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夜明けの月  作者: びるす
タイムトラベル
77/89

第十三節:リトルレディー

 光の先にあったものはまたも光。

木漏れ日の先にある太陽が、自己主張をしては俺の顔に光を射す。

 どうやら今回は、森の中に飛ばされたらしい。


「それにしても、こんな飛ばされ方もあるのか……」


 ため息をつきたくなるのを堪えながら、慎重に体を動かしていく。

 水を吸った洋服は思いのほか木々から離れようとせず、動く度にぱきぱきと音を立てさせる。

 けれど動かねばなるまい。

こんな体勢では、何もできるはずもないのだから。

 右に力を入れれば、左側が沈み、逆に左に力を入れれば、右側が沈む。

ならばどうすればここから抜け出せるのだ?

そんな風に感じて動きをやめれば、全体が徐々に沈んでいく。

 なんともならない。

これは落下するしかないようだ。

 そう結論付けて、乾いた笑みを浮かべた瞬間、その事象も空気を読んだのだろう。

俺の体を一直線に地面へと落下させた。

 猫のような器用さなど持ち合わせていない俺は、くるりと体を回転させうまく着地できるわけも無く、盛大に尻餅をついたのだった。


「つぅ~~~!!」


 打ち付けられた尻が、ジンジンと痛みを発している。

 今までの転送は、ちゃんと地面に両足をつけた状態で転送されていたので、まさか木の上に転送されることもあるなんて思いもしなかった。

今度からは今回のようなこともあると、肝に銘じておかなければなるまい。

 尻を擦りつつ、体を起こして木の上からでは良く見えていなかった辺りを見回した。

森の深度が深いせいか木々の合間から見える景色には、人工物を思わせるものは1つも見ることは出来ない。

しかし、かなり奥まで見回すことが出来るその木々の生え方は、誰かに植林されているように思えた。

 もしここが植林された場所ならば、うまくいけば人に会えるかもしれない。


「日の光は程よく地面まで届くし何本か切り倒された後もあるな。やっぱり植林されている場所ってことでいいのかな。それにしても今回はどっちに関連する場所なのやら……」


 尻の痛みがある程度落ちつくと、切り株へと腰を下ろした。

今の状態ではなんともいえないが、今回もおそらくクレアに関係していることだろう。

 何せ、こんなところに来た覚えは俺には一切無い。

似たところで言うのならば、忘れようにも忘れられない場所。

そうレベアルと文字通り死闘を繰り広げた、ココアラの森。

 しかしそこではない。

断言できる。

なぜかと言うと、木の種類が違う。

 ココアラの森は主に広葉樹がメインであったが、ここは針葉樹がメインだ。

もし同じならば広葉樹が生い茂っていなければいけない。


「さてと、は、は、はっくしゅん! ん~~~……」


 鼻先を指で擦る。

空気は寒くも無いが、暑くは無い。

 空気に冷やされた服は、俺の体温を奪い、くしゃみを誘発してしまうようだ。

 軽く一息ついてから、人里目指して適当に歩こうと思ったのだが、それよりも服を乾かすとしよう。

このままでは風邪を引いてしまう。

 腰のベルトを外し、上着を脱いだ。

上着はずっしりと重い。

絞ってみると滝のように、水が流れ落ちた。

 海に浸かってそのままだったのだから、当然である。

上着と同じようにズボンも脱いで力いっぱい絞った。

 元々アイロン掛けなどされていないのでピシッとしたものではなかったが、絞った洋服達はしわくちゃになってしまった。

 それでも風邪を引くよりはましかと自分に言い聞かせ、日の当たる枝へと洋服をかけた。


「後は火だな」


 辺りを見回すといい具合に枯れた木々が落ちている。

俺はズボンだけはいて、枝を集め始めた。

 枯れ枝集めは5分もすれば焚き火をするのには十分な量が集まった。

だが、問題は着火である。

 いつもならば火打石を鞄の中に入れて持ち歩いているのだが、その鞄は数年から、数十年、もしくは数百年は昔の荒野に落ちていることだろう。


「となれば、やっぱりあれしかないか……」


 軽くため息をつくと太目の枝を剣で二つに割る。

剣で割ったことにより、平らになった面を下にし、上に軽く剣で削るように穴を開ける。

そしてその穴に細長い比較的まっすぐな棒を押し当てた。


「じゃあやるか…………うおぉぉぉぉ!!!!!」


 両の手のひらで棒を挟むと、全力で回し始めた。

キリモミ式と呼ばれる火のつけ方だ。

 出来ることならやりたくは無かったが、仕方が無い。

手持ちの道具と、ここにあるものではこれしか出来ないのだから。

 全力で棒を回し続けると、最初はガサガサと言ったような音を立てていたものが、キュッキュと言った音に変わり、先端からは煙が立ち始めた。

焦げた木屑も出始めている。

 俺はいったん手を止め、すばやくその木屑を枝とは別に集めていた枯れ葉の中へと入れてやさしく息を引きかけた。

しかし、火はつかず、枯れ葉が揺れかさかさと音を立てただけであった。


「失敗か。仕方ないもう一度だ」


 気を取り直して、もう一度同じようにしたが失敗。

だが、諦めてしまっては元も子もないので、俺は何度も繰り返した。

 そして、繰り返すこと20回。

ようやく成功し、火で暖を取ることが出来るようになったのだった。


「つ、疲れた、み、水が欲しい」


 暖を取れたのは良かったのだが、予想通り汗だくである。

やはり、慣れていないことに対して全力をだすと、必要以上に疲れるものだ。

 動いた時間にすれば10分も無かったとは思うが、それでもへたな狩りよりも何倍も疲れていた。


「とりあえず乾かそう」


 ぬれた洋服を火で燃えない位置へと直し、乾かす。

ズボンは自分の体温であらかた乾き、上着も日の光で少しとはいえ乾かしていたのでそれほど時間がかかると言うことは無いだろう。

 案の定洋服は20分もしないうちに着られるまで乾いていた。


「こんなもんだな。よし、それじゃ人里目指して歩くか」


 切り株から腰を浮かせ、立ち上がる。

深い森の中だが、同じ方向に1時間も歩けば開けたところに出るだろうと、安易な考えを持ちながら歩みを進めようとした時だ。

 耳に風とは違う音が聞こえたような気がした。


「ん!?」


 立ち止まり耳を澄ます。

何も聞こえない。

どうやら気のせいのようだ。

そう思い、また歩き出そうとすると今度は確かなものが聞こえてきたのだった。


「きゃーーーー!」


 その声は甲高い悲鳴。

大きさからしてここからは少し遠そうだ。


(助けに行くべきか?)


 そんな迷いが頭をよぎる。

しかし、それも一瞬のこと。

こうしている間にも、声の主に危機が迫っている可能性は非常に高い。

 俺は火を踏み消すと、剣を腰へとぶら下げ声のするほうへと勢いよく走り出した。


「こないでーーー!」


 距離が近づくにつれて声ははっきりと聞こえるようになってきた。

どうやら何かに追われているようで、声が聞こえる方向は少しずつ変わっている。

 聞こえてくる声は女性の声。

魔物か、それとも盗賊や山賊の類か。

どちらにしろあまりいい状況ではなさそうである。

 俺は地を蹴る足にさらに力を込め、木々の間をすり抜けながら声のする方向へと一直線に向かう。

 そして近づいていくつにつれ、何かの足音のようなものが聞こえるようになってきた。

かなり軽快である。

足音のほかに聞こえてくる息遣いから、どうやら人では無いらしい。


(追っているのは魔物か!?)


 まずい!

早く行かなくてはと焦りが生まれる。

 もし女性を追っているのが人ならば、無事とはいかないまでも殺すまでに時間的猶予があるはずだが、魔物はそうはいかない。

 おそらく追っているのは肉食の魔物。

奴らは老若男女問わず、すぐに餌にするはずである。


「おい! 聞こえているならこっちに逃げて来い!」


 走りながら声を上げる。

するとそれに呼応するかのように、女が声を上げた。


「た、助けて!」


 息も絶え絶えの返事。

しかし、心の底から発せられる声は、しっかりと俺の耳まで届いた。

 俺は声のする方向へとひたすら走る。


(まずい! 足音がしなくなった!)


 逃げていた人物が追い詰められたのか、足音が消えた。

急がなくてはただそれだけを思い、俺は足を動かした。

そして、何本かの木を通り過ぎると、ようやくその姿を現した。

 目に飛び込んできたのは、空中にいるジャエナ。

前足と牙を立て、何かに飛び掛っている姿。

 その瞬間、俺はその時ジャエナに向かい手を伸ばしていた。

何とかしなければ、頭に浮かんだその思いから俺は行動していたのだ。

 一瞬の出来事だが、ゆっくりと時を流れるように、伸ばした手はジャエナの首へと向かって行く。

またジャエナもゆっくりと目標へと飛び掛っていく。


(間に合え!)


 思い切り腕を伸ばす。

すると、指にわずかな感触が。

 俺はその感触が何なのか理解すると、すぐにそのわずかな感触を力強く自分にひきつけるように握ったのだった。


「キャイン!」


 手の先から声が上がった。

女の声ではなく魔物の声。

そうジャエナの声が。

 ジャエナは俺にちょうど首根っこを掴まれ、足をばたつかせ逃れようとしていた。

暴れるのを押さえるため、少し強く握りジャエナを黙らす。

 力により屈服させられたジャエナはおとなしくなり、だらりと手足を垂れた。


(はぐれ……みたいだな)


 辺りを見回して、ほかにもいないか確かめてみるがどうやら魔物はこいつだけらしい。

ふぅと息を吐き今度は助けた人物のほうへと視線を向ける。

 視線の先には手足には擦り傷や切り傷をつけ、白い綺麗な洋服を泥で染め上げ、うずくまって涙を流す女の子がいた。

 年は、7歳ぐらいだろうか。

なぜこんな女の子がこんな森にいるのかはわからないが、どうやら無事のようだ。


(とりあえずこいつを始末したいけど、こんなこの前で殺るのはやめたほうがいいだろうな)


 後々のことを考えれば、今のうちに始末しておいたほうがいいとは思うがさすがに小さな女の子の前では気が引ける。

 俺はジャエナを掴む右手に力を入れると、奴を遠くの木へとぶち当てた。

威力は殺すまでは行かないぐらいに、されとて無事ではすまないぐらいに調節し。

 投げられたジャエナは木にぶつかった瞬間、鈍い声を上げるとよろよろと起き上がり、後ろ足を引きずりながら、森の奥へと消えていった。


「大丈夫か?」


 ジャエナがいなくなったのを見届けた俺は、女の声と視線を戻した。

女の子は危機が去っても涙を止めることは無く、しゃっくり交じりに泣いている。


「もう大丈夫だ。よく頑張った」


 俺は屈んで女の子の視線に顔を合わせると、彼女の頭を優しく撫でたのだった。

すると、女の子は涙を流す目を見開き俺の顔をじっと見つめ、そして抱きつきもう一度盛大な声を上げて泣いたのだった。


「怖かった! えっぐ! 怖かった!」


「あぁ怖かったな。でももう大丈夫だ。よく頑張った」


 抱きつく女の子の背中をぽんぽんと軽く叩いてあやす。

たった一人で魔物に襲われたのだ無理も無い。

 俺は彼女が泣き止むまで、そうしていたのだった。


「ひっく、ひっく」


「だいぶ落ち着いたね。もう大丈夫かい?」


「ひっく、うん。ひっく」


 まだしゃっくりは止まらないようだが、だいぶ落ち着いたようだ。

俺は泣き止んだ女の子を切り株に座らせると、彼女の目の高さと同じ位置に顔を落とし話しかけた。


「お名前は?」


「……ジェシュ」


「そうジェシュちゃん。お母さんかお父さんは?」


「お父様はお仕事してる。お母様は……死んじゃった」


 ようやく泣き止んだ目にまた涙が浮かぶ。

まずった!

 出来るだけ安心させようとしたのだが、どうやら地雷を踏んでしまったようだ。

これは早く話を切り替える必要がある。


「そ、そう。それじゃ何でこんなところに1人でいるのかな?」


 笑みを絶やさないように、そしてまた泣き出さないようにジェシュの頭を撫でながら彼女が話し出すのを待った。


「お稽古」


「お稽古?」


「そう、剣のお稽古」


 彼女はそういいながら、俺の腰に携えている剣を指差した。

 これまた意外な答えである。

ロコのように、遊びに来て魔物に襲われたとばかり思っていたのだが、見当が外れたみたいだ。

 俺はジェシュの手の平へと視線を向ける。

小さくかわいらしい手には、ジャエナから逃げるときについた傷がついていたが、それ以外にも小さな肉刺がついていた。

 彼女の言っていることに偽りは無いようだ。


「そうか。けど今日はもう帰ったほうがいい。ジェシュのお父さんはきっと心配しているはずだから。けどその前にどこかで傷についた汚れを落とせればいいのだけれどなぁ」


 立ち上がり辺りを見てみるが、風景は変わらず。

地元の者でないと帰り道はわからなそうだ。


「あっち」


 困ったな、と独りごちるとジェシュにも聞こえたようで、立ち上がりある方向を指差した。

 先を見てみるが、木々に阻まれ100メートルも先も見えない。


「あっちって、あっちになにかあるのかい?」


「あっちに小川があるはず。私、たまにここに来るから大体は覚えてるの」


 そう一言残すと、彼女は歩き始めた。

そんなジェシュ止めようと、右手を出したが思いとどまり空を掴む。

 土地勘の無い俺よりも、土地勘のある子供の言うことを聞いたほうがいい。

そう思った俺は、ジェシュの後を歩くことにした。

だが、ジェシュは道を知っているとはいえ子供である。

 歩くのが遅い。

疲れや、怪我のせいもあるだろう。


(おぶったほうが早いか)


 そう思った俺はジェシュに声を掛ける。


「ジェシュ、ちょっと止まって」


 声を掛けられたジェシュはその場に立ち止まりこちらへと向き直った。


「よし、それじゃちょっとじっとしててね。よいっしょっと」


「きゃっ!」


 掛け声とともに、ジェシュを持ち上げると俺はそのまま肩車する。

持ち上げられたジェシュはと言うと、急なことにびっくりしたのか声を上げた。


「悪い。驚かせたね。けどこっちのほうがきっと早い。道はこのまままっすぐでいいんだよね?」


「…………」


「ジェシュ?」


「う、うん合ってる」


 たどたどしい答えではあるが、合っているならば問題は無いだろう。

俺はジェシュにしたがってまっすぐと歩いていった。

 5分ほど歩くと、水の音が聞こえてきた。

彼女の言ったとおりである。

 音が聞こえてから少し歩くと、音だけでなく視覚にも小川を捉えることが出来た。

幅は40センチぐらいで、深さも足首が浸かればいいぐらいの本当に小さな川である。

 水質は良好、非常に澄んでおり飲むことも出来そうだ。


「ここか、綺麗なところだな。ジェシュ今下ろすからちょっと待ってな」


 俺は両手をジェシュの腋へとそえるとそのまま力を入れて彼女の体をいったん浮かしてから、地面へと下ろした。

ジェシュは2回目と言うこともあり、先ほどのように声を上げることなく静かに地面につくのを待っていた。


「それじゃ傷口を洗おうか。沁みるかもしれないけど我慢な」


 俺はそう言って上着の袖を少しちぎり、川の水でしっかりと洗う。

本当なら綺麗なハンカチがいいのだが、持ち合わせていないので仕方が無いだろう。

 ジェシュには靴を脱がせて、傷がついている脚を洗いやすいように川へと入ってもらう。

最初はゆっくりと水をかけ、大雑把に泥を落としていく。


「……!?」


 やはり沁みるのかジェシュは身がこわばらせ、目をぎゅっと閉じて痛みに耐えていた。

できるならば痛い思いはさせたくは無いが、細菌が入ったら後で大変である。

 今は我慢してもらうほか無いだろう。

俺は出来るだけ早く、けれどやさしくジェシュに水をかけ、布で傷口の泥を下としていった。


「よし! はい終わり。よく頑張ったね」


 脚だけでなく、腕や手も水でしっかりと汚れを落とし、傷の治療は終了である。

絆創膏でもあればよかったのだけれども、無いので洗うだけで治療は終了だ。

特に深い傷も無いので、これだけでも大丈夫だろう。


「それじゃ、ジェシュの家に帰ろうか。送ってくから」


「まだいや」


「いやって言われても……」


 差し出した手は、何も掴むことは出来ず、ジェシュは両手を自分の後ろへと隠している。

予想外すぎる展開だ。


「あの……」


 どうしたものかと頭を悩ましていると、ジェシュから声がかかった。


「なに?」


「私に剣を教えて」


「剣ってこれを?」


 腰にぶら下げている剣に手をやると、ジェシュはコクリと首を縦に振る。

 そういえば彼女がこの森に来た理由は、剣の稽古のためだと言っていた。

つまり今からその続きをしようと言うことか。

しかし、会ったばかりの俺なんかに教えてもらっていいのだろうか?

 別に教えるのが嫌と言うわけではない。

 今回の場所は、別に指輪が盗まれるわけでもなく、怪物に襲われているわけでもない。

今までの場所と比べれば比較的安全な場所だといえる。

 出来れば、人里へと出てこの時代の情報を収集しておきたいといったところだが、どうも見た覚えの無いところなので、どうせクレアとの関係がある場所だ。

情報を集めたところで、あまり意味は無いだろう。

 つまり時間もあまっていると言うことだ。

それならば教えてあげてもいいのだが、さすがに年端もいかぬ女の子に剣術というのはどうだろう。

 せめてもう少し大きければ、セリアぐらいの年齢ならばいいのだけれど。

そんなことを思いながら、視線をジェシュへと向けてみた。

俺の答えを待っているのか、じっと顔を見つめ返してくる。

 そのまま、数十秒ほどお互いの顔を見つめ合っていると、徐々にジェシュの顔が崩れ始めてきた。


(やばい!)


「お、おし。いいぞ! うん。教えてやる。教えてやるからな」


 泣きそうだ。

そう思った瞬間に、口は動いており、彼女に剣術を教えることが決定したのだった。

 しかし、剣術を教えるとは言ったものの、どうすればいいのだろうか?

別段剣が得意と言うわけでもなく、教えるのがうまいと言うわけでもない。


(なら、教わったことを教えるのが一番だよな)


 自分の中でそう結論付ける。

俺が教わった剣術と言うのはほかでもない。

ジェシーの剣術だ。

 俺は近くにあったちょうどいい長さの棒を手に取った。


「それじゃ今から一通りの型をするから、よく見ててくれ」


「はい」


 素直な返事とともに、熱い視線が注がれる。

これは、下手に教えられないな。

 少し緊張しながら、ジェシーに教わったことを必死に思い出して棒を振るう。

最初は縦に一太刀、次に横へ一太刀。

脚の動きに気を配りながら、ジェシーに教わった型を黙々とやってみせる。

 順調に型の動きをこなし、ジェシー剣術の要、突きの型へと移る。

両手に構えていた剣を、すかさず利き腕へと渡し、一気に突く。

この時、体は半身になり顔だけが相手を見つめている状態だ。

フェンシングの突きに良く似ている。

 これを基本に、縦切りから突きへ、横切りから突きへと変わる型をし、最後は呼吸を整え、剣をしまう動作で終了だ。

 この一連の流れを終え、俺はジェシュへと顔を向けた。

彼女の顔は、目が輝き、ポカンと口が開いている。


「……ジェシュ?」


 返事が無い。

けれど視線だけはこちらへと注がれている。


「ジェシュ?」


「す、すごい! すごいすごい! この前違う人の見たけどそれよりすごい!」


「そ、それはよかった。それじゃ今度はジェシュがやってみようか」


「うん!」


 予想以上の反応に、少し驚いた。

 出来るだけ丁寧にこなしたとはいえ、まさかあんなに褒められるとは思っても見なかった。

まじめにジェシーの授業を受けていて、よかったな。

 そんな感想を持ちながら、はしゃいで俺に抱きついてきたジェシュに、持っていた棒を少し短くしてから渡すと、ジェシュは喜んで受け取っては先ほどの型をやり始めたのだった。

 型をやり始めて約30分。

ジェシュの額からは大量の汗が流れていた。

 この型という稽古だが、見た目以上に疲れる。

正確に、より早く、より鋭く、より美しく。

これらの要素を上限の無く探求していくのだから当たり前である。

 棒を振るうジェシュからは汗が飛び散る。


(それにしても……)


 型をこなすジェシュを見て思う。

すさまじく上達が早いと。

 最初こそたどたどしく、本当に子供のお遊戯と言った形だったのだが、2回、3回と数をこなすにつれ、型がしっかりしていく。

もちろん、一回型をこなす度に、ダメなところを俺が指示して直してはいるが、それでもこんなにも早く上達するものだろうか。

 いや、普通はしない。

だが、目の前の少女はそれをやってのけている。


(すごいな……上達の速さなら、セリアかそれ以上だ)


 ジェシュの上達はまさにセリアとかぶる。

 俺は彼女の型を見ながら、少し笑みがこぼれた。

セリアと一緒に練習した時は、自分が惨めに思えたが、教える立場としてはこれほど楽しい人材はいないだろう。


「よし! 今の突きはいいぞ。それから引き戻す時に注意だ。突く時と同じ速さで戻すこと」


「はい!」


 素直な返事とともに、素直な行動。

言われた事をすぐに実行している。

 本当にいい生徒だ。


「ジェシュ、いったん休憩だ。一気にやりすぎても体を壊すだけだからな」


「はい」


 何度目かの型を終えてから、俺は休憩を挟んだ。

上達は早くても彼女はまだまだ子供。

肉体など全然出来てはいない。

必要以上の負荷は怪我をするだけである。


「とりあえず、一時間ぐらい休憩をしよう。それと体を冷やすといけないからこれを着ておきなさい」


「あ、ありがとうございます」


 俺は切り株へとジェシュを座らせ、ジャケットを脱いで彼女へと掛けた。

そして、体を必要以上に冷やさないために、焚き木を集め、今日2度目の火おこし実行したのだった。


「寒くは無いか?」


 彼女の隣に座り、火に木をくべながら聞いてみると、コクリと首を縦に振る。


「そうかそれなら良かった」


 その後たいした会話をすることなく、火の管理だけしていると、体に何か接触する感触が。

横を向いてみると、そこには寝ているジェシュの姿が見えた。

あれだけ動いたのだ無理も無いだろう。

 俺は彼女の頭を撫でると、また火に木をくべたのだった。

 それから2時間ほど経った。

ジェシュはまだ目を覚まさない。

 しかし俺に不満はなかった。

それどころか、起きたらどんなことを教えようかと、楽しみを膨らませていた。


(起きたら、こいつを振らせて見ようか)


 腰から外した剣を手に取り、教え子の顔を見ながらそう思う。

剣を振らすのはまだ早いと思うが、あの上達振りを見ると振らせて見たくなる。

さすがに、ロングソードの方は振れないと思うが、この細剣ならばと。


「気が早いか……。っと」


 自嘲しながら、笑みを浮かべるとジェシュの体が少し動いた。

起きるのかと思ったが、ただの寝返りだったようだ。


「今ので起きてくれればよかったんだけどな。起こすのはかわいそうだが、さすがにそろそろ限界」


 俺は持っていた剣を鞘ごと地面に刺すと、それにジェシュの背中を預けた。

何でこのようなことをしたのか?

答えは単純。

ただもようしただけである。

 俺は少し森の奥にいき、ジェシュの死角になる位置で社会の窓を開いたのだった。


「ふ~~~~、うっと」


 開けたものは閉じ、手を洗うべく川へと向かう。

そして手を洗おうと、屈んで川へと手を突っ込んだ。


「ん~、やっぱり型をしっかりやらせないといけないか。でもそれだけだと飽きるよな~やっぱりそれじゃどうするか……!? まて、まだ転送されるわけには!?」


 手を洗いながらも、彼女に何を教えるべきか、想像を膨らませていた。

そのせいか、異変に気がつくのが遅れてしまったのだ。

 最初は日の光によって、水が反射しているのだろうかと見当はずれな事を思ったがすぐにその思いは消え、焦りへと変わる。

 確かに日はオレンジ色に輝き始めたが、まだ茜色になるほど赤く染まってはいない。

そう、光っていたのは指輪。

転送の準備が出来たのだ。

 あわてて指輪を外そうとしたが、もう遅い。

俺はこの時空に、ジェケットと細剣、そして教え子を残し旅立ったのだった。


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