第十節:2人旅
「で、これからどうするんだルーダリア?」
「おい、勝手に話し進めて第一声はそれかよ」
硬めに握った手をはずすと、両肘は両膝へとつけ両手は指を交差させながらあごの受け皿として据える。
そんな俺から発せられた言葉はルーダリアにため息交じりの声を引き出した。
「しかたないだろ? この町についてもお前の目的についても俺は知らないんだから。そんなんじゃお前に借りを返すことなんかできそうにないし」
「別に俺は借りなんて返してくれなくてもいいんだぜ? こいつさえ貰えば」
無造作にポケットに入れられた指輪を取り出すと、器用に指先で回す。
「だからそれはダメだって」
「何でだよ?」
「それは…………そいつが俺の国に帰るために必要なものだから」
「国に帰るのに必要? こんな小さな指輪に空間転移魔術でも組み込まれてるとでもいうつもりかよ?」
「おぉまさしくそんな感じだ」
そう返した途端、ルーダリアから呆れ顔が浮かぶ。
「はぁっん、お前みたいに空も飛べない奴がそれ以上に難しい空間転移の魔術のついた指輪を持ってる? ちゃんちゃらおかしいね」
「まぁ普通に考えたらそうかもしれないが、とりあえず持ってるんだよ。ちょっとした伝手でな」
ルーダリアが言うことも一理あるが、実際に持っているのだから仕方がないだろう。
しかし、何でこんなにも彼は魔術について詳しいのだろうか?
そんな疑問が浮かぶ中、彼の口からは疑いの声が上がる。
「嘘をつくな」
「嘘じゃないって」
軽いにらみ合いが続く。
だが、そのにらみ合いは仕掛けてきたルーダリアが終わりを切り出した。
「ふ~~ん、国宝クラスの魔術が入っている指輪をお前みたいなのが持ってるとは到底思えないけど、そこまで言うなら確認してやるよ」
「??? どうやって?」
「はぁ? 識別の魔術に決まってんじゃん?」
「識別の魔術?」
いったいどういうものだろうか?
名前から察すれば、物の本質が分かる魔術と言うことだが…………。
「質屋にいる店員が使う魔術だよ。それぐらい常識だろ? ――って本当に知らねぇみたいだな。まぁいいや。とりあえず識別させてもらうからな。そんで安物だったら貰ってお前とはおさらばだな」
「おさらばって、っておいまだ識別するとは俺はなんとも言って……」
「問答無用!」
俺の話を途中でさえぎると、ルーダリアはぶつぶつとつぶやき指輪へと何かの光をぶつけた。
「な、なんだよこれ!」
「うっ、まぶしすぎだろ。すごい光だな。識別の魔術っていうのは、いつもこうなのか?」
「んな訳あるか! こんな光かた見たことねぇよ!」
指輪にぶつけられた光は、一瞬指輪に飲み込まれたかと思うと、金色に光り輝き、部屋を染め上げていった。
まるで、この世のすべての光を集めたように輝くそれは、目の自由を奪う。
そんな光が数秒部屋を埋め尽くすと、徐々に光は弱まりもとの明るさへと戻る。
あまりのギャップに、目はいまだに光の影が付きまとう。
だが、それも時間が経つと収まり、元の画像を映し出す。
「――――収まったか……指輪は壊れてないだろうな!?」
勢いよく立ち上がり、指輪を凝視する。
遠目では指輪はなんともなく、識別の魔法のように光り輝きはしなかったが、元の美しい形を保っていた。
しかし、それでも心配である。
俺は近づいて指輪に触れようとしたが、済んでのところでルーダリアが指輪を掴み、俺の手は空を掴む。
掴めなかった事に名残惜しさを感じたが、無理に取り返すことはせず、ルーダリアが指輪を調べるのを待った。
彼は指先でつまみながら、くるりと回し全体に傷がついてないか調べた。
「ふぅ……指輪は壊れちゃいねぇよ。ただの識別の魔術だし。ただ光かたがその国宝クラス以上だった」
「ほぅ、そいつはよかった」
安堵とともに、俺はベッドへと体を預ける。
だが、ルーダリアはそんなことをせず、怒鳴り声を上げたのだった。
「よくねぇ! あんなもの質屋に持ってても売れねぇよ!」
「売るんじゃねぇ!」
彼の怒鳴り声に合わせるかのように声を上げ、その後はてんやわんやとルーダリアとの言い合いに発展していった。
そしてその言い合いは宿屋の主人が止めに来るまで続いたのだった。
「なぁ、どこにむかうんだ?」
一夜明け、町で買い物を済ませた後、町を出ようとするルーダリアへと話しかける。
機能のことをいまだに根に持っているのか、彼は不機嫌そうに答えた。
「港町のサウスバーグ」
やや早足になりながら、迷いなく地面を踏みしめながら歩く。
すぐにでも次の町に着きたいのだろうか?
ルーダリアの動きからそんなことを思ったが、それ以上に俺は疑問を浮かべていた。
「ふ~ん、その町って一回行ったことあるのか?」
「ない」
後ろを歩く俺に顔を振り向けようともせずに、そのまま歩を進める。
歩くことだけに集中する彼の歩みは、早々と町を遠ざけていく。
このスピードなら1時間も歩けば相当の距離になるだろう。
ならば教えるのも早いほうがいい。
俺は軽く走ると、ルーダリアの目の前まで行き、彼のほうを向いて口を開いた。
「それじゃ、何で昨日通った道を歩いているんだ?」
今までまったく止まる気配のなかったルーダリアが、ぴたっと動きを止めた。
顔はうつむいており、表情は読み取れない。
「…………ここが昨日通った道だって?」
「あぁ、最初はなんか似てるなーとか思っただけだったが、歩いて確信したぞ。ここはお前と俺がデットヒートを繰り広げた場所だぞ?」
頬を風が撫で、道から外れた草木を揺らす。
自然の音だけが、しばらくの間時間を支配する。
「…………」
何度目かの風が髪を揺らすと、ルーダリアは俺に背を向け無言で町へと戻っていった。
「なぁ」
「…………」
「なぁ」
「…………」
「なぁってば」
「……なんだよ」
「街中でも思ったんだが、お前もしかして方向音痴か?」
俺がその言葉を口にした途端、後ろからでも分かるぐらいルーダリアは耳まで顔を赤くした。
「べ、別にいいだろうが! 本当なら俺の一人旅なんだから! 間違えたって誰かに迷惑かけるわけじゃないし。間違えたからって何だって言うんだよ!」
止まって振り向きざまに言い放つ口上は、彼を少し幼く見せる。
少しなみだ目、頬はふくれ、赤ら顔。
母性本能の強いお姉さま方がいたら、どうなっていたことだろう。
だが、俺は母性本能が強いわけでも、ましてやお姉さまでもない。
冷静に1つの結果だけを口にする。
「別に、ただ1つ借りを返すことが出来たなと思ってな」
ルーダリアはその言葉を聞くやいないや、なんともいえない表情を取るとその後何も言わずに歩き出したのだった。
温かな風が俺達を追い越し、草花を揺らす。
こんな日に、縁側で茶をいっぱいすすりながら和菓子を食べ、おなかが膨れたら座布団を二つに折って枕にして寝ればきっといい夢が見れることだろう。
しかし、ここは街と街をつなぐ街道、しかも異世界である。
和菓子は元より、座布団などあるわけも無い。
まだ一年と離れていない故郷の日本を思い出しながら、俺はルーダリアに遅れぬよう歩く。
いくら一本道だと教えられても、彼が方向音痴であることを知ってしまったので、安心は出来ない。
ちなみに、道を間違え一度元の道を戻った後は、宿屋の主人にしっかりとサウスバーグへの道を尋ねてから出発した。
道を尋ねるルーダリアは自分が道を間違えたのが恥ずかしいのか、顔を赤らめながら宿屋の主人と話していたが、主人は気にする様子も無く答えてくれた。
その後今度は間違いないように、ルーダリアより少し前を俺が歩き町を出たのだ。
「しっかし、お前みたいな子供が何でこんな旅してるんだ? しかも方向音痴なのに」
「方向音痴は余計だ! たく……」
振り返って彼の顔を見る。
顔を赤くして怒っているのを見るとやはり子供である。
こんな子供が1人旅をしているのだ。
気にならないはずが無い。
俺は歩みを止めることなく、だからと言って顔を正面に向けることはせず、彼の次の言葉を待った。
「俺は空が飛べるんだ。だから中央の魔術学校に行く。まったく俺が空飛んでいるの見たことあるくせに当たり前のこと聞くんじゃねぇよ」
俺の疑問はすぐにルーダリアが解決したが、新たな疑問が生まれることにもなった。
その原因となった言葉は魔術学校というものだ。
聞きなれないフレーズである。
それもそのはず。
今いる時間軸より未来にあたる現代では魔術を使えるのは1人しかいない。
しかも、王族でさえその魔術の存在自体を知らない。
この時代よりも過去にあたるオーディグルスの話は伝わっているのに。
前々からうすうす感じてはいたが、ここで生まれた疑問というのは、ここが俺のいた世界の過去かというものだった。
「魔術学校?」
「そうだよ。空を飛べる魔術師。つまり俺みたいな優秀な魔術師は、中央でお勉強して偉い魔術師様になれってことなんだよ」
俺の繰り返した言葉に反応し答えたルーダリアは、ぷいと横を向いて俺から視線を逸らした。
あまり好意的ではないが、根は素直だと思うルーダリアがそう言っているのだから間違いなく魔術学校はあるのだろう。
するとやはり、未来にこのことが伝わっていないのはおかしすぎる。
俺は疑問を解決すべく、彼に話しかけるのだった。
「なるほど、お前が普通より優秀な魔術師だってことは分かったけど、その優秀な魔術師様はオーディグルスって魔物ののことについては知ってるか?」
「オーディグルス? 聞いたことねえよ」
怪訝そうにするルーダリア。
そんな彼に俺は『知らないならいいや』と、曖昧に答え前を向き直った。
この時代よりも過去にあり、未来にも残る伝承をルーダリアは知らなかった。
ただ知らされていないという可能性もあるが、学校があると言うのに絵にかかれてまで伝承されるオーディグルスの話を教えないのもおかしな話である。
(やはり、ここは違う世界なのかもしれない……)
そう考えをまとめた俺は、八割がたここが違う世界であると認識したのであった。
「まぁいいや。とりあえずはお前が目指すのは中央の魔術学校なわけだ」
「あぁそうだよ」
「んで今目指しているのは港町のサウスバーグだから、そこからは船か?」
「他に何かあると思ってるの?」
「いや、魔術で飛んでいくのかと思ってな」
「はぁ? 船で2日もかかるのに、どうして飛んでいくって発想になるんだよ。そんな距離飛んでいけるのは、マグライラ様か伝説の魔女赤髪のクレアぐらいだぜ」
思わず噴出しそうになった。
もちろんその理由は、ルーダリアがいった伝説の魔女について。
自分とは関係の無い世界なため、クレアと関係のあるものだとは分かっていたが、よりによって彼女が伝説の人物になっている世界に来ていたとは夢にも思わなかった。
この分だと彼女が宇宙人とされる世界にも行くかもしれないな。
「な、なるほどな。それじゃサウスバーグが当面の目標ってことか」
「当面って言うか今日のな。今のペースで行けば明日の昼頃にはつくはず」
ルーダリアはポケットにしまっていた地図を、新聞を見るように両手で広げると、サウスバーグまでの道のりを確かめる。
俺はスピードを落とし彼と並ぶように歩き、地図を覗き込んだ。
地図には昨日ルーダリアと競った道とそこに立てられていた道しるべも書かれていた。
それを見る限り、ルーダリアは方向音痴ではあるが、地図が読めないわけではないらしい。
サウスバーグまでの距離は、ルーダリアが言っていた通り明日の昼頃着くぐらいの道のりであった。
「一本道だな」
「そうだ」
「ところでさ、もしかして迷わないように、一本道の道のりだけ選んで旅してきたのか?」
「…………」
ルーダリアの歩く早さがあがった。
どうやら図星だったようだ。
当たっていたら彼が黙ってしまうのはなんとなくわかっていたので、これからの道のりを考えると、聞かないほうが良かったのだが、好奇心に負けてしまった。
地図を見る限り、俺が倒れた街からよりも、ルーダリアが以前立ち寄ったと思われる町からのほうがサウスバーグへ行くのに近かった。
ただ、その道は分かれ道が、いくつもあり方向音痴の彼が進めば目的地にたどり着くことは出来なかっただろう。
自分が方向音痴だと理解しているのに、それでも旅を続け、目的地に近づくルーダリア。
その健気さは生意気と感じていた印象を、少しぬぐった。
「まぁいいや。それよりも楽しく行こうぜ。2人旅なんだから」
ルーダリアの肩を手でポンと叩く。
1日中しゃべらずに旅するのはつらいので、会話を楽しみながいこうと言う意味を込めて。
すると、ルーダリアはこちらに顔を向けた。
むすっとした表情である。
先ほどの質問を引きずっているらしい。
そんな彼に俺は笑顔を向けた。
怒っているのを馬鹿らしく感じさせ、会話を成り立たせるために。
「勝手についてこられてるだけなのに、楽しく行くも無いだろう……」
画策は成功し、ルーダリアが口を開いた。
だが、その後軽くため息をつかれてしまった。
作戦が幼稚すぎたのかもしれない。
けれど、これで会話をしながら旅をすることは出来るはずである。
俺は会話が無い旅よりも幼稚と思われたほうがずっといいと思いながら、歩を進めるのだった。