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夜明けの月  作者: びるす
タイムトラベル
75/89

第十一節:港町サウスバーグ

「おっ、見えてきたな」


 風の匂いが変わり、もしやと思い小走りになりながらちょっとした緩やかな坂道を登りきると、眼下には鳥が飛び交う港町が見えてきた。

その先にある大海原は、波は穏やかなようできらきらと光を反射している。


「なぁ行ったとおりだったろ? こっちの道で正解だって」


「……たまたまだ。たまたま」


 少しむくれた表情だが、ルーダリアも街につくのがうれしいためか声は明るい。

 ちなみに何でこんな会話になったかと言うと、途中分かれ道が1つあったため。

 ルーダリアは迷わないために、一本道のルートを選んで旅をしてきたのだが、彼の地図はどうやら古かったらしく、新しくできた道は描かれてはいなかった。

それで困ったのはルーダリア。

 一本道だと思っていたのに分かれ道が存在したのだ。

かなり焦っていた。

俺に動揺を見せないように勤めていたようだが、表情からすべて読み取れていた。

 そして焦ること10分ほど彼が出した答えはこの道と逆の道。

地図を見ながら『こっちだ』と弱弱しく声にしたのは記憶に新しい。

 本来ならこの世界にきたばかりの俺よりも彼が進む道についていくのが、いいとは思うのだが、いかんせんルーダリアは極度の方向音痴だと言うことが判明していたので、俺は念のため彼に地図を見せてもらうことにした。

 そうしたら案の定、彼が進もうとした道は見事に本線を外れていることに気がついたのだ。

気がついたのは単純に分かれ道に看板が立っていたため。

 文字は読めなくても、進む町の名前と同じ形の文字が書かれていればおのずとどちらに行けばいいのか分かるというもの。

矢印などは描かれていなかったため、あまりいい看板とはいえなかったがそれでも彼が持っていた地図と照らし合わせれば普通の人なら十分に分かるものであった。

 とまぁそのようなことがあり、俺は彼を引っ張り正しい道へと誘導し歩みを進め、現在に至ると言うわけである。

 もちろん、ルーダリアを誘導するときには軽く一悶着あったが、すでに自分が方向音痴であることを俺に知られているうえ、自分でも確信がもてなかったこともあり、最後には彼が折れたのだった。


「なぁルーダリア。町に着いたらまずはどうするんだ?」


「とりあえず、船の予定を調べる。中央までは2日はかかるからな。定期便が出てたとしても本数は多くないだろうから」


「たしかに。さすがに4日に一遍ってことはないだろうが、最悪それも入れておかないといけないからな」


 などと会話をしながら俺達は潮風が香る港町サウスバーグへと入っていったのだった。

 町に入ると黒光りしよく焼けた男達を見かけた。

おそらく漁師かそれに近い職業についている者達だろう。

皆かなりいい体をしており、これから船旅をしようとする俺達にとっては安心感を与えてくれる。

 また、他にもここサウスバーグからはいろいろな方面の人が集まるのか、多種多様な格好の人が多い。

 騎士風の出で立ちや、ゲームに出てくる魔術師のようにローブを着ている者、きらびやかな装飾の多い恰幅がよい者など様々だ。

 俺はルーダリアの後ろを歩きながら人間観察をしつつ、港へと進んでいった。

 だが、最初についてのは何の変哲も無い食堂であった。

港へと進んでいたはずなのだが、さすがルーダリアといったところである。


「たしか船の定期便を調べる予定だったよな?」


「…………腹がすいたからいいんだよ」


 そう言葉を残しルーダリアは食堂へ入っていった。

実際歩き詰めであったため、休息の意味も込めて食事と言うのは悪くない。

ただ、まっすぐ行けば港にたどり着く道をわざわざ何回も曲がったのはやはり方向音痴のためだろうか。

 そんなことを思いながら、魚の上にフォークとナイフがクロスして描かれている看板の店へと俺も入ったのだった。

 なかは食事時から外れていたためか、あまり人はおらず、いたとしても食後のお茶と会話を楽しんでいるもの達だけであった。


「すぐに飯は食えそうだな」


「そうだな」


 空いたテーブル席に腰を下ろし、メニューを開く。

開かれたメニューには文字が単語単位で書かれているようだが、エマと最初に食事をしたときと同じように字は読めなかった。

 だが、文字が読めないことを重々承知していた俺は焦ることは無く、給仕の人に声を掛ける。


「それじゃ注文しますか。あぁおねぇさん」


「やだわおねぇさんなんて。おばちゃんでいいわよ」


 にこやかな笑顔とともに、手馴れた様子で水を運んできたおばさんは、年はおそらく30半ば。

スタイルはよく、外で仕事もするのか小麦色に焼けた肌が健康的である。


「いやいや、こんなに若い人をおばちゃんなんていえないですよ」


「上手だね。よしじゃぁちょっとおまけしちゃう」


「ありがとうございます。それじゃ~こっからここまで3人前ずつ」


「はいはい、3人前ずつね」


 軽口に対して、笑顔と気風のよさで応えると頼んだメニューを疑う様子も無く、注文書へと書き込んでいく。


「っておい!」


「ん? どうしたもしかして足りないか? それじゃおねぇさんついでにこいつとこいつも3人前ずつ」


「はいよ」


 注文を書くおばさんはくすくすと笑っている。

ルーダリアの制止の意味を知っていて俺がわざとその反対をいったのを感じ取ったようだ。


「だから待てって! そんなこと言ってるんじゃない! 明らかに量が多いだろ! 誰が金を払うと思ってるんだ!」


「誰って俺は金をもって無いからお前だろう? それにそんなに量が多いか?」


 噴火したとまではいかないが、少し声を荒げるルーダリアにしれとした態度で応える。

それがまた彼の怒りに触れたのか、さらにボリュームを上げることになった。


「多いし! 俺が金払うんだから遠慮しろし!」


「まぁいいじゃないか」


「良くない! てか本当にくえるのかよそんな量!」


「食えるぞ」


 おばさんは掛け合いを楽しんでいるのか、笑顔で俺達の様子を見ている。

どうやら、支払いに関しての心配はしていないようだ。


「……言ったな」


「言ったが?」


「それじゃ食えなかったら問答無用でお前置いてくからな」


「いいぜ? その代わり食えたらちゃんと払ってくれよ」


「くっ……いいだろう」


 この言葉をルーダリアから引き出せばもう勝ったも同然である。

俺はルーダリアから視線をはずすと、おばさんへと向き直った。


「どうやら話はまとまったようだね。それじゃ注文はさっきのやつでいいのかい?」


「えぇお願いします」


 そう応えると、店には注文の掛け声が響き、厨房からは山彦のようにそれに対応する言葉が返ってきた。

 そして、10分少々で最初の料理がつき始め、20分もするとすべての料理がテーブルへと並んだ。

それから30分位経つと料理は皿の上から消えたのだった。


「うっぷ……気持ち悪い……」


「なら無理して食わなきゃ良かったじゃねぇか。俺はまだまだ入るんだし」


 吐きそうになるルーダリアを尻目に、食後のお茶を楽しむ。

このところろくな栄養補給が出来なかったため、傷の直りがいまいちだったが、今回の食事で、オーディグルスにつけられた傷はほぼ完治するはずである。

 体の調子を確かめながら、再度ルーダリアに目をやるとテーブルに突っ伏している。

完全にグロッキーのようだ。


「負けると分かったらお前にばっか食わすのが癪だったんだよ……」


 いくら癪だったからって、自分の許容を超えるまで食べるのはやはり子供か。


「ふ~んまぁいいか。おねぇさんお茶のおかわりお願いします」


「はいよ。それにしても本当に全部平らげちまうとは、若さかねぇ」


「まぁそんなところです。それにおいしかったですしね。」


「そいつは良かったよ。それにしてもあんた達、ここいらじゃ見ない顔だけどもしかして定期便目当てかい?」


「わかります?」


 運んできてもらったお茶を受け取りながら応える。

本来、ルーダリアが定期便目当てなのだが、どうもまだ対応できそうにないのでおばさんには俺から聞いておくとしよう。


「そりゃ~たいていそれが目当てで皆旅をしてくるからね」


「それじゃ定期便の本数とか分かりますか?」


「あぁわかるよ。毎日一本ずつ昼時に1本でてるよ」


 この手の質問は良く聞かれるのか。

それともこの辺に住んでいれば当たり前の情報なのか分からないが、おばさんはすぐさま答えを出してくれた。


「それじゃ今日は……」


「残念ながら普通ならもう終わってるね」


「普通なら?」


 微妙なニュアンスに反応すると、おばさんは何を思ったのか持っていた食器類をテーブルに置いた。

どうやらこの疑問について話すのは、少し時間が要るらしい。


「そう普通なら。今はちょっと問題があって定期便だけじゃなくて漁船も出港してないんだよ」


「どういうことです?」


「あんた達来たばっかりらしいから知らないかもしれないけど、ここからすぐの沖合いのところに出るんだよ」


「出るって……幽霊船とか?」


「船だったらまだ何とかなったんだけど、そういうのじゃなくて怪物がさ出るんだよ」


 怪談話のように、独特の間を取りながらおばさんがしゃべるが、どうやらお茶ら桁様子ではないので、幽霊船だったらよかったのか、などと無粋なツッコミを入れるのはよすことにしよう。


「怪物…………」


「そいつはクラーケンって言って――ちょっとまってな今持ってくるから」


 そう言うと何を思ったか、おばちゃんはあわてて厨房のほうへと走っていった。

持ってくるといったが、怪物を持ってくることが出来るのだろうか?

名前から察するにもしかしたらあいつを持ってくるのかもしれないが……。

 そんなことを思っていると、すぐにおばちゃんは厨房から戻ってきた。

その手ににゅるにゅると動く何かを持って。


「これこれ、この大きなやつが船を襲ってるのよ」


「なにそれ! 気持ちわりぃ!」


 空いた食器に置かれたそれを見て、ルーダリアは目を見開くとテーブルから勢いよく離れた。

 その速さは尋常じゃないほどだったが、幸い食器はテーブルの上から落ちることは無く皿を割ることは無かった。

 しかし、まぁ予想していたこととはいえこうも予想通りのやつがでてくるとは……。

 十本足のあの軟体動物が。

それにしても見慣れていないと気持ち悪いとなるのか、俺なら唾で喉を鳴らし醤油でといった感想になるのだがな。


「気持ちわりぃって、お前さっき食ってたぞ?」


「えぇ!」


 ありえないと言った驚きの表情。

俺の舌が正しく、味がイカそのものなら先ほど口にした衣のついた団子状のものはこいつである。

 俺は確認を取るためおばさんへと顔を向けた。


「ねぇ食ってましたよね?」


「確かに食べてたね。お兄さんよりも多く」


 どうやら間違いないらしい。

他にもイカリングのようなものも合ったが、それも俺以上に食していたので姿はともかく味は気に入っているはずである。


「!!!!」


 自分が得体の知れない生き物を食べてしまったことが信じられないのか、それともこの奇妙な生き物がうまいというのが信じられないのか、はたまたその両方か。

いままでの食事とこのイカの関係を結ぶことの出来ないルーダリアは軽く固まってしまったのだった。


「……それで出港できなくなって今はどうなってるんです?」


 ショックを受けるルーダリアのことはとりあえずほうっておき、俺は船のことについて聞き始めた。


「今は中央に行く連中は立ち往生さ。船乗り達も丘の上で飲んだくれてるよ」


 そういってしかたないやつらだよとばかりに、ため息をついた。

 この食堂にはそういった連中は見られないようだが、どうりで船乗りが陸を歩いていたのは訳である。

まさかそんな理由があったとは露とも知らなかった俺の、あの航海に対しての安心感を返して欲しい


「そいつは困ったな。どうする?」


 とりあえず俺はルーダリアへと話を振った。

 いくら先ほどのイカでショックを受けてはいるとはいえ、自分自身の問題である。

ここは彼に決めてもらわなくてはいけない。


「どうするって俺に言われても渡れないんじゃな……」


 そう言って頭を悩ませる。


「おねぇさん、どうにか渡る方法ってないんですか?」


「そうだね。陸路沿いで迂回していけば一応中央にはつくけどここからだと2ヶ月はかかるね」


「そうですか……」


 さすがにこの選択はないな。

普通の人が2ヶ月かかると言うのならおそらくルーダリアなら半年、もしくは1年以上かかってしまうかもしれない。


「あんた達は何で中央に行こうと思ってるんだい?」


 頭を捻る俺達に単純に疑問に思ったのだろう。

おばさんが話しかけてきた。


「あぁそれはこいつが中央の魔術学校に行くためにですね」


「!? てことはそっちのちっちゃい坊ちゃんは魔術師なのかい!?」


「そうだけど」


「それなら話は早いよ! 今クラーケン退治の募集をしてるんだけどね、魔術師が不足してるのよ。あんたたちがよけりゃクラーケン退治を引き受けな。そうすりゃ中央までいけるよ。中央の魔術学校に呼ばれるような魔術師なら子供でも歓迎さ」


 そっけない態度のルーダリアにおばさんはやや興奮気味で話す。

それにしてもこんなに驚くと言うことはもしかしてルーダリアは案外すごいやつなのか?

 魔術師自体俺は良くわかっていないので、何がすごいのかは分からないが、とりあえずこれではルーダリアだけは船に乗れそうである。

 しかし、それでは俺は置いてけぼりを食って指輪と離れてしまう。

それは非常にまずいので、俺はおばさんに俺もその船に乗れないか聞いてみることにした。


「ちなみに俺は魔術使えないんだけど、クラーケン退治に便乗とかできますかね?」


「あんたその腰につけてるのは使えるのかい?」


 指差された先にはアーサーの剣が。

彼よりはうまく扱うことは出来ないと思うが、短い期間とはいえジェシーに剣術を習ったのだ。

それなりに使えるはずである。


「まぁ人並みには。後出来ることといったら、ちょっとすいませんね。よいしょっと。こんなところです」


 立ち上がり、テーブルの端を掴むと右腕に力を込めた。

テーブルはカタカタとゆれた後、ゆっくりとその体を浮かせていく。


「はぁ~すごいね~。 うちの男供でもさすがにそいつを片手じゃ持ち上げられないよ」


「それじゃ」


「あんたも大丈夫だね」


「だってよ。どうする? 2ヶ月かけて迂回するか、それともクラーケン退治をやってのけるか」


 テーブルをそっと元の位置に戻し、ルーダリアへと顔を向ける。

彼の表情はあまりいいとはいえないが、答えは決まっていることだろう。


「2ヶ月もあんたと旅なんかしたくないよ。……はぁ~やるよ」


「うし、それじゃおねぇさんクラーケン退治を受けようと思うよ。受付は港辺りですか?」


 結論はでた。

俺達はクラーケン退治を受けるため、おばさんに場所を聞いたのだがその答えは思っているものとは違うもであった。


「いや、その必要は無いよ」


「?」


 腕を組んだおばさんは、不敵な笑みも浮かべている。


「わたしゃね。ここで食堂をやってるけど、そのクラーケン退治のスカウトもやってんのよ」


「てことは――」


「あんたらは合格。クラーケン退治は明日だから、明日のアクアの時にここに集合だよ」


 期待しているからねと笑顔を向けられた。

 なにやらすべておばさんの思惑通りに進んでいるような気はするが、俺はおばさんの笑顔にこちらも笑顔で答え、ルーダリアは支払いで答えると食堂を後にした。

 さて、明日からまた忙しくなりそうだ。

果たしてどんなイカが出てくるのか、出来ることなら醤油をつけて一杯やれるぐらいのイカであって欲しい。


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