第六節:情報収集
俺は生まれて初めてかもしれない。
ここまで身の危険を感じたことは……
山岳に位置するルクロワイヤルの門に到達して早二日。
門に到達後、ルクロワイヤルに侵入できたのは騎士、および侍女、そして姫様に俺達夜明けの月。
到着時にいた人間の約半数といったところだ。
建前上、他国へ出向く際は土産の品が必須である。
もちろん国同士なので、饅頭の菓子折り一つというわけにはいかず、それなりの品を用意し運んできていた。
それらを運ぶ際に人員を連れては来ていたのだが、やはり入国は認められず返されている。
そのため人数は半数になったのだ。
つまりは、この変装は無意味ではなかったというわけなのだが……
入国後は、今まで運んできた土産の品をルクロワイヤルの兵士達が対談の場所、アガベッソまで運ぶ。
そう、兵士達は荷物を運ぶという仕事をしており、そして上位に位置する騎士の位を持つ者達は姫様ご一行に無礼がないよう案内を務めることになっている。
その役割に準じ、数名の騎士達はセリアをもてなしてはいるのだが、若干名そうはいかないのであった。
そうその人物というのはダングルセン。
彼ら騎士達の長である。
「いはやはアキ殿! 今日もいい天気ですな!」
筋骨隆々の男が見下ろしながら声をかけてくる。
俺も身長は低いほうではないのだが、頭一つ分は優に超えている。
その顔は体格同様どっしりとしており、まさしく隊長格といった所なのだが、表情は満面の笑みに加え頬はやや赤みを帯びていた。
女でこういった人物に興味があるものならば、好ましく受け取れるのだろうが、いかんせん俺は女装しようと男である。
正直気持ち悪い。
「え、えぇそうですね。ダングルセン様」
背筋がぞくりとする。
できることならこいつを一思いに刺してしまいたい。
「しかしセリア姫様はお話の分かるお方だ! きっと対談もうまくいくでしょう」
ダングルセンはそう言葉を口にすると、わははと声をあげて笑う。
確かに姫であるにもかかわらずセリアは話が分かる。
話は分かる人物だがそろそろ俺も限界だ。
ダングルセンに気取られないようセリアに視線を向け、助けを求める。
セリアはその視線に気づき俺にだけ口元が見えるように扇子で口を隠すと、
『うまくやれ』
声に出さず口の動きだけでそう指示される。
たしかにその通りにやるしかないのだがあまりにもリスクが高いだろう! と口に出して毒づきたくなった。
こんな状況になったのは、言わずもがなダングルセンのせいである。
簡潔に説明すると、告白され、医務室に連れて行かれた後、ダングルセンはセリアに対し、俺のお供をさせてくれないかと言ってきたのだ。
姫のお供ならまだしもたかが侍女のお供を騎士長が務めるなど聞いたことはない。
それに対しセリアはもっともな意見を口にし、断ったのだがダングルセンはあきらめなかった。
熱心に俺と話をする時間をくださいと懇願してきたのだった。
本来そのような無礼はあってはいけないことなのだが、ダングルセンは他国の姫に対し一切引くことはなかった。
あまつさえアキさん(つまり俺なのだが)と、話をする時間も与えてくれぬ度量の狭い人物なのかとセリアを遠回しに罵ってきたのだ。
これに関しては全員が武器に手をかけ、一色触発の状況にまでなりかけた。
これはもう戦争だな。
誰もがそう思う状況までなったのだ。
だがそれをセリアが止めた。
さすがにこんなくだらないことで戦争をしてはと思ったのだろう。
そして止めたセリアはダングルセンにある提案をしたのだ。
「ダングルセン騎士長よ、そこまで言うならアガベッソまでに我が侍女を口説き落とすことを許可はしよう。だがあくまでアキは我が侍女だ。無理やり傷物にされた際は貴様の首だけで済む問題ではないという肝に銘じておけ」
これに対しダングルセンは満面の笑みと敬礼で
「了解しました! セリア姫様! 見事アキ殿を口説き落として見せましょう!」
そう答えた。
セリアが引いたおかげで場は何とか収まったが、少なくともこいつは俺に殺してやると心に誓わせるには十分な行為をしたのだった。
対談が終わったら絶対殺る。
きっと何人もの騎士がそう思ったことだろう。
そしてその晩のことだ。
俺はセリアに呼び出された。
呼び出しの内容は奴から情報を引き出せというものだった。
状況からしてそうではあろうと予測はしていたので驚きはしなかった。
しかし、実際言い渡されると複雑な気持ちになる。
あんな男と何が悲しくて恋愛対象になりつつ優しく接しなければいけないのかと。
だが断れば、セリアがあそこで我慢した行為を無にするわけであり、俺に選択の余地はなかったのだった。
そしてその使命を受け俺は二日間ダングルセンと話をしつつ歩を進めているのである。
(しかし……きつい……)
ダングルセンの話を右から左に聞き流してはいるがつらさピークに来ている。
まだ会話だけならいいのだが、時折混じるボディータッチには鳥肌が立つ。
……本当にきつい。
生理的にきつい魔物とは何回か戦ったことはあるが、奴らよりもダングルセンに触られるのが一番きつい。
そんな生理的に一番きつい状況なのだが、ほかにも精神的に俺を追い込んでいるものがある。
それはジェシーの視線だったりする。
俺に対してダングルセンが触ったり、話しかけたりした際に取り繕った笑顔でそれにこたえると、少し怒ったような目と軽く涙をためてこちらをジーっと見ているのだ。
(頼むからそんな目で見ないでくれ!!! 俺だって好きでやっているわけじゃないのだから!!!)
泣きたい。
本気でそう思う。
そんなこんなでダングルセンには好意を寄せられ、ジェシーからは嫉妬にも似た何ともつかない感情を向けられ、精神をガリガリ削り取られる作業をこなしわかったことをこんな感じである。
1.アガベッソはここから一番近い町ではあり、ルクロワイヤルの中で諸外国との対談場所としてよく使われる。
2.プロイセン国王はこの頃軍事強化に努めているということ。
3.去年冷害に遭っており食料の生産が厳しいこと。
4.プロイセン国王にはサンジェウゴと言う弟がおり、宰相をしている。
また国王と宰相のそれぞれが騎士団を持っていること。
5.そしてダングルセンは宰相の方の騎士団長だということ。
6.最後に国王と宰相である弟とは仲が悪いこと
以上のことがダングルセンとの会話で分かったことである。
これらの情報から今回の対談という名の脅迫は、食料生産問題が大きな理由であると推測ができた。
昨晩セリアにこの情報を伝えた時、セリアともこの意見で一致している。
そしてそれ以外に気になることは、軍事強化についてだ。
魔物の群れの異常繁殖等があった際、軍事強化は確かに必要である。
だが、ここ数年そこまでの異常繁殖等の話はルクロワイヤルからは流れてきてはいない。
いくらルクロワイヤルが閉鎖的だとは言っても、そういった情報はギルドを通じて流れるためこれについては間違いがない。
つまり、魔物以外でルクロワイヤルは軍事強化を行っているということだ。
この対談自体がきな臭くはあったのだが、それ以上にやばい感じだ。
セリアからもダングルセンにこのことについてより聞き出して欲しいと言われている。
「そ、そういえばダングルセン様。昨日、お勤めしている騎士団が活発になっていると言われていましたが、何か魔物の異常繁殖でもしたのでしょうか?」
女言葉で話すが、自分で言っていて気持ち悪い。
「いやいやアキ殿、そんなことはないですよ。プロイセン国王自ら気を引き締めるためと評し、国を担う若人達を雇っているだけです。それにしてもアキ殿、なぜそのようなことを?」
おそらく嘘ではないが、本音を隠した答えをダングルセンが返してきた。
しかも、惚れた者の質問でもその辺はやはり重要機密なのだろう。
質問に対し疑問を生ませてしまった。
そう言った方面には切れる男のようで少々厄介だ。
仕方ない……
「いえ、特に理由はありません。しいて申し上げるのでしたら、もし魔物の異常繁殖でしたらダングルセン様も狩り行きますでしょう?」
「まぁそうですな」
「そうなれば、ダングルセン様にもしものことがあるかもしれません。私はそれが心配だっただけなのです」
不思議な顔で答えたダングルセンに俺は上目づかいでそう答えたのだった。
我ながらこれはと思う。
しかし、俺にそうされた人物はというと……
「おぉ!!!! アキ殿!!! 私を心配してくれているのですね! 心配ご無用! このダングルセン! 一万の魔物がこようともあなたがいる限り死にませぬ!」
感激とばかりに俺の手を握りそう高らかと宣言した。
あぁ、もうなんだ。
本当にこいつどうしよう。
そう心に思い、顔はひきつった笑みを浮かべていると不意にまじめな顔になったダングルセンが耳打ちをしてきた。
「心配いりませんアキ殿、プロイセン国王様の軍事強化はどうやら私の仕えるサンジェウゴ宰相様、つまり弟君への牽制なのです」
乗ってきた!
軽くこぶしをぐっと固め、心の中でよし! と言葉にする。
この機会を逃してしまえば、情報を引き出すのはおそらく難しくなるだろう。
そう考えた俺は何も知らないふり、純粋なふりをして聞き出そうとした。
「どういうことです?」
同じく耳打ちで返すとダングルセンの口から真相が静かに語られだした。
「昨日話したと思いますが、プロイセン国王様とサンジェウゴ宰相様はあまり仲が良くないのです。……あまりというのは語弊ですな。対立していると言っていいぐらい仲が悪いのです」
ダングルセンそう言って目を閉じ軽く首を振った後、ちょっとした決意を固めまた話し出す。
「おふた方はもともと考え方が違う方々なのです。弟のサンジェウゴ宰相様はこのまま閉鎖的な国ではいけないとし、ほか諸外国に出向き国交をより強化しようとお考えです。ですがプロイセン国王様はそれに異を唱えており、今まで以上に国交を減らし情報の漏えいをなくし、より強固な国を作ろうとお考えなのです」
どうやら今のお国柄は現国王の考えが色濃く反映されているようだ。
ダングルセンの話は続く。
「この考え方の違いからお二人は子供のころから仲は良くありませんでした。しかし、それでもやはり血を分けた兄弟ですので何とか政をこなしてきましたが、2か月ほど前にしびれを切らしたサンジェウゴ宰相様が諸外国との対談を決行した時、国が動きました……」
ダングルセンが何かを思い出したように悲痛な顔を浮かべた。
「この強行に対して今もなおプロイセン国王様はサンジェウゴ宰相様をお怒りです。そのため今後サンジェウゴ宰相様が諸外国との対談を行えないよう、自分の配下つまり自分の騎士団およびその下に仕える兵士達を強化し、また無理に諸外国への対談をしようものなら反逆者としてとらえ幽閉しようと画策しているのです」
そこまで話すとダングルセンは肩を落とす。
「つまり、プロイセン国王様がサンジェウゴ宰相様の外交を止めるために、自身の配下を増やしているということですの?」
「その通りです」
ダングルセンが首を縦に振る。
しかし、今の話を聞くとある疑問が浮かんでくる。
「それならばなぜダングルセン様はここにおいでなのです? サンジェウゴ宰相様は今諸外国へとお行きになっているのに?」
そうこの疑問だ。
ダングルセンは軽く苦笑いを浮かべ口を開く。
「アキ殿は聡い方ですな。確かに私はサンジェウゴ宰相様の騎士であるため一緒についていくはずでした。ですがサンジェウゴ宰相様はこうなることを見越していたのでしょう。ついて行こうとする私をこの国に留まらせました。国のすべてが敵になっていないように」
そう言ってダングルセンは空を仰いだ。
今、この国にいないサンジェウゴ宰相に対し思いをはせたのだろう。
ダングルセンの話によって、ルクロワイヤルのお国事情はよくわかった。
よくわかったのだが、あまり国の状況がよろしくない時にシュペッツ王国に対して強気に出ているプロイセン国王の考えが読み取れない。
確かに、王が不在であるため仕掛けるにはチャンスではあるが、仲が悪いとはいえ国の外交官ともいえる宰相を抜きで仕掛けるのだ。
リスクが大きい。
いったい何を考えているのだろうか。
弟への当てつけとばかりに、自ら外交をしようと考えたのだろうか?
そんな考えを巡らせていると空を仰いでいたはずのダングルセンがにっと顔をこちらに向けていた。
その顔にはっとするとダングルセンがパンッと手をたたいた。
「辛気臭い話はこれぐらいにしましょう! もうすぐでアガベッソですし」
どうやらそれなりの時間考え込んでいたようだ。
気分を切り替えましょうといった感じの明るい口調のダングルセンが指し示す方には、確かに街が見て取れた。
王都よりはさすがに小さいが、それでも普通の町よりも数段大きい街だ。
いつもならば、ここで安堵の気持ちになるのだが、どうも今回はそうはいかない。
長旅の疲れを癒してくれるはずであるその街を見て、背筋に冷たいものが走った。
これはきっと予感だ。
なにかいやなことが起こる予感だ。
俺はその予感を胸にしまい目的地アガベッソへと進むのだった。