第五節:侵入、ルクロワイヤル
慣れていないせいかやはり落ち着かない。
いかにズボンというものが自分にとって大事なものなのかがよくわかった。
下半身を覆う布切れは、自分にとって何とも頼りない。
動きづらい上に、歩くたびに裾を踏みそうになる。
唯一の救いはものを隠しやすいといったところか。
俺は履きなれないスカートに戸惑いながらも、うつむきながら歩を進める。
「アッキー、下向いてばかりだと危ない」
「そうかもしれんが、顔を上げてなんか歩けん。お前は騎士としてついてくから女装しないで済んでうらやましいよ」
「いえーい。……俺、その恰好でも平気。……変わる?」
セリアの横を歩くオズの提案を受け入れたいところだが、そうもいかんだろう。
「それはありがたいが多分セリアが許してくれん」
「当然じゃな」
にやっと笑みを浮かべそう答える。
「ほらな」
「……残念」
「とにかく、セリアをよろしく。俺は侍女の一人として後ろのほうからついてくことになる」
「うん。……まかせて」
そう言ってオズと別れ後方へと回る。
現在の配置はどうなっているかというと、こんな感じだ。
先頭にはオズを含む騎士が4名、その後ろにシルメリア、エマを含むセリアのお付きの侍女が4人、そしてその後ろをジェシーとその侍女として俺とリット、さらに後ろには土産の品の荷馬車と姫用の衣装が入った馬車そしてそれらを担当する侍女と護衛の騎士数名、後方要員に、衣装係としてリオが配置についている。
本来ならもっと人員がほしいところだが、相手のお国柄のせいでこれだけで精いっぱいといったところらしい。
一国の姫君を脅しで呼びつけ、なおかつ、人員に対しても口を挟んでくる。
腹の立つ対応だ。
そんなことを思いながら自分の配置につくと、自分が使える女騎士が口を開いた。
「アキラ、リット、できるだけ私の後ろでおしとやかにしていてくださいね」
「了解、俺もこの格好で男としてはばれたくはないしな」
「僕もです」
ジェシーの言葉に素直にうなずいた。
そして隊列をそろえて歩を進めること1時間、相手国の関所が見えた。
山岳部ということもあってか、石造りではなく丸太を何重にもし、作られている。
ここから攻めようとしても、厚く作られた門は早々壊れそうにはない。
おまけに関所内の物見やぐらは予想以上に高く、かなり遠くまで見通せることだろう。
(なるほど……これがあんなに遠くで支度した理由か)
歩きづらい格好に遠くから変装させられた身としては、文句の一つも言いたくなっていたところだが、これならば仕方ない。
先頭が関所の真ん前までたどり着く。
そして、先頭の騎士の一人が声を上げた。
「我が一行は貴国からの親書によりシュペッツ王国からまいった。こちらにおわすお方は
セリア=D=シュペッツ王女である。入国と謁見の許可をもらいたい」
そう言い終わり数秒。
門の扉がギチギチと音をたてつつゆっくりと開き始めた。
後方で頭を軽く下げつつその様子を見ていたが、扉は10人がかかりで縄を引き上へと持ち上げる形のもの。
どうやら脱出するのも困難な作りのようである。
1分ほど待つと扉は完全に開き切り、一行が入れるようにとなった。
そして奥からぞろぞろと騎士とまではいかないにしろ装備を整えた衛兵が出迎えに来た。
その真ん中に一際は姿の大きい人物がいる。
どうやら隊長格のようだ。
「これはこれは遠路はるばるようこそ。我が国ルクロワイヤルは貴公達を歓迎いたしますぞ」
そう言っては、両手を大きく広げ歓迎とばかりに迎えるようなしぐさをした。
それにしてもでかい。
出迎えに来た騎士たちの数も200近くそうそうたる感じではあるのだが、それ以上にその隊長の大きさのほうが際立つ。
周りのものよりも頭一個分はでかい。
以前ギルバーンで戦ったガバンと同じぐらいだ。
俺はあの時食らったやつのけりを思い出し、腹部を軽く触ってしまった。
「ん、そこの侍女何をしているのですかな?」
その動きが、その隊長格の目に留まってしまう。
警戒レベルが尋常じゃない。
しまったと心に思いつつ、何のことかわからないといったばかりに、その声を無視する。
「セリア王女、失礼とは存じますが、入国の際に怪しい動きをされますとこちらも対処せざる負えません。あの者をこちらに連れて来てはくれませんか?」
くそ!
やらかしてしまった。
心臓が早鐘のように鼓動を刻む。
俺が男だとばれてしまうと、セリアの立場が、シュペッツ王国の立場が非常にやばい。
周りにもその緊張感が伝わってか、空気が張り詰めているのを感じる。
「ルクロワイヤルの者よ。それはわらわを疑うということかな?」
ドスの利いた声がセリアの口から発せられた。
隊長格の後ろにいる者たちが少し揺らいでいる。
しかし、それでも隊長格の者は引き下がらなかった。
「とんでもございません。ですが、私の国ではこう対処するよう王からご命令を受けております。いかに他国の王族とはいえそれは例外にございません。それとも何かそうされては問題がおありなのでしょうか?」
これはある意味挑発だ。
隊長格の言葉にここで噛みつけばますます怪しまれる。
だからといってここで引いてしまえば、俺のことがばれてしまう。
(これはまずい……)
何か対処はできないか?
そう考えるが、何も思い浮かばない。
だが、時は無情にも過ぎている。
セリアも少し言葉を詰まらせていたためか、向こうから声が発せられた。
「どうやら問題はないということでよろしいですね。ですがこちらに連れてきてほしいという要望はいささか軽率でありました。申し訳ありません。私がそちらに出向かせていただきます」
そういうとセリアの了解を得ぬまま、隊長格の男は俺へと歩みを進めていった。
この男、体格では想像できないくらい話術にたけてやがる。
いやな汗が、背中に流れているのがわかる。
(いざとなったら崖から落ちるしかないな……)
問題の俺がいなくなれば、何とかなるはずだ。
俺が、覚悟を決めたころ男は目の前まで来ていた。
やはりでかい。
俺も男としてはさして低いほうではないが、それでも見上げなければきっと奴の顔を見ることはできないだろう。
「お嬢さん。顔を上げていただけますかな?」
覚悟は決まった。
俺は顔を上げた。
「…………」
しばしの沈黙。
あぁ……きっと怪しまれているな。
仕方ない、崖に飛び込むか。
運が良ければ、助かるだろう。
「美しい……」
「お姫様の……へっ?」
いなくなるための口上を発しようとした直後、男の口からそう言葉が漏れる。
聞き間違いだと思いたい。
「美しい! 美しすぎる! お嬢さん! あなたのお名前は!!」
男はそう言うと、俺の気づかぬうちに手を握っていた。
「あ、アキと申します」
先ほどまでの緊張とは別の汗が流れる。
これは、危険だ!
「おおおおぉぉぉ! なんと可憐! なんと美しい名前だ! このような人がこれまで歴史の中にいただろうか? 否! いるはずがない! なんと美しいのだ! アキさん!」
「は、はい!?」
「私、ルクロワイヤル騎士長、ダングルセン=バルハラントと申します。ぜひ結婚を前提にお付き合いをお願いしたい!」
「え……えーーーー!」
やばいやばいやばい!!!
俺が生きてきた中で一番やばい!!!
「えっあっそのっえ……えーとっ」
目が泳ぐ。
考えがまとまらない!
ジェシーのほうに助けを求めて視線をおくるがジェシーもジェシーで目を丸くしている。
今すぐここから逃げ出したいが、ぐっと握られた手はきっと外せない。
予想外すぎるピンチは俺の思考を停止させる。
(だれか助けてくれ!)
これ以上ないほど俺の心は助けを求めていた。
「ダングルセンとやら、わらわの侍女をかどわかすのはやめてもらえないか?」
天空から蜘蛛の糸が下りてきた。
「はっ! これは失礼! アキ殿があまりにも美しかったのでつい」
照れたようにダングルセンがセリアのほうに向きなおるが、今だ手を離さない。
いい加減離せよ!
「そうか、それならば仕方ないかもしれぬが、先ほどの疑念は晴れたかな?」
「これは誠に失礼を。このような美しい人を疑ってしまうところでした。一応アキ殿私も騎士長という立場としてあなたに聞かねばならないのですが、なぜ先ほど腹部に手を?」
「……あっそれはその、長旅のせいか少し腹痛を……」
素直にお前の体格を見て昔戦ったやつの蹴りを腹部にお見舞いされたのを思い出したとは言うわけにいかないので、長旅のせいにするとダングルセンはあわてだし
「それはいけない! お前ら! セリア王女をお通しせい! 私は彼女を医務室まで運ぶ!」
「はっ!」
「それでは行きましょうぞ!」
王女を部下たちに任せると告げるとダングルセンは俺を軽々と抱き上げると、門の奥へと連れて行った。
何とか無事にルクロワイヤルへと侵入することはできたが……
それにしてもこの騎士長……王女を部下に任せるとかどうなのよ。
そんなことを思いはしたが、俺のいろいろなものが危なくなる。
この思いが先行し、そのことについて俺は考えるのをやめたのだった。