
子供たちは唖然として立ち尽くしている。
エキュリアも驚かされたが、慌てて駆け寄った。
「なんだこれは? 果実にしては無骨で……野菜、と言ってよいのか?」
「サツマイモです。美味しいですよ」
「味の問題ではなくてだな……ん? これもそのサツマイモなのか?」
エキュリアは転がっている大きな塊を指差した。
深緑色の塊だ。横に長い楕円形で、皺くちゃの果実にも見える。こちらも美しいとは言い難い。
「あれ? カボチャですね。そっちも甘くて美味しいんですけど……なんで混じってたんでしょう?」
「私に聞かれても困るのだが……」
屈み込んだエキュリアは、人の頭ほどもあるカボチャに手を伸ばした。
よく見ると表面に黒い染みがある。三角形の染みは、まるで人の目と、笑っている口元を表しているようだった。しかもその染みは徐々に黒さを増して―――、
パカリ、とカボチャの口が割れた。
地面から跳ねて、エキュリアへ噛みつくかのように襲い掛かる。
「う、わぁっ!?」
エキュリアの目の前で、カボチャが砕け散った。黄色い果肉が飛び散る。
咄嗟に、隣にいたスピアが拳を突き出していた。
「トリックオアトリート!」
「……なんだそれは? こいつの名前か?」
「いえ。なんだかそう叫ばないといけない気がしたんです」
訳が分からない、とエキュリアは頭を抱える。
どうやらいまのカボチャ以外には、襲ってくる野菜は無いようだ。
子供たちを危険に晒すわけにはいかないので、スピアも念入りに調べていく。
「しかし、あのカボチャというのは何だったのだ? 魔物だとしても、あんなものは見たこともないぞ」
「さあ? 召喚に事故は付き物とも言えますし……」
スピアはそっと目を背ける。
じっとりとした眼差しがエキュリアから注がれたが、それよりも!、とスピアは勢いよくサツマイモを掲げた。
「今日はサツマイモパーティです! みんなに甘味をご馳走します!」
おー!、とスピアが声を上げる。
子供たちはまだ目をぱちくりさせていたが、勢いに流されて、一緒に拳を振り上げていた。
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