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夜明けの月  作者: びるす
タイムトラベル
79/89

第十五節:未来のクレア

「…………もどって……来たのか?」


 たどり着いた場所はリビング。

茜色と言うよりはワインレッドに近い落ち着いた色の壁紙に、それに合うようにあつらえた絨毯。

それと天井にぶら下がっているシャンデリアに、リットを寝させてもらったベッド、中央にあるテーブルとそれを囲む椅子たちはまさしく魔女クレアの館であった。

 戻ることが出来た。

ほっとした俺は、これ以上飛ばされては洒落にならんと言う気持ちからすぐに指輪を外しポケットへしまいいれた。

 そして、椅子へと腰を落とす。

テーブルの上にはまるで俺が帰ってくるのがわかっていたかのように、綺麗に焼かれたサクラレと言われるお菓子が置いてある。

俺はそれを1つつまむと、口へと運び込んだ。


「こら!」


 大きな声と共に、背中をバンと叩かれた。

その拍子に噛み砕かれたサクラレは喉に直撃し、シリカゲルのように喉と食道の水分を奪っていく。

急に水分を奪われた喉は、異物が入り込んだと勘違いし外に吐き出そうと咳を促した。


「ごぶぉほ!! ごほ! ごほ!」


「行儀が悪い。ちょっとぐらい待てなかったの?」


 視線を動かして声のほうを見てみると、そこには腰に手を当ててこっちを見下ろしているクレアの姿があった。


「ごっほごほ!!」


「……とりあえずこれを飲みなさい」


 文句の1つでも言ってやろうと思ったが、あまりの苦しさにそれはかなわず出てきたのは咳ばかり。

目にうっすらと涙がにじみ出始めると、さすがにクレアも心配になったのか目の前に置かれていたカップにすぐに飲めるようぬるめの紅茶を注いで差し出した。

 俺は差し出されたカップをすぐさま奪いとると、息するまもなく紅茶を流し込んだ。

勢いよく口へと注がれた紅茶は舌で味を、鼻で香りを楽しむことはなく、すぐさま喉を通り抜けサクラレを胃へと流し込み俺に平穏をもたらしたのだった。


「――――はーーー! 死ぬかと思った!」


「こんなところで死なないでよ? 縁起が悪い」


 ろくに呼吸も出来なかったため、深く息を吐いて呼吸を整える。

そんな俺を見つめるのは、少し笑みを足した呆れ顔のクレアだ。


「…………それはこの状況を生み出したのはご自身だと知っての言葉ですかい?」


「私じゃないわ。アキラ、あなたがいけないのよ? 先に食べちゃうんだもん」


「いや確かにそれは行儀が悪かったとは思いますが、この仕打ちは無いでしょう?」


「ん~じゃあお互い悪かったことってことで、水に流しましょう」


 こちらにも多少非があると思ったため、あまり強くは言わなかったがそれでもしっかりと目では訴えた。

けれど、俺の視線など彼女にとっては蚊に刺された程度だったのか、クレアはにっこりと笑みをこちらに向け、ポンと手を叩いてさらりと受け流してしまう。


「なんとなく釈然とはしませんが、そういうことにしておきましょう」


 かなり苦しかったので軽く流されるのは言葉にしたとおり、釈然とはしなかったが、これ以上このことについて討論しても仕方ないと思い俺はクレアの提案を受け入れた。

もっとも帰って来れたうれしさもあって、実際は些細ないたずらと言った形で俺の中では片付けられていたのは内緒である。


「それじゃお互い納得したところで、ティータイムにしましょう。長旅で疲れているでしょうから」


「えぇ疲れましたよ本当に。大昔のクレアさんのせいで」


 向かいの席に座ったクレアに先ほどの軽い口論と同じようにもう一度目で訴えた。

ただし今度は少しだけ笑みを交えて。

すると、その笑みと視線の意味を感じ取った彼女は少し恥ずかしそうに笑って応えたのだった。


「ふふふ、私もまだ子供だったのよ。それと呼び方はクレアでしょ?」


「わかってます。ちょっとした嫌味ですよ」


「嫌味か~嫌味なら仕方が無い」


「でも、すごくいい旅ではありましたよ」


「そう、そう言ってくれて安心したわ」


 笑顔と共に空のカップにクレアは紅茶を注ぐ。

今度は湯気がはっきりと立ち上っているため、一気に飲むのは無理そうだ。

 それにしてもさすが魔女である。

先ほどのぬるい紅茶も今淹れたあつあつの紅茶も同じポットから注がれたもの。

火にかけて温める様子も無いため、きっと魔術で中身の温度を調節したのだろう。

 そんなことを思いながら紅茶を一口飲んでは、辺りを見回してみる。

どういうわけかいまだにあいつらの姿が見えない。


「ところで、他の連中はどうしてるんです? 姿が見えないけど」


「他のってエマちゃんとか?」


「えぇそのエマちゃんとかその御一行ですよ。俺が帰ってきたら真っ先に何があったか聞きにくる連中が姿を見せないのが少し不気味なんですけど、どこにいるんです? てか、もしかして何か企んでいたり?」


 自分のカップに紅茶を注ぎながら答えたクレアを見つめ辺りの気配をうかがってみる。

人のいる気配は感じられないが、エマもいることだきっと何かしてくるに違いない。

 そう勝手に思い込んでいたが、返ってきた答えはなんとも意外なものだった。


「さぁ?」


 少し考えたように瞳を閉じた後、小首を捻るクレア。

そんなクレアに疑いの目を向ける。


「さぁって、もしかしてクレアもグルか?」


「残念ながらちがうわよ? 本当に知らないの。生存しているかどうかさえね」


「えっ……今なんと?」


 見つめ返された瞳はいやにまっすぐで嘘でないことを物語っている。

生きた年から来る老獪さが嘘を隠しているのならば俺では判断しきれないが、俺が疑いだした時点で、これ以上嘘をついたとしても意味が無いことはその老獪さで判断できるはずである。

 いるはずの人間がいない。

それどころか生きているかもわからないと言われた俺の頭は、混乱しか生み出さず思わず聞き返すこととなった。


「生きているかは定かじゃないっていったの。だってあなたを過去に送ってから100年単位で時が流れているから」


「ま、またまたご冗談を」


 口調から冗談ではないと感じてはいたが、それでも口に出さずに入られなかった。

だが、口に出したところでそれは変わらず、動揺する素振りも見せずクレアはただ平然と紅茶を飲んでいるだけである。


「マジ?」


「マジマジ、大マジ」


「どうなってんだーーーー!!!」


 にっこり笑って言い放つクレアを見て、混乱する頭はついに爆発し、心の中はなんともいえない気分である。

たとえるならトランプタワーを作っていて、最後の段を作っている時に無常にも震度1の地震が襲われ目の前で崩壊した、そんな状況に面したときの気分だ。

 椅子から立ち上がり頭を抱える俺に、クレアはいたって落ち着きながら言葉を掛けた。


「別におかしくは無いでしょう? 前に言っておいたでしょ、過去には戻らないけどランダムに転送されるって」


「いやまぁ確かに言われましたけれども、けれどもだ! さすがにとびすぎじゃありませんか!?」


 クレアの言葉を思い出し、彼女が言っていることが正しいことはわかるが、焦った脳を落ち着かせるのには不十分で体がその焦りを表していた。

おそらく他人から見ればひどく滑稽だったに違いない。

 けれどクレアは笑うことは無く、俺を落ち着かせるようにおとなしい口調で淡々と話す。


「たしかにそうかもしれないけど、アキラが過去に行った時は今以上に時を遡ったんだから不思議じゃないでしょ? こういうことも想定の範囲内のことよ。いまさら暴れたり、焦ったりしてもどうにもならないわ」


「いやまぁそうだけど……」


「納得できなくても納得しなさい。そうすれば、私が何とかしてあげるから」


 言葉の終わりにウインク付きの笑顔。

この状況下でそんなことをされてしまっては、彼女が女神にしか見えなくなってしまう。

 元を辿ればすべてクレアのせいなのだが、この時の俺はそんなことを考える余裕などは無く、藁にもすがる思いで彼女に頼ることとなった。


「何とかって何とかできるんですかい!」


「そりゃ出来るわよ。昔じゃないんだから。こう長生きしてれば馬鹿でも傑作小説が書けるようになるし、魔術だって進歩してるわよ」


「たとえはともかく何とか出来るんだな?」


「えぇ、ただし」


「た、ただし……」


 真剣なまなざしに息を呑む。

 クレアが言っていることが本当で帰ることが可能でも、この後に出てくる条件が不可能ならば元の木阿弥。

無理難題を出されてしまうのではなないか? という心配を胸に秘め、彼女の口が動くのを待った。


「私の話し相手になって」


「…………えっ?」


「だから話し相手よ。昔あなたたちが着てからしばらくして結界の仕様を変えたんだけど、おかげで前以上に人は来るようになったわ。だけど、やっぱりここの魔物って普通のところよりも強いからめったに人が来ないのよ。だからここ数年話し相手がいなくて、この子しか」


 軽い答えに色々と考えをめぐらせていた頭の中は真っ白になった。

思わず聞き返してしまうぐらいに。

 そんな俺の心境などお構いなしに、つまらない顔振りで近況を話し出したクレアは最後に何かを拾い上げテーブルの上に載せたのだった。


「おひさ~」


「おひさ~ってヒカリか?」


 テーブルの上に載せられたのは、俺の顔を見ながら手を振る小人。

着ている物は最初の時の物とは違うが、背や顔は当時のままでまったく老けを感じさせないヒカリノヒコがそこにいた。


「そだよ~いや~まさか僕もここまで長生きするとは思って無かったよ」


「……お前だいぶゆるくなってないか?」


「そう? まぁあれから何百年も経っているから性格もある程度変わったかもね。今じゃ旧ご主人より僕のほうが年上だよ」


 ある程度所ではない。

変わりすぎである。

 以前は良い風にいえば実直、悪く言えば固かった。

だが今はどうだろう?

 以前はかっと目を見開き指示をじっと待つ軍人のようだったのに、今では目を糸のようにし縁側で日の光を浴びて茶をすする老人のようだ。


「旧ご主人ってもう少し言い方変えろよ」


「それじゃアキラしゃんってことで」


「……とりあえずもうそれでいいや」


 テーブルに正座して、取っ手の無い湯飲みのようなカップで紅茶をすするヒカリ。

そんな姿を見せられては否定の言葉も出ない。

 性格と言うのはそうそう変わるものではないが、時と環境が揃えばこうまで変わるものなのか。

 ヒカリの変化に驚かされていると、向かい側から声が上がる。


「ヒカリずるーい。私もアキラともっと話す」


「ずるいってちょっと話しただけじゃ」


「私にとって人との触れ合いは貴重なの。さぁわかったらとっとと話す」


 テーブルを軽く2回叩き催促する。

なにをそこまで焦るのかよくはわからないが、すぐにでも言葉のキャッチボールを始めたほうがよさそうだ。

 しかし、どうも投げる球種がわからない。


「話すって言われても何から話していいのやら……」


「それなら簡単よ。一から話せばいいわ。私があなたを過去に飛ばしてからの話で」


 要求されたのはストレート。

しかも初回から延長まですべてと言ったところ。

こいつは骨が折れそうだ。

 自身だけでなく、相手にも相当な負荷になるため俺は一言確認を取った。


「一からって……、長くなるよ?」


「大丈夫、時間はたっぷりあるわ。なんたって不老不死ですから」


「僕も似たようなものですし」


「俺は多分違うんだけどな」


 2人の余裕の笑みが憎らしい。

一般人は俺だけですか。

確認などしなければ良かったかと思いながら、俺は過去に飛んでからの話を1から順に話し始めていった。


「――とまぁそんなわけで今ここに飛ばされてきたというわけなんだが、もうこれでいいか?」


「もうちょっと」


「僕は基本寝なくて平気」


「そうかい。だけど勘弁してくれ。もうむり寝かせてお願い」


 すでに声を張る気力は無い。

今まで生きてきた中でここまで起き続けたのは初めてだ。

いや、それよりもここまでしゃべり続けたのは初めてだと言ったほうがいいだろう。

 途中、食事や紅茶などで休憩が入るもののその間も黙らせてはくれない

クレアとヒカリが交互に話を催促してきて、落ち着かせてくれないのだ。

そんなことが今の今まで続き、とうとう限界に達してしまったのだった。


「えぇーーーー! もうちょっと、もうちょっとでいいからさ。ねぇ」


「その言葉3時間以上前にも一回言ったよな……てか本当に限界。3日寝せないってどういうことよ? 夜更かしは美容の大敵でしょ?」


 クレアは服の袖を掴んで俺の体を揺らして眠りを妨害する。

それに対してもうすでに振り払う気力も無い俺はただなされるがまま揺らされていた。


「おしゃべりも美容の栄養だからプラスマイナスゼロなの。だからもう少しねっ?」


 訴える目を潤ませじっと上目遣いで見つめられる。

だが、もうそれは通じない。

すでにその技は使い古されているのだから。

それに俺は自分で制御できないくらいに限界を迎えているから。


「かわいく言っても無理なものは無理。さすがにもう意識がもたな……い……」


 もう寝よう。

体が欲する誘惑に負けた俺はすぐに意識を手放した。

 最後に捕らえたクレアの顔は何か俺につぶやいていたが、すでに耳から情報は入ってこずわからずじまい。

 きっと寝るな、とか、もっと話しを、と言っていたに違いない。

もしそうであってもさすがにそれは無理なお願いである。

 俺は寝なくてもいいように作られていないのだから。


「おはよう」


 気がついたときに掛けられた一言で、俺が寝てしまったのだと言うことに気がついた。

 起きた場所はベッドの上。

どうやら運んでくれたらしい。

 となりで椅子に腰掛け本を読んでいたクレアの顔を一瞥した後、辺りを見回した。


「……おはようってここどこよ?」


「私の館だけどどうかした?」


「一日で変わりすぎじゃありませんか?」


「あぁこれ? 実はこっちのほうが今の館の本当の姿なのだよ。前の姿はアキラが来ることがわかっていたから、ちょっと変えていただけ」


 そう言ってクレアは少し配置の変わったテーブルに、トレイに載せたポットとカップを置きながら紅茶の準備に取り掛かっていった。

 館の内部で変わっていたのはまず壁紙、赤を基調としていたのが今度は白へと変貌している。

また、家具の配置なども若干変わっており、上についていたシャンデリアは小さくなって2つに増えていたりした。

しかし、やはりと言うかいくら魔女でも部屋の大きさは変えられないのかそのままであった。

 俺は布団をはいで背伸びをする。

しっかり寝れたのか、眠気はまったく無くすがすがしい気分だ。

洋服も新しく別のものになっていたのもそのすがすがしさの1つかもしれない。


「…………なんで、俺着替えてあるの?」


 まだどうやら少し寝ぼけているらしい。

布団をはいだ時点で洋服が変わっていることに気がつかないなんて。

 洋服のデザインが以前と同じ迷彩色で似たような感じだったからと言い訳しつつ、明らかに違う生地の質と汚れ度合いが洋服が変わったことを物語っている。

 しかもジャケットだけでなく下半身のズボンまで変わり、中の下着まで変わっていた。


「あのまさか…………」


「着替えさせちゃった」


 問いかけに舌を出してウィンクされた。

なんだろう。

少し背中に寒いものが走る。


「それにしてもなかなかいい物持ってたわね」


 ニタニタ笑うクレアの表情は飲み屋のおっさんのそれ。

セクハラだ。

 俺は股間に手をあて隠すように布団をかぶせた。


「いい物って……おいまさか見たんですかい?」


 俺の問いにうなずいて答える表情はにやついていた。

これは決定的ですね。

 わかった瞬間羞恥心が少し表に出て、顔が少しほてったのが感じ取れた。


「こういうことは人に少し聞いてからやって欲しいのだけれど」


 ゴホンと咳払いで羞恥心を切り捨てながら、今度こそ俺はベッドから這い出たのだった。

ただまだ恥ずかしさがあったためか、クレアの顔を見ることは出来ず反対を向いたままだった。


「そう? 今度からは気をつけるはね。それにしても本当いい物ねこの剣。さすが私が魔力をかけたことはあるわ」


 その言葉が放たれた瞬間思わず振り向いてしまった。

振り向いた瞬間しまったと思う。

 目に映し出されたのは、先ほどよりもニヤニヤと笑うクレアの顔であった。


「あれ~? どうしたの? 私がいい物って言っていたのはこの剣のことよ? それにしても股間に手を当てるなんて、ははぁ~んまさか勘違いしてた? やらし~な~アキラちゃんは。私が着替えさせるわけ無いじゃない。ヒカリを大きくして頼んだのにね~」


「ね~」


 クレアはテーブルの上に乗っていたヒカリと同時に顔をあわせて最後の言葉を口にした。

 何だろうこの屈辱感は。

俺は先ほどよりも顔に熱を感じながらも、ほかに何か変わった事は無いか自分の体を確かめてから、クレアが座っていたテーブルの席へと腰を落とした。


「人で遊ぶな。まったく。エマじゃないんだから」


「そんなこと言われてもね~。これぐらい序の口序の口。エマちゃんと一緒だったらもっと――――うふふ」


「…………気をつけよう」


 楽しそうに過去を振り返るクレアを目にした俺は、今後どんなことが待ち受けていても強く生きようと決心させるのには十分だった。

 俺にとってなんともいえない空気となったリビングであったが、その空気を作り出した本人によって流れは変わることになった。


「さてと、冗談はこれぐらいにしましょうか。そろそろ本題に移らないとアキラちゃんグレちゃいそうだから」


 クレアはそう言って人差し指でつんと俺の鼻を軽く押した。

今度は子ども扱いか。

 軽くため息をついて反論の1つや2つ言ってやりたいような気もする。

だが、彼女にとっては俺ぐらいじゃ子供もいいところだろう。

生きている年季が違いすぎる、遊ばれて当然。

 そんな考えが頭をよぎると、先ほどの気恥ずかしさなど薄れていった。

 きっと俺がこんな風に考えて、グレずに会話を始めようという気になることも彼女はおそらくわかっているのだろう。

なにもかも手の中で動かされているような気もするが、それでいいか。

 年下の女の子にも言いように弄ばれているのだから。


「えぇグレない内にお願いします」


「よろしい。それじゃ始めましょう」


 クレアは満足そうににっこりと微笑んだ後、ポットやカップをテーブルの端に寄せ真ん中を空けた。

そしてそこにあの指輪が置かれる。


「アキラちゃん。基本的にあなたがすることは変わらないわ。魔力をためて次の時代へ飛ぶこれだけよ。つまりこの指輪をはめるだけでいい」


「はめるだけでいいのか?」


「えぇ、ただちょっとだけ問題があるわ」


 はめるだけでいいと聞いて安心していたが、やはり一筋縄ではいかないらしい。

今までとは違い綺麗な顔は崩さないまでも、淡々と説明口調で話すクレアからはそれが感じられた。


「問題?」


「そう問題よ。新しく魔術を書き込んだことにより少しだけ動作が不安定なの。だから一度ランダムに飛ぶことになるわ。だけど安心して。その一回飛ぶことによって魔術は安定する。安定したところでもう一度飛べば確実に元の時代に帰れるはず」


「つまり、2回飛べば確実に帰れるってことでいいんだよな?」


「そういうこと。ただ今回飛ぶところは本当にランダムだからどこに飛ぶかはわからないわ。もしかしたら魔力が無い場所に飛ばされるかもしれない」


 クレアは顔に影を落とす。

今まで笑顔での会話が多かったため、この影は俺にも不安という影を落とした。


「そ、それってまずいんじゃないですかい!?」


「うん、すっごくまずいわ。もしそんなところに飛ばされたらまず帰って来れない。指輪の魔力が回復しないから」


「何とかならないんですか?」


「むふ~。何とかしました」


 してやったり。

そんな顔である。

 だまされた。

いや遊ばれているのだろう。


「…………先に言ってください。無駄な心配をさせないでください」


「ごめん、ごめん。ちなみに対応としては2回分の魔力を元々指輪に入れておくことで解決したわ。これにはちょっと時間がかるから3日間ずっとこの指輪に魔力を吸収していてもらったのよ」


「3日って……俺が話してた時間?」


「正解。もちろん私がおしゃべりしたかったってのもあるけど、ちゃんとアキラちゃんのことも考えてたのよ」


 ここでクレアのウィンク。

彼女が言っていることがすべて正しいように思えさせる魔性の必殺技だ。

 だが、よく考えれば時間を経過させればいいというだけなので、あんなに根詰めておしゃべりをする必要などまったく無いことに気がつく。


「さすがというかなんというか」


「どう? 頼りになるでしょ」


「えぇとっても」


 皮肉を込めて言ってやりたいところだが、実際彼女の助け無しでは元の時代に戻ることは出来ない。

それに、皮肉を交えたところで彼女が頼りになることには変わりは無かった。


「素直でよろしい」


「それじゃこの指輪をまた俺はつければいいだけなんですね?」


 また鼻をつんとクレアに押された。

彼女も人の心のうちを手に取るようにわかる人物らしい。

 微笑むぐらいしかもう対策の打ちようが無い俺は、それを実行して中央にある指輪を手に取った。


「そうよ。ただし1回目の転送が終わった後は、1時間ぐらい指輪は作動しないわ。指輪自身を安定させるための魔術が働くから」


「なるほど」


「それと」


「それと?」


「過去に戻ったら敬語は禁止。友達になったのに時たま敬語が出てるわよ?」


 むすっと軽く頬を膨らませるクレア。

 言われてみればと思い出す。

どうもまだしっくりときていないらしい。

 すぐに謝りの言葉を口にするがそれもまた彼女の頬を膨らませることになりそうだ。


「えっ、いやあのその……すいません」


「ほらまた!」


「なんとか、直しときま……直しとく」


「うむ。よろしい。それじゃそろそろお別れかな。寂しくなるけど過去の人が未来に長くいちゃ問題だらけだからね」


 腕を組んでにっこりと笑うと、その後寂しさが顔に表れた。

今でも信じられないが、彼女は俺が始めに出会ったクレアよりも何百歳も年上。

きっと当時の知り合いなどいないはずである。


「俺が生きてりゃまた会えるさ」


「ふふ、期待しないで待ってるわ。それじゃ行ってらっしゃい」


「昔の僕によろしくね~」


「あぁ、行って来ます」


 テーブルの上であいも変わらず正座で紅茶を飲んでいるヒカリに手を振られる。

クレアも立ち上がりこちらを微笑みながら手を振ってくれた。

 彼女達に笑顔で送り出される俺は、少しでも寂しさが残らぬように満面の笑みだけ残し指輪をはめたのだった。

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