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夜明けの月  作者: びるす
シュペッツ王国
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第三節:進軍、ルクロワイヤル

 シュペッツ王国。

 世界に存在する12カ国の国のうち国力は第5位と上位に位置し、王都マグワレを中心に、17の町と数十もの村で形成されている。

この国の王は国の名前でもあるシュペッツの名を冠する者で、現在シュペッツの名を継いでいるのは3人ほど。

 現国王であるダルラ=D=シュペッツと、その子、第一王女であるセリア=D=シュペッツ、そしてその兄の第一王子だ。

 現国王は賢王として名を馳せており民衆からの支持は高い。

 現在は王と王子が他国の会談に行っている為、セリア姫が国の支配者として動かしているが、それでもシュペッツの名を落とすことはなく、むしろ民衆の人気を集めている。

 ルクロイヤル帝国。

 国力はシュペッツ王国についでの第6位であるが、その差はきわめて小さくほぼ同列の国である。

 国を治めるのは、プロイセン=D=アンデル皇帝。

 民衆の評判はあまりよくないようだが、決して無能と言う訳ではない。

だが突出して有能と言うわけでもないようだ。

 国風は外部からの進入を嫌い閉鎖的で、一時はすべての国との国交を断っていた。

そのせいもあり、入国は厳しく、多数の入国審査が設けられている。

 聞く限りではどこか昔の日本を思わせるような国ではあるが、内陸部に位置しているため閉鎖的な山間の村を国にしたといったほうが的確かもしれない。

 国王自ら他の国に赴き外交をするシュペッツ、自らは動こうとせず他の国を呼び寄せ外交するルクロワイヤル。

この対照的な二つの国の対談が行われるのは3日後まで迫っていた。


「全くもってここまでわかりやすいと、逆に感心すらするな」


 剣に付いた血を払い、ため息と共に言葉を漏らす。

通っている道は左はそり立った崖で高さもそれなり、右は森だがこちらも斜めに傾いており登るにはそれ相応の準備が必要だろう。

 前後を塞ぎ、斜面からの奇襲をすればまず成功するような立地である。

そんな襲ってくださいと言わんばかりの道は、シュペッツ王国からルクロワイヤル帝国へと期間内に間に合う唯一の道。

 そんな危険な道を通らざるをえないように設定し、期間内に到達できないようにしむけ、仮に到達したとしても王とは違いまだ小さい娘との交渉。

少なくても相手の狡猾さだけは伝わる状況だ。

 俺達を襲ってきたのは身なりがとてもいいとはいえないような連中だった。

おそらく山賊といった類であろうが、ただの山賊ですとも言いがたい。

 ここまで襲われること3回ほど、今のところすべて返り討ちにあわせてやったが、まるで示し合わせたかのように3組とも同じ方法、一定の間隔で奇襲を掛けてきていた。

 その計画性と山賊同士の抗争がないことから、彼等をまとめる何かがあることが安易に想像できる。

 しかし、何人かを生け取りにし、尋問を掛けたが肝心の首謀者の名前は出なかった。

もちろんその首謀者と言うのは、ルクロワイヤル帝国の者だと誰しも思ってはいるのだが、山賊達からは決定的な証言が出てこない。

 彼らから出てきたのは、黒いフードの男と言うことだけ。

その黒いフードの男が、この道にえらく金持ちの貴族の娘がルクロワイヤルに嫁ぐと言う情報を持ってきたとしかわからなかった。


「あからさまな対応なのになかなか尻尾を見せないわね」


「相手方も一応そこらへんについては心得があるんだろう」


 山賊に落とされた岩を崖の下へとどけつつ、呟いたエマへと言葉を返す。

エマの言葉には少なからず苛立ちが感じられる。

こう何回も同じ方法で奇襲されては、その怒りはもっともだ。

だからと行って引き返して、違う道を行くわけにもいかないのでイライラはつのるばかり。

 そんな誰しもが怒りを爆発させ愚行に走りそうな状況を抑えているのは、清涼剤があることか。

セリアにだけでなく、騎士や、侍女、果ては俺達にまで気を使ってくれるシルメリアの存在は大きい。

彼女がいなければ、何かしらあったことだろう。

 不満に思いつつも、シルメリアに癒されながら行った撤去作業は約1時間で終了した。

見た感じではもっとかかると思ったが、うちの怪力無双のおかげで予想以上に早く終わった。

セリアを除けば一番小柄な人物が一番怪力と言うのだから、全くおかしなものである。


「道は開けた。女中達は中央に、4番隊と8番隊は前後を我が部隊は姫様を囲むように進む。あなた方は先ほどまでと同様の位置についてくれ。あぁそれとそれの始末はそちらに任せても?」


「大丈夫だ。少なくとももう一度襲ってくることはないようにしておくよ」


 今回の派遣部隊のリーダー格である騎士に、言葉を返すとともに、俺は尋問を受けていた盗賊の顎に蹴りをいれ気絶させる。

 この尋問を受けた哀れな盗賊だが、しゃべれば命は助けるという約束をしているので殺すことはしない。

殺しはしないという条件ならば、牢屋にぶち込むのが最善である。

 だがもともと余裕がない旅なうえ、こう何度も襲われ時間を使われては牢屋へ連れて行くという時間は無い。

犯罪者を同伴して隣国に出向くというのももってのほかである。

 そんな状況下で、俺達が下した結論は野に放つということだった。

 本来ならありえないことだが、今は時間が惜しい。

こいつらになどかまっていられないのだ。

 しかし、ただ野に放つというわけではない。

こいつらがやったことは死刑が確定している犯罪である。

それなりの罰を追ってもらう。

 俺は気絶させた男の口に声が出せないよう、さるぐつわをかませ両手を後ろ手に縛り、厚手の布で目が見えぬようにしっかりと目隠しをした。


「こんなものか。それじゃ先に行っててくれ。すぐに追いつくから」


「わかった。各小隊前進。注意を怠るな」


 リーダー格の騎士、たしかアルバートだったか、彼が号令を発すると隊は動き出した。

決して早いわけではないが、されとて時間がないのだ遅いわけでもない。

カーブの多いこの道では、3分も経てばその姿は見えることはなくなったのだった。


「よし、そろそろ起こすか」


 彼らから自分が見えないことを核にした俺は、男をうつ伏せで寝かすと、男の二の腕を俺は力を入れ踏みつけた。

 するとゴキともボキとも取れる鈍く、不快な音が聞こえ耳に届く。

それと同時に男は目を覚ました。

最初男は何がなんだかわからないといった表情をしていたが、徐々に意識がはっきりしだしたのか痛みを感じ始め、地面をうねりながらもがき始めた。


「立て」


 額には脂汗を浮かべる男にそれだけ告げると、俺は折ったほうの腕を掴み立たせた。

もちろん男は痛みに耐えかね暴れだしたが、そんなことは知ったことではない。

俺は男の抵抗を無視し、掴んだ手に力を込め男の耳元で囁いた。


「動くな。説明がしづらいだろ?」


 さるぐつわをされた口からは、文字通り声にならない声が漏れる。


「たったまま動くな。そうすれば手を離してやる。わかったら一度だけうなずけ」


 男は首を勢いよく振った。

次に俺が口を開く間に5回ほど激しく振った。


「一度だけといったのだがわからなかったか?」


 もう一度手に力を込める。

男はその場に崩れ落ちそうになるが、俺が手を離さないため崩れ落ちることはできず、さらに折れた腕で体を支えることになったため、より苦痛を味わうこととなった。


「うーー!!ヴぅーーー!!」


 さるぐつわをしているというのに、かなりの音が男の口から漏れた。


「もう一度いうぞ。うなずくのは一度だけだわかったか?」


 目隠しした布は涙で濡れ、脂汗が流れるその顔は縦に一度だけ振られたのだった。


「あぁいい子だ。手を離してやる。だがまだ倒れるなよ。倒れたらわかる?」


 その言葉を発すると男の呼吸が速くなり、心臓が早鐘のように鳴り響いているのがわかった。

完全に恐怖を感じている。


「おい、返事はどうした!?」


 男は声におびえながら、体を震わせ一度だけうなずいた。


「それでいい。さて、これからお前の処遇について話すが、実に簡単だ」


 男の息が荒い。


「このまま町まで行って自分で牢屋に入れてもらって来い。それだけだ」


 俺はそう言って男から少し離れた。

気配が離れたのを察したのか、男は挙動不審な動きを見せる。


「いいか、お前はこのまま歩いて町まで行くんだ。もちろん倒れることは許さん。俺は少し離れたところからお前を見ている。さぁ早く歩くんだ。どうした? それともここで切られているほうが良かったかな?」


 少し嘲笑と脅しを込めた言葉で促した。

その言葉に男はびくりと反応すると、恐る恐る一歩ずつ歩き始めた。


(さて、戻るか)


 男が歩き始めたのを確認し、俺は後ろを振り返る。

しばらくすると何かが落下する音が聞こえてきた。

 崖がすぐ近くにあるこの道。

目を隠したまま町に戻ることはまず不可能だろう。

 俺は振り返ることなく、セリアの元へ急ぐ。

 20分ほど走ると、小隊の列が見えてきた。

 その列にいる仲間たちを見てふと思う。


(命の重さは等価ではない)


 普通こういったものは同じであるという認識が正しいのだろうが、俺ははっきり違うといえる。

 もしあの山賊と俺の仲間を天秤にかけられたら、仲間の命のほうが何千、何万倍と重い。

 ちなみにこんな風に思うようになったのは人を斬ってからのことである。

 そんなことを思いながら、小隊の列へと歩みを速めた。


「おかえり」


「ただいま」


 後方の警備を任されていたエマに、挨拶を返す。


「どうでした?」


「ん、あぁとりあえず始末はつけたかな」


「そうですか」


 笑ってリオにそう返すと、うむっといった感じに納得し前を指差した。


「真ん中で王女様と話してますからすぐに行ってあげて下さい。強がってますが、心配してましたよ?」


「心配って大げさな……。でも、そう思われてるなら顔は出しておいたほうがいいかな?」


「それがいいと思いますよ」


「よし、それじゃ俺は前のほうに行くとするよ。リオとエマは後ろ頼むな」


「まかせときなさい。主にリオが働くわ!」


 力強く言い放つエマと、それを聞いて黙っているリオに、苦笑いを浮かべその場を後にした。


(それにしても心配してくれるなんてうれしいもんだね~)


 自分が惚れられている。

そう自覚し始めたのはつい最近というわけではないが、こんなにも思われているとは……。

うれしい限りだ。

自然と頬は緩み、にやけてしまう。


「んっ? あぁ戻ったよう……だな」


 少し思考がとまった。

俺はてっきり王女つまり、セリアと話してるのはジェシーとばっかり思っていたのだが、実際に話していたのは先ほど俺に仕事を振ったアルバートであった。

 

(は、はめられた)


 にやけ顔は、凍りつく。

確かに誰が心配していたかは、言っていなかった。

 それにしてもなんとも情けない顔を見られたものである。

 そんな俺を顔を見てしまったアルバートが見せる表情はなんとも微妙なものだ。

見てはいけないものを見た後、見てませんよと繕う様なそんな表情である。

お願いだからいっそ突っ込んでくれ。


「情けない顔じゃな。面白すぎるわ」


 くくく、と曇らせた笑いとともに馬車の窓からセリアが顔を覗かせた。


「大方、ここにジェシーがいるとでも思って追ったのじゃろう。残念じゃな」


 そう言って顔を引っ込め、馬車の中に戻り視界から消えたセリアであったが、外からでも聞き取れる曇った笑い声が、彼女が腹を抱えて笑いを耐えているということを俺に伝えたのだった。


「……それで、どうだった?」


 慰めとも取れる話の切り替え。

このままこの話題を引っ張られるのはつらいのでアルバートの心遣いを素直に受けておこう。


「きちんと処理はした。今までどおり。最初の時と同じだよ。きちんと放したさ。あくまで俺は最終的に手を下していない」


「そうか。……それで、そのなんだ。ジェシー様は小隊の先頭にいるぞ?」


「ありがとよ」


 なぜだろう。

ものすごく悲しい。

 アルバートの視線を背中に受けながら、歩みを速め進むのだった。

 小隊の先頭に近づくと、金色の長い髪の後姿が見える。

今度は間違いなさそうだ。

 さらに歩みを速め、声の届く範囲まで近づくと俺は口を開いた。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 振り返りざまに見せてくれた微笑はきれいだった。

そう、俺はこういうのを待っていたのだよ。


「おかえりなさい。アキラさん早かったですね~」


 ジェシーの横からシルメリアの笑顔が視界に入った。

こいつはうれしいおまけつきである。

 セリアの侍女のはずなので何でこんなところにいるのだろうとも思ったが、とりあえず今はこの2人の笑顔を明日への糧にする。

 心の記憶の一ページを胸に刻み、気分が高揚し満足感を得たところで俺はまじめに仕事をすることにした。


「ジェシー俺がいない間は何かあったか?」


「とくに。ルクロワイヤルとはもう目と鼻の先ですし、おそらくさっきの襲撃が最後だと思いますわ。このあたりはもうルクロワイヤル領ですから、山賊被害にあったらあちらの政治責任に発展しますから」


「うむ。領地での犯罪はやっぱりあちらさんの責任なわけだ」


「えぇ」


「それじゃやっぱり今までの場所は」


「シュペッツ王国の領土ですわ」


 少しむっとした。

ジェシーの声にも俺に向けられたものではないが、若干の怒りが混じっている。

 ジェシーの隣にいるシルメリアの表情までは読み取れないが、このことについてはあまりよくは思っていないだろう。


「ずいぶん好き勝手やってくれてるんだな」


「そうですわね」


「それにしても、領地の区分けがはっきりしていないぽかったが、もしかして」


「えぇアキラが考えている通り、この道も今回の領土問題の一つですわ」


「問題の場所で問題を起こすか。図太いんだか、考えなしなのか。けど、こうまでケンカを売られたんじゃね~。再起不能なまでに叩きのめすしかなさそうだ」


 その言葉にジェシーは首を軽く縦に振った。


「とはいっても、俺たちの仕事は関所までなんだけどな」


 軽いため息交じりに、この言葉を吐くとジェシーと、シルメリアはきょとんとした表情を見せた。


「ん、どうした?」


「アキラ、聞いていないのですか?」


「だから何を?」


「何をと言われても困りますけど、聞いていないのなら無理もないかもしれませんわね。私達もルクロワイヤルに侵入しますわ」


 侵入?

ジェシーの言葉に小首をかしげる。

 事前情報では、俺達はルクロワイヤルには入れないはずである。


「まってくれ、たしかルクロワイヤルってのは、貴族や、騎士とかしか入ることができないんじゃなかったか? だから傭兵の俺達をセリアは騎士にしたかったんじゃ……」


 ここまで口にした後、後ろからただならぬ気配を察知した。

殺気とは違う気配ではあったが、体にまとわりつくような視線は背筋に冷たいものを感じさせる。

会話を中断した俺はすぐさま後ろを振り向いたのだった。


「…………あれを俺にもやれと?」


 それを見た瞬間、終わったと思った。

なぜあの時騎士にならなかったのかと、この時ほど後悔したことはないだろう。

 振り返った先にあったものは、いつの間に着替えたのか侍女の衣装を着たエマとリオとそしてリットであった。


「不本意ですが仕方ありませんわ。私は大丈夫でもアキラ達は傭兵と捉えられてしまいますから」


 ジェシーは不満そうにため息をつく。

ジェシーさんや不満なら、止めてください。

リット君も若干涙目ですよ。


「いや、それはわかるんだが……せめて一日騎士とかじゃダメだったのか?」


「そこまで、騎士はあまいものではないぞ」


「セリア!?」


「ほれ、アキラ。あきらめてそっちで着替えてこい。シルメリア後は頼むぞ」


 セリアはひょいっと肩の間から顔を出したかと思えば、今度はシルメリアの後ろへとまわり彼女の腰のあたりをポンとたたいて促した。


「はい」


 促された彼女はというと……

満面の笑顔だ。

そしてその笑顔の後ろでは、くつくつと笑うエマとセリア。


「アキラさん、共にいきましょう」


 リット。

その言葉は今は重い。

 リットの言葉を最後に、俺は侍女達の着替えが入っている馬車へと連れて行かれたのだった。

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