第七節:ロットン城潜入
予想していた風景よりはだいぶまとも。
それが第一印象だった。
アガベッソの内部は都市と言っても過言ではなく、整備された石畳と規則的に立てられた家屋、王都と比べればさすがに劣るがそれでも十分綺麗な街並みであった。
そんな街並みに迎えられパレードのように大通りを通り、アガベッソの顔ともいうべきロットン城へと歩みを進める。
「大きなお城……」
「さすがアキ殿お目が高い! あれは我が国でも有数の城ですよ。なにしろ代々建設を重ね、200年という歳月をかけて完成したようやく完成した難攻不落の城であります!」
ぽつりとこぼした言葉に、ダングルセンが鼻高々といった形で答える。
その様子は、はたから見れば滑稽なほど胸を張っている。
だが自慢したくなる気持ちも十分にわかってしまう。
そう。
アガベッソにあるこの城は、本当に人工物なのかと疑いたくなるほどの規模なのだ。
ただそれは、東京タワーやスカイツリーのような高さではない。
もちろん、それらと比べるどころか東京にある高層ビルよりも低い。
だが、アガベッソの城の後ろにある山岳地形をうまく取り込んでおり、ロットン城をより大きく見せていた。
また、比較対象である家屋のほとんどが平屋であるためか、差がより際立っており、体感よりも大きく見せていた。
しかし、俺はそんなことよりも二つ気になることがある。
一つはポロリとこぼした言葉がだんだん女言葉に変化したこと。
これは現在の立場上まったくと言っていいほど問題ないのだが、ダングルセンの返答中そのことに気づきかなり凹んだ。
そして二つ目は、俺と同じように異変に気付いた彼女から発せられる。
(人が少なすぎるわね)
耳元で女性の声が聞こえる。
聞こえた声の主はエマ。
少し後方で今はセリアの護衛をしている。
距離を確認するとまず間違いなく大声を出さないと聞こえない距離なのだが、そこはある道具により解決済みである。
レシーバーとマイクである。
現代の機器のような名前であるそれらは俺が名前を付けたもの。
そしてそれらを作ったのはもちろん裏方のハンスだ。
レシーバーは小型のリンクを取り入れた代物、そしてマイクはリンカが取り入れられている。
それぞれデザイン性も考えられているため、鑑定でもしない限りリンカやリンクが含まれているとは気づかないだろう。
俺はそれらを耳と首元つけている。
耳につけているレシーバーはイヤーカフのような形に偽装してあり、外に音が漏れぬよう音に対しては方向性を持たせているため、俺以外には地獄耳でも持っていない限り聞き取ることはできないだろ。
マイクの方はチョーカーのように首についている。
こちらのギミックとしてはチョーカー自体が二重構造になっており首元を軽く抑えることにより内部のリンカと通信用銀が接触し相手に情報を伝える仕組みである。
一応マイクに使っているのはリンカなので送受信可能なのだが、チョーカーから音を出しては気づかれる危険性があるため、使われているリンカは、送信専用といった形で使かっている。
(確かに。ただ人が少ないというか一般人が少ないな。)
チョーカーを怪しまれない程度に抑え小声で話す。
周辺住民にはセリア一行の進路を邪魔しないように人が入らないよう通達があったはずである。
だが、そのことを考えてもあまりにも一般人が少なかった。
進路の邪魔をしなければ問題がないのだ。
普通ならば隣国の大使がこちらに来たのだからパレードほどではないにしろそれに近い状況になってもおかしくないのだが、現状そうはなっていない。
人はまばら。
軽食屋の屋台と、それを買いに来た人ぐらいである。
かわりにその人たちと同数以上の数の兵士たちが街を闊歩していた。
予想はしていたがそれ以上にこの国は内側にも圧力をかけているらしい。
(こんな兵士だらけじゃ、民衆からしたら威圧してないと言っても寝耳に水だろうな)
(そうでしょうね。私だったらこんな国とっくに捨ててるわ)
(同感だ)
まだほかの国についてそんな知識はないが少なくとも飛ばされた国がるルクロワイヤルではなく、シュペッツ王国で心底よかったと思った。
町の入口から歩くこと30分ほどでロットン城へとついた。
まじかで見るとその大きさに思わず声が漏れそうになる。
「ここからはセリア姫様も含めある程度人を絞っていただきたいのですがよろしいですかな?」
「かまわん。わらわのほかに従者及び侍女を数人と文官でいくがそれで問題な?」
セリアがそれぞれを指さし連れて行く人を集める。
その中にはもちろんオズとシルメリアも含まれている。
そしてジェシーとなぜか俺もである。
「えぇ、それぐらいの人数でしたら問題ありません。ほかの方々には私の部下が案内させますのでそちらへお願いします」
「わかった。それでは行くとしよう」
選出に対して俺を選んだのはダングルセン対策の一つだろう。
案の定白の中も案内するダングルセンは上機嫌だ。
城の中へと入った俺たちはその城の壮大さに感嘆の声を漏らしながら歩みを進めある一室へと案内された。
室内は簡易的な会議ならすぐにできそうなぐらいの大きさで、選出された12名の従者たちが一緒にいても窮屈さは感じられない。
「いったんこちらでお待ちくだされ。整い次第またお伺いします」
「わかった。よろしく頼む」
「それでは失礼します。アキ殿また後程」
侍女の真似事としてドアを閉めるため入り口近くに立っていたのが災いしてか、ウィンクが最後に飛んできた。
もういやだ。
心の中で必死で自分を慰め中がらさりゆくダングルセンに、苦笑いと一例をし扉を閉じた。
「さて、アキ少しちこうよれ」
「はい。セリア様」
ここにはもうルクロワイヤル側の人間はいないが、何かあった時のためかセリアが侍女として俺を呼ぶ。
俺もそれに倣い言葉を選んで侍女として従った。
(お主はどう思う)
(少なくともすぐに仕掛けてくることはないとは思う。自分で言うのもなんだがダングルセンは俺にべた惚れだ。何か仕掛けてくるなら俺を切り離して仕掛けてくるとは思う)
(たしかにな。だが相手は国じゃ。侍女の一人など路上の小石ぐらいにしか考えておらんじゃろ。いくらダングルセンに気に入られているからとはいえわらわ以外は消される可能性がある)
(……そこまでルクロワイヤルの現国王は無能なのか)
(さすがにそこまでは馬鹿な真似はしないと思うが用心じゃ。これを持っておれ)
こそこそと会話が進める。
この会話が向こう側に聞かれない保証はない。
用心に越したことはないのだ。
(これは……一応こういう時のためにセリアにあげた物なんだがな)
(今回はわらわよりお主が持つべき武器じゃ。わらわには今回オズやシルメリア、ほかの従者もつく。その中にはアキラ。お主も入っておる。わらわよりそれをうまく扱えるのだ。しっかり守ってたもれ)
セリアが渡してきたのは、いつしかセリアに護身用として渡した武器。
銃である。
(あぁ、全力で守ってやるよ。なぁオズ)
オズに顔を向けると、コクリとオズはうなずきその横にいるシルメリアが笑う。
その微笑みは、あらあらといった声と私もセリアちゃんを守りますねという言葉が聞こえてきそうな感じであった。
(アキラ。わらわの護衛については十分承知だと思うが、最も心配なのは別室に運ばれた奴らじゃ。わかってはおるな?)
(あぁ、すでに手は打ってある。そのためにあいつには先にこの国に越させたんだからな)
(ハンスとか言ったかの? あの鍛冶、いや商人だったか)
(うちの傭兵団の裏方だ。あいつには先に必要なものを運ばせてある)
(うむ。用意がいいのはいいが油断して足元は救われんようにな)
(この状況で油断できるんならそいつはある意味大物だよ)
苦笑しそう答えた。
今回の護衛が決定するのと同時に実はエマがルクロワイヤルへと別の傭兵団を護衛につけハンスに先に侵入させていた。
何かあった時のためにと。
ハンス自身は戦力としてははっきり言ってあてにできないが、それ以外のことなら意外にも優秀なのだ。
奴には諜報のほかに必要な装備の運び屋をやってもらっている。
今のところはそういった情報や装備が必要にはなっていないのでハンスの出番はないが、あるようならそれはかなり危機的状況だ。
できれば出番がないことを祈る。
(あぁ、それと謁見時以外は俺らはこいつで連絡を取る。何かあればすぐに伝えるな)
(わかった。それにしてもマイクとレシーバーとか言ったか。リンカとリンクをそんなふうに使うとはな。今度うちでも正式採用するかの)
(あぁそうしてくれ。団長様は二つ返事のはずだ。なぁ?)
(もちろんよ! ハンスに伝えて量産させるわ)
エマのうれしそうな声が聞こえる。
うむ。
やはり、団長様はお金儲けが大好きなようです。
(まぁ、それはそれとしてこっちはまだ大丈夫よ。お土産渡してる最中だけど、今のところ襲われることはなさそうよ)
(そいつはよかった)
(ただ、リットがナンパされてるは、リオと一緒にね)
(……その話は後で詳しく)
(了解)
そういって俺は首から手を放す。
(現状問題なし、マイクとレシーバーについては団長は大喜びで賛同中かな。さて、そろそろ芝居しないとまずそうだから切り替えるな)
(あぁそのほうがよういじゃろうな)
そういってセリアが首を縦に振った。
「姫様、ご用はどういったものでしょうか?」
「ちとこのネックレスが汚れておるのでな。ルクロワイヤル王と会う前に拭いてはくれんかの」
(試してみたいがよいか?)
(あぁ、大丈夫だ。試してみてく)
そういった後俺は首に手を当てる。
(みんな一回ならす。今回は問題ないが次からこれ聞いたらその時は頼む)
((((了解))))
(それじゃここを押してくれ)
俺はセリアのネックレスを拭くように見せて、ある部分を指さす。
その部分には端的に言えば防犯ブザーを仕込んであるのだ。
(うむ)
セリアがネックレスを押すとビーという音が耳に響く。
その音が聞こえた後、それぞれから聞こえた旨が伝えられた。
(大丈夫だ。全員に聞こえてる)
(そうか。これも採用だのう)
そういってセリアは満足したのか芝居の続きを始めた。
「ふむ。もういいじゃろ。下がってよいぞ」
「はい」
俺はお辞儀をし、後ろへと下がる。
とりあえず、これで準備は整った。
不測の事態があったとしてもある程度は耐えられるぐらいの。
本来ならこんな準備がいらないのが一番なのだが、今回はそうもいかないだろう。
(だが、守る)
そう誓う俺の目には、文官と話し合うセリアの顔が写っていた。